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高尾稲荷神社にやってきました。<br />高尾稲荷さんは江戸期の花魁、高尾が祀られている神社です。<br />関東で唯一、しゃれこうべがご神体の神社だとか。<br /><br />高尾は、花魁が大夫と呼ばれていた時代の遊女の頂点だった女性です。<br />時代的には吉原が人形町にあった時期の女性で、高尾という源氏名は、その名にふさわしい女性が現れた時、代々襲名されてきた名前です。<br />高尾太夫の名前は6代から11代まで続いたとされるなど諸説ありますが、この高尾稲荷に祀られているのは、2代目の高尾太夫です。<br /><br />2代目高尾太夫(幼名:あき)は仙台高尾とも道哲高尾ともいわれます。<br /><br />「仙台」がつくのは。仙台藩主・伊達綱宗が強引に高尾を身請けしようとしたが、高尾はそれを拒否し、綱宗に惨殺された、との話があるためです。(流れ着いたのは高尾稲荷の近く、隅田川永代橋よりやや上流の土手、と言われています。)この綱宗は、のちの伊達騒動を引き起こすことになる「暴君」でしたので、その「暴君」ぶりから、「こんなことするような輩だよね」という説が出ているのかもしれません。<br /><br />「道哲」の名は、高尾の「本命」の旗本六百石の島田利直(権三郎)の出家後の法名です。高尾は島田利直との仲を取り、伊達綱宗に殺されたため、道哲が高尾の菩提を(現在、埼玉県坂戸市にある永源寺にて)一生をかけて弔った、と言われています。<br />この説を取ると、高尾は島田に連れられて江戸から逃げ、坂戸でなくなったことになっています。<br />坂戸は島田氏の所領だったとのことで坂戸に逃げたのはさもありなん、ですが、利直は長男ではありません。<br />太夫を身請けできる資金を用意できたのか?と考えるとはなはだ疑問です。<br />個人的には「伊達殺害説」の方が妥当なように感じています。<br />坂戸に逃げ延びた、という方がロマンがあるのは事実ですが・・・<br /><br />メトロ茅場町駅から徒歩で向かいました。<br />稲荷の場所は日本橋からみて隅田川下流にあたるエリアです。<br />永代橋のところに江戸時代中期の錦絵がありましたが、その絵の中にはすでに高尾稲荷が描かれており、江戸時代中期には既にこのエリアのメジャーなスポットになっていたことが伺えます。<br />さて、その高尾稲荷ですが、ビルの一角に埋もれるように鎮座していました。<br />ご本殿は無く、神輿か山車が社殿の代わりのようでした。<br />神輿や山車は確かに神が住まう場所ではありますが、移動できるものが社殿、というのは何とも言えない気持ちになります。<br />高尾太夫の頭蓋骨を祀っている、と説明文(縁起)にもありましたが、あの神輿の中に鎮座しているのでしょうか?<br />かなり小さいのですが・・・<br />美人の要件は小顔、ともいうので、入るものなのでしょうか・・・<br /><br />高尾稲荷にお参りした後、隅田川の岸壁を眺めました。数百年前、この岸壁に惨殺された高尾太夫が流れついた、と考えるとなんとも言えない気持ちになります。<br /><br />今も昔も愛を貫いて生きる、というのは難しいものなのですね。<br /><br />

愛を貫き、神になった花魁・高尾~伊達の殿様に逆さ吊りにされ、斬り殺されても貫いた愛~高尾稲荷神社~

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2025/09/07 - 2025/09/07

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旅行記グループ 神社仏閣(関東甲信越)

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スネフェル

スネフェルさん

高尾稲荷神社にやってきました。
高尾稲荷さんは江戸期の花魁、高尾が祀られている神社です。
関東で唯一、しゃれこうべがご神体の神社だとか。

高尾は、花魁が大夫と呼ばれていた時代の遊女の頂点だった女性です。
時代的には吉原が人形町にあった時期の女性で、高尾という源氏名は、その名にふさわしい女性が現れた時、代々襲名されてきた名前です。
高尾太夫の名前は6代から11代まで続いたとされるなど諸説ありますが、この高尾稲荷に祀られているのは、2代目の高尾太夫です。

2代目高尾太夫(幼名:あき)は仙台高尾とも道哲高尾ともいわれます。

「仙台」がつくのは。仙台藩主・伊達綱宗が強引に高尾を身請けしようとしたが、高尾はそれを拒否し、綱宗に惨殺された、との話があるためです。(流れ着いたのは高尾稲荷の近く、隅田川永代橋よりやや上流の土手、と言われています。)この綱宗は、のちの伊達騒動を引き起こすことになる「暴君」でしたので、その「暴君」ぶりから、「こんなことするような輩だよね」という説が出ているのかもしれません。

「道哲」の名は、高尾の「本命」の旗本六百石の島田利直(権三郎)の出家後の法名です。高尾は島田利直との仲を取り、伊達綱宗に殺されたため、道哲が高尾の菩提を(現在、埼玉県坂戸市にある永源寺にて)一生をかけて弔った、と言われています。
この説を取ると、高尾は島田に連れられて江戸から逃げ、坂戸でなくなったことになっています。
坂戸は島田氏の所領だったとのことで坂戸に逃げたのはさもありなん、ですが、利直は長男ではありません。
太夫を身請けできる資金を用意できたのか?と考えるとはなはだ疑問です。
個人的には「伊達殺害説」の方が妥当なように感じています。
坂戸に逃げ延びた、という方がロマンがあるのは事実ですが・・・

メトロ茅場町駅から徒歩で向かいました。
稲荷の場所は日本橋からみて隅田川下流にあたるエリアです。
永代橋のところに江戸時代中期の錦絵がありましたが、その絵の中にはすでに高尾稲荷が描かれており、江戸時代中期には既にこのエリアのメジャーなスポットになっていたことが伺えます。
さて、その高尾稲荷ですが、ビルの一角に埋もれるように鎮座していました。
ご本殿は無く、神輿か山車が社殿の代わりのようでした。
神輿や山車は確かに神が住まう場所ではありますが、移動できるものが社殿、というのは何とも言えない気持ちになります。
高尾太夫の頭蓋骨を祀っている、と説明文(縁起)にもありましたが、あの神輿の中に鎮座しているのでしょうか?
かなり小さいのですが・・・
美人の要件は小顔、ともいうので、入るものなのでしょうか・・・

高尾稲荷にお参りした後、隅田川の岸壁を眺めました。数百年前、この岸壁に惨殺された高尾太夫が流れついた、と考えるとなんとも言えない気持ちになります。

今も昔も愛を貫いて生きる、というのは難しいものなのですね。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄 徒歩
  • 茅場町駅に到着。<br />4b出口より出ます。

    茅場町駅に到着。
    4b出口より出ます。

    茅場町駅

  • 茅場町駅付近の地図。<br />残念ながら高雄稲荷は載っていません。

    茅場町駅付近の地図。
    残念ながら高雄稲荷は載っていません。

  • 4b出口より外に出ます。

    4b出口より外に出ます。

  • 霊岸橋なる名前の橋を渡ります。<br />江戸時代にはかかってた橋みたいですが、はっきりとした名前の由来は調べてみてもわかりませんでした。<br />ただ、寛永年間(1624-1643)に霊巌上人がその法力をとって当時海だった江戸八丁堀を陸地にし、そこに霊巌寺というお寺を建て、この地を霊巌島と呼ぶようになったという言い伝えがある、とのことなので、霊巌=霊岸、なのかもしれません

    霊岸橋なる名前の橋を渡ります。
    江戸時代にはかかってた橋みたいですが、はっきりとした名前の由来は調べてみてもわかりませんでした。
    ただ、寛永年間(1624-1643)に霊巌上人がその法力をとって当時海だった江戸八丁堀を陸地にし、そこに霊巌寺というお寺を建て、この地を霊巌島と呼ぶようになったという言い伝えがある、とのことなので、霊巌=霊岸、なのかもしれません

  • 霊岸橋を渡って路地に入ってみます。

    霊岸橋を渡って路地に入ってみます。

  • オフィス街って感じ・・・

    オフィス街って感じ・・・

  • 湊橋に到着。<br />左手には公衆便所。<br />この辺、やたらと公衆便所が目につきます。

    湊橋に到着。
    左手には公衆便所。
    この辺、やたらと公衆便所が目につきます。

  • 鳩さんが集会中

    鳩さんが集会中

  • 湊橋より首都高の橋脚を眺める。<br />なかなかメトロな景色。

    湊橋より首都高の橋脚を眺める。
    なかなかメトロな景色。

  • ペンシルビルのような特徴的なビルの間の道を進みます。

    ペンシルビルのような特徴的なビルの間の道を進みます。

  • この通りの名は箱崎北新堀通りというらしい

    この通りの名は箱崎北新堀通りというらしい

  • 先方に森が見えてきました。<br />あれかな?

    先方に森が見えてきました。
    あれかな?

  • と、思ったらビルの中に埋もれるように神社が出現

    と、思ったらビルの中に埋もれるように神社が出現

  • まんま、ビルの一角ですね

    まんま、ビルの一角ですね

    高尾稲荷神社 寺・神社・教会

  • 鳥居は鉄骨。<br />形は鳥居ですが、なんか無骨

    鳥居は鉄骨。
    形は鳥居ですが、なんか無骨

  • ここは会社のビルのようです。<br />高尾稲荷と並んで社名がビルに刻まれていました。<br />どういう権利関係なんだろ?

    ここは会社のビルのようです。
    高尾稲荷と並んで社名がビルに刻まれていました。
    どういう権利関係なんだろ?

  • 祠はこじんまり。<br />車輪がついています。

    祠はこじんまり。
    車輪がついています。

  • 高尾稲荷の縁起の説明文。<br />写真の人物が高尾大夫。

    高尾稲荷の縁起の説明文。
    写真の人物が高尾大夫。

  • 手水は酒ダル。<br />う~ん・・・<br />間違ってはいませんが、なんか・・・

    手水は酒ダル。
    う~ん・・・
    間違ってはいませんが、なんか・・・

  • 台座には車輪がありますが、屋根は立派です。<br />祭りの時に引き回すのかもしれませんが、明らかにトップヘビー。<br />引き回した時、韓国の軍艦の様に、転倒しそうで不安・・・<br />

    台座には車輪がありますが、屋根は立派です。
    祭りの時に引き回すのかもしれませんが、明らかにトップヘビー。
    引き回した時、韓国の軍艦の様に、転倒しそうで不安・・・

  • 天井にはちゃんと雲の絵が。<br />とはいえ、このエリアの上の人は居心地悪いでしょうね。

    天井にはちゃんと雲の絵が。
    とはいえ、このエリアの上の人は居心地悪いでしょうね。

  • よくよく見ると、社殿は祠ではないようです

    よくよく見ると、社殿は祠ではないようです

  • 隅田川に向かって歩いていると「日本銀行創業の碑」が。<br />隅田川といえば下町。<br />下町で始まったのはちょっと面白い。

    隅田川に向かって歩いていると「日本銀行創業の碑」が。
    隅田川といえば下町。
    下町で始まったのはちょっと面白い。

  • 隅田川に到着。<br />目の前に永代橋が見えます。<br />

    隅田川に到着。
    目の前に永代橋が見えます。

  • 隅田川の岸辺。<br />高尾大夫はここに流れ着いたのですね・・・<br />昔は葦が茂っていて、遺体がひっかかりやすかったのでしょうね。

    隅田川の岸辺。
    高尾大夫はここに流れ着いたのですね・・・
    昔は葦が茂っていて、遺体がひっかかりやすかったのでしょうね。

  • 隅田川の江戸時代当時の錦絵。<br />右の絵の下側に高尾稲荷が見えます。<br />江戸時代当時から続いていたのが分かります。

    隅田川の江戸時代当時の錦絵。
    右の絵の下側に高尾稲荷が見えます。
    江戸時代当時から続いていたのが分かります。

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