2021/11/17 - 2021/11/17
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みーみさん
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日本銀行と日本橋。
明治の建築界の二大巨頭とも言える辰野金吾と妻木頼黄の代表作を初めて見に行きました。
日本銀行はガイドツアーに参加しましたが、ガイドツアーの時間までは日本橋界隈を街歩き。近代建築や渋沢栄一の足跡をたどりました。
今回見て回った日本橋の近代建築はほとんどが関東大震災被災後の昭和初期に建てられたもので、耐震や耐火を考えてのコンクリート造りで、デザインは昭和のモダンな軽やかでシンプルなものが多いせいか、建物からは震災後の復興期の前向きな槌音が聞こえてくるようなそんな建物が多かったように思います。
ただ、実際には昭和4年には昭和恐慌が起こり、けっして明るいばかりの世の中ではなかったのですが。
それに比べて日本銀行と日本橋は記念碑的な明治の建築の重みがひしひしと伝わってきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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街歩きの始めはJR水道橋駅から。
ホームの柱がとてもきれい。
明治19年にドイツから輸入した古いレールを利用したものです。水道橋駅 駅
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イチオシ
柱はホーム上にはなく、線路に建てられていて、それがアーチ状の屋根部分を支えているようです。
途中乗り換えて、馬喰町まで行きます。水道橋駅 駅
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馬喰町の駅を上がってすぐに見えるのがイーグルビルです。
角地に建っていることもあり、コンクリート造りの無機質ともいえる外観がかえって目立ちます。
建築年ははっきりしませんが、関東大震災の後に耐震・耐火を考えて建てられたのではないかと思われます。
一階はカフェになっていて、黒いタイルが張られています。 -
看板建築の玉置文治郎ビルは、薬問屋兼住宅として、関東大震災後(昭和4年)に建てられたものですが、現在も同じ名前で薬局が営まれています。
調べてみると、設計が森山松之助とあって、ちょっとびっくり。
五代友厚の甥で、台湾総督府をはじめ、台湾の多くの建物を設計した人ですね。 -
横山町問屋街に入ってきました。
洋服をはじめ、繊維関係のものならなんでも、他にカバンや帽子、ア
クセサリーなど、身に着けるものならすべてそろっているような問屋
街。中には一般客OKな店もありました。
問屋街というのは独特な雰囲気がありますね。横山町問屋街 名所・史跡
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そんな問屋街にあるきれいにリノベーションされた大原第五ビルです。建造は昭和4年。
現在は賃貸オフィスとなっています。 -
結婚式場・東京アフロディーテとなっているこの建物、旧古河銀行元浜町支店です
が、ちょっと普通の銀行建築からははずれていて、自由な感じがするデザインです。 -
HARIO本社ビルは一見して銀行だったことがわかる建物ですね。
昭和7年建築の旧旧川崎貯蓄銀行富沢町支店です。
三階部分は後からの増築でしょうね。 -
日本橋堀留町にある白い壁と青緑色の屋根が目を引く椙森神社は戦前(昭和6年)の
鉄筋鉄骨コンクリート造り・鉄筋コンクリート造りの寺社建築です。椙森神社 寺・神社・教会
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屋根は銅板が緑青色に変化したものではなくて、こういう色を塗っているみたいです。
椙森神社 寺・神社・教会
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椙森神社・手水舎。
椙森神社 寺・神社・教会
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地下鉄小伝馬駅にほど近い、十思公園にやってきました。
この公園も含めて、このあたりは江戸時代の牢屋敷だったところで、吉田松陰が最後を迎えた所です。牢屋敷で処刑も行われていたんですね。
そんなわけで、今は普通の児童公園ですが、牢屋敷の石垣や吉田松陰終焉之地の石碑や、他にも長唄三味線の杵屋勝三郎歴代記念碑など、史跡が多い公園となっています。十思公園 公園・植物園
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特に目を引くのが、石町時の鐘の鐘楼です。
石町時の鐘 名所・史跡
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イチオシ
江戸の町に時を告げていた鐘は江戸時代のものですが、鐘楼は昭和5年に作られたモダン建築です。
石町時の鐘 名所・史跡
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公園のすぐ横にある丸みを帯びた玄関を持つ昭和モダンな建物・十思スクエアは昭和3年に尋常小学校として建てられたもの。
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内部にも昭和モダニズムの香が残っています。
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十思公園のすぐ向かいにある二つのお寺も元は牢屋敷の敷地でした。
そのひとつ、大安楽寺は明治8年、大倉喜八郎と安田善次郎らの寄進によって創建さ
れ、「大」は大倉、「安」は安田から取った名前だそうです。大安楽寺 寺・神社・教会
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本堂は関東大震災の被災後に建てられた鉄筋コンクリート造りです。
大安楽寺 寺・神社・教会
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もうひとつが日蓮宗見延別院です。
こちらの本堂も関東大震災後の昭和4年に建てられていますが、木造
です。身延別院 寺・神社・教会
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浄行堂は同時期に建てられたコンクリート造りの建物です。
身延別院 寺・神社・教会
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イチオシ
小網町にある三田商店東京支店は設計は辰野葛西建築事務所の葛西萬司で、昭和5年建築、中央塔の六角形の窓がアクセントですが、訪問時、灯りが建物半分しかついていなくて、あれ?と思っていたら「解体工事のお知らせ」という紙が窓の張ってありました。工事は12月1日から始まるので、社員さんが荷物の整理をされていたようです。
解体されてどうなるのかわかりませんが、タッチの差で見ることができてよかったです。
このあたりのカーブした道路は昔は堀だったようです。 -
同じく小網町のあるArchitectS Office galleryのビル。
間口の狭い建物ですが、元は堀川に面した倉庫だったようです。 -
石貼りに見えるクラシカルな佇まいの日本橋小学校は1990年創立と新しいですが、2つの歴史ある小学校が合併してできたものです。
幼稚園や図書館、ホール、講習室、音楽室などが一体となった複合施設になっています。日本橋小学校 名所・史跡
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日本橋川沿いに建つ日清製粉小網町ビルは、大正12年&昭和12年&昭和26年の建物ですが、そう言われなければ、もっと新しいビルかと思ってしまうほど。
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小網町の細い路地にあった老舗鰻屋の喜代川。
登録有形文化財になっています。喜代川 グルメ・レストラン
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鎧橋を渡って、兜町に向かいます。
江戸時代は橋はなく、鎧の渡しで行き来しました。
橋のたもとに説明板が設置されていました。
鎧やら兜やら、源頼義や平将門の伝説から来た名前のようです。鎧の渡し跡 名所・史跡
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兜町界隈は初めて来ました。東京証券取引所ビルの横にある日証館ですが、
渋沢栄一の邸宅跡に建てられた重厚な建物は、横川民輔の横川工務所の作品です。
最近では、ドラマ「アバランチ」のロケで使われていますね。 -
兜町に突如現れたスペイン風の建物にびっくり。
上部だけを見たら、どこかの邸宅かと思ってしまうほどですが、山二証券の社屋です。 -
玄関廻りも凝っています。
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設計は西村好時。西村好時といえば、第一銀行の銀行建築ですが、こんな
スパニッシュな証券会社の建物も造っていたんですね。 -
さらに隣には同じく西村好時設計のテイストの違ったフィリップ証券の建物が並んでいます。株の街・兜町は昔はこんな感じでたくさん証券会社がいっぱい並んでいたんだろうなー。
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安藤証券東京支店の建物はとてもシンプル。窓の感じからすると古そう。
玄関まわりなどの石貼りの仕事もいい感じです。 -
現在みずほ銀行の兜町支店が、渋沢栄一らが日本で最初に作った第一国立銀行の建物があった場所で、入口横に和洋折衷の初代建物が描かれたレリーフが設置されています。
大河ドラマ「青天を衝け」ではその建物はCGで再現されていて、劇中ではさりげなく一言のせりふで清水組が建設したことにも触れていて、このドラマの脚本家の方はほんとうに細かいところまで気を配っているんだなあと感心しました。銀行発祥の地 名所・史跡
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みずほ銀行の西側壁面には渋沢栄一や第一国立銀行の歴代建物の写真パネルが設置されています。
銀行発祥の地 名所・史跡
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日本橋日枝神社は赤坂日枝神社の御旅所・摂社です。
ビルに囲まれてはいますが、大きな木も多く、神社らしい静かな佇まいでした。
こちらの社殿も、昭和3年に建てられたコンクリート造りの建物です。
戦前のコンクリート造りの寺社建築というのはそれほど多くないので、貴重なものだと思います。日枝神社日本橋摂社 寺・神社・教会
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千代田橋を渡ります。
渡ると言っても下に川は流れていません。埋め立てられた後も、親柱だけでなく、橋の欄干も残されて、そのまま歩道になっています。親柱だけ残すことはよくありますが、全体がそのまま残っているのは珍しいですね。千代田橋 名所・史跡
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日本橋郵便局に、郵便発祥の地のプレートと前島密の胸像が設置されていました。
郵便制度にも渋沢栄一がかかわっていたのも、大河ドラマを見て初めて知りました。郵便発祥の地 名所・史跡
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日本橋川沿いの日本橋ダイヤビルディングにやってきました。
旧三菱倉庫江戸橋倉庫ビルの一部を残し、新しく18階の高層ビルに生まれ変わって
います。三菱倉庫江戸橋倉庫ビル (現: 日本橋ダイヤビルディング) 名所・史跡
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一階の一部は、誰でも入ることができます。
玄関まわりのデザインも特徴的ですね。三菱倉庫江戸橋倉庫ビル (現: 日本橋ダイヤビルディング) 名所・史跡
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広いスペースに旧ビルの資料などが展示してありました。
三菱倉庫江戸橋倉庫ビル (現: 日本橋ダイヤビルディング) 名所・史跡
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日本橋のあたりは三井村、三菱は丸の内というイメージでしたが、三菱の岩崎弥太郎はこの場所に明治9年には煉瓦造りの倉庫を設けていたようです。
旧江戸橋倉庫ビルは昭和5年の建物です。三菱倉庫江戸橋倉庫ビル (現: 日本橋ダイヤビルディング) 名所・史跡
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イチオシ
すぐ近くの歩道橋の上からだと、旧建物の屋上の物見櫓もよく見えます。
丸みを帯びたフォルムや物見櫓は船をイメージしているのでしょうね。三菱倉庫江戸橋倉庫ビル (現: 日本橋ダイヤビルディング) 名所・史跡
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日本橋野村ビルは日本橋のたもとと言う超一等地に建っています。
設計は大阪高麗橋野村ビルと同じく安井武雄で、二つの建物はテイストは違いますが、なんとなく似ている感じもします。 -
いよいよ日本橋です。
やはり、高速道路が上を通っているので見通しが悪いですね。日本橋 名所・史跡
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イチオシ
日本橋といえば、麒麟像。
翼を持っているのは、道路の起点である日本橋から飛び立つイメージからだとか。日本橋 麒麟像 名所・史跡
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日本橋は西洋風の橋ですが、装飾には和風が感じられます。
こちらは獅子の像。日本橋 名所・史跡
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東京オリンピックに間に合わせるためとはいえ、日本橋の上にこんな風に橋を架けるなんて、今考えるとひどいですが、当時は土地の買収もいらないし、最善の方法と考えられたのでしょう。高速道路の地下化と言う話もでているのですかね?それはそれでまた多額のお金がかかるので、たいへんでしょうね。
日本橋 名所・史跡
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今日のメインイベント・日本銀行本館にやってきました。
日本銀行 名所・史跡
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設計は言わずと知れた辰野金吾。
大きな建物なので、写真に収めきれません。日本銀行 名所・史跡
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日銀本店には本館のほかに、別館・新館がありますが、別館は長野宇平次によるもので、本館とデザインを合わせていて、並んでいても全く違和感がなく、本館となじんでいます。
日本銀行 名所・史跡
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ドームの背後にある白い建物が新館で、現在業務はほとんどこちらで行っているそうです。もっとも、新館と言っても1973年の建物です。
ドームは中庭に入ってしまうと、見えません。日本銀行 名所・史跡
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イチオシ
見学時間が来ると扉が開いて受付が始まります。身分証明証の提示が必要です。
ガイドツアーが始まるまでは中庭で自由に写真を撮ることができました。日本銀行 名所・史跡
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中庭にはいると、なんだか城壁に囲まれたお城の中にいるように感じてしまいました。
日本銀行 名所・史跡
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正面入り口のステンドグラス。
日本銀行 名所・史跡
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馬車の馬用の水飲み場がありました。
日本銀行 名所・史跡
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この扉から中に入るときに手荷物検査があります。
日本銀行 名所・史跡
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最初に日銀に関する映像を20分程見ます。
2階は総裁室に使われたこともある重厚な部屋などみごたえがありますが、写真撮影はできません。
廊下には歴代日銀総裁の肖像画がかかっていました。最近は肖像画ではなく、写真になっているとのことでした。日本銀行 名所・史跡
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地下金庫の見学です。
日本銀行 名所・史跡
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が、これは記念撮影用に地下金庫室に用意された金庫扉の写真です。
ものすごく分厚い扉ですが、実際の扉は写真を撮ることも触ることもできません。
将来、キャッシュレスの時代が本格的に来たら、現金はなくなってしまうのか、巨大金庫も必要なくなるのか・・
その分、ネット上のセキュリティにこの金庫にかけたような安全意識とお金をかけていく・・。そんな世の中が来るのでしょうか。日本銀行 名所・史跡
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イチオシ
地下金庫は大変広く何室もあります。お金を運んでいたトロッコの線路跡も残っていました。
日本銀行 名所・史跡
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万札の束(もちろんイミテーション)
日本銀行 名所・史跡
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最後に天井が高く、明るい営業室の見学です。
日本銀行 名所・史跡
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イチオシ
左右に同じ仕様の部屋が並んでいます。
日本銀行 名所・史跡
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上品な装飾が施されています。
見学途中、音楽が流れてきたと思ったら、「日銀体操」と言って、日銀オリジナルのラジオ体操みたいなものだそうです。日本銀行 名所・史跡
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窓口での業務の様子が立体パノラマで再現されていました。
カウンターに良質な石材がふんだんに使われています。日本銀行 名所・史跡
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営業室の見学の前には、工事によって設置された免振の構造の見学もありました。
(本館と新館のつなぎ目の部分で見学)日本銀行 名所・史跡
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見学を終えると、暗くなり始めていて、三越百貨店のライトアップが始まっていました。
三井本館と三越。三越日本橋本店 百貨店・デパート
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江戸通りに面した近三ビルヂングは村野藤吾設計の昭和6年建築のビルですが、1960年代の建物と言われても納得してしまうデザインです。
改修、耐震工事などを絶えず行い、大切に使われているビルのようです。 -
入口玄関の壁と天井もすてきですね。
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中央区立常盤小学校は1929年建設の建物が現在でも使われています。
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関東大震災後の被災後い建てられたコンクリート造りの復興小学校のひとつで、上階だけアーチ窓を用いたシンプルなデザインです。
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JR神田駅に向かって歩いて行くと、煉瓦造りや鉄骨で作られたガードがいくつもありました。
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実用的な橋脚ですが、赤いレンガに白い帯を入れているところなど、芸が細かい。
第1本銀町橋高架橋 名所・史跡
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煉瓦やリベットなど、現代の建物にはない味わい深さがあります。
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修理工事も行われていました。
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