2022/02/25 - 2022/02/25
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たびたびさん
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鞆の浦周辺は、国立公園第一号のひとつ瀬戸内海国立公園の中心。風光明媚なことはもちろんですが、やはり、瀬戸内海の海運の歴史とその名残がしっかり街並みとして残っていることが、最大の魅力でしょう。
ところで、瀬戸内海の海流は、満潮時には紀伊水道や豊後水道を通って、東と西のそれぞれから瀬戸内海に流れ込みます。その海流は瀬戸内海の中央に位置する鞆の浦沖でぶつかりあって、干潮時にはまた東西に分かれて流れ出してゆく。こうした自然条件があって、潮の流れを利用して瀬戸内海を行きかう船にとって、鞆の浦は大変に都合がいい場所だったのですね。その歴史は古く、大伴旅人などの万葉集に詠まれたり、魏志倭人伝にも登場するとか。
江戸期に入ると安芸備後の領主となった福島正則は鞆城を拡充し、瀬戸内海に睨みを利かせる姿勢を取りますが、それは徳川家康の望むところではない。これは福島家改易の遠因の一つとなったのではないかとも言われます。そして、福島家が改易となると備後を受け継いだのは徳川家康の従弟である水野勝成の水野家。勝成は居城だった神辺城から鞆の浦により近い福山城に移して、鞆城跡には鞆奉行所を置くことに。以降、藩政時代を通じて、鞆の浦は公式の海駅。北前船や九州船の寄港地として、また、参勤交代や朝鮮通信使の航路ともなった賑わいは、今でも福禅寺対潮楼、七卿落遺跡太田家住宅、龍馬の隠れ部屋桝屋清右衛門宅ほか街並みのそこかしこに感じることができると思います。
鞆 町並ひな祭は、地区内の商店も参加する地域をあげてのひな祭り。ただ、見ごたえがあるのは、やはり、鞆の浦歴史民俗資料館や太田家住宅、鞆の津の商家といったところのひな飾りかな。瀬戸内海の交易で豊かになった鞆の浦ですから、それなりのひな人形もちらほら。女雛の宝冠が豪華なのはこの地方の特徴ですが、きりりとした享保雛の面立ちとかハッとさせられるひな人形にも出会えました。その後は、寺町の古寺めぐりも。尾道ほどの規模はありませんが、朝鮮通信使の一行が分宿した寺も多いよう。海路は陸路と比べて天候の影響を受けやすい。朝鮮通信使に限らず、何かあった時は寺も協力して海駅、鞆の浦の役割を支えていたのではないかと想像しました。
最後は、尾道で尾道ラーメンを食べて終了です。
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福山駅に到着して、ちょっと気になるお店へ。
ルナは、創業1956年という50年以上の歴史を持つ福山市内の純喫茶。レトロな洋館風の外観に -
イチオシ
店内も地下から三階までの吹き抜け空間とか。長く愛されるお店だけに、その寛ぎの雰囲気はさすがです。
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モーニングをいただきましたが、常連さんが何人かいてそれぞれが新聞を読んだり、思い思いに寛いでいます。なんか毎朝のことみたいな感じで、落ち着いたもの。福山にもいいお店がありますね~
私もゆったりとした時間を過ごせました。 -
福山駅から鞆の浦へはトモテツバス。かつては鉄道があったらしいのですが、その鉄道に起源をもつバス会社です。所要時間は約30分。途中に国宝七重の塔を有する明王院、草戸稲荷があって、これも途中下車する価値ありですよね。
この日のバスはデザインが満開のバラ。福山は薔薇の街ですし、派手派手なところでちょっとテンションが上がりました。 -
バスは芦田川を下って進みます。明王院、草戸稲荷もこの川沿いです。
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鞆の浦のともてつバスセンターに到着。鞆の浦の観光なら、実質ここが終点です。
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センターは、一般的なお土産物のショップのほか、観光案内所があって、街歩きの前にはここでマップをいただきます。この日はひな祭りの情報もいただきましたが、大田家住宅は土日しかやっていないのだとか。事前に電話で確認したつもりなんですけど、ちょっとがっかりです。
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まあ、鞆の浦歴史民俗資料館の方はやっているので、取りあえずそちらに伺いましょう。
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鞆の浦歴史民俗資料館は小山の上で、かつて鞆城があったところ。
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敷地内からはこんな風に鞆の浦の港の方の市街が見渡せます。
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館内へ入ると
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ロビーには
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御殿雛ですね。
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建物の模型として見ると見ごたえがあるような気はしますけど、人形とか細かいところはざっとしていて、雛飾りとしての気持ちは乗りにくいかな。これは愛情を注ぐ対象となるのでしょうか。ちょっと疑問ですね。
なお、展示室の方は撮影禁止なので写真はこれで終わりですが、入ってすぐにあった享保雛は切れ長の目元とかが素晴らしい。徳川美術館の尾張徳川家の雛まつりで拝見した矩姫(かねひめ)のひな人形を少し思い出してしまいました。(https://4travel.jp/dm_shisetsu_tips/13955702)さすが鞆の浦。ひょっこりいいものに出会えます。 -
ここから港の方に降りていきます。
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路地を抜けていこうとすると保命酒の店。
鞆の浦の保命酒のお店4軒あるのですが、
メジャーなのは、入江豊三郎本店とこの岡本亀太郎本店ですよね。 -
ここの見どころは、旧福山城長屋門の遺構建物をお店にしているということ。明治維新後に払い下げられ、それを移築したのだそうですが、見事に老舗の雰囲気を醸し出しています。
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店内の装飾類も見応えがあって
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イチオシ
目を引くのは、この龍の看板。
保命酒は、万治2年(1659年)大阪の漢方医であった中村吉兵衛氏によって開発された薬酒。以降、保命酒は中村家の独占販売だったのですが、その伝統の技を受け継いだのが岡本亀太郎。中村家から道具一式とともにこの龍の看板も譲り受けたという由緒正しい看板なのだそうです。 -
薬酒と言えば養命酒くらいしか浮かびませんけど、まあ、梅酒の類も含めればあれこれなくはないでしょうし、長岡市の摂田ではサフラン酒というのも見たことがあります。廃れたものが多い中でよく生き残っているのではないかと思います。
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このまま港の方に向かいます。
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通りから常夜灯の方に抜ける小道の入り口角に、赤いベンガラのしっかりした構えの建物があって、これは澤村船具店。
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人けはあまり感じないのですが、広く開いた窓から中を覗くと網に使う浮き球とか船の舵とかで飾られた一風変わった店内。船具というのはどれを指しているのかよく分かりませんが、眺めるだけでも楽しくなると思います。
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常夜灯の方に抜ける小道に入るとこれも保命酒のお店。鞆酒造、保命酒屋です。
小さな路地の途中にあって、ちょっとひそやかな店構え。 -
店内もちょっと古道具っぽいものが置いてあったりして、あんまりすっきりとはしていませんね。
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この日はお雛様をちょっと見せてもらいまして、
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一番奥には、いわれは分からないんですけどねという古い享保雛もありました。
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いろは丸展示館から常夜灯の辺りに出ました。
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かつての鞆の浦の港の面影が色濃く残る場所。
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イチオシ
ただ、改めて見るとけっこう規模が小さくて、大型船は直接は着けなかったような感じもしなくはない。北前船とかでも意外に大きいですからね。スケール感がよく分かりません。
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ここで、常夜灯の傍らの鞆の浦 a cafeへ。港を正面に眺める最高のロケーションですからね。
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お勧めの瀬戸田レモンを使ったレモネードをホットでいただきましたが、甘ったるさの中にしっかりレモンの香りがして悪くはない。ただ、プラスチック容器で渡されたのではちょっと気分がね。やっぱり観光地なので、容器とかも普通にちゃんとしてもらいたいなとは思います。
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また、ともてつバスセンターの方に戻って、昼飯にしましょう。
鯛亭は、鞆の浦の仙酔島を眺める海岸通り沿い。地元の小さな料理屋さんで、もうけっこうな年配の大将がやっています。 -
イチオシ
いただいたのは、鯛定食のデラックス。鯛の刺身もコリコリして活きがいいし、焼いた鯛を炊き込んだ鯛飯も鯛の香りがしっかりしていて、老舗の年季を感じます。正統派のきちんとしたお店だと思います。
ごちそうさまでした。 -
ここから、ひな祭りの最後、鞆の津の商家に向かいます。
メインストリートを行きますけど、その途中にある保命酒のお店、入江豊三郎本店。 -
今朝ほどの岡本亀太郎本店と並ぶメジャーなお店。店内も悠々ですよね。
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イチオシ
商品の隣りに
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上品でほどよい雛飾り。
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女将さんと話していたら、保命酒は水が大事ということで
店の奥にある -
井戸の方も見せてもらいました。
ちょこっとお茶もいただいたりして。気さくな女将さんです -
同じ通りにもう一軒。これは八田保命酒舗です。「赤たる本格保命酒」とあって、柑橘系のピールを多用し16種類のハーブを使用とかいろいろ書かれていましたが、まあルーツはみな同じなので、差はあるようなないような。
こちらは店構えが重くないので、逆にあれこれ積極的に説明しないといけないのかなとも思います。 -
あと、入江豊三郎本店には同じ通り沿いに3つの施設があって、入江保命酒資料館というこちらはかつての蔵を利用したもの。
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ひな祭りの期間中だったので、
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奥の展示ケースには江戸期、明治期とか年代もののお雛様が飾ってありました。
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限られたスペースですが、建物がしっかりしているので気持ちがちょっと落ち着いて整えられるような感じ。観光客にはありがたい場所だと思います。
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ぶらぶら歩いてきましたけど、
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これが鞆の津の商家。
ちょっと漠とした名前ですが、元々は呉服商で、その後、魚網の商いをしていたということです。 -
土間が奥まで続く、旧家らしいがらんとした空間。
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イチオシ
そこにいくつかの段飾りが並びます。
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この家とは関係なく、鞆の浦のどこかの家からもらった雛飾りを飾っているのでしょう。そういう意味だと一般庶民のお雛様かな。
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イチオシ
一番奥にあったのは明治時代末期のお雛様。
上品さとかわいらしさのバランスがいいような気がします。 -
宝冠の見事さもいやらしくはないし、
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道具類が丁寧に作られているし、それなりに豪華な衣装は落ち着きもあると思います。
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こちらは、土間の方の蔵。
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ちょうどすっぽり収まっています。
ひな祭りの方はこれでおしまい。きらりと光るひな人形もありましたけど、街のひな祭りイベントとしては少し寂しいかな。イベントとして考えると雛人形は一つの要素として考えて、創作人形に展開して行ったり、周辺の飾りつけで工夫する方が面白いですよね。さげもんなんかは特別としても、土人形や紙の人形、掛け軸に描いた雛人形なんかとの組み合わせ。地域全体の力が必要なんですが、そういう意味では鞆の浦はどういう展開をしていくのか。いずれにしても、今はミニマムな範囲で地域に残るひな人形を守って行こうというレベルなのかなと思います。 -
ひな祭りの方が終われば、今日の目的は果たしたことになってしまうんですが、まだまだ余裕がありますけどね~
鞆の浦には古寺めぐりという寺が16か寺ほどあるようなので、ここからはそっちの方を回ってみたいと思います。以前、回った寺もあるんですけどね -
港に近い方からですけど、まずは、地蔵院。市街から一段高い石垣の上に境内があって、ちょっと厳めしい構えです。 -
説明書があって、それによると
金剛健歯観音という歯の健康を守護する観音様をお祀りしていて、歯を見せている十一面観音様というのが珍しいようです。 -
阿弥陀寺は、永禄8年(1565)の創建。
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元禄時代に造られた「鞆の大仏」と呼ばれる丈6の座像があってそれが見どころ。
本堂には自由に上がれるのでぜひどうぞ。黄金の神々しい仏様です。 -
南禅坊は、鞆の大仏で知られる阿弥陀寺の隣り。楼門が立派でちょっと目を引きますが、こちらの創建は建久元(1190)年。法然ゆかりの寺です。
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つまり、法然が讃岐に流されるのですが、その際、寄ったこの地の豪族が法然の法義に帰依したのが始まり。法然の冤罪が晴れると、護身弥陀仏の像などを授けたということです。
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続いては、法宣寺。
延文3年(1358)、日蓮宗の高僧、大覚大僧正が法華堂を建立したのが始まり。江戸時代末期には加藤清正を祀るお堂があって、この辺りの通りを清正公道と呼んだのだとか。 -
もう枯れてしまいまったということですが、天蓋マツという樹齢600年の黒松があって国の天然記念物だったとか。今はそれがなくなって、なんだかがらんとした境内になっているように感じました。
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静観寺は、古寺めぐりの寺の中でも最も古い寺。創建は大同元年(806)。創建当時は七堂伽藍が建ち並ぶ大寺だったようですが、
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今はなんとか命脈は保っているとはいえちょっと荒れ寺といった方がいいかもしれません。
ただ、江戸中期の火災を逃れた松上げ地蔵が信仰を集めているということです。 -
妙蓮寺は、慶長年間(1596~1614)に創建された日蓮宗の寺。
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生髪鬼子母大尊神を祀ります。
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顕政寺は、寺町のほぼ中心部にある日蓮宗のお寺で、
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慶長年間(1596~1614年)の創建。
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境内に開運殿と額のかかったお堂があって、開運妙見大菩薩を祀っています。ただ、山門に対して境内はちょっと平易な印象です。
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小松寺は、ぼけ封じの寺。
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平清盛の嫡男、小松殿と呼ばれた平重盛の創建。朝鮮通信使の遺構もあるというのですが、
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見どころは、この有髪薬師地蔵。
髪があるのかどうかはわかりませんでしたが、ボケ封じの地蔵様です。 -
これは本願寺。
一遍上人が開基という由緒ある時宗の寺。
一遍上人は踊念仏。浄土宗や真宗と同じで阿弥陀如来に救われることを信じる念仏を唱えるんですが、最後は「我も仏もなかりせり」と仏と自分の一体感のような世界に至っていて、似て非なるものですよね。
ちょっと蛇足ですけど補足すると
宗教の世界であれば、神と人間。阿弥陀仏と衆生みたいな二元論が一般的なんでしょうね。しかし、日本の仏教においてはむしろ一元論の方が主流です。不死不生とか空仮中の三解の思想は生と死を区別しないというのが本質ですし、本覚思想も人間には仏性が備わっているということですから最後は仏と凡夫は一体。一元論になるでしょう。ただ、時宗はそもそもの二元論からいつの間にか一元論に至っているのですがそれを教義として追及したのではなく、インド哲学で言うところのヨーガから至ったということなんだと思います。つまり、座禅や念仏、題目口唱もヨーガの一種だと思いますけど、それまでの教義中心からヨーガに重点をシフトしたのは鎌倉の仏教大衆化における小さくない要素なんですね。時宗は一元論やヨーガといった視点で見ると日本的な仏教の特徴を示唆してくれる面白い存在ではないかと思います。 -
横道にそれましたが、寺のもともとの名前は「沖見堂」。
境内は少し荒れた感じですが、そんな中で、見どころは境内にある小さなお堂に祀られた千手千眼観世音菩薩。素朴な石の仏さまです。 -
善行寺は、天文年間(1532~1554年)の創建。法善という僧侶が開基。江戸時代の前期に当地に移転してきたとか。
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朝鮮通信使の常宿だったとかは他の寺とも同じ。私的には本堂の瓦屋根の構えがどっしりとしていて、見ごたえがあるような気がします。
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続いては慈徳院。
寺は、鞆の浦の寺町を整備した福島正則が大檀越となって創建した臨済宗妙心寺派の寺。
昭和になって建てられた山門の意匠や -
境内の薬師堂が見どころかな。芝生の境内とかもなにげにおシャレだと思います。
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最後は、正法寺。創建は、慶長3年(1598)。臨済宗妙心寺派のお寺。
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山門から境内はよく整備されていて、境内の十六羅漢堂や
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本堂の襖絵とかも雰囲気がありまして、
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ここで街歩きの疲れもちょっと癒せるような気がしますね。
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ただ、一番の見どころは、本堂奥に祀られている毘沙門天象。
写真撮影も可となっています。 -
古寺めぐりから、またともてつバスセンターの方に戻ってきました。
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通りからは仙酔島も見えています。やっぱりこの眺めが鞆の浦では一番ですよね
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まあ、朝鮮通信使の歴史もあって對潮楼からの眺めは最高でした。
ただ、この通りに最近できたんだと思いますが、鞆支所眺望デッキというのがありまして。 -
立ち寄ってみると海岸通り沿いに建つ福山市役所鞆支所の屋上から
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イチオシ
真正面に全景が見渡せるじゃないですか。
對潮楼もよかったけど、ここの眺めもまさに一望。素晴らしいですね。まだ、あまり知られていないと思いますが、手軽だし、これを見ない手はないですね。いいものができました。 -
トモテツバスで福山駅に帰る途中。改めて、草戸大橋からの眺め。
ここに草戸千軒町遺跡というのがあって、それは瀬戸内海の芦田川河口の港町として栄えた大規模集落の遺跡。鎌倉時代から室町時代にかけておよそ300年間繁栄していたのだそうです。草戸稲荷神社や明王院の目の前の川の中州で陶磁器や古銭などの遺物が出土して分かったのだとか。洪水で埋まったのが幸いして、こうした遺物が残ったようです。
葦が茂った川を眺めているとちょっと不思議な気持ちになりますね。 -
福山駅から、ひな祭りつながりで、福寿会館にも行ってみます。
会館は、福山城の天守閣を望む二の丸北側に建つ施設。元は地元の海産物商が所有する別荘だったもの。その後、福山通運のオーナーを経て、今は福山市の所有です。 -
「くつろぎのひな祭り」をやっていて、それを拝見します。
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大広間に段飾りがいくつも並んでいましたが、
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どうでしょう。
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和服や
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掛け軸を組み合わせたりして
創作っぽい要素が入っているのは悪くないですよね。 -
ただ、雛飾りはあんまり古いものはないですね。
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現代のひな人形といった感じなので、残念ながら福山の歴史まで思いを馳せるということにはなりませんね。
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やっぱり、目が行くのはむしろこの施設の方かな。日本庭園がなにげに見事で、建物との調和も優れていると思いました。
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ついでに、お隣の三蔵稲荷神社にも寄ってみます。こちらは、水野勝成が福山城を築城した際、城内に祀った稲荷。創祀。稲荷の化身が水野勝成の行列に護衛として付いていたという言い伝えもあるのだとか。
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境内には神楽殿なんかもあって、まあまあの構え。ただ、急な坂道を上って行った先なのでちょっと気が付きにくい場所ではあると思います。
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福山からそのまま広島に帰ってもよかったのですが、まだ少し余裕があるので尾道で途中下車。海岸通りを歩いて、気になっていた尾道ラーメンの店を目指します。
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イチオシ
夕方の渡船が美しいですね。
ちなみに、尾道市街と向島を結ぶ渡船は三つあって、この福本渡船は真ん中。向島の方だと本土側に突き出たところに着くので航路の長さとしては一番短くて、運賃も最安値だとか。自転車通学の学生とかの利用が多いのですが、観光客にとってみると向島に着いてからのアクセスとかがイマイチなので利用価値は下がるとは思います。 -
また日が暮れてきて、遠くに見える新尾道大橋には照明が灯り始めました。道を照らす街灯ではあるのですが、ここの照明はもう少し華やか。新尾道大橋をちゃんとデコレートしているような感じになっていて、黄昏の尾道水道の雰囲気を盛り上がる存在かと思います。
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パンのなる木は、海岸通りの人気パン屋さん。
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夕方なので、残りの品数は少なくなっていましたが、それに応じてちゃんと並びを整えていて、こういう配慮好きですね。クリームソフト。柔らかい生地のふんわりした甘さに、しっとりクリームもいい感じ。さりげないけど特徴がある味わいです。
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松愛堂にも寄ってみます。活気があるというか賑やかな感じの店構えで、お菓子の種類もあれこれと豊富です。
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いただいたのは、はっさく大福。今やあちこちで見かけるようになりましたが、ここのはいかがでしょうか。お餅の皮もしっかりしているし、白餡もけっこう多い。はっさくの存在感はあっても、それがあるので全体として落ち着いた感じに仕上がっていますね。この程よさというのはやっぱり老舗の味なのかなと思います。
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尾道ラーメンには超の付く人気店がいくつかあって、丸ぼしもそのひとつ。これが目当てだったんですよね。
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イチオシ
基本の尾道ラーメンをいただきましたが、くせのない煮干しの出汁に、背油の豊かな風味と素直な醤油の味わいが抜群。歯切れのよい麺もさっぱり感があって、いいですね~
私は正直言えばあんまりラーメンって好きじゃないんですが、ここのは本当に文句なし。ラーメンっておいしいな~と素直に思えました。 -
丸ぼしがドンピシャだったので、気分良く
今度はアーケードを通って尾道駅に戻ります。 -
これは、パン屋航路。食べログの100名店にも選ばれていて、尾道だけじゃなくて、広島を代表するパンの名店です。今回はスルーですけどね。
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名物店と言えば、これも最右翼というべき存在、大和湯。本通り商店街の中では元銭湯というその独特の外観でかなり目立っていますよね。以前は喫茶店だったようですが、今は餃子のお店に変わっています。
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気分がいいところで、その餃子の方もいただいてみましょうか。
なるほど~
ちょっと高級感もあるし、餃子というか点心や飲茶といった感覚かな。しっかり下味も付いているんですが、地元の赤酢でいただくとこれがまたいい感じ。店内のレトロというよりむしろスタイリッシュな雰囲気とも合っていて、このプロデュース力も何気にすごいと思いました。楽しませてくれるお店です。
さて、最後までいろいろ粘りましたが、これで本当におしまい。後は広島に帰ります。お疲れ様でした。
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