2021/11/30 - 2021/11/30
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しにあの旅人さん
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更新記録 22/6/13:表紙写真変更、末尾へ写真移動。
太宰府の大伴旅人。なにはともあれ、梅花の宴です。
太宰府展示館に、博多人形の宴があると聞いて、やって来ました。
作者は山村延燁(のぶあき)
「天平2年(730年)正月13日に、帥の老(そちのおきな)の宅にあつまりて、宴会をひらく」で始まる漢文の序と、32首の歌で有名です。
人形は20センチくらいで、思ったより小さかった。でも旅人の顔のシワまで表現されていて、見応えありました。
今回は下記文献を参照、引用しました。引用では、僭越ながら敬称を略させていただきました。
「全現代語訳・日本書紀」宇治谷孟・講談社学術文庫
「日本書紀」日本古典文学大系・坂本太郎他・岩波書店
読み下し文、漢文原文が必要な場合は本書を引用しました
「新版言語訳付き・古事記」中村啓信・角川ソフィア文庫
「全現代語訳・続日本紀」宇治谷孟・講談社学術文庫
「万葉集・全訳注原文付」中西進・講談社学術文庫、引用では「万葉集中西」
「折口信夫全集第4巻・口約万葉集」中央公論社、引用では「万葉集折口」
「大伴旅人」中西進編・祥伝社新書
「万葉の秀歌」中西進・ちくま学芸文庫
「福岡・太宰府ガイド」西高辻信他編・昭和堂
投稿:22/6/12
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
一書に曰く
展示館に入ったら、正面にガラスケースがあり、そこに梅花の宴を博多人形で再現してありました。
旅人さんが令和の名付け親で今話題なのでしょう、カメラチームが来ておりました。
照明だとか、背景に黒幕を貼るだとか、結構な人がワサワサしておりまして、通行の邪魔です。
私は、こういうことは、どうでもいい人間なので、そのあたりを避けて通りますが、by夫は、この展示のために来たのだ!と、その混乱の中に突入して行きました。
あれこれ話していたみたいでしたが、結果としては、大した情報を得ておりません。
単なるヤジじいさんでした。
撮影のチームの方々、ご迷惑をおかけいたしました。
By妻 -
主人公旅人さん。このとき65歳、老(おきな)というにふさわしい貫禄です。しかも元気そう。梅花の宴という、この時代最先端、唐舶来の文化イベントに、当時屈指の文化人を招待しております。大満足。
説明板によれば、
★「梅花の宴」では、まず最初に歌会が行われたと考えられています。参加者一同に酒杯が廻り、飲みあい、歌を詠みついでは、また飲みあい、という形で歌会が進行していったと考えられています。★
序文に書かれているようなことを、旅人さんがまず挨拶して、「それでは諸君、本日は大いに飲み、大いに詠おうではないか!」というようなことを言ったのでしょうな。
だいたい宴会の進行などというものは、現代も天平時代も変わるはずがない。
ここで旅人さん、「大弐紀男人(だいに・きの・おひと)さん、ひとつ貴方からどうぞ」
従四位下と、この席では満誓(まんせい)についで位が高い。満誓さんは出家ですから、別格でしょう。 -
★正月(むつき)立ち春の来たらば梅を招(お)きつつ楽しきを経(へ)め★ 5-815
△正月になり新春がやって来たら、このように梅の寿を招きながら、楽しき日を尽くそう△(以下現代語訳は中西)
宴の冒頭にふさわしく悠然としております。旅人さん「まず最初にあなたに振りますからね」と事前に言ってあったかも。
男人さんは大弐というから太宰府の次官、NO2で、旅人の親友でした。懐風藻に漢詩3編があるので、当代きってのインテリの一人。 -
続いて少弐小野太夫。小野老(おゆ)のことです。従五位上。
小弐は次官の下ですから、次官補という感じ。現代の役所なら審議官とかいう役名になります。
★梅の花今咲ける如散り過ぎず我が家(へ)の園にありこせぬかも★ 816
△梅の花は今咲いているように散りすぎることなく、わが家の庭に咲き続けてほしいよ△
梅花の宴の歌ではありませんが、
★あをによし 寧楽(なら)の京師(みやこ)は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり★ 3-328
で有名な人です。 -
少弐粟田太夫。従五位上。
★梅の花咲きたる園の青柳は縵(かづら)にすべく成りにけらずや ★ 817
△梅の花咲く庭に、青柳もまた、鬘にほどよくなっているではないか△ -
ご存知山上憶良。万葉集では筑前守山上太夫となっております。従五位下。
他の人は杯をもったり、くつろいだ感じですが、この人は真剣に歌を考えている雰囲気。
★春さればまづ咲く宿の梅の花独り見つつや春日暮らさむ ★ 818
△春になると最初に咲く我が家の梅花、私一人で見つつ1日をすごすことなど、どうしてできようか△
おめでたい宴の席にはふさわしくない哀しげな歌ですが、これは愛妻を亡くした旅人さんの心境を代わって詠ったのだそうです。さすが親友中の親友憶良さん。
でも梅花の宴でこの歌はね~
空気嫁という感なきにしもあらず。
このあと万葉集では豊後守大伴太夫、筑後守葛井太夫の歌が続くのですが、博多人形板梅花の宴ではなぜかカット。
2人とも国司で、太夫というから五位の高級貴族です。憶良さんと同格。 -
笠沙弥(かさのさみ)沙弥満誓。俗姓が笠。従四位上の高級貴族でした。
旅人さんと特に気が合ったようで、彼が都に帰ってからも歌のやりとりをしております。
★青柳梅との花を折りかざし飲みての後は散りぬともよし ★ 821
△青柳を折り梅花をかざして酒を飲む。さあ、このあとは散ってしまっても、もうよい△
なぜか満誓さんだけ主人の後に座っております。 -
主人、旅人さん、梅花を愛でてご満悦。
★我が園に梅の花散る久かたの天より雪の流れ来るかも★ 822
△わが庭に梅の花が散る。天涯の果てから雪が流れ来るよ△
中西によれば、ここまでが梅花の宴の主賓グループだそうです。最後の2人を別にして、従四位下から従五位下まで位順に並んでおります。旅人さん、老荘を気取っておりますが、案外俗世間も配慮している様子。
みんなでカラオケに行って、エライ順にマイクを回すようなモノか。
博多人形版梅花の宴に戻ります。 -
大監大伴百代。正六位上。大監(だいげん)は太宰府の役人4階級の三番目だそうです。
-
トリミングによっては児島さんとセットになります。ごめんなさい。
「いや、かまわんよ」百代さん、美女のお酌で、でれでれです。
★梅の花散らくはいづくしかすがにこの城(き)の山に雪は降りつつ★ 823
△落梅はいずこのこと。それにしてもこの城の山には雪の降り続くことよ△
なんか気取った歌です。もっと柔らかい歌を用意してきたけれど、児島さんいいとこ見せようてんで、カッコつけたのではないか。 -
少監阿氏奥嶋(あきの・おきしま)従六位上、太宰府三等官。
-
児島さんは百代さんばっかりお酌して、奥嶋はほっておかれて憮然。
★梅の花散らまく惜しみ我が園の竹の林に鴬鳴くも★ 824
△梅の花の散ることを惜しんで、我が家の竹林には鶯が鳴くことよ△
なんとなく悔しそうな感じが出ていませんか。 -
少監土氏百村(としの・ももむら)従六位上。阿氏奥嶋と同格。
中西によれば、土氏は学芸の氏だそうです。専門ですから、歌には自信がある。
「もう歌できてる。早く順番回ってこないかな」
★梅の花咲きたる園の青柳を縵にしつつ遊び暮らさな★
△梅の花も美しい庭に、青柳の鬘までして、一日を遊びすごそうよ△ -
大典史氏大原(ししの・おおはら) 大典は四等官、従七位上。
見つめているのは、 -
舞う官人。
-
手なんか動いちゃてます。立ち上がって、自分が踊りたいくらい。
★打ち靡く春の柳と我が屋戸の梅の花とをいかにか分かむ★ 826
△霞こめる春に美しく芽吹く柳と、わが庭に咲き誇る梅の花と、そのよしあしをどのように区別しよう△
この博多人形版梅花の宴で、私が一番好きなキャラクターです。 -
一書に曰く、
ところで、わたしも、昔の人を想像するのが、好きですが、このように具現化するまではいきません。
この博多人形の作者は、大伴旅人を始め、山上憶良やらを、形に表したのですが、どんなに調べて考えて、その人間を作りあげ、そして形にしたのでしょう。たいへんなお仕事ですね。
その当時の年齢、地位はわかっても、それだけでは顔、姿は決められないでしょうし。
一人一人の経歴、性質、教養程度を考えて造形したのでしょうか。
By妻 -
ここでスタッフ紹介。
書紀さんです。みなさん詠い放しだと記録に残りません。太宰府事務局からだれか書紀さんが来て、書き取っていた。お題は「梅」と決まっていたので、出席者は草稿を用意はしてきたでしょうが、かなり即興で詠ったみたいです。書紀は大事なお役目だったはず。
ご苦労様。
もっている筆は天平筆。 -
2センチくらいの太い筆で、墨をたっぷり含ませると、200字くらい書けたらしい。キャップがついている。万年筆みたいなものか。
-
解説では「舞う官人」となっていました。
太宰府専属歌舞団というのがあったんだ。梅花の宴は長官主催の文化イベントですから、舞踏団から踊り手が来て宴を盛り上げた、ということか。きっと声のいい歌手も来て、歌を高らかに朗詠したにちがいない。 -
そして錦上花を添える児島の郎女。
よっ! 待ってました、児島の姐さん!
遊行婦女、うかれめと言われております。かつての芸者さん、現代の芸能人に相当します。
梅花の宴で児島さんが踊ったり歌ったりしたという記録は万葉集にはありません。でも官人が踊っているくらいだから、児島さんがあでやかに踊ったっていいじゃないの。
「ぴー、官人ひっこめ、児島を出せ~」というヤジが飛んだ、ということは多分、ない。 -
一書に曰く、
出ました!元祖博多女!
器量がよくて、気が利いて、情が深い。
よか おなごばい。
By妻 -
撮ってきた写真の三分の一は児島さんでした。
-
「あなた、どこ見てるの?」By妻
いえ、別に・・ -
この場のお料理。
皆さんの前に「酒肴」が出ております。 -
酒の肴盛り合わせ。
お酒は濁り酒を漉した清酒(きよざけ)でした。 -
鯖の楚割(すわやり)、のしあわび、塩鯨、百合根の梅肉和え、たらの芽の素揚げ。
楚割(すわやり)とは干物の事らしい。
干物ばっかり。海に近いのに、玄界灘の刺身はでないの? -
やっぱりあった。鱠が酢のものになったのは後世だそうです。
-
この宴のメニュー一覧。
調味料は酢、醤、塩などで、みなさん手元でお好きな味で召し上がったみたい。
「ねーちゃん、刺身のわさびもってきて~」
来ません。この時代そーいうものはないのです。 -
木菓子、このみ。栗なんか生みたい。
リスじゃねーんだよ。 -
主客8人の歌の朗詠のあとは身分の上下に関係なく、つぎつぎに歌われました。歌ができた順かな。
「薬師(くすりし)張氏福子」というのがいる。お医者さんです。
「薬師高氏義通」2人目のお医者、太宰府の医者は定員2人だそうですから、2人とも呼ばれている。お医者は当時からインテリ階級。中西によれば、高氏義通は高句麗系の渡来人だそうです。日本語で歌を詠めるということは、2世か3世でしょうね。
高句麗からの亡命渡来人は関東地方に住まわされましたが、九州に残留したのもいたのです。
「壱岐守板氏安麿」壱岐から玄界灘を越えてきたんだ。
「壱岐目村氏彼方」壱岐からもう一人。
「対馬目高氏老」対馬からだ。大変だったね、玄界灘は波が荒いから。
「神司(かむづかさ)荒氏稲布」「神司」というのはどっかで聞いたことがあると思ったら、続日本紀神護景雲3年(769年)の道鏡事件の発端が、太宰府の主神(かんづかさ)の習宣阿曽麻呂(すげの・あそまろ)の偽神託でした。39年前の前任者だ。
「笇師(さんし)志氏大道」笇師というのは計数の官だそうです。太宰府会計課計算係長。太宰府の学校院では数学を教えていたので、そこの教授だったかも。
「大隅目(さかん)榎氏鉢麿」大隅から来ている!旅人さんが征隼人時節将軍で大隅にいたとき「君、歌がうまいねえ」ということで覚えていたのではないか。10年前のことです。
「薩摩目高氏海人」同じく10年前、旅人さんは薩摩の国府で征隼人軍の編成をしている。そのときに知り合いかな。
目(さかん)というのは大初位くらいのお役人で下っ端もいいところ、身分に関係なく、歌がうまいのを招待したのですね。
高氏海人となると、高句麗系の船乗り出身かも。隼人戦争のときに旅人に海路の補給路をアドバイスした。ただの思いつきです。 -
一書に曰く、
この梅花の宴、本当に楽しそうです。
共通の楽しみを持つ、しかも世間から一目置かれるようなその道の一流の人々と、身分を超えて心おきなく語り合えたのですから、旅人はもちろん、出席した他の人々にも、一生の思い出になるイベントだったことでしょう。
その後も、繰り返し思い出して楽しむような、素晴らしいひとときだったことでしょう。
この人選は、どのように為されたのでしょうか。
個人的な宴ですから、主催者の旅人の好き嫌いで選ばれたのでしょうが、このことを知って、うわあ、自分も参加したかったなあ。と思った人も、きっといたことでしょう。
曽根好忠という平安時代の歌人は、招待されもしない歌会に押しかけ、笑いものになったそうです。
身分の低い彼にとって、歌で評価されることだけが、生きがいだったようです。
同じ時代人だったなら、旅人は、この人を招待したでしょうか。
してあげてほしいけれど、曽根好忠は、相当変わり者で偏屈ものだったらしいから、どうでしたでしょうね。
旅人という人は、温厚な人という感じがしますから。
万葉集の編者は、大伴家持とされておりますが、万葉集の特徴は、上は天皇から、下は防人までの歌を集めたところにあることは、中学校でも習います。
そういう身分を超えて優れた歌を評価する姿勢は、父親から学んだのかも知れませんね。
By妻 -
天平2年(730年)正月13日の宴は、
-
楽し~く続いたのであります。
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旅行記グループ
旅人@九州大宰府
この旅行記へのコメント (13)
-
- 鯨の味噌汁さん 2022/06/20 21:58:57
- 妄想膨らむ梅の宴
- 旅人さんこんばんは。
こちらではお初になります。
令和が報じられるまで、この宴が梅であることを知りませんでした。(この宴じたいも知らなかったけど)
そういえが太宰府は梅の名所、オミヤゲは梅ヶ枝餅、菅公も思い起こせよ梅の花。
奈良の時代はサクラじゃなくて梅だったんですね…
こうゆうイベント、都で始まり、じょじょに地方でも開催されるようになったんでしょうね。
妄想にタダ乗りしてしまうと、東歌、無名人の秀歌をどうやって集めたのかしら、なんて昔から不思議だったんですが。
きっとNHKののど自慢大会の地方巡業みたいに、書記さんと司会者が吾妻の田舎をドサ回りして、「あす歌会開催、身分不問、先着100名、当日朝整理券配布」みたいな高札たてて、老若男女、見物人もいっぱい集まるなか、無名の庶民がとっておきの美声で自作を披露したんじゃないかなーなんて想像してました。
人形を見ているうちにわらわら妄想が膨らみました。ありがとうございます。
- しにあの旅人さん からの返信 2022/06/22 05:26:03
- Re: 妄想膨らむ梅の宴
- おはようございます。朝方ですので、朝も早よからブログに熱中。
歌をどうやって集めたかは、私も調べたのですが、よくわからず。
NHKのど自慢方式は、案外正解かも。最終編集者は家持さんで間違いないみたいです。あの人はあっちこっち国司で行っているので、見回りの時に、「みんな歌持って集まれー!」とかやったのではないですかね。
「うん、これはいい、鐘いっぱい」即採用。「鐘二つ、惜しい」「鐘一つ、ひどくね」
晩年自分の歌がないのは、地方巡業で忙しかった。
鐘二つは、アイデアはいいので、家持さんが補作した。
そういう家持さんを人形にして、梅花の縁の隣に置くというのを、どなたか太宰府市長に提案しないかなあ。
間違いなく怒られるので、私はやりません。
-
- 前日光さん 2022/06/19 16:57:06
- 絶好調!しにあ小劇場!(^^)!
- しにあさん&by妻さん、こんにちは。
それにしても、よく妄想が膨らみますねぇ(~o~)
でもまぁ、「令和」という年号で、にわかに脚光を浴びた「梅花の宴」ですから、さっそくそれを博多人形で表現となるのは、福岡県人でしたら当然のことですね!
人形にするに及び、その人物に関する知識がなかったら、うまく創れませんよね!
背後に優れたアドバイザーがいたのでしょうね。
言われてみれば、確かに歌に詠まれた人物を彷彿とさせる顔立ちに創られているような?
しにあさんが、矯めつ眇めつ多方面からのアングルで撮り続けた児島の郎女は、手弱女ぶりを発揮していますね(>_<)
見ようによっては、女の敵なのですが、もう大昔の話ですから良しとしましょう!
宴会に女性がいなかったら、興ざめ以外の何ものでもありません。
ここは郎女の参加は、絶対にあったということで(・∀・)
それにしても憶良さんの写真が1枚とは!
ここのコメントの「空気嫁という感なきにしもあらず。」の「嫁」は、旅人の亡くなった妻の「嫁」と歌を「詠め」とをかけたダジャレですか?
それとも単なる変換ミスですか?
すみません!東大寺の芝生の雑草を発見したみたいな、重箱の隅をつつく発見でしたね(~_~;)
児島の郎女を巡る少監阿氏奥嶋と大監大伴百代との、「妄想火花の散らし合い」は面白かったです!(^^)!
今は亡き太地喜和子さんなどを、児島の郎女にキャスティングしたら如何でしょう?
人形一つで、妄想がどこまでも広がっていくしにあさんご夫妻に、あらためまして感心するやら呆れるやら。。。
楽しませていただき、ありがとうございますm(_ _)m
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2022/06/19 19:42:37
- Re: 絶好調!しにあ小劇場!(^^)!
- 梅花の宴の博多人形は、ジモティエkummingさんも知らなかったようです。ジモティエはジモティーのフランス語女性形です。出典しにあ。アカデミー・フィランセーズ未承認。
ジモティエは、足元の観光地を知らないという見本です。
児島さんは、大伴旅人の現地妻という設定で、この後また出てきます。「女の敵」かもしれませんが、お目こぼしのほどを。
「空気嫁」は「空気読め」、周囲の雰囲気を察しろ、という動詞句の名詞転化であります。かなり古い2ちゃん用語。
人形一つで1000年の妄想、本望であります。これからもやっちゃう。
芳賀の「ロマンの碑」の口コミ、読んでいただいたようで。前日光さんの縄張りですよね。
古代ロマンものと並行して、青木繁ロマンもやっています。久留米の青木繁生家の取材はしてきました。しかしまあ、とんでもない男ですな、青木繁は!
房総布良は既にブログにしております。お暇なら、
「青木繁を訪ねる 上下」
https://4travel.jp/travelogue/11411945
をどうぞ。
これで取材はほぼOKなのですが、なかなか辿り着けません。感動が薄れるといけないので、とりあえず口コミにしておきました。
- kummingさん からの返信 2022/06/21 14:14:22
- Re: 絶好調!しにあ小劇場!(^^)!
- 地元に疎いジモティエ、九博に勤めている友だちに、先週末ランチで会って確認しました。「梅花の宴」博多人形は常設展示だそうで、今も見られると。間違っても九博に来ないように‼ と念をおされました。
青木繫邸宅も、磐井の乱の筑紫君磐井の墓、も未訪問。せめて大宰府展示館でお人形様たち拝んでこなきゃ⁈
児島さん→太地喜和子、前日光さんのキャスティングの妙、光っています♪
- しにあの旅人さん からの返信 2022/06/21 20:01:09
- Re: 絶好調!しにあ小劇場!(^^)!
- 「間違っても九博にこないように」というのがよく分かりませんが、このお友達は、kummingさんが表と裏を間違えて、平城京跡に行ったブログを読んでいる、のかな。
あれはなんというか、のどかな間違いでしたね。
- 前日光さん からの返信 2022/06/21 23:03:10
- RE: Re: 絶好調!しにあ小劇場!(^^)!
- こんばんは。
「間違っても九博にこないように」というのがよく分かりませんが、
→って、「梅花の宴」の博多人形が展示されているのは「太宰府展示館」で、「九博」ではないから、こう言ったのではないのかな?
と、私は単純に考えたのですが。
間違っていたらごめんなさい!(^0^;)
前日光
-
- ryujiさん 2022/06/16 16:14:21
- 六国史の旅 旅人の梅花の宴を拝見!
- こんにちは、しにあの旅人さん。 ご無沙汰しております。
タイトルの旅行記を楽しく見せて頂きました。 大伴旅人公、家持さんの御父上様でしたよね。 小生はチョットだけ知っていました。 昨今、何と言っても元号「令和」の典拠となったのは有名ですがです。 (時に、初春の「令」月にして気淑く風「和」ぐ)
その旅人さんですが、大宰府で梅の花を見てお酒を飲んで歌を詠み、今日の「令和」が生まれたのだから感謝したいですね。 数多くのイラストを見せて頂き、ホントにステキな旅行記でした。 旅人さんの風流人として性格がよく理解できます。
小生の大伴氏について。 この時代の大伴氏(安麻呂・旅人・家持)は政治家とはチョット言い難いですね。 文人・文化人といった感じです。 祖先である室屋・金村の政治家の血筋はどうして?なくなってしまったんでしょう。
しにあの旅人さん、素敵な旅行記をアリガトウ。
ryuji
- しにあの旅人さん からの返信 2022/06/18 19:44:35
- Re: 六国史の旅 旅人の梅花の宴を拝見!
- 太宰府、その他九州で旅人さんゆかりの地は、「令和」で持ちきりです。
NHK大河ドラマなみ。
大伴さんちはこの頃絶頂期を過ぎていますが、しばらくして家持さんが頑張ります。万葉集は、家持さんが正史たる日本書紀に翻した反旗だというのが、最近の私の妄想。
それだけでは収まらず、続日本紀も編者と家持さんとの談合ではないかと、楽しいお話に続けたい、という今日この頃。
太宰府展示館の梅花の宴のお人形は、一見の価値あります。常設展示のはずで、機会があればぜひご覧になってください。
4トラの旅ブログの目的は、そこに行く気にさせる、だそうです。
少しはお役に立っているかな。
太宰府大伴旅人の旅は数回続きます。と、しっかり番宣。
-
- mistralさん 2022/06/15 18:24:28
- 宴
- しにあの旅人さん
「梅花の宴」博多人形版
サイズを伺ってなければ、もっと大きな人形と想像してしまいますね。
ガラスのケースのような箱に入っているのでしょうか。
それにしても、ケース一つで一編の旅行記に仕上げてしまう腕前はさすがです。
4トラの中で、そのような技術を持っておられるお方は、他には私はお一人しか
存じ上げません。
何よりも、モデルとなっているお人形の出来栄えが秀逸だからでしょうね。
いつぞや台湾国立博物館で、少数民族のお人形の展示を見る機会がありました。
博多人形を作られる人形師のかたによって作られた、民族ごとの特徴を
とらえたというお人形は、小さいながら精緻な物で驚きました。
今回も博多人形ということで、そのことを思い出しました。
人形師の方々の中に、そんな方がおられるのでしょうね、きっと。
ここに取り上げられた参加者のそれぞれの性格などは分かりませんが、
お人形を見ると、この人は頑固そうとか、お調子者みたい、とかいろんな事を
想像することが出来ますね。
梅花の宴、という事で、皆さん頭には梅の花をつけていて、それが可愛らしい。
そして衣装、身体の動き、もちろん顔の皺、口もと、目などの細部の表情
に至るまで手抜きがなく、アップにも充分耐えてくれています。
楽しい旅行記、ありがとうございました。
mistral
- しにあの旅人さん からの返信 2022/06/15 19:29:22
- Re: 宴
- そうなんですよ、思ったより小さい。長さ150cmくらいのケースだと思います。
大阪歴博みたいに等身大だったら面白い。不気味かも。
50センチで、6畳一間くらいなら最高。人形師さんは大変です。博多人形って、そんなに大きくないのかな。
こういうコセコセした技には長けております。1カ所で片付きますので、移動の手間はかかりません。「他の一人」とはどなたですか、内緒で教えてください。
とにかく元の人形さんがよくできているのです。人形師さんは実によく万葉集を読んでいます。アップにも充分耐える、本当です。
「大典史氏大原」が特に個性豊か。人形師さんは、何か特に思い入れがあるみたい。位から言って、たぶん在地の豪族出身。地元には何か伝承があるのかな。その豪族の子孫だったりして。
などと、楽しい余韻を感じるお人形さんでした。
-
- kummingさん 2022/06/12 20:34:40
- フィギュで語る千年の歴史♪
- しにあさん、by妻さん、フィギュア版千年の歴史シリーズ、第一弾?
「ただの石」→ こう来るか!?! 「博多人形版梅花の宴」満喫させていただき♪
よく出来ていますね~、お人形とは思えない、個性と表情の豊かさ。しかも、動きもある! 行かれたのは、去年の10月末~11月でしたっけ? もう展示されていないでしょうか、灯台下暗しでございました(;_;)
波いる撮影クルーをものともせず、中に分け入り質問責めされた、その勇姿が目に浮かび、いつも 興味ある対象へまっしぐらな『熱き思い』が伝わってきます。
歌を鑑賞する能力ゼロ、なので、個別の歌の感想は控えさせて頂くとして、それぞれのお人形のお名前はどうやって判別されたのですか?名札とか見当たらないようですが。
このお人形さんたちを造られた博多人形作りの師、歴史上の人物の背景や生活など研究された上で、「たぶんこういう感じだったんじゃ?」と想像されたのでしょうね。それって、私たちがよくやる、ご贔屓(歴史上の)に俳優さんをキャスティングする、あれを凝縮したようなもの、といったら失礼ですが。
私は、大阪歴博や平城宮跡いざない館の実物大のマネキンさんたちや、超ミニミニフィギュアたちにも感動しました。ちゃんと表情や動きを捉えていました。
by夫が撮って来た3分の1を占める写真の中の一枚(←by夫の目が釘付けになった)、ボルゲーゼ美術館の彫刻、指の爪がくいこむ女性の肌(臀部だったかも?)、に勝るとも劣らない、曲線美♪ その艶かしさに同性でも釘付けになりにけり^o^
- しにあの旅人さん からの返信 2022/06/13 09:38:23
- Re: フィギュで語る千年の歴史♪
- このお人形さんはたぶん常設展示、まだあると思います。地元って、案外観光地行かないもんです。いつでも行けると思うからでしょう。在パリ三十何年でしたが、凱旋門登らず。ノートルダム登らず燃えちゃった。
出場人物の絵入一覧がありました。それをアンチョコにしています。あとは文庫本の万葉集。
お人形は本当によく出来ていました。作者はこの道の名人だそうです。旅人さんのシワまでそれらしく出来ていて、感心。
憶良さんなんて、万葉集を読むと、かなり意固地というか、変わった人だと思えるのですが、そんな感じに作ってある。
お人形の作者はよく調べています。
児島さんが梅花の宴に参加した根拠はないのですが、絶対にこうだったと思えます。まあ、綺麗な博多人形でした。色っぽいこと。
ボルゲーゼ、行ってないんです。ローマで2回トライして予約取れず。日本から手配した方が早いみたい。
帰って写真を見たら、児島さんばっかり。憶良さんがこれ1枚しかなくて慌てました。
実はこういうふうな仕上げにする予定はなくて、難波宮の実況中継みたいなものを考えていたのですが、写真が足らず。
写真撮影チームはプロみたいでした。背景に暗幕を張っていました。これは私たちでは許可でないでしょう。
By妻に無地の上着とレインコートみたいなものを着てもらって、バットマンみたいに広げてさっと撮ればよかった。
背景がごちゃごちゃして面白くなかった。
太宰府は旅人さんで、あと何回か楽し~く遊ぶつもりです。
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