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ザ・ウンザーホテル洞爺を訪ねた後、調べてみるとサミットで出されたディナーが志摩観光ホテルザ・クラシックへ行くと食べることができると分かりました。「食べられるのなら行ってみよう。美しい英虞湾の景色も見られる」と思い計画を立てました。<br />志摩の賢島まで一日で行くのは体力に自信がありません。途中で下車して、一休憩し、観光できるところはないかと探してみました。<br />名古屋から特急で35分で行くことができる犬山市が目に留まりました。前から一度は犬山を訪ねてみたいと思っていたので、ちょうどよい機会だと思いました。犬山に一泊し、次の日に近鉄特急「しまかぜ」に乗って賢島まで行く予定を立てました。<br />5月に箱根仙石原プリンスでお会いした三重県からいらした方が「ぜひ、しまかぜに乗って志摩へいらしてください」とおっしゃっていたので、そのお勧めにも応じてみたいと思いました。<br />というわけで、犬山に一泊し、犬山城を観光することにしました。<br />国宝の5つの天守閣の城の一つでなかなか見ごたえのある城でした。<br />折しも台風14号の進路が近畿地方にかかりそうで、出発2日前に予定を一週間延期し、予約を変更して10月4日に出発することになりました。

志摩へ行く 途中で観光した犬山城 2021 一度訪ねてみたいと思っていました

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2021/10/04 - 2021/10/09

307位(同エリア1454件中)

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71

薔薇の咲く庭

薔薇の咲く庭さん

この旅行記スケジュールを元に

ザ・ウンザーホテル洞爺を訪ねた後、調べてみるとサミットで出されたディナーが志摩観光ホテルザ・クラシックへ行くと食べることができると分かりました。「食べられるのなら行ってみよう。美しい英虞湾の景色も見られる」と思い計画を立てました。
志摩の賢島まで一日で行くのは体力に自信がありません。途中で下車して、一休憩し、観光できるところはないかと探してみました。
名古屋から特急で35分で行くことができる犬山市が目に留まりました。前から一度は犬山を訪ねてみたいと思っていたので、ちょうどよい機会だと思いました。犬山に一泊し、次の日に近鉄特急「しまかぜ」に乗って賢島まで行く予定を立てました。
5月に箱根仙石原プリンスでお会いした三重県からいらした方が「ぜひ、しまかぜに乗って志摩へいらしてください」とおっしゃっていたので、そのお勧めにも応じてみたいと思いました。
というわけで、犬山に一泊し、犬山城を観光することにしました。
国宝の5つの天守閣の城の一つでなかなか見ごたえのある城でした。
折しも台風14号の進路が近畿地方にかかりそうで、出発2日前に予定を一週間延期し、予約を変更して10月4日に出発することになりました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
4.0
交通手段
新幹線 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 新幹線で名古屋まで行きます。緊急事態宣言は解除されていますが、新幹線の中は空いています。解除されたからといって、乗客数をすぐには回復することはできないのでしょう。

    新幹線で名古屋まで行きます。緊急事態宣言は解除されていますが、新幹線の中は空いています。解除されたからといって、乗客数をすぐには回復することはできないのでしょう。

  • 名古屋で広島行きのN700系のぞみ号を見送りました。時刻はまだ12時35分です。これから犬山へ行くと2:00pmには犬山に着けるかもしれません。

    名古屋で広島行きのN700系のぞみ号を見送りました。時刻はまだ12時35分です。これから犬山へ行くと2:00pmには犬山に着けるかもしれません。

    名古屋駅

  • ところが、名古屋駅で完全に迷子状態に陥りました。明日の10:25am<br />発の「しまかぜ」に乗るため近鉄名古屋駅に行き、その後名鉄名古屋駅に行こうとしたのですが、表示通りに行くとマリオットホテルに出てしまうのです。日本で迷子?<br />日本語が通じるので、聞いて名鉄名古屋駅にたどり着きました。名鉄百貨店の地下にありました。嘘のような本当の話です。

    ところが、名古屋駅で完全に迷子状態に陥りました。明日の10:25am
    発の「しまかぜ」に乗るため近鉄名古屋駅に行き、その後名鉄名古屋駅に行こうとしたのですが、表示通りに行くとマリオットホテルに出てしまうのです。日本で迷子?
    日本語が通じるので、聞いて名鉄名古屋駅にたどり着きました。名鉄百貨店の地下にありました。嘘のような本当の話です。

    名鉄名古屋駅

  • 着きました。犬山駅。後ろはマンションのようです。

    着きました。犬山駅。後ろはマンションのようです。

    犬山駅

  • ホテルに荷物を置いて一休みし、身軽になって犬山城を目指しました。途中で城下町を通ります。そこで見たものは驚きの城下町でした。江戸時代にスリップしたみたいです。

    ホテルに荷物を置いて一休みし、身軽になって犬山城を目指しました。途中で城下町を通ります。そこで見たものは驚きの城下町でした。江戸時代にスリップしたみたいです。

  • この町には魚屋さんがたくさんあったのでしょう。そのままの名前が付いた町名です。現在も過去の名前がそのまま引き継がれているのですね。

    この町には魚屋さんがたくさんあったのでしょう。そのままの名前が付いた町名です。現在も過去の名前がそのまま引き継がれているのですね。

  • 江戸時代にタイムスリップしたみたいです。今でもお住まいの方がいるようです。

    江戸時代にタイムスリップしたみたいです。今でもお住まいの方がいるようです。

  • 立て看板のあるお宅がありました。米溝旧宅という名前です。歴史的に重要な家になっているのでしょう。後ろは建て直してステンレスの引き戸になっていました。

    立て看板のあるお宅がありました。米溝旧宅という名前です。歴史的に重要な家になっているのでしょう。後ろは建て直してステンレスの引き戸になっていました。

  • この町名からして新しくできた街なのでしょう。この名前は日本中を探すとかなりある名前です。

    この町名からして新しくできた街なのでしょう。この名前は日本中を探すとかなりある名前です。

  • 城からまっすぐに伸びる広い通りに出ました。お城が見えます!<br />車の通りが激しくて近代と歴史とが交差しているみたいでした。<br />観光客がたくさん道を歩いていました。

    城からまっすぐに伸びる広い通りに出ました。お城が見えます!
    車の通りが激しくて近代と歴史とが交差しているみたいでした。
    観光客がたくさん道を歩いていました。

  • さらにお城に向かって進むと鳥居が見えてきました。お城の天守閣が見えています。ここがお城に登る入り口です。

    さらにお城に向かって進むと鳥居が見えてきました。お城の天守閣が見えています。ここがお城に登る入り口です。

  • 矢印に従って階段を上ります。赤い鳥居をくぐって階段をかなり上りました。

    矢印に従って階段を上ります。赤い鳥居をくぐって階段をかなり上りました。

  • ワッ! すごい数の鳥居です。これをくぐれば犬山城の参道に抜けられるはず?

    ワッ! すごい数の鳥居です。これをくぐれば犬山城の参道に抜けられるはず?

    三光稲荷神社 寺・神社・教会

  • 出ました。参道です。階段とスロープとどちらで上がってもよいようになっています。標高80mあるのでかなり坂を登ることになります。息が切れました。私は心臓も心配しなくてはなりません。

    出ました。参道です。階段とスロープとどちらで上がってもよいようになっています。標高80mあるのでかなり坂を登ることになります。息が切れました。私は心臓も心配しなくてはなりません。

  • お城をバックに一枚。本丸に上がったところで感激の一枚です。よく上りました。

    お城をバックに一枚。本丸に上がったところで感激の一枚です。よく上りました。

    国宝犬山城 名所・史跡

    現存する日本最古の様式の城 by 薔薇の咲く庭さん
  • お城の中の天守階へ続く階段。急な階段で怖いです。勾配60度はあります。お城はどこも急な階段にしてあり、敵が攻め難いようにしてあります。

    お城の中の天守階へ続く階段。急な階段で怖いです。勾配60度はあります。お城はどこも急な階段にしてあり、敵が攻め難いようにしてあります。

  • 二階から見た景色です。すぐ脇を木曽川が流れています。この木曽川が交易・交通の要になっていました。また、要塞の役割も果たしています。

    二階から見た景色です。すぐ脇を木曽川が流れています。この木曽川が交易・交通の要になっていました。また、要塞の役割も果たしています。

    木曽川 自然・景勝地

  • 2階の武具の間です。左の中央部が武具の間です。西北東の三方に武具棚があります。

    2階の武具の間です。左の中央部が武具の間です。西北東の三方に武具棚があります。

  • 天守閣の最上段。4階です。先ほど写真を撮った本丸が見渡せます。そして城下が見えます。大きな町ですね。

    天守閣の最上段。4階です。先ほど写真を撮った本丸が見渡せます。そして城下が見えます。大きな町ですね。

  • かなり高いところに来ました。高さ24m。特徴のある破風の上から撮っています。上から見ると破風の特徴はよくわかりません。

    かなり高いところに来ました。高さ24m。特徴のある破風の上から撮っています。上から見ると破風の特徴はよくわかりません。

  • 天守閣の4階には欄干があり、一周することができました。木でできているので「割れて落下なんていうことはありませんように」と少し怖い感じがしながら一周しました。正面から見える右側。木曽川が見えます。

    天守閣の4階には欄干があり、一周することができました。木でできているので「割れて落下なんていうことはありませんように」と少し怖い感じがしながら一周しました。正面から見える右側。木曽川が見えます。

  • 右脇に出てみました。木曽川がよく見えます。この川を渡って城を取り返した武将(池田恒興)がいました。この城は1537年に織田信康(信長の叔父)が築城してから、たくさんの城主が変わりました。中山道と木曽街道に通じる交通の要所だったためこの城は重要な拠点だったのです。

    右脇に出てみました。木曽川がよく見えます。この川を渡って城を取り返した武将(池田恒興)がいました。この城は1537年に織田信康(信長の叔父)が築城してから、たくさんの城主が変わりました。中山道と木曽街道に通じる交通の要所だったためこの城は重要な拠点だったのです。

  • 池田恒興は信長の乳兄弟で1570年に城主となりましたが、城主を追われています。その後、小牧長久手の戦いで木曽川を渡って城を攻略し再び城主に返り咲きしています。やはり元城主であった池田恒興は城のどこから攻めると落城できるかを知っていたのでしょう。

    池田恒興は信長の乳兄弟で1570年に城主となりましたが、城主を追われています。その後、小牧長久手の戦いで木曽川を渡って城を攻略し再び城主に返り咲きしています。やはり元城主であった池田恒興は城のどこから攻めると落城できるかを知っていたのでしょう。

  • 一番上の階は「回欄の間」と呼ばれています。部屋の周り一周に欄干が回されていて景色を眺めることができるのです。望楼型と呼ばれるそうです。<br />手前に見えるのが欄干です。あまり高さはありません。

    一番上の階は「回欄の間」と呼ばれています。部屋の周り一周に欄干が回されていて景色を眺めることができるのです。望楼型と呼ばれるそうです。
    手前に見えるのが欄干です。あまり高さはありません。

  • 屋根の瓦に特徴があります。果物の実をイメージさせる飾りがついていました。

    屋根の瓦に特徴があります。果物の実をイメージさせる飾りがついていました。

  • ここが特徴的な破風のトップの瓦です。ピンと空に向かって曲がっています。

    ここが特徴的な破風のトップの瓦です。ピンと空に向かって曲がっています。

  • 回欄の間には関ヶ原の戦の後に徳川の家臣となった成瀬正成が徳川幕府から犬山城を拝領する前の城主の名前が書かれた額が展示されていました。<br />築城は1537年、成瀬正成が拝領したのが1671年で80年間に14名の城主がいました。一人平均5年8ヵ月。

    回欄の間には関ヶ原の戦の後に徳川の家臣となった成瀬正成が徳川幕府から犬山城を拝領する前の城主の名前が書かれた額が展示されていました。
    築城は1537年、成瀬正成が拝領したのが1671年で80年間に14名の城主がいました。一人平均5年8ヵ月。

  • 成瀬家が代々この城を守って廃藩置県まで城主でいます。初代の正成の絵が飾られていました。

    成瀬家が代々この城を守って廃藩置県まで城主でいます。初代の正成の絵が飾られていました。

  • 回廊の間には赤い絨毯が敷かれて上の方に代々の城主の姿が描かれた絵がありました。ところで、この絨毯に座ってみると少し凹みます。どうも下が畳のようなのですが、年数を経て傷んできているようで、休憩するために座った座り心地はあまりよくありませんでした。

    回廊の間には赤い絨毯が敷かれて上の方に代々の城主の姿が描かれた絵がありました。ところで、この絨毯に座ってみると少し凹みます。どうも下が畳のようなのですが、年数を経て傷んできているようで、休憩するために座った座り心地はあまりよくありませんでした。

  • 部屋全体はこんな感じで開いている所から木曽川の向こうの景色が見えます。28帖の広さだそうです。正方形です。

    部屋全体はこんな感じで開いている所から木曽川の向こうの景色が見えます。28帖の広さだそうです。正方形です。

  • これは3階の破風の間。梁の上が特徴的な破風です。唐破風の間と呼ばれていて41帖ありました。外観では二重になって見えるので実際は屋根裏部屋です。

    これは3階の破風の間。梁の上が特徴的な破風です。唐破風の間と呼ばれていて41帖ありました。外観では二重になって見えるので実際は屋根裏部屋です。

  • 2階へ降りてくると、この旅の最後の目的地の彦根城の写真がありました。犬山城、彦根城、松本城、姫路城、松江城の5つが国宝の天守閣だそうです。<br />松本城、姫路城、松江城はすでに見ているので、この旅で残りの彦根城を見るので図らずも国宝をすべて見られることになりました。

    2階へ降りてくると、この旅の最後の目的地の彦根城の写真がありました。犬山城、彦根城、松本城、姫路城、松江城の5つが国宝の天守閣だそうです。
    松本城、姫路城、松江城はすでに見ているので、この旅で残りの彦根城を見るので図らずも国宝をすべて見られることになりました。

  • 犬山城は現存する最古の様式の天守閣だそうです。彦根城は装飾を重視していますが犬山城は彦根城より約85年前に作られているのでシンプルです。彦根城が江戸城より高く作ることに遠慮して3階建てなのに比べ、犬山城は24mの天守を持ち4階建てなので外観よりも、戦略上の拠点として装備内容重視の城だと思います。

    犬山城は現存する最古の様式の天守閣だそうです。彦根城は装飾を重視していますが犬山城は彦根城より約85年前に作られているのでシンプルです。彦根城が江戸城より高く作ることに遠慮して3階建てなのに比べ、犬山城は24mの天守を持ち4階建てなので外観よりも、戦略上の拠点として装備内容重視の城だと思います。

  • 2顔からの景色、木曽川を覗む武者の間です。飾りの瓦と空へ湾曲した瓦が素敵です。

    2顔からの景色、木曽川を覗む武者の間です。飾りの瓦と空へ湾曲した瓦が素敵です。

  • ここにかかる橋は犬山頭首工ライン大橋(犬山市と岐阜県各務原市小伊木町を結ぶ木曽川の橋。また濃尾用水の取水用の可動堰)です。

    ここにかかる橋は犬山頭首工ライン大橋(犬山市と岐阜県各務原市小伊木町を結ぶ木曽川の橋。また濃尾用水の取水用の可動堰)です。

  • 付櫓(つけやぐら)の内側です。東南の隅の突出部な部分です。攻撃守備用として作られたそうです。下段に三か所の連格子窓があり遠くまで見渡せます。

    付櫓(つけやぐら)の内側です。東南の隅の突出部な部分です。攻撃守備用として作られたそうです。下段に三か所の連格子窓があり遠くまで見渡せます。

  • 確かに遠くまで見渡せる窓です。

    確かに遠くまで見渡せる窓です。

  • なるほど。遠景が見えます。本丸に上がって来た人が見えます。

    なるほど。遠景が見えます。本丸に上がって来た人が見えます。

  • 鎧が展示されていました。小腹山合戦着用と書いてありました。

    鎧が展示されていました。小腹山合戦着用と書いてありました。

  • 面白いことに大名配置と石高調べという番付板が掲示されていました。

    面白いことに大名配置と石高調べという番付板が掲示されていました。

  • 金沢 前田斉泰 102.0。 加賀100万石と言われていますから単位は万石ですね。 <br />島津 久 77万石。 伊達 邦 62.5万石。

    金沢 前田斉泰 102.0。 加賀100万石と言われていますから単位は万石ですね。 
    島津 久 77万石。 伊達 邦 62.5万石。

  • 犬山 成瀬正旭 3.5。 3.5万石が石高でしょう。

    犬山 成瀬正旭 3.5。 3.5万石が石高でしょう。

  • 犬山城は別名「白帝城」だそうです。荻生徂徠が李白の詩からとって命名したそうです。白?

    犬山城は別名「白帝城」だそうです。荻生徂徠が李白の詩からとって命名したそうです。白?

  • いざという時にお殿様がここで籠城をすることになっていた部屋。<br />あまり光の差さない暗い部屋でした。

    いざという時にお殿様がここで籠城をすることになっていた部屋。
    あまり光の差さない暗い部屋でした。

  • 徳川時代の城の番付表がありました。面白い物があります。<br />横綱はいません。大関が金沢城102.3万石、鹿児島城77.1万石。<br />犬山城は3.5万石なので前頭の14番目でした。<br />江戸城と大坂城は取締で石高は書いてありません。

    徳川時代の城の番付表がありました。面白い物があります。
    横綱はいません。大関が金沢城102.3万石、鹿児島城77.1万石。
    犬山城は3.5万石なので前頭の14番目でした。
    江戸城と大坂城は取締で石高は書いてありません。

  • これは「大杉様」と呼ばれる杉です。1965年頃に枯れてしまったそうです。犬山城の築城の時からの老木で高さ24メートルありました。天守閣と同じ位の高さです。落雷の時は城の身代わりになり、台風の時には風よけなり、城を守る神木として崇められてきました。今も大事に残されています。

    これは「大杉様」と呼ばれる杉です。1965年頃に枯れてしまったそうです。犬山城の築城の時からの老木で高さ24メートルありました。天守閣と同じ位の高さです。落雷の時は城の身代わりになり、台風の時には風よけなり、城を守る神木として崇められてきました。今も大事に残されています。

  • 犬山城を正面から撮影しました。趣のある立派な城ですね。張り出した部分の付櫓、独特な曲線のある破風、手すりのある望桜がとても素敵です。

    犬山城を正面から撮影しました。趣のある立派な城ですね。張り出した部分の付櫓、独特な曲線のある破風、手すりのある望桜がとても素敵です。

  • 城を降りて城下町に戻りました。袴と着物を着て観光する女性がいました。どうも袴と着物を着て城下町を歩くことが流行っているようです。城を観光すると同時に時代劇の中に入ったような気分を味わえますね。

    城を降りて城下町に戻りました。袴と着物を着て観光する女性がいました。どうも袴と着物を着て城下町を歩くことが流行っているようです。城を観光すると同時に時代劇の中に入ったような気分を味わえますね。

  • 犬山城のすぐ下にある犬山市文化資料館に入りました。ここは江戸時代の犬山文化と歴史を伝える資料館です。城と城下町のジオラマが作られていました。確かに犬山城は、木曽川沿いの小高い山の上に建てられています。後堅固(うしろけんご)の城と言われているのが分かります。<br />それにしても築城には絶好の地形です。スロバキアのスピシュ城を思い出します。

    犬山城のすぐ下にある犬山市文化資料館に入りました。ここは江戸時代の犬山文化と歴史を伝える資料館です。城と城下町のジオラマが作られていました。確かに犬山城は、木曽川沿いの小高い山の上に建てられています。後堅固(うしろけんご)の城と言われているのが分かります。
    それにしても築城には絶好の地形です。スロバキアのスピシュ城を思い出します。

    犬山市文化史料館 美術館・博物館

    城下町のジオラマがあります by 薔薇の咲く庭さん
  • 侍屋敷の地図がありました。侍屋敷は家臣の住居で石高や役職によって位置や規模が決められています。このように古い地図がよく残されていました。

    侍屋敷の地図がありました。侍屋敷は家臣の住居で石高や役職によって位置や規模が決められています。このように古い地図がよく残されていました。

  • 侍屋敷のジオラマです。かなり細かいところまで精巧に作られていました。

    侍屋敷のジオラマです。かなり細かいところまで精巧に作られていました。

  • この時は分かりませんでしたが、後でこれはお祭りの山車であることが旅行記を作っていて分りました。このような感じで街を山車が練り歩いたんですね。

    この時は分かりませんでしたが、後でこれはお祭りの山車であることが旅行記を作っていて分りました。このような感じで街を山車が練り歩いたんですね。

  • 町家です。旧磯部家住宅と言う名前の家です。屋根が緩やかな曲線を描く「起き屋根」が特徴だそうです。江戸時代は家の間口に応じて税が徴収されたことから間口が狭く奥行きのある作りになっています

    町家です。旧磯部家住宅と言う名前の家です。屋根が緩やかな曲線を描く「起き屋根」が特徴だそうです。江戸時代は家の間口に応じて税が徴収されたことから間口が狭く奥行きのある作りになっています

  • かなり賑やかな街並みです。犬山の城下が栄えていたことがわかります。山車がありお祭りをやっているようです。

    かなり賑やかな街並みです。犬山の城下が栄えていたことがわかります。山車がありお祭りをやっているようです。

  • 犬山奏と呼ばれる川湊がありました。その説明です。美濃との境にあり上流の木曽川と飛騨川から木材が筏に組まれてここまで下ってきました。ここで書類と照合して取り調べて円城寺と言うところへ筏は運ばれました。船頭がここで交代する重要な中継地だったのです。

    犬山奏と呼ばれる川湊がありました。その説明です。美濃との境にあり上流の木曽川と飛騨川から木材が筏に組まれてここまで下ってきました。ここで書類と照合して取り調べて円城寺と言うところへ筏は運ばれました。船頭がここで交代する重要な中継地だったのです。

  • 御殿の図です。御殿は城主の住居であり政治を行う庁舎でもありました。犬山城には御殿が3カ所あったそうです。本丸にあった御殿は防災上良くないことから松の丸に移したそうです。確かに御殿から出火したら天守閣も延焼する可能性があります。西御殿という御殿は政庁だそうですが表向きは上司の居住空間でした。このほかにも尾張の城主が来たときに使うものがありました。

    御殿の図です。御殿は城主の住居であり政治を行う庁舎でもありました。犬山城には御殿が3カ所あったそうです。本丸にあった御殿は防災上良くないことから松の丸に移したそうです。確かに御殿から出火したら天守閣も延焼する可能性があります。西御殿という御殿は政庁だそうですが表向きは上司の居住空間でした。このほかにも尾張の城主が来たときに使うものがありました。

  • 木曽川沿いにある建物なので心が惹かれて写真を撮りました。川沿いには土塀があって防備はされています。御殿では無いと思いますが。

    木曽川沿いにある建物なので心が惹かれて写真を撮りました。川沿いには土塀があって防備はされています。御殿では無いと思いますが。

  • これは御殿かと思います建物が大きくて防備は完全で城主が住んでいてもおかしくはありません。

    これは御殿かと思います建物が大きくて防備は完全で城主が住んでいてもおかしくはありません。

  • 犬山町は後堅固の城と言われていますが、確かに木曽川側から攻めるのは無理です。

    犬山町は後堅固の城と言われていますが、確かに木曽川側から攻めるのは無理です。

  • 天守の回欄の間から木曽川を見た時の写真です。川に屋根がせり出しているかのように見えます。この城の西側は絶壁なのです。本当に地形的に築城にもってこいの小高い山がありました。ここだけ80mの高さがあり南側は平野なのです。

    天守の回欄の間から木曽川を見た時の写真です。川に屋根がせり出しているかのように見えます。この城の西側は絶壁なのです。本当に地形的に築城にもってこいの小高い山がありました。ここだけ80mの高さがあり南側は平野なのです。

  • この城を木曽川側から攻めるのは無理でしょう。陸地がほとんどなく、絶壁です。

    この城を木曽川側から攻めるのは無理でしょう。陸地がほとんどなく、絶壁です。

  • 地図を見ると城下町には木戸を設けて城下には入ることが簡単にはできないようにしました。町も石垣になっているのです。

    地図を見ると城下町には木戸を設けて城下には入ることが簡単にはできないようにしました。町も石垣になっているのです。

  • これは犬山城松の丸裏門の鬼瓦だそうです。屋根の棟の部分に取り付けられていました。 <br />明治維新で犬山城が廃城になった時に建物が売りに出されたそうです。寄付によってここに飾られることができました。

    これは犬山城松の丸裏門の鬼瓦だそうです。屋根の棟の部分に取り付けられていました。 
    明治維新で犬山城が廃城になった時に建物が売りに出されたそうです。寄付によってここに飾られることができました。

  • これを最初見た時はなんだろうと思いました。解説を読んで驚き。采配です。そういえば時代劇で大将が手に持って、戦いを始める時に振る赤い毛のようなポンポンを思い出しました。成瀬家は紙采配と赤熊采配の両方を持っていたそうです。

    これを最初見た時はなんだろうと思いました。解説を読んで驚き。采配です。そういえば時代劇で大将が手に持って、戦いを始める時に振る赤い毛のようなポンポンを思い出しました。成瀬家は紙采配と赤熊采配の両方を持っていたそうです。

  • 犬山市文化資料館を出てどんでん館へと向かいました。城下を通ります。この家は何のためにこのような造りになったいるのでしょうか?<br />

    犬山市文化資料館を出てどんでん館へと向かいました。城下を通ります。この家は何のためにこのような造りになったいるのでしょうか?

  • 古い町並みが続きます。タイムスリップしたようです。<br />徒歩10分位でどんでん館に着きました。

    古い町並みが続きます。タイムスリップしたようです。
    徒歩10分位でどんでん館に着きました。

  • 背の高い山車が保管されていました。今でも使われています。お祭りの時にはここから山車を出して使うのです。街の名前がわかるように山車に書いてありました。

    背の高い山車が保管されていました。今でも使われています。お祭りの時にはここから山車を出して使うのです。街の名前がわかるように山車に書いてありました。

    どんでん館 美術館・博物館

    山車の展示がしてあります by 薔薇の咲く庭さん
  • この山車はちょうちんがいっぱい付いています。名栗町と言う町名が入っています。

    この山車はちょうちんがいっぱい付いています。名栗町と言う町名が入っています。

  • 2階に上がると山車を高いところから見ることができました。山車は7、8台ありました。これをお祭りでは引いて歩くのですね。

    2階に上がると山車を高いところから見ることができました。山車は7、8台ありました。これをお祭りでは引いて歩くのですね。

  • ここにもジオラマがあって町内を引いて歩く様子を紹介していました。ずいぶん昔からこの祭りが行われているのです。犬山城ができた1573年にもあったんでしょうか?

    ここにもジオラマがあって町内を引いて歩く様子を紹介していました。ずいぶん昔からこの祭りが行われているのです。犬山城ができた1573年にもあったんでしょうか?

  • 夜になってホテルから窓の外を見ると、なんと犬山城の天守閣がライトアップされているのが見えました。暗闇の中にぽっかりと浮かんで見える天守閣は幻想的でとても素敵な景色でした。<br />彦根城はライトアップされた夜間拝観に申し込んであります。どのようになるのかわかりませんでしたが、これを見てとても楽しみになりました。明日は「しまかぜ」乗って志摩・賢島へ行きます。<br />                     ~ 旅は続きます ~

    夜になってホテルから窓の外を見ると、なんと犬山城の天守閣がライトアップされているのが見えました。暗闇の中にぽっかりと浮かんで見える天守閣は幻想的でとても素敵な景色でした。
    彦根城はライトアップされた夜間拝観に申し込んであります。どのようになるのかわかりませんでしたが、これを見てとても楽しみになりました。明日は「しまかぜ」乗って志摩・賢島へ行きます。
                         ~ 旅は続きます ~

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