2022/03/19 - 2022/03/20
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むう2にゃんさん
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3月の連休を利用して九州・熊本県と長崎県を弾丸観光してきました。
熊本・長崎とも20年ほど前に旅行したことがありますが、熊本地震で被災した熊本城の一部修復が終わり観光できるようになったと聞いて、もういちど熊本城を見たくなったのです。
熊本も長崎ももっと 見たい・行きたい場所があったのですが、2泊3日の電車&路線バス移動ではナカナカ難しいものがありまして~。
熊本天草や長崎五島列島は次回以降の宿題として、熊本→島原→長崎をピンポイントで巡る旅程になりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ JR特急 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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3月19日 土曜日 2日目
この日の遠足先は 若い女子に大人気の天草四郎が率いるキリシタンが立て籠った原城跡です。 -
ホテルをチェックアウトしてフロントに荷物を預かって頂き、バス停に向かいます。
バスの車内で「島原半島周遊パス1日切符」@2,000円を購入し、これで島原観光の足を確保~(^_-)-☆ -
朝07:09発・1時間に1本の路線バスに40分揺られて降りた「原城跡入口」バス停は、世界遺産とは何ぞや?ってな感じの一面の畑です。
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原城は島原の乱の後 完全に破壊されて石垣の残骸が残るのみ・・・なんですが、その石垣を再利用してネギ畑の区切りになっています。
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この原城が大きな歴史の舞台となったのは17世紀、徳川家光の時代になります。
徳川幕府のキリシタン弾圧に抗議した日本人キリシタン(キリスト教徒)が一斉に蜂起した一揆は、キリシタン農民による一揆では収まらず 藩の取り潰しに遭い浪人となった武士も加わって、九州各地に広がる内乱にまで規模が広がり 所謂「島原の乱」と呼ばれています。 -
事態を重く見た徳川幕府は諸大名に命じて総勢12万を超える軍勢を島原に送り、原城に立てこもった一揆軍は半年間の籠城の後、女性や子供も含めた約37,000人全員が虐殺されました。
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島原の乱の原因としては、キリスト教を信仰する女子供への拷問や処刑といった酷い弾圧のほか、島原藩主・松倉勝家による苛烈を極めた年貢の取り立て、天候不順による農作物の不作が重なったためと言われています。
島原の乱が終息した後、藩主・松倉勝家は藩統治の失政を問われ、(武士としての切腹ではなく)斬首の刑に処されました。 -
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原城跡が世界遺産に認定されたので、「一夜城」と銘打って張りぼてながら天守閣の造営も進んでいるようです。
これからは徐々に原城跡を目当てに観光客が押し寄せて、長閑な風景も変わっていくのでしょうか? -
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最初は2時間滞在(2時間後のバスに乗車)の予定だったけど、約400年前にキリシタン全員が惨殺された場所・人っ子1人居ない野原が少し薄気味悪くなってきたので、1本早いバスでホテルに戻って荷物を受取りに、昨日の宿泊ホテルまで戻ります。
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途中で雨が降ってきたので路線バスが遅延となり、島原港から発車する島原鉄道に乗車時刻には間に合わないと判断し、ホテルのフロントでタクシーを呼んでもらって 島原駅に移動します。
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そして、島原駅に着いた途端 また大雨!
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何でやねんーとボヤきつつ、島原城を見学。
昨今は忍者コスプレ・武将コスプレの女子達をご当地の観光協会が雇って観光案内人にしてるけど、あれはちょっとねぇ・・・。
可愛いアニメ声で「ようこそっ、検温をお願いするで御座る!」と言われても、嬉しくも何ともないんです、ワタシ。 -
前日の熊本城で懲りたので、大雨の島原城・階段登りは2層までで断念し2Fのキリシタン一揆の関連資料をじーっくり眺めてランチです。
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本日のランチは島原城の目の前にある「姫松屋」さん、
お店のHPによると、島原名物「具雑煮」に入っているのは、シロ菜、牛蒡、蓮根、凍豆腐、ちくわ、白蒲鉾、薄焼き卵焼き、椎茸、焼きアナゴ、鶏肉、もち、春菊・・・の具沢山。
これらの具材を鰹節のお出汁に入れて土鍋で煮込んだ具雑煮と牡蠣フライを食べ、大雨の降る城下町を適当に歩きます。 -
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島原城を取り囲んでいた武家屋敷の一部が今も残っていて、鉄砲組(徒士)の屋敷敷地内を見物することが出来ます。
街並みの中央を流れる水路は、当時は飲料水をはじめとする生活用水として利用されてきました。 -
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お次はガイドマップにある「鯉の泳ぐ町」エリア。島原城下町に流れる水路に錦鯉が放流されていて、鯉の泳ぐ姿を見られるとのことですが、大雨のせいか鯉がほとんど見当たらない。
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雨は止まないし 原城への遠足で歩き疲れて足は痛いしで、島原名物「かんざらし」でお茶休憩、こちらは小さな白玉を甘い蜜につけた郷土のおやつです。
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小一時間ほど休憩したあと、島原駅コインロッカーに預けていた荷物を引き出して島原鉄道に乗車。
海沿いをゆっくりと走る各駅停車に乗って諫早駅に移動、そこからJR特急で長崎駅に向かいます。 -
長崎駅到着は16時前、今夜の長崎のホテルは路面電車:思案橋駅から徒歩1分のリッチモンドホテル思案橋です。
JR長崎駅からスムーズに路面電車に乗り継ぎを・・・と思っていたのですが、今年の秋に開通する西九州新幹線のための駅周辺工事なのか、路面電車の駅に行くまで荷物を持って陸橋を上り下り、ああ疲れる~。 -
16時半頃ようやくホテルにチェックイン、ホテル内のランドリーコーナーで2日分の洗濯物をガシガシとお洗濯、その間にお部屋のお風呂で 足裏&ふくらはぎをモミモミ、あ~足が痛いよぉー!
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今夜の晩ごはんはミシュラン1つ星のフレンチ、プルミエ・クリュさん。
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シェフがブルゴーニュ・ワインをお好きらしく、この店名にしたのだとか。
ホテルから徒歩7~8分の場所にあるので、19時の予約に合わせてお店まで歩きます。
上の画像は今夜のメニュー、今流行の 食材だけを記載した Menu Degustation(ムニュ・デギュスタシオン=お味見コース)になっています。 -
アミューズその1 「地鶏 黒麹」
長崎地鶏と黒麹米のパートブリック包み、黒麹の柔らかな酸味が食欲をそそります。 -
アミューズその2 「白子」
鱈の白子に極細のパン粉を纏わせて揚げた、シェフ曰く「白子の串カツ」 白子の濃厚な旨味が舌の上でトロリと蕩けます。 -
アミューズその2 「ハム」
長崎湾近海の地魚をすり身にした、云わば和風リエットですね。 -
魚料理その1 「筍 月日貝 芹」
西日本の近海で採れるイタヤガイの一種で、旨味の強い卵巣(赤い部分)と筍の甘味、芹の仄かな苦みとの調和を楽しむ一皿。 -
魚料理その2 「鯖 椎茸 出汁」
近海ものの鯖に薄い衣で軽く揚げたフリットに、椎茸や魚から取った出汁を掛けたもの。お出汁も最後の一口まで頂きます。 -
ワインリストが無く、シェフにお願いして、お料理に合うグラスワインを選んで頂くシステムになっているようで、今回は 泡・白・赤 の3種類のチョイスをお願いしました。
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ブルゴーニュワイン好きの私、どんなワインが供されるのか楽しみにしていましたが、最初のシャンパーニュの後は 熊本産の白(シャルドネ)と長野信州産のメルロ(赤)、あれれ?
魚料理その3 「アスパラ 鮑」
白アスパラガス、柔らかく炊いた鮑、カラスミの取り合わせが面白いです。 -
魚料理その4 「コハダ」
江戸前の寿司でよく使われるコハダを軽くマリネして、ミルフィーユに仕上げた一皿。 -
魚料理その5 「鰆」
春の魚と書く「鰆」をポワレで軽く火入れして、椎茸のソース、黒トリュフを粉末を掛けたもの。トリュフの旨味と鰆の濃厚なマリアージュです。 -
シェフ渾身のお料理とブルゴーニュワインとの組み合わせが無かったのが残念ですが、でもまぁ、お料理が美味しいので ま・いっかーーー。
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肉料理 「壱岐牛」
壱岐の島で育った壱岐牛を、薪火でじっくりと時間を掛けて焼き上げた逸品。シェフ曰く、炭火だと肉の水分が失われるので薪火での火入れにしたのだとか。
この料理のお写真を撮るのを忘れてウマウマ言いつつ食べ、途中で思い出して撮影したのがコチラです、あ~失敗!
でも、写真を撮るのを忘れるほど美味しかったので、仕方ないです~ (^^;) -
ムース・バナーヌ。お洒落な飴細工をパリパリ割ってムースとの食感を楽しむデザートです。
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最後は南島原産のハーブティーとプチフール。とっても美味しかったです、ご馳走様でした!
この日のスマホの万歩計データは 24,000歩、原城で距離を伸ばして 足がチョー痛い・・・。 -
3月20日 日曜日 3日目
3日目・午前の観光目玉は やまさ海運が運行する軍艦島上陸ツアー。 -
前日の歩きが祟り、朝起きた時点で既に 足が痛い・重い・だるい~。
軍艦島行きでの船酔いを警戒し、朝食はコンビニの塩おにぎり&梅干しおにぎり+カットフルーツ、超かるい朝ごはん。
念のため、往路のJAL機内でGETしたゲ◇袋も持参します。 -
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ホテルのフロントに荷物を預かって頂いてチェックアウト。
9時出航の遊覧船では8時過ぎに 集合場所の長崎港ターミナルに着き、220名が乗船できるクルーズ船の2F最前列の席をGET、軍艦島の写真撮影に燃えました。 -
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長崎港の造船所を通過してクルーズ船は外港に進路を進め、それほど揺れは無いものの、強く吹きすさぶ海風が冷たくて もう冷え冷え。
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楽しみにしていた軍艦島上陸ですが、しかし残念ながら、波が長崎県の指定する高さを越えたため軍艦島への上陸は不可となり、島をぐるっと一周する島巡りに敢え無く変更。
あ~やれやれ~です。 -
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でも、海の向こうにポツンと浮かぶ小さな島が徐々にその姿を現して、軍艦「土佐」に似たそのシルエットから軍艦島と称される(正式名称)端島の姿は一見の価値ありです。
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いちばん高層だった建物(住宅)は10階建て、エレベーターも無く住民は階段で上り下りするしかなかったそう。10階建てアパートの屋上には何と!保育園が作られていて、小さな子供たちもみな10階までの階段を毎日上り下りしていたのだとか。
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当時は植物を植えるスペースがなく、アパートの屋上に菜園を作ることもあったそうですが、島が廃坑となり住民全員が立ち退いた後は、渡り鳥や風が土や樹木の種を運んだのか 木々が建物の隙間に根を張り、長年の雨風と木々の根の影響で建物は徐々に朽ちていきました。
島全体が廃墟と化した炭鉱島が放つ異様な景色は、海から打ち寄せる波の飛沫が まるで現在と過去とを隔てているようです。
それはまるで 青灰色の波のベールに包まれたタイムカプセルのようで、なかなか面白い体験でした。 -
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11時過ぎにクルーズ船は長崎港に帰着、船の吹きっさらしの2階席・吹きすさぶ海風で冷え冷えになったので、ランチは中華街で暖かい皿うどんにしました。
皿うどんってどこで食べても同じような味だけど、長崎に来たらコレを食べなきゃねー。 -
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ランチ後は 江戸時代の鎖国で唯一開かれていた「出島」を再現したエリアが博物館になっている場所を見学します。
戦国時代末期の1541年、最初に日本に到達したのは 世界に先駆けて海を制した海洋国家ポルトガルでした。 -
こちらは2014年と2017年のMYポルトガル旅行記から転載、『発見のモニュメント』と国立古美術舘で展示されている屏風絵です。
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ポルトガル人による「日本発見」で大きく日本の歴史を変えたのが、鉄砲とキリスト教の伝来です。
当時の戦国大名は鉄砲をはじめとする最新兵器を手に入れるため、宣教師によるキリスト教布教を受け入れ、或る者は自ら洗礼を受けてキリシタンとなった大名もいます。 -
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しかし、急速に広がるキリスト教の教えと信徒の増加に危機感を抱いた豊臣秀吉はその晩年にキリスト教禁止令を出し、命令に従わない宣教師と信徒を拷問の末に処刑しました。
この方針は豊臣家滅亡後の徳川幕府にも引き継がれ、島原の乱のあと カトリックを国教とするポルトガルからの入国を一切禁止とし、海外との窓口はプロテスタント国家であるオランダだけとして 200年以上に亘る鎖国を続けました。 -
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オランダ人の日本入国も長崎に作った「出島」での滞在に限って許可し、現在復元されたこの出島は、当時の建築物を文献資料や石積・土台から復元したものになります。
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お次は、大浦天主堂を外見だけ見学。
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って、大浦天主堂・・・、国宝らしいけど、世界遺産らしいけど、それでも、現役のカトリック教会なのに拝観料1,000円は高すぎる!
しかも「信仰、祈りの場」を理由に教会内部の写真撮影は禁止って、ちょっと上から目線だと思いますです、はいー。
神の祈りの家なら万民に無料で開かれるべきだし、一見する価値のある建造物扱いでの入場料だとしたら、19世紀建立・原爆で破壊されて1950年代再建の建築物に1,000円かぁ、
世界最古の木造建築・法隆寺の拝観料より高いですやん。 -
ちなみに、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂もヴェネツィアのサンマルコ寺院も、拝観料は無料です。
あ、サンマルコ寺院はアクア・アルタ水没被害の補修と対策で2019年から4ユーロの入場料を導入したらしいけど、これは仕方ないと思います。 -
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めがね橋をチラ見して、長崎駅近くの二十六聖人祈念館に移動。
しかしこの坂道が、半端なくキツかった。前日の島原遠足・24,000歩が祟り もう足が上がらないー。 -
ひぃひぃ言いながら坂道(西坂)を登り、豊臣秀吉の命令で殉教し聖人に聖別された26人の足跡とキリスト教伝来~鎖国時代の資料を展示した記念館です。
こちらはかなりカトリック色の強い展示内容で、如何にキリスト教が自己犠牲の愛にあふれた教えで崇高な精神を持ち、徳川幕府の禁教令が如何に非道だったかを延々と主張していました。
自らの信仰を捨てることなく粛々として処刑された人々の信念には頭が下がりますが、しかし・・・、天邪鬼の私としては、同時期のヨーロッパでの異端審問や魔女裁判(魔女狩り)も エグさは相当なものだったよね~と ひそかに思ったのでありました。 -
足がマジで辛くなってきたので、ここで観光は終了。
3日目の歩行数は 17,000歩、もうヘロヘロでした。 -
ホテルに戻って荷物を引き取り、近くのドトールで休憩後 長崎駅に向かいます。
こちらは今回の熊本・長崎旅行の戦利品です。
長崎駅16:15発の空港バスに乗り、長崎空港17:00着。その後は空港屋上展望台や土産物店で時間を潰し、JAL2378便 19:00発のフライトで 20:15伊丹空港到着です。 -
予定よりも歩く距離が多かったためか、帰宅後2~3日は足がダル重くて大変でしたが、久しぶりの熊本・長崎旅行は楽しかったです。
みなさま、この旅行記にお付き合い頂いてありがとうございました~。
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