2021/12/08 - 2021/12/10
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みーみさん
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二日目はグラバー園をはじめ南山手地区を廻りました。
その後は、市電に乗って眼鏡橋や中島川にかかる石橋を見に行きました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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今日の見学のメインはグラバー園。エスカレーターで園の一番上まで上り、下りながらの見学なので楽です。
昼間は混みそうなので、朝一番に行きましたが、修学旅行生がもう結構来ていました。第一ゲートから入って動く歩道で一番上まで上ります。グラバー園 名所・史跡
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園の一番上にあるのは旧三菱第2ドックハウスです。
グラバー園 名所・史跡
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イチオシ
バルコニーから三菱重工の長崎造船所が見えますが、この建物は元々、その造船所の第二ドックのそばにあったものをこちらに移築したものです。
船がドックで修理中、船員が宿泊した建物です。グラバー園 名所・史跡
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ドッグハウスの横には居留地時代に居留地と日本人の住む地域の境に建てられた石標
が集められています。船の碇も多数野外展示されていました。グラバー園 名所・史跡
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園内は歴史的建築のほかに、いろんなものが野外展示されています。
これはドックハウスの前庭にあった高島流和砲です。
その時は「ふ~ん、和製大砲か」ぐらいだったんですが、この高島流砲術の高島秋帆を大河ドラマ「青天を衝け」で玉木宏さんが演じていたので、その時初めて「あ~、あの大砲が。」と、思い出しました。高島秋帆は長崎の人だったんですね。グラバー園 名所・史跡
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旧長崎高商(現長崎大学経済学部)の門衛所の建物はボランティアガイドの案内所として使用されているようですが、まだ時間が早かったために誰もいませんでした。
グラバー園 名所・史跡
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旧長崎地方裁判所長官舎は擬洋風の建物で、明治16年建築とかなり古いもの。
居留地外に建てられた洋風官庁建築としては唯一残るもので、今はレトロ写真館になっています。グラバー園 名所・史跡
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裁判所長官官舎の向かい側に建っているのが、旧ウォーカー邸です。
ピンクのかわいらしいこの建物は大浦天主堂のすぐ横にあったそうです。グラバー園 名所・史跡
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タイルがきれいな暖炉。
グラバー園 名所・史跡
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他に和室や台所があったそうですが、それは移築されていません。
園内の他の家に比べると、少し規模が小さめですが、それだけにとても居心地のよさを感じさせる住宅です。グラバー園 名所・史跡
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次は旧リンガー邸です。
グラバー園 名所・史跡
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トーマス・グラバーの弟が建てた建物をフレデリック・リンガーが取得し、次男のシドニー・リンガーが1965年まで住んでいたそうですが、長崎市に売却し帰国、リンガー邸は1966年には重要文化財に指定されています。長崎市が購入してすぐに重文になったんですね。
グラバー園 名所・史跡
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三方をベランダに囲まれた立派な建物は、移築されたのではなく、元々ここに建っていた住宅です。
訪問時、「グラバー特設展」が開かれていました。グラバー邸が修理中だからでしょうか。グラバー園 名所・史跡
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グラバーは幕末の坂本龍馬なんかとの関係で必ず出てくる名前ですが、明治以降のグ
ラバーのこと、そして、その息子の倉場富三郎の悲劇は初めて知りました。グラバー園 名所・史跡
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天井が高く、とても立派なお宅です。
グラバー園 名所・史跡
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フレデリック・リンガーは最初はグラバー商会に勤め、退職してホーム&リンガー商
会を設立したイギリス人で、長崎経済界で重きをなした人物です。グラバー園 名所・史跡
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リンガーは旧香港上海銀行横にナガサキホテルというホテルを開業。設計にはジョサイア・コンドルを招聘する力の入れようで、当時東洋一とも言われたそうです。
ホテルが閉館されるときにマッピン&ウェップ社のカトラリーを同じイニシャルを持つ奈良ホテルが購入。グラバー園開園40周年を記念して奈良ホテルからワンセットを寄贈されて、旧リンガー住宅に展示されています。グラバー園 名所・史跡
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旧リンガー邸の斜め前にアスファルト道路と芝生用ローラーがあります。
リンガーは晩年心臓病を患い、坂の下から家の前まで人力車で移動できるようにアスファルト道路を造りました。その跡です。グラバー園 名所・史跡
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イチオシ
リンガー邸のお隣さんはオルト邸です。
旧オルト邸は今残っている長崎の洋風住宅の中で一番立派ではないでしょうか。もっともグラバー邸は見れなかったので、そこはわかりませんが、柱の並んだテラスや玄関ポーチ、高い天井を持つ部屋、玄関前の噴水池など、いかにも邸宅という雰囲気がします。グラバー園 名所・史跡
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木造が多い中、石造りの住宅で、1865年ごろにオルトが建てましたが、住んだのは3年ほど、そのあとは活水女学校の校舎やアメリカ領事館として使われた後、1903年にはリンガーが購入しています。つまりリンガーは南山手に隣り合った家を二軒所有していたことになります。
グラバー園 名所・史跡
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ドアや窓枠、鎧戸などは薄い赤色をしています。
グラバー園 名所・史跡
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イチオシ
旧オルト邸内部。
グラバー園 名所・史跡
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旧オルト邸内部。
グラバー園 名所・史跡
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旧グラバー邸、オルト邸、リンガー邸の三軒のみが現地保存で、それ以外の建物は移築されてきて、グラバー園になっています。
グラバー園内を見学していると、ごく普通の民家が園内にあってびっくりしましたが、普通の住宅地をグラバー園として整備したので、移転しなかった一般民家が敷地内にそのまま残ったということでしょうか。グラバー園 名所・史跡
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応接間の暖炉まわりは、装飾がとても力が入っていますね。
グラバー園 名所・史跡
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フレデリック・リンガーの長男の一人娘アルシディーの子供さんから彼女の遺品をはじめ、リンガー家ゆかりの数々の品物が寄贈され旧オルト邸で展示されています。
漆塗りの蒔絵のコーヒーカップのセットはアルシディーの結婚の時にリンガー商会の日本人従業員が贈ったものだそうです。
葡萄、松、鶴、竹など、ひとつひとつ全部違う柄が描かれています。
アグラバー園 名所・史跡
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リンガー一家と屋敷の日本人従業員との写真。
両者の関係は良好だったようですね。リンガーは何十年も長崎に定住し仕事をしていたわけですから、地元民ともいい関係を持っていたのだと思います。グラバー園 名所・史跡
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アルシディーさんの遺品の日本のおもちゃの数々。
昔の日本のおもちゃとして見てもすごくおもしろい。グラバー園 名所・史跡
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イチオシ
かつらを替えて遊ぶ市松人形。
下の写真はアルシディーさんとリンガー家で働いていた小濱ヨシさんが凧揚げをしたときの写真。グラバー園 名所・史跡
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台所と床の間のミニチュア。
左側は掛け軸がかかった床の間、右側は井戸などがある台所で、パタンと閉じると箱のようになって持ち運べるようになっているみたいです。
元祖・リカちゃんハウス?グラバー園 名所・史跡
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下駄と下駄箱のミニチュア。
おもちゃがとてもいい状態で残っています。グラバー園 名所・史跡
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アルシディーさんが描いた日本画。 林賀=リンガーの署名が見えます。
日本での思い出の数々を残していたということは、アルシディーさんにとっては日本で暮らした日々はいい思い出だったのでしょうね。アルシディーさんのお父さんは1940年に日本でなくなっていますが、その弟のシドニー・リンガーは戦後再
び長崎に帰ってきたものの、息子たちは戦死したり捕虜になったりしたので、複雑な思いだったのではと思われます。グラバー園 名所・史跡
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アルシディーさんは「盆景」を趣味としていたようで、免状をもらっています。
盆景は箱庭のようなものですが、流派や宗家もあったんですね。グラバー園 名所・史跡
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お屋敷の裏手には付属室もそのまま残っています。
このようなバックヤードが見れるのも楽しいです。グラバー園 名所・史跡
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厨房。
グラバー園 名所・史跡
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裏山にあるこれは、「天然貯蔵庫」とありました。
具体的にはどんなものをいれたんでしょうね?グラバー園 名所・史跡
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使用人部屋。
使用人は日本人なので、畳敷きになっています。グラバー園 名所・史跡
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旧スチイル記念学校は、明治20年に東山手に建てられたミッションスクールです。
グラバー園 名所・史跡
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倉場富三郎が長崎魚市場で収集した魚を地元の画家に書かせて編集した「グラバー図
譜」(日本西部及び南部魚類図譜)の一部が展示されていました。グラバー園 名所・史跡
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暖炉周りはシンプル。
グラバー園 名所・史跡
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三浦環の蝶々さんの銅像は有名ですが、その横にプッチーニの像があるのは知りませんでした。
グラバー園 名所・史跡
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西洋料理店だった旧自由亭は喫茶店として利用されています。
グラバー園 名所・史跡
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旧グラバー邸は残念ながら修復工事中で見れませんでした。
展望デッキが設けれていて、屋根の保存修理の様子は見れるようになっていました。グラバー園 名所・史跡
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出口の手前にある長崎伝統芸能館では長崎くんちについての展示があります。
祭りのビデオが流れたり、傘鉾や山車が展示してあったり、とてもおもしかったです。長崎伝統芸能館 美術館・博物館
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元船町・唐人船。
長崎伝統芸能館 美術館・博物館
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傘鉾の展示。
長崎伝統芸能館 美術館・博物館
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グラバー園を出たところにある南山手十六番は元は東山手にありましたが、宝塚歌劇のある卒業生が買い取り移築して、資料館として開館していましたが、訪問時はすでに閉館していました。今、建物が誰の所有で、どのような状況なのかはわかりませんが、長崎でも最古級の木造建築だそうなので、活用・保存されることが望まれますね。
南山手十六番館 美術館・博物館
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南山手地区はグラバー園も含めて重要伝統的建造物群保存地区に指定されていて、現在も普通に住まわれている明治時代の木造の住宅建築が残っています。
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南山手でも、大浦天主堂やグラバー園の賑やかさとうってかわって、観光客らしき人はまったくいません。
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静かな住宅地に洋館が点々と残っています。
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杠葉病院本館。
杠葉病院は大正13年に創設された病院で、今も別地で診療されています。 -
杠葉病院別館。
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イチオシ
杠葉病院の事務棟として使われている建物はガラスのアーチ窓が1階、2階とも連続して並んでいて、とても明るい印象を受けます。
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入口にはステンドグラス、というか色ガラスが入っています。
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旧清心修道院・マリア園はレンガ造り。南山手の洋館の中では大きな建物です。
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現在は森トラストの所有になっていました。
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森トラストが改修して、ホテルにするみたいですね。
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居留地時代の石で造られた溝。
右下の石標も旧居留地時代のもので、「この石標柱は長崎居留地時代の遺構です。大切にいたしましょう。」という小さなプレートが設置されています。
この表示は旧居留地のあちこちに見られました。 -
ドンドン坂。
どんどん坂 名所・史跡
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道路の脇に雨水を流す溝が設けられていますが、その溝を雨が降るとどんどんと音を立てて流れたことから「どんどん坂」と名付けられたそうです。
その水も場所によって底の形が三角になったりU字型になったり、水が流れやすいように変化をつけています。どんどん坂 名所・史跡
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イチオシ
海、造船所、洋館、石畳の坂のあるどんどん坂の風景。
どんどん坂 名所・史跡
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イチオシ
情緒あふれる風景。
どんどん坂 名所・史跡
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高台から降りる途中にあった南山手乙九番館(須加五々道美術館)。
南山手の洋館を利用。 by みーみさん長崎市須加五々道美術館 美術館・博物館
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崖の下にあるのが宝製鋼株式会社の建物です。
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倉庫?工場?
一階部分の連続したアーチ窓が印象的なイギリス積みのレンガ建物です。 -
グラバー園の旧ウォーカー邸を建てたウォーカーの父親がバンザイ炭酸水工場として建てたもので、サイダーなんかを作っていました。
関西でも宝塚でウィルキンソンが炭酸水の工場を作ったり、欧米人にとって、炭酸飲料はマストアイテムだったんですかね。 -
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館は一階部分がアーチ、2.3階部分がコリント氏の柱が並ぶとても端正な建物です。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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この建物も南山手重伝建保存地区に入っています。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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一階は銀行の営業室として使われていた雰囲気を残しています。
無料の休憩所として利用できます。長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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設計は下田菊太郎で、彼の唯一日本で残っている建物です。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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暖炉。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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2.3階は有料になりますが、一階の銀行営業室とはがらりと雰囲気が変わります。
支店長などの居住スペースだったみたいで、広々としてかなり贅沢な造り。長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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2階へ上がります。
普通の階段かと思いきや、長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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このグネっと曲がったところがいいなあ。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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2階は孫文と、彼を支援した長崎出身の実業家・梅屋庄吉についての展示、3階は貿易港長崎の歴史や、居留地・東山手や南山手のくらし、建物の設計者である下田菊太郎の展示など、とても充実していました。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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たぶんパーティーなんかも開いたんでしょうね。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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暖炉は、和室でいえば、欄間みたいに、装飾やタイルを自由にデザインできるから
室内ではみどころのひとつですよね。長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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設計者・下田菊太郎は東大の工学部の教授辰野金吾と折り合いが悪く、渡米、アメリカで活動し、片山東熊など日本人の建築家が渡米すると彼を頼ったと言います。それが米西戦争の不景気で帰国。この香上銀行などいくつも建物を設計しましたが、上海へ。上海のホテルには彼の施した内装が今も残っているそうです。アメリカ国籍を取得し、日本では主流派ではなかった下田菊太郎の日本で唯一残っている建物です。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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イチオシ
見学後、道路を渡って反対側に行き写真に収めました。
正面の写真を撮ろうと思ったら、道路の反対側からじゃないとムリです。長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 名所・史跡
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イチオシ
べっ甲工芸館は、まず建物がおもしろい。
元々は長崎税関下り松派出所で、蔵のような、洋館のような、和洋折衷の建物です。長崎市べっ甲工芸館 美術館・博物館
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扉部分は洋風ですね。
長崎市べっ甲工芸館 美術館・博物館
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小さい博物館ですが、べっ甲細工の展示は充実。
長崎市べっ甲工芸館 美術館・博物館
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このような大作の置物から、
長崎市べっ甲工芸館 美術館・博物館
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アクセサリー、かんざしなどの装飾品まで、とても見ごたえがありました。
入館料も100円と安く、おすすめのミュージアムです。長崎市べっ甲工芸館 美術館・博物館
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材料のべっ甲は自然保護の観点から入手は難しくなっているようですが、技術の伝承
は必要ですよね。長崎市べっ甲工芸館 美術館・博物館
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中島川の石橋群を見に行きました。
中島川石橋群 名所・史跡
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イチオシ
有名な眼鏡橋。
中島川に石橋はたくさんかかっていますが、ダブルアーチはこれだけなんですね。
長崎大水害で半壊しましたが、流失は免れ、修復されています。眼鏡橋 名所・史跡
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眼鏡橋以外にも多くの石橋がかかっていますが、その多くは1982年の長崎大水害で流され、再建されたものです。
中島川石橋群 名所・史跡
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端が石段になっていて、歩行者専用となっている橋が多い。
中島川石橋群 名所・史跡
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旧山野辺邸は大正11年建築の建物ということで、東山手や南山手の旧居留地の明治時代の建物とは全然違う。
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壁面にはスクラッチタイルが使用されてるみたいです。
現在は長崎市民活動センターという長崎市の施設となっていました。 -
煙突に上る、階段状の取っ手が付いてます。
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ユニークな建物だと思ったら、日本銀行長崎支店でした。
1978年建設ですが、日銀の支店というよりは美術館みたい。 -
パフェで有名なカフェオリンピックに行きました。
トルコライスも有名ですが、夕食は新中華街で食べる予定なので、パフェを注文。種類もいっぱいあって迷いました~。
機会があったらまた行きたい~。カフェ オリンピック グルメ・レストラン
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夕食は新地中華街にある会楽園でいただきました。
本格中華のお店は円卓を囲んで大勢で・・というイメージがあるので、どうかなと思いましたが、意外と一人客もいました。会楽園 グルメ・レストラン
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皿うどんは具沢山で、麺よりも具のほうが多いんじゃないかというぐらい。
すごくおいしかったです。会楽園 グルメ・レストラン
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夜の新地中華街はこのように門にあかりが灯ります。
長崎新地中華街 名所・史跡
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新地中華街。
長崎新地中華街 名所・史跡
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新地中華街。
長崎新地中華街 名所・史跡
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夜の新地中華街。
長崎新地中華街 名所・史跡
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新地中華街は、夜行くのもいいかもしれませんね。
長崎新地中華街 名所・史跡
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