2022/04/10 - 2022/04/11
14位(同エリア664件中)
ゆるてつさん
4/10~11
森の杏子、上田城の桜、善光寺参詣など、春の信州を探検。
開花と天気と混雑と感染症とを睨みつつの越境。
1刊 しなの鉄道~あんずの里(千曲市)~戸倉上山田温泉、
2刊 善光寺御開帳~上田城の桜、上電と長電の話題、
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
善光寺本堂
外陣参拝は終えたが内陣参拝とお戒壇巡りは省略。
「御印文頂戴」は授かった。
→大きな印鑑2つを頭にガツんと押すのでちょっと痛い
く(*_*) -
本堂の東園地にある桜も見ごたえがあった。
ところで、
御本尊の「一光三尊阿弥陀如来像」は絶対秘仏で住職ですら見られない!
それでは誰がその存在(状態)を確認するのだろうか?
というか何百年も前からの話で実際に存在しているのか?
セキュリティーは万全かもしれないが、見られないという管理不行き届きを心配しているのは自分だけではないと思うヾ(-。-;) -
縁起物売りにも気合が入る!
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いろいろな種類の桜が見られた。
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本堂裏手の五重塔
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後方の地附山には昔ロープウェイがありよく通った。→今は廃墟!
この写真からも自分には通った跡がわかる。 -
命があればまた7年後にお目にかかりたい。
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再び長野駅
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しなの鉄道
妙高高原行と並ぶ小諸行き. -
20m級車両の3両編成でもワンマン化されつつある。
お客は降りる時に先頭の運転席まで行くのが面倒。 -
上田までは、115系しなの鉄道オリジナル塗色(小諸行)に乗る
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犀川橋梁(後景)
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115系は他に様々な塗色で走っていたがこれはJR長野色
(屋代にて前日) -
沿線はどこも桜満開で楽しい。
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坂城
ENEOSの油槽所へ送り込むJR貨物のタンク車が見える。
昔は信越本線特急あさまの一部も停車した。 -
西上田
ここも貨物駅を兼ねる。 -
新幹線高架下から見える上田城。
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真田の六文銭(イメージ?)を掲げる上田駅
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なぜかJR北陸新幹線の表記が無い?
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上田藩主の館跡は堀がよかった。
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上田城址公園
二ノ丸入口が駅に近く空堀にかかる橋をわたり入城。 -
東虎口櫓門前
復元(1994~)ながら重厚な櫓門が場を引き締めている。
ご存じ戦国大名真田氏の居城跡で左が南櫓、右が北櫓 -
本丸跡
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南櫓
真田氏時代の建物は失われており現在ある3つの櫓は江戸時代の再建。
正確には西櫓だけが再建当時からのままで南と北は再移築で戻したもの。 -
今は水の少ない堀だが北側の矢出沢川から引き込んで防御構造としていた。
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桜は青空バックが映える。
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櫓門と南櫓
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外掘にあたるケヤキ並木遊歩道を伝い表の石垣の方へまわる。
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この景色を見たかった。
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南櫓
小型の天守にも見える櫓、石垣、松、桜、と集めてきたような光景。 -
西櫓
上田城址の中で江戸時代から景色の変わっていない唯一の建物 -
紅枝垂桜が色を添える
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広い芝生広場で憩う
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石垣も美しい西櫓
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久しぶりに見られた日本のお花見風景だった。
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上田といえば、「みすずあめ」の飯島商店
いつも変わらない古風な外観が印象的 -
「みすずあめ」
ゼリー状で果物のお菓子だが色々な味が楽しめる。
自分はこの上をいく生ゼリーが好み。 -
北陸新幹線の上田~高崎~経由で帰る。
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本庄着(高崎線)
行きは本庄早稲田(新幹線)、帰りは本庄(高崎線)でも上田までの往復扱いが通用するところが便利である。
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次は廃線跡巡り -
<上田交通真田傍陽線(サナダソエヒセン)の廃線跡>
上田温泉電軌の時代に温電北東線の名で開通した(1928~1972)
上田駅から真田と傍陽を結んでいたもの。
二の丸堀の跡を単線でとことこ走っていたところを見たかった。 -
「公園前」ホーム跡がほぼ元どうりに保存されている。
社名がいろいろ変わるので参考に。
丸子鉄道(1916~)
上田温泉軌道
上田温泉電軌
上田電鉄
上田丸子電鉄
上田交通
上田電鉄(2005~上田交通の傘下)
-
上田城址公園ケヤキ並木遊歩道
この先上田駅方向に線路が通じていた。 -
下り方向で終点は真田と傍陽。
だいぶ前に付近で架線の支柱跡らしき物をを発見したが無くなっていた。 -
参考
上田交通時代の別所線
別所温泉駅にて昇圧前の旧型電車
1986年に別所線の架線電圧を750Vから1500Vに昇圧した為それまでの旧型電車が一掃されて東急電鉄から5000系を始めとする中古車両が順番に入ってきて雰囲気がガラリと変わった。 -
別所線は何といっても丸窓電車モハ5250が名物だった。
単に戸袋窓が丸いだけなのだが、戸袋窓というものは開閉不要なのでこのように自由な設計に至ったものと思われる。
現在の電車は戸袋窓自体を無くしてきているのでその構造自体が珍重されるようになるかもしれない。 -
現在の上田電鉄別所線は高架で橋上化された上田駅に入る。
昔は信越本線と同じ地表ホームで跨線橋によって結ばれていた。
かつては5つの路線を維持していた私鉄も今残るのは別所線だけなのでこの先も走り続けることを願うのみである。 -
<長野電鉄旧屋代線の廃線跡>
しなの鉄道の屋代駅にはかつて長野電鉄が乗り入れていた。 -
国鉄~JR~しなの鉄道と引き継いだ1~3番ホーム
Y字形ホーム支柱に以前の面影を残している。 -
向こう側に残るのが長野電鉄旧屋代線のホーム
-
屋代線の起点駅でしなの鉄道との共同使用駅だった。
跨線橋も失われて現場検証は不可だがホームは端まで確かに残っている。 -
跨線橋の礎石
ホーム高さはこちらより低いように見える。 -
転轍機と車止めも残った。
国鉄の時代には当駅で分割併合の急行「志賀」が上野から5時間かけて屋代線経由で終着の湯田中まで乗り入れてスキーの季節は繁盛していた。 -
在りし日の屋代線ホーム(2011.5月)
須坂から到着した3500系は東京地下鉄日比谷線を走っていたものだが良く御当地の景色になじんでいた。 -
屋代から5つ目の旧松代駅
長野から直接バスで来れるが途中で川中島古戦場跡を通り松代城や日本軍の象山地下壕など見どころも多い。 -
屋代線の前の名称「河東線」の末端の旧木島駅(1994.5月)
電車は長野電鉄自社発注の20m級通勤車両OSカー(0系,日本車両製)
行先表示は長野行きで、末端から乗り換えなしの直通が珍しい。
後方の木造車庫が好きだった。
→この写真は「いけません!」の位置なので今になって反省している。
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最後まで読んでいただき御礼申し上げる。
おしまい
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