2007/08/11 - 2007/08/11
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MIUMIUさん
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このブログは、私たち熟年夫婦が撮りためた写真を、
旅の備忘録として整理し、アップしたものです。
コロナ禍で海外に行けない状況が続く中、
昔の旅行の写真を眺めながら過去の記憶を辿り、
その記憶を整理をしていく事は、
脳みその活性化を図る事にもなるかもしれません。(;^^
少しずつでも頑張ってアップしていければいいな、と思っていますが、
10年以上前の旅行なので記録が散逸し思い出せないことも多く、
つくづく、熟年夫婦が老年夫婦になりつつあるのか…と痛感させられます。
2007年の初夏に、偶々旅行社の前を通った時に目に留まったポスタ-。
★★直行便で行く中欧9日間★★
え!? なんやて?!
このポスターに目がくぎづけになった。
若い頃は共産圏だったチェコやハンガリ-。
鉄のカーテンの向こう側の世界、というイメージで、
到底行くことができない未知の世界だった。
しかし、もう既に鉄のカーテンが消滅して久しく、
自由に行き来できる世界となっていた。
ずっと行きたかった中欧・・・ 行きたい!
が、仕事の都合もあるし長期の休みがとれるのか…
いや、直行便なら効率よく行けるかも…
9日くらいの夏の休暇なら何とかなるか…
パンフレットをよく見ると、
機材は全盛期を過ぎて退役も見込まれていたボーイング777。
しかも、定期航路便ではなく
機材まるごとJTBがJALからチャ-タ-した独自のフライト。
加えて、お盆のベストシ-ズン出発。
その割には価格もお手頃な設定ではないか。
よっしゃ、決定!
ツア-は団体行動なので現地での行動は制約されてしまうが、
自由行動の日も結構あるし、
ヨーロッパ旅行ビギナ-にとっては、予行演習?として丁度いいか。
…というわけで、即!電話で妻と相談して申し込み完了!
(妻は兼ねてよりオーストリアに行きたいと繰り返していた)
現在、大型ジェットはA380がありますが、
もう今では乗るこのとできないジャンボジェットでの海外往復、
それも今ではあり得ない直行便。
とても貴重な体験になったと思います。
当時の写真を見ながら振り返っていると、
もっと良いカメラを持っていけば、もう少しはきれいな写真を残せたのに・・・と悔やまれますが…
記念としてパンフレットは保存していました。
店頭で配られていたものなのでアップしますが、
問題があるようでしたらお教えください。
=== 全日程 ===
2007年
◆ 8/10(金)11:30 関空発
15:25 ハンガリー ブダペスト空港着
ブダペストのホテル到着後フリータイム 旧市街散策
【1】 https://4travel.jp/travelogue/11738849
◇ 8/11(土)午前=ブダペスト市内観光ツアー
午後=フリータイム ペスト地区の旧市街を散策
夜=ドナウ川ディナークルーズ
【2】 https://4travel.jp/travelogue/11738863 ←今ここ
◇ 8/12(日)ドナウベント地方の村、城塞、大聖堂を観光の後
オーストリア ウィーンへ
【3】 https://4travel.jp/travelogue/11738871
◇ 8/13(月) 午前=シェーンブルン宮殿と市立公園のツアー
午後=フリータイム 旧市街を散策
夜=楽友協会ホールにてコンサート鑑賞
【4】 https://4travel.jp/travelogue/11739176
◇ 8/14(火) 終日フリータイム
リング通り内側の聖堂、教会、王宮、庭園、市場など
【5】 https://4travel.jp/travelogue/11741986
◇ 8/15(水) チェコ チェスキークルムロフを観光の後
プラハへ
【6】 https://4travel.jp/travelogue/11741982
◇ 8/16(木) プラハ旧市街の観光ツアー
【7】 https://4travel.jp/travelogue/11743721
◇ 8/17(金) フリータイム 旧市街を散策
20:00 プラハ空港発
【8】 https://4travel.jp/travelogue/11743727
◇ 8/18(土) 14:15 関空着
【9】 https://4travel.jp/travelogue/11743731
2023.09.02 EDIT
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
【8/11(土)】
メルキュール ブダペスト コロナでの1日目の朝。
ホテル内のレストランで朝食をとった。
明るく雰囲気のいいレストランで、道路側と中庭側に大きな窓がある。
なぜか朝食の写真はなく、この写真だけ。
8:40 ホテル出発 -
今日は終日バスと徒歩でのブダペスト観光です。
先ずは、ブダ地区の王宮の丘にある『漁夫の砦』へ。
同じ王宮の丘にあるマーチャーシュ教会の再建を担当した建築家が設計した建物。
ネオロマネスク様式で、石灰岩の白い尖塔が7つ、回廊の間に並んでいる。
これがなぜ、漁夫の砦というのか?というと
かつてこのエリアを守っていたのが漁師だったというのが由来で
美化計画の一環として建てられたらしい。 -
尖塔の中。
ユニークな形の尖塔は見張り塔のようなつくりに思えた。 -
漁夫の砦からの眺望。
ドナウ川を挟んでペスト側も遠くまで望める。 -
左に見える橋はマルギッド橋、右には国会議事堂が見える。
-
アップで撮った国会議事堂。(ボケボケやん…)
-
聖イシュトバーン教会。
-
セーチェーニくさり橋。
1849年に完成した全長380mの吊り橋。
一般的にはくさり橋と呼ばれている。 -
つまり、美しい展望台ですね。
今は有料エリアと無料エリアがあり、カフェもあるそうですが
この時にはエリアが分かれていなかったし、全て無料だったはず。
カフェもありませんでした。 -
漁夫の砦のすぐそばに建つ、マーチャーシュ教会。
この時は外観の改修中だったが、美しい屋根は見ることができた。
カラフルな屋根はジョルナイ製のセラミック瓦が使用され、
美しいダイヤモンド柄になっている。(中央市場の屋根と同じ)
この屋根になったのは、19世紀末の二重帝国時代、
国王フランツ・ヨーゼフによる大改築の時である。
ジョルナイは、ヘレンド、ホロー・ハーザと並ぶハンガリー三大陶磁器のひとつ。
ウィーンのシュテファン教会にも使用されている。 -
ハンガリー建国の父、聖イシュトバーン1世騎馬像が
マーチャーシュ教会の方を向いて建っている。
手には、ハンガリーの国章、二重十字の十字架を持っている。
この日、夫はジョジョのTシャツを着用。(日本では恥ずかしくて外で着れない為) -
マーチャーシュ教会の正式名は聖母マリア教会。
元々は1015年に、国王イシュトバーン1世が建造した教会が起源で、
13世紀にモンゴルに破壊され、その後ベーラ4世の命により再建。
14世紀後半から15世紀に、
マーチャーシュ王によってゴシック様式に大規模改築が行われてからは、
マーチャーシュ教会と呼ばれるようになった。
16世紀にはブダがオスマントルコに占領され、内部がモスク様式に塗り替えられた。
そして、19世紀末の二重帝国時代になって大掛かりな増改築をし
カトリック様式に戻され、現在の形になった。
(二重帝国時代に急速に経済が発展した為、建設ラッシュとなっていた) -
入ったら別世界!
オレンジ色の濃淡やブラウン、ゴールドで埋め尽くされていて圧倒される。
ハンガリーのアールヌーボーと呼ばれるセセッション様式だそうです。 -
聖母マリアを祀ってある主祭壇。
-
後方には、ハンガリー最大のパイプオルガン。
-
カトリック様式に戻されたといっても
壁面も天井も、トルコ風(イスラム)のアラベスク模様や
ハンガリー独特の唐草模様の装飾が残されている。
それらがゴシック様式のステンドグラスと融合しているのが
マーチャーシュ教会の一番の特徴ですね。
柱には貴族の紋章の旗が掲げてある。 -
この3体の像は、東方の三博士(贈り物を持って幼子のキリストを拝みにきた人物)だと思われます。(間違ってたらごめんなさい)
-
歴代大司教の衣でしょうか。
-
主祭壇のサイドから階段を上がって裏のほうまで見学できた。
-
狭い階段を上がって行くと、いきなり若々しいシシィが出迎えてくれる。
ここはエリザベートの為に作られた、教会内を見下ろせる小さなバルコニーの中。
1867年6月8日、皇帝フランツ・ヨーゼフと皇妃エリザべートが
このマーチャーシュ教会で、ハンガリー国王及び王妃として戴冠式に臨んだ。
それまでオーストリア帝国の支配下だったハンガリーに、この時から自治権が与えられ、オーストリア・ハンガリー二重帝国という同君連合が成立した。
これは、エリザベートの尽力によるものだと伝えられている。
が、フランツ・ヨーゼフは若い頃にハンガリーに対し冷酷な鎮圧を行っており、
国民からの信頼度は戻ることはなかった為、殆どハンガリーには来なかった。
エリザベートはハンガリーをこよなく愛し、
ウィーンにいるよりもブダペストに滞在することの方が多かったという。
(フランツはシシィを終生愛していたが、すれ違い夫婦のままでありました) -
主祭壇のステンドグラス。
-
マーチャーシュ王の左手首が大切に保存されている。
-
-
王宮の丘の隣にあるゲッレールトの丘の展望台、ツィタデラへ。
-
漁夫の砦からとは少し違うアングルで眺望を楽しめる。
-
次は、ペスト側の「聖イシュトバーン大聖堂」へ。
驚きの大きさ!!!
ブダペストでは、国会議事堂と並んで最も高い建造物ということです。 -
カトリック教会として、19世紀半ばに着工、今世紀初頭に完成。
キリスト教の布教に専念した初代国王聖イシュトバーン1世に因んで
聖イシュトバーン大聖堂、と名付けられた。
新古典主義様式という建築様式で、正面に大きな鐘楼が2つあるのが特徴。 -
入場したら、広さと高さと美しさに呆然・・・
こんなん見たことない・・・
この時の衝撃はよく覚えている。 -
ドームの高さ96m、直径22m。
内側の装飾が美しい。 -
全体的に黄金色で覆われていて赤褐色の大理石が多く、荘厳な空気が流れている。
-
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天井の一部。
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主祭壇には、キリストではなく、聖イシュトバーンの像。
ハンガリーの国民にとっては聖イシュトバーンが神なんですね。 -
-
聖イシュトバーン大聖堂の見学者用出入口。
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聖イシュトバーン大聖堂の前は、このような広場になっている。
-
ここで集合して、英雄広場に向かった。
-
広い市民広場の中にある「英雄広場」。
聖イシュトバーン大聖堂からアンドラーシ通りを北東へ直進した突き当たりにある。
二重帝国時代の19世紀末に建国1000年を記念して建設された広場。
英雄を称える場所ということで、靖国神社のようなものだと添乗員さんが言われた。 -
半円形の建物に、ハンガリーの英雄(国王や政治家)14人の銅像が並んでいる。
向かって左側に7人。一番左が初代イシュトバーン。 -
右側に7人。
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その中央にはオベリスクのような高い尖塔が建ち
一番上には大天使ガブリエルが二重十字と王冠を掲げて立っている。
なぜかその写真がない。 -
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高い尖塔を7人の部族長の騎馬像が囲んでいる。
-
この右側の騎馬像がアルパード。
896年以降、マジャール民族出身のアルパードはカルパチア盆地で騎馬軍団を形成、
周辺国を荒らし回って恐れられていたが
955年にドイツで大敗してからは、国家建設に力を入れるようになったとか。 -
英雄広場を挟むように2つの美術館がある。
-
南側に西洋美術館。
-
北側に近代美術館。
-
12:30 レストランでランチ。メモによると、
メニューは、グヤーシュ、ターキーのきのこソースがけ、フルーツ。
グヤーシュとは、ハンガリーを代表する料理で牛肉と根菜のパプリカ味のスープ。
とろみの少ないシチューのようなもの。
チェコ、ドイツ、オーストリアにも広まっており、グーラッシュと呼ばれている。 -
ランチ後、2時からはフリータイムとなった。
-
街歩きを楽しみながら、国会議事堂に向かった。
-
不動産屋のウィンドーを素通りできない夫。
(仕事柄、興味があるだけ。住むつもりはない) -
-
-
ドナウ川に向かって進んだ。
-
国会議事堂が見えてきた。
-
国会議事堂前のコシュート・ラヲシュ広場にある太鼓橋。
橋の中央に、ハンガリー動乱で処刑されたナジ・イムレの等身大の像がある。
彼は、共産主義者だったが温和な思想家として支持者が多く、
1953年に首相になったが、その後急進派から追放され、
1956年、自由化を求める国民たちに押されてまた首相になった。
しかし、ソ連軍がブダペストを包囲し、制圧、
彼はソ連軍に捕らえられて処刑された。
1989年、政治改革が進み始めると、ナジ・イムレの名誉を回復しようという声が高まり、彼を称える式典が行われ、ここに像が建造された。
この像は優し気な表情だったので、アップで撮影すればよかったなぁ・・・ -
国会議事堂に着いた。 高さ96mのこれまた巨大な建物だ。
繊細な装飾や彫刻の施された外観は、まるで宮殿のよう。
人口1千万に満たない小さな国に、こんなにも大きく豪華な国会議事堂とは…
と、驚いたが、
アジアから来たマジャール人によって築かれたハンガリーの1000年の歴史が
いかに誇らしいか! という証なのだろう。 -
バロック・ルネッサンス・ゴシック・ネオゴシック様式の折衷様式の建物で
外観はネオ・ゴシック様式。
1884年から1904年にかけて、建国1000年を記念して建てられた
ハンガリーのシンボル、マジャール民族の誇りをかけた建築物なんだそうです。 -
これは多分、向かい側の建物?
-
確か入場するには予約が必要とかで、入ることはできなかった。
内部がいかに豪華絢爛かはガイドブックなどで見ていたので、残念! -
-
コシュート・ラヲシュ広場にあるコシュート・ラヲシュ像。
コシュート・ラヲシュは、19世紀ハンガリーの独立闘争に命をかけた偉大な人物で
国民に最も尊敬されているという。
独立闘争では、若きフランツヨーゼフは領土を守る為100人以上を処刑した。
以後、ハンガリー国民から「血塗られた若き皇帝」と揶揄され続け
6年後にエリザベートと結婚してからも、信頼は取り戻せなかったという。
(そんなこんなで苦悩し続けるフランツとは別次元で苦悩していた妻シシィ…
が、ハンガリー国民にめちゃ人気があった事はフランツを助ける事にはなった訳か… ウィーンを留守にしっぱなしでも寛大になれたというのもわかる気が…) -
国会議事堂の裏側、ドナウ川沿いは遊歩道になっている。
右側にはマルギッド橋が見える。
雲行きがあやしい。。。 -
向かい側はブダ地区。
-
-
-
遊歩道沿いに、銅製の様々な靴のオブジェが川の方を向いて並んでいた。
この時は意味がわからず、あとで調べたところ…
ナチスドイツの占領下だった1944年から1945年、ユダヤ人がにここに並ばされ、
銃殺され、沈められたりしたという悲劇を表現しているそうです。
靴は貴重なので脱ぐよう命じられた為、銃殺された後にはこのような光景となったという…
2005年に設置されたメモリアルオブジェだそうです。 -
この後、急に雨雲が広がってきたかと思うと、
突然スコール! 激しいどしゃ降りになった!
運よく建物の奥まった場所の石段に座って雨宿りすることができてよかったが、
いったいいつ止むのだろうか、と次第に不安にもなった。
私達以外に5、6人いたが、皆さん落ち着いていたような?(いつもの事?)
約1時間弱降り続いてピタッと止まったので、ホッとした。 -
超激しい夕立のあとは涼しくなって気持ちがいい。
4時頃、ヴェレシュマルティ広場にある1858年創業の「カフェ・ジェルボー」へ。
ブダペストでは19世紀末にカフェが急増し、1900年には600軒にもなったが
その後、衰退していったという。
が、このカフェ・ジェルボーとカフェ・ニューヨークは今も同じ場所で営業しており、ブダペストで最も有名なカフェとなっている。 -
ジェルボーは特に上流階級の人々が多く利用していたようで、
シシィ(エリザベート)もお気に入りだった。
今は、高級ではあるがカジュアルに利用できるカフェになっていて、メニューも豊富。 -
人気のカフェなのでいつも満席状態だと聞いていたが、
さっきのスコールのせいで殆ど客はいないし
テーブルも椅子も殆ど濡れていなかったので、ここで休憩することにした。
が、面白いようにあっという間に満席になった。
中は1997年に改装されており、シシィ専用部屋もあった。
19世紀の雰囲気を味わえそうな、ロココ様式の豪華な内装になっている。 -
夫はアイスカフェ、私はホットレモンティー。
(昨日のアイスカフェがたたってこの日はお腹の調子が悪かった)
そして私は、何かメモってるではないか!
この写真を見て旅行用メモ帳の存在を思い出し、見つけて確認したところ、
なんと、この日までのメモで終わっていた。 たった2日・・・?(-_-;) -
多分、ジェルボーのあるヴェレシュマルティ広場の中にある石像ではないかと。
-
土産物店のウィンドーを見るのは、ほんとに楽しい。
マトリョーシカもある。 -
陶器の小さな皿やベルや卵などに、カラフルなペイントをしたものが多い。
ハンガリーの民芸品ですね。 -
中央は、ハンガリー独特のカロチャ刺繍のコースター。
この頃トールペイントをやっていたので、筆で柄が描かれたものに惹かれ、
ブルーだけで描かれたベルや卵などをいくつか買った。 -
見事なガラス製品の店も多い。
-
にぎやかなカフェ。
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気の向くまま、街歩きを楽しんだ。
-
教会の内壁のような木彫りの木版を多用した外壁。
-
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ホテルの近くまで戻ってきた。
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多分、ホテルの部屋で少し寛いで、夕方ロビーに集合し
バスでドナウ川へ行ったような。 -
この日はドナウ川のディナーナイトクルーズ。
クルーズ船で夕食をとることになっていた。 -
バイキング形式の充実したメニューだった。
私はやはりお腹の具合が心配で殆ど食べなかった。勿体なかったな… -
そして、アルコールがほとんど飲めない夫婦であった・・・
でも、同じツアーの皆さんと談笑しながら楽しいひとときでした。 -
食事が終わるころには外は真っ暗。
それでは…と、みんな甲板に出た。 -
甲板に出ると… そこは夢の世界!?
(わー夢の世界みたいやー という新婚旅行中の女性の声が忘れられない。
若いって純粋でいいな・・・と思った)
ひと際明るくライトアップされてるのは、国会議事堂ですね。 -
王宮が夜空に浮かびあがっている。
まさに、『ドナウの真珠ブダペスト』だなぁと思った。 -
くさり橋。(ぼやけてて残念)
-
多分、エリザベート橋とマルギット橋の間を往復したと思う。
-
2時間ほどだったかな?
涼しい風に吹かれながらのナイトクルーズは、思いのほか楽しめた。 -
バスでホテルに戻った。
部屋の写真を撮ってなかったことに気づき、慌ててテキトーに撮ったに違いない
ヒドイ写真・・・ -
あちゃ・・・(-_-;)
-
バスタブの写真がラストを飾るとは・・・(-""-)
気を取り直して!
明日は、童話のような小さな村センテンドレからエステルゴムを経由して、
いよいよウィーンに向かいます。
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