2016/01/12 - 2016/01/21
1414位(同エリア3134件中)
おくさん
2016 イタリアアー6
1月19日、ツアー8日目はベネツィアからミラノへ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
我々のバスの運転手さんはずっと同じ人で、とてもフレンドリーなのでツアーの人達から人気がありました。今回はそろそろお別れが付かづいていることもあって、みんな順番に一緒の写真を撮りだしました。運転手さんも嬉しそうです。
午前中はずっとバスの中。ミラノまでは271kmあるとのこと。まぁ高速なら3時間かと高をくくっていたら突然の渋滞に巻き込まれる。どうやら事故があったらしい。大きく迂回したので30分ほどロスしたようだ。 -
ミラノに到着して昼飯食べるためにレストランへ直行。ここではミラノ名物と噂のリゾットとカツを食べさせてくれるそうだ。どちらも名前を聞いただけで私の好物と分かるので期待が膨らむ。日本食でも雑炊やすいとん(分かりますか?)が大好きなので、リゾットも雑炊の仲間みたいなもんだろう。リゾットがほぼ食べ終わった所で、皿に残ったスープをテーブルに乗っているパンでせっせと綺麗に食べだしたら、同じテーブルの皆さんも一斉に真似し出したので笑った。みんなやりたいと思ってても出来なかったんだね。
-
これもミラノ名物と言う子牛のカツレツ。ネットで読んだとおり、薄ーく伸ばしてありました。ソースは使わずにレモンを添えて食べるそうです。これも私の味覚にぴったんこで美味しゅうございました。みなさんも私と同じように、せっせと料理の写真を撮っていました。デザートには手製のプリンみたいのが出たようでした。
-
私の前に座ってカツの写真を撮っているお二人さん。左の方が昨日のベネチアでカメラをレストランに置き忘れてきた女性です。見たら一眼レフの高そうなカメラなので、そりゃ取に行かないとですよね。あって良かったです。
-
お土産屋を経てスフォルツェスコ城(この字で合ってるかな?)。ここは下車見学になったが、中には入れないようなので皆さん外でパチパチ写真を撮りあっています。この近くにミラノ万博で使われた建物があったようでした。
-
駐車場でバスを降りて、再集合する場所と時間を決めたらいよいよミラノの中心部に突入です。知らない土地で知らない集合場所だけど、みなさん大人なので特に心配する風もなく平然としていますね。私は一応、集合場所への帰り道くらいは確認してから出発しました。帰りの道を振り返って逆に見ておくのは結構大切です。
-
ヴィットリオ・エマニュエル2世ガレリア。大層な名前が付いていますが、要するにアーケードの事らしいです。もちろん、日本に良くあるアーケード横丁とは一線を画すものなのには違いありません。出来たのは遥か昔の1877年なので、日本で言えば明治10年ころのようです。文明開化なんて言ってる日本と比べると相当進んだ文化だったのが分かります。そう言えば幕末から明治にかけて沢山の外国舟が押し寄せましたがイタリアは来なかったですね。イタリアは地中海の中なので太西洋に出づらかったのかな。
二つのアーケードが交わる所には牡牛のモザイクがあって、その股間に踵を入れてクルリと回れれば幸運が訪れるとか、ミラノに再訪できるとかの噂があるようです。(トップの写真)もちろんやりましたとも。特に金が掛からない名物は試してみます。 -
ドゥオモ前の広場を歩いていたら地元の若造が「チノ」と言いやがった。チノじゃねえし。やっぱり中国は世界の嫌われ者なんかなと思った。
-
やっと本日のメインのドゥオモ内を見学する。ここは兵隊がいてセキュリティが厳しめだった。まるで三角形が立ち上がったような一種独特の形をした建物のドゥオモも入るのを楽しみにしていた教会だ。外からは想像できない程の大きい教会だったので、その規模に度肝を抜かれる。
-
キリストの12使徒の1人、バルトロマイは生きたまま皮膚を剥かれて処刑されたと言う聖人の立像があった。剥がされた自分の皮を巻き付けてるなんて悪い冗談にしか見えないし、なんだか生々しいな。こういうのをわざわざ作るってのは、やっぱり狩猟民族だからかな。
昨年のサンチャゴ巡礼で仲良しになった3人がミラノから40km離れたレッコと言う町に住んでいて、ミラノで会いましょうと約束していた。それがここドゥオモ前の広場だったが、見学時間が押して約束の時間を10分オーバーしてしまった。団体行動なので乱すのも気が引けたので3人には少し待ってもらうことにした。それは連絡のしようがないが10分なので大丈夫だろう。この見学が終わればしばらくは自由時間なので、それを見越しての再会設定です。
(↓イタリアの三人との出会い)
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11722264/ -
さて、教会の外に出たらすぐアンジ―(アンジェリカ)の姿が目に入った。アンジ―は「いたよいたよーっ」とでも言っているようで、他の二人を大慌てで呼び寄せている姿が映画の1シーンみたいだった。3人と順番にハグして再会を喜びあう。3人の中で英語が話せるのはルイ(ルイゼッラ)だけだし、私の英語はもろ片言なので翻訳が使えるWi-Fiのある店を頼んでおきました。そこはドゥオモから歩いてすぐのバルだった。
-
ツアーから離れるので、私とUさんはイタリア人の友達に会うと言っておいたら、ツアーの皆さんがもう使わないホッカイロや日本の煎餅などを大量にくれたので、3人へのプレゼントができたので良かった。イタリアの人ってホッカイロの使い方知ってるのかな?1つ前の写真でルイが持っている袋がそれです。
-
案内してくれた店にはちゃんと注文通りにWi-Fi付きだったので一安心。ルイとは片言英語で話して、アンジ―とニコ(ニコレッタ)とはタブレットの翻訳経由でお喋りできます。
-
Uさんは最初「感激の再会の場におれなんかが付いて行っていいのかなぁ」と遠慮気味だったけど、Uさんは言葉は分からなくても社交家なので一緒で良かった。でないと片言英語とタブレットの翻訳イタリア語なので間が持たなかった気がする。一緒に巡礼の道を歩いていた時は、歩いているから喋らなくても困らないけど、さすがにテーブルを囲んでいると無言はできないから。英語への翻訳はそこそこしてくれるが、イタリア語の翻訳はどうも怪しいらしく、ときどき意味が通じないでハテナな顔をしている。
-
-
私は日本土産として、百均で細々とした日本ぽい物を買い集めて三人へのお土産としてきたけど、三人も私への土産を用意してくれてたので百均じゃ悪かったかなとちょっとヘマった気になった。ヨーロッパには多色ボールペンを作る技術がないとネットで読んでいたので、ボールペンだけは百均じゃなくてちゃんと文房具屋で買い求めてきました。せっかくプレゼントしたペンがすぐ書けなくなったんじゃ申し訳ないから。で、ほらほらこれ色が違うペンなんだよと得意になって言ったところ、ルイが持っていたペンが既に2色ボールペンだったのでイスから滑り落ちそうだった。なんだヨーロッパにもあるんじゃん。
折り紙は日本的でいいかなーと思ったが、私自身が折り紙できないので一抹の不安があったが、折り紙出来なくても日本の綺麗な千代紙は喜んでくれるだろうと選んだが、意外やルイが折り紙好きだそうだ。私に持たせてくれた包み紙に付いてた黄色い花はルイが折ったものだと言うので、折り紙にして良かったと思った。ヒョウタンからコマだった。
タブレットに保存してあったパリの写真を見せたら、ルイが「パリジに言ったのか」と言うので、イタリア語でパリはパリジと言うのかと始めて知った。地名なんて日本語も外国語も大差ない気がするが、色々経験したお陰で必ずしも同じじゃないのが少しだけ分かって来た。 -
長い事お喋りしてからバルを出る。夕飯が買いたいので、スーパーメルカードに行きたいと伝えたところ、3人が連れ歩いてくれるが3人もミラノの人じゃないから一筋縄では行かないようで迷いだした。道行く地元の人に何人も尋ねてくれるが、結局難しそうなので、じゃぁスーパーはいいからここに行きたいと、踵で地面にグリグリ穴を開ける仕草をしたら、すぐ気が付いてくれてガレリアにある地面にモザイクで牛が描かれている名所に連れてってくれる。もちろんそこでは私とUさんで例の真似をして笑いあう。
-
そしてお別れの時間がやってきた。Uさんに荷物を持ってもらって3人と順番にハグしてお別れする。アンジ―の番になったらドカンと体当たりする勢いで抱き着いて来て、サバオリするような強いハグだった。アンジ―はサンチャゴでお別れするときも、目を真っ赤に腫らしていたので感激屋さんなのは知っていたのでジーンと来た。レッコからは車でやって来たそうで、車が停めてある方に向かって去って行ったが、見送りながらこんな私の為に良く来てくれたなぁと感謝でいっぱいだった。
-
ツアーの再集合地点で集まって、バスでホテルへ。今日は友達と会ったので酒の仕入れが出来なかったから、ホテルのバーでビールを飲みながら皆でお喋りする。これも中々良い時間だった。みんなで写真を撮りましょうと言うことに成ったら添乗員さんがいつもと違ってバッチリと良い顔をして写真に納まったので、みんなで誉めたら「こういう仕事をしているので写真写りの良い方法を知っているのよ~」と言ったので、後に続く言葉が出なかった。添乗員さんはかなりワイルドな風貌だったので半分はお世辞だったのに。
-
部屋で3人からのお土産を開けてみると、高級菓子のマロングラッセと大きなチョコレートと3人が住んでいるレッコを紹介した写真ブックだった。張り切って用意してくれたのが分かるので改めて感謝したグラチエグラチエ。
バルでお喋りしたときに日本に来てくださいと伝えたら、ルイが「それはドリームだ」と英語で返した。行くのが私の夢と言うニュアンスでなく、それは夢物語だと言ってるように聞こえたので、可能性はゼロに近いのだろうか。もしやって来てくれたら万難を排して歓待してあげたいと思った。
今日はスーパーへ行くことができなかったので残念ながら夕飯がない。だが、こんなこともあろうかと日本から持ってきたカップ焼きそばの出番だ。Uさんにも上げて今晩の夕食とする。イタリア最後の夕飯にしてはちょっと寂しいが、食事付きでない日が沢山あるツアーだったので、もしもの場合を考えてバッグの中に入れて来て良かった。 -
1月20日、ツアー9日目。今日は日本へ帰る日です。
今日は観光はしないで、空港へ行くだけの日なので朝起きるのも朝食もゆっくり食べられる。 -
ホテルを11時半に出発してミラノ空港へまっしぐら。こんなに時間があるのならどっか連れてってもらいたいよ。半日観光できるじゃんね。
-
ミラノのマルペンサ空港到着。愛想の良い運転手さんとみんな別れを惜しんでいる。空港チェックインは個々人が勝手にやるので毎回心地よい緊張がある。一番の関心事は通路側かどうかです。残念ながら帰りの便は真ん中のシートに決定。隣の小母さまは「いつもはプレミアルエコノミーを頼むのだけど今日は取れなかった」と言ってます。はぁそうですかと聞いておく。この人は時々自慢話をしてた人だが、そんなに嫌味には聞こえないので悪い感じではありません。
-
飛行機は14:55のアリタリア航空。日本までは直行便でも11時間半とのこと。今回も来るときよりも帰る時のフライトの方が早いので幾らか気楽でいられる。機内食はイタリアらしくラザニアとイタリアビールが出たので嬉しい。
-
1月21日、ツアー10日目だけどもう家に帰るだけなのでツアーとは言わんかな。二度目の機内食はまた洋食を所望する。折角のイタリアツアーだったので、余韻を楽しむと言うか。ビールはまたイタリアビールで、もうこれも飲むことはないかなと味わいました。でも日本のと同じ味。
成田へは10:56に到着。群馬まで帰るには手頃な時間だ。今回は地元のバス会社まで車で来ていないので高速バスのあざれあ号に乗る必要がないから京成で上野に出てJRで帰ることにする。バスで帰るより1500円くらい安く上がるのでこっちの方が嬉しい。上野駅でうどんを食べて群馬行きの電車を探します。
今回はホテルでキャッシングしたのでユーロを沢山持ち帰りました。札が450で、コインが3ユーロ50もある。余ったユーロは今年の5月始めに出発するサンチャゴ巡礼用です。たんまりあるので暫くはキャッシングしなくて済むので、これは気楽材料。 -
家に帰るとルイから写真が大量に送られてきました。ルイがスマホの写真を見せている場面がこちらのカメラにも残っていたので、その写真を送ってくれたのが分かりました。
イタリアの自宅付近の写真からミラノで撮ったもの。ルイが折り紙をした作品など数点、ツルもありました。ひとつの折り紙の写真には「I made this origami」と文字まで書かれているので、私のプレゼントした折り紙を喜んでくれているのが伝わって嬉しい便りでした。もちろんこちらの写真も送ったことは言うまでもありません。
2016 イタリアツアーおしまい
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ミラノ(イタリア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2016 イタリアアー
0
26