2021/11/14 - 2021/11/14
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marsyさん
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東海道を逆に歩き始めて4回目。今日は土山宿から鈴鹿峠を越えて亀山宿まで歩きました。
東海道でも難所である鈴鹿峠、無事にを越えることができるのか?
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今日は田村神社からスタートします。こちらは、甲賀市役所土山支所にあった平成万人灯
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蟹坂古戦場跡
伊勢北畠の侵攻を山中丹後守秀国が撃退した。 -
東海道は、ジーテクトという会社の敷地を通って行きます。
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東海道猪鼻村碑
京方面からは斜め左に入ります。 -
山中の一里塚跡
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鈴鹿馬子唄の碑と馬を引く旅人の像があります。
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第二名神起工の地モニュメント
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鈴鹿馬子唄碑
「坂は照る照る鈴鹿はくもる愛の土山雨が降る」
坂下宿では晴れていても、鈴鹿峠を越える頃には曇りになり、土山へ着くと雨になっている、ということを唄っています。 -
山賊茶屋、つぶれちゃっています。
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鳥居・山燈篭
鳥居は大正5年(1916)、山燈篭は明治27年(1894)の建立。 -
地下道で国道の下をくぐります。危ないので、国道を横切っちゃだめですよ。
東海道は、この後国道から離れ山道へ入っていきます。 -
万人講常夜燈
金毘羅参りの講中が道中安全を祈願して建立した。重さ38t、高さ5.44mの威容を誇る自然石の常夜燈。 -
舗装もされていない道になり、前方に森が見えて来ました。いよいよ峠の険しい道になるのかな?
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と思ったら、森に入るまでに鈴鹿峠、近江(滋賀)と伊勢(三重)県境になっちゃいました。「道狭く険しく雨の日は清水が所々に湧き、越えるのが難しい」と言われ、片山神社から「十八曲八町」と言われた。
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少し道を外れて、田村神社舊跡碑と
鈴鹿峠の山賊を退治した坂上田村麻呂を祀っていたが、片山神社に合祀された。 -
鏡岩に寄り道
山賊が身を隠し岩に映った旅人を襲ったところから「鬼の姿見」とも呼ばれた。山火事に遭い輝きは失われた。 -
鏡岩からは国道1号線が見えます。山賊も、ここで襲う旅人を探していたのでしょうか。
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馬の水飲み鉢、水桶が置かれていた。
この坂を馬を連れて通っていたのでしょうか。 -
芭蕉句碑
「ほっしんの初に越ゆる鈴鹿山」貞亨2年(1685)芭蕉は伊賀を出立し、鈴鹿峠を越えて江戸へ向かった。 -
この階段を下りて国道をくぐります。
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峠の石畳。写真ではわからないかもしれませんが、かなり急な下り坂で、天気が悪かったら足が滑って危険でしょうね。
逆行で良かった、こんな坂を上るのは大変だっただろう。 -
片山神社の鳥居の横まで下りてきました。
鈴鹿峠の守護神鈴鹿大明神を祀り、坂下宿の氏神だった。 -
片山神社から一旦国道に合流し、坂下宿の入り口で旧道に入ります。
この2人の像は何でしょうかね?説明文が何もありませんでした。 -
関市のマンホール、こちらにもキジがいますね。
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身代わり地蔵尊
大名行列を横切った子供の代わりに手打ちになった。 -
坂下宿には、梅屋本陣、大竹屋本陣、松屋本陣があり、一字を組み合わせると「松竹梅」になります。
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AGFブレンディの森って何でしょうかね?
コーヒーの木を育ててる? -
鈴鹿馬子唄会館と馬子唄発祥の地
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歌川広重「坂下宿」
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当時の坂下宿の賑わい
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馬の作り物
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わかりにくいですが、柱に五十三次の宿場町の名前が書いてあります。
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筆捨山
室町時代の絵師狩野元信が岩山を描き始めたが、気象の変化で景色が刻々と変わり、ついて行けずについに筆を捨ててしまった -
ころび石
夜な夜な不気味な音を立て里人が恐れた。弘法大使が供養すると鎮まった。その後何度片付けても街道に転び出た。 -
坂下宿・関宿・亀山宿
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関宿西の追分
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関宿イラストマップ
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関地蔵院
境内の本堂・鐘楼・愛染堂の三党は国の重要文化財に指定されています。手前にあるのは歴史の道の碑です。 -
地蔵院の前の会津屋さん
関宿を代表する旅籠の一つで、そばを主とした食事処になっています。 -
地蔵院前の関宿の街並み
電線も地中化され、昔の風情を今なお残しています。東海道でもここが一番当時を思わせるのではないでしょうか。重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。 -
関の名物志ら玉を販売する前田屋さん
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足袋のお店や薬屋さんなども昔ながらの建物です。
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高札場
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関郵便局の前にあります。
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関の戸というお菓子を販売している深川屋さん
看板の文字は、京都側は漢字、江戸川はひらがなで書かれていて、旅人が向かう方向を間違えないための工夫です。 -
旧旅籠玉屋資料館
関宿を代表する大旅籠でした。「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と歌われました。 -
サザエさんも関宿を訪れています。
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軒先にあった郵便ポスト
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伊藤本陣跡
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眺関亭からは関の街並みを一望できます。
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この金具に馬や牛を繋いだそうです。
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銀行も街並みにあった風情になっています。
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東追分
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関宿の東入口
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東海道は国道を渡って、線路を横切ります。
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名阪国道と伊勢自動車道の高架
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高架の下には歌川広重の各宿の絵が描かれています。
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大岡寺畷
東海道随一の長縄手。冬は鈴鹿おろしが旅人を悩ませ、芭蕉は「から風の大岡寺畷ふき通し連もちからもみな坐頭なり」と詠んでいる。 -
亀山市のマンホール
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野村の一里塚
塚本のムクは樹齢400年、江戸日本橋から105里目です。 -
明治天皇御召替所跡
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道路のちょっと下、照光寺の門前に亀山宿の浮世絵がありました。
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京口門跡
亀山城下の西の入り口。壮麗な姿から「亀山に過ぎたるもの二つあり伊勢屋ソテツに京口御門」と謳われた。広重などの浮世絵では大半がこの京口門が描かれています。 -
亀山城西之丸外堀
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旧東海道にあった案内
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旧館家住宅
枡屋は幕末から大正にかけて呉服商を営んでいた大店で、現在の母屋は明治6年に建てられた。亀山宿を代表する商家建築として市文化財に指定されている。 -
亀山駅前能褒の神社一の鳥居
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本日の行程はここで終了。亀山駅から帰路につきます。
*亀山駅はJR東海と西日本の境目で、この駅を通過する場合は(東海から西日本、あるいはその逆)、ICOCA等のICカードは使えませんのでご注意を。 -
関西本線の気動車 1両だけです。
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このまま伊賀上野駅で伊賀鉄道に乗り換えると、伊賀忍者の郷伊賀上野に付きます。
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