2021/08/04 - 2021/08/07
2043位(同エリア54765件中)
かっちんさん
道東の網走、小清水、清里、斜里、知床羅臼を巡るには、鉄道・路線バスだけでは無理なところがあり、車によるツアーガイドを利用します。
依頼したツアー会社は、秘境の旅を手がける「西遊旅行」の宿「知床サライ」。
2018年夏、知床半島の羅臼に開業した宿は、ツアーガイドもやっていて、ネイチャーガイドの資格を持つスタッフが今回の旅の案内役になります。
網走駅前から「知床サライ」の車で、斜里・知床羅臼のツアーが始まります。定番のツアーコースだけでなく、こちらの要望を取り入れたオリジナルツアーです。
この旅行記では、小清水町の「麦わらロール」「小清水駅跡」 、清里町の「さくらの滝」「神の子池」、斜里町の「ゴジラ岩」「俵石」根北線「越川橋梁」「三井農林事務所」、知床峠、網走市の「ポンモイ柱状節理」「帽子岩」、中標津町の「モアン山」「掩体壕」などを巡ります。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・知床サライのHP
・Be my BIEI「麦稈(ばっかん)ロール」
・じんぎすカメラ「牧草ロール?麦稈ロール?北海道の畑に転がっているアレを調べてみた!」
・きよさと観光協会「斜里岳登山情報」「さくらの滝」「神の子池」
・北海道STYLE「モアン山」
・うろつき猫旅記録、掩体壕~えんたいごう~「計根別飛行場」
・tenki.jpサプリ「北海道でブリが豊漁!」、2020年10月30日
・知床羅臼ビジターセンター「羅臼登山に行かれる方へ!」
・日本の奇岩百景プラス「ゴジラ岩」
・知床博物館「オシュンクシュン粗粒玄武岩柱状節理」
・斜里町立知床博物館、郷土学習シリーズ第20集「斜里・知床の近代化遺産」、1998年文献:三井農林事務所
・のまるさんの北海道応援のブログ「私鉄北見鉄道 小清水駅跡」
・歩鉄の達人、廃線探索「北見鉄道」
・網走市「湯沸湖ガイドブック 原生花園」
・小清水町観光協会「小清水原生花園」、PDF
・地質百選「網走市の帽子岩とポンモイ柱状節理」
・漂流乳業「三井牛乳、農林斜里事務所「迎賓館」」
・ウィキペディア「根北線」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
「キュンちゃん」のお出迎え(網走駅)
北海道の観光PRキャラクターとして北海道のいろんな魅力を伝える「キュンちゃん」。
エゾナキウサギの「キュンちゃん」は、小心者の自分をちょっとだけ隠すため、エゾシカのかぶりものやご当地のかぶりものを身に着けています。 -
「知床サライ」スタッフと待ち合わせ(網走駅)
「知床サライ」は秘境の旅を手がける「西遊旅行」が、2018年夏、知床半島の羅臼に開業した宿。
ツアーガイドもやっていて、ネイチャーガイドの資格を持つスタッフが今回の旅の案内役になります。
網走駅前から「知床サライ」の車で、斜里・知床羅臼のツアーが始まります。
最初に小清水町(こしみずちょう)を通り、清里町の「さくらの滝」へ向かいます。
では、車からの車窓を紹介していきます。 -
小麦畑の「麦わらロール」(小清水町)
8月は小麦の収穫時期。
畑には収穫後に残された麦わらから「麦わらロール」が作られています。
今にも転がっていきそうな感じ。 -
東の方向に見える「斜里岳」(小清水町)
日本百名山のひとつで、標高は1,547m。 -
トラックで運ぶ「麦わらロール」(小清水町)
「麦わらロール」は牧場へ運ばれ、牛の寝床に敷かれます。 -
「小清水町名起源の泉」(小清水町)
明治23年(1890)、網走釧路間に仮県道が開削され駅逓をおく際、この地に良質の湧水があり、この清水の名と、この付近を流れるポンヤンベツ川とあいまって駅逓名を「小清水」と称するようになりました。
ポンヤンベツ川はアイヌ語で、小さい清水の川という意味。
大正8年(1919)、斜里村より分村するにあたり、村名を「小清水」としました。 -
無造作に置かれる「麦わらロール」(小清水町)
でも、行儀のいいロール君は、手前に整列しています・・・ -
「さくらの滝」に到着(清里町)
釧網本線を越え、斜里川上流にある「さくらの滝」に来ています。
ここでは、6月から8月にかけて「サクラマス」の滝越えジャンプが見られます。 -
ジャンプする「サクラマス」(さくらの滝)
滝の高さは2.5m。
ほとんどが滝の途中までしか飛べず、なかなか越えられません。
さて、2番目のサクラマス君はどうかな・・・ -
頑張れ、サクラマス君(さくらの滝)
すべてのヒレを広げ、全力疾走。 -
イチオシ
体をひねって飛び上がる「サクラマス」(さくらの滝)
動画を見ると凄い迫力。
https://youtu.be/4cxmENV7Ovo -
滝壺で飛ぶ順番を待つ「サクラマス」(さくらの滝)
滝越えは、大量の雨が降り、滝壺の水位が上昇した時がチャンスかも・・・ -
次は神秘的な「神の子池」(清里町)
道道「摩周湖斜里線」を中標津方面に走り、途中から「ハトイ林道」に入り「神の子池」に到着。
「神の子池」は摩周湖からの地下水が湧き出ている山の奥にある池です。
摩周湖(カムイトー:神の湖)の伏流水からできているという言い伝えから「神の子池」と呼ばれています。 -
水の色は「エメラルドブルー」(神の子池)
神の子池の伏流水は1日12,000tも湧き出ています。
周囲220m、水深5mの小さな池は、水温が年間通して8℃と低く、倒木が「エメラルドブルー」の水の中に腐らず沈んています。 -
「牛の文字」が書かれたモアン山(中標津町)
道道の清里峠(裏摩周展望入口)を越え、中標津町(なかしべつちょう)に入ります。
坂道を下ると左側にモアン山。そして斜面に「牛の文字」が見えます。
ここはJA計根別乳牛育成牧場の敷地内にある小さな山。
「牛の文字」からは「牛乳」や近くの「養老牛温泉」などが連想できます。 -
養老牛シェルター(中標津町)
「シェルター」は猛吹雪などにより車が身動きできなくなる危険が迫ったとき、シェルターの中に避難するためのものです。 -
戦争遺跡「掩体壕」(計根別付近)
草地の中に盛り上がったところがあります。
これは掩体壕(えんたいごう)で、航空機を敵の攻撃から守るために建設された施設です。
昭和18年(1942)北東方面の防衛力強化を目的として別海町に飛行場の建設が開始。5つの飛行場のひとつが計根別(けねべつ)第一飛行場です。
この第一飛行場跡近くに、草木で覆われた掩体壕があり、道道13号「中標津標茶線」から見えます。 -
「根室中標津空港」を通過(中標津町)
ボディーカラーがラズベリーのFDA(フジドリームエアラインズ)の飛行機がいます。
定期便ではなく、チャーター便です。 -
今晩の宿「知床サライ」に到着(羅臼)
知床半島の羅臼(らうす)に2018年夏開業した宿なので綺麗です。 -
目の前に「国後島」(知床サライ)
部屋の窓から羅臼の海と「国後島」が見えます。
ビジネスホテル風のツインルームと、共有スペースに図書コーナー、談話スペ―ス、ダイニングがあります。
長旅に必要なコインランドリーは、残念ながらありません。15分くらい歩いた町なかにはあります。 -
ダイニングで夕食(知床サライ)
夕食は洋食メニューを中心とした創作コース料理。
羅臼が擁する根室海峡は水深が最深部2,000mを越えるため季節に応じて深海魚もの含めて50種類以上の魚種の水揚げがあります。
3連泊したのですが、2日目の夕食は意外にも和食の手巻き寿司でした。 -
創作料理の夕食(知床サライ)
前菜盛り合わせは、燻製チーズ、揚げ昆布、昆布だしの和風ピクルス。
浜中町産エゾ鹿肉の低温調理ロースト、地物魚介のカルパッチョ仕立て(オヒョウ、アコウダイ、サメガレイ)。
道産小麦である「春よ恋」を使用した自家製昆布パン(写真撮り忘れ)。 -
メインディッシュ(夕食)
羅臼産ブリと夏野菜のグリルプレート。
北海道では最近、西日本の代表的な魚のブリが豊漁になっています。代わりにサケやイカ、サンマが獲れなくなっています。 -
メインディッシュ(夕食)
南蛮エビとアサリのトマトパスタ。 -
デザート(夕食)
自家製濃厚チーズケーキと紅茶。
道産食材を使った旬の料理を味わうことができました。 -
翌日、バイキング形式の朝食(知床サライ)
今日2日目は、相泊から知床岬までヒグマ観察クルーズ、根室海峡のマッコウクジラクルーズ、夜にシマフクロウ観察。
3日目は、羅臼湖ハイキング などを楽しみました。
両日については次の旅行記で紹介。 -
羅臼の海霧(知床横断道路の羅臼付近)
羅臼では湿った暖かい空気が冷たい海水に冷やされて海霧が発生しています。
4日目は羅臼から知床峠を越えて、ウトロ、斜里町、網走を巡り、女満別空港から帰ります。 -
羅臼岳が目の前に見える「知床峠」
羅臼岳は日本百名山のひとつ。標高は1,660mですが、北海道の知床半島にそびえる山なので、なめてかかると痛い目に遭います。
本州の3,000m級の山に登るくらいの覚悟が必要です。
では、車から降りて付近を散策します。 -
羅臼町から斜里町へ(知床峠)
知床峠を境に羅臼町から斜里町に入ります。 -
羅臼側の海霧(知床峠から)
-
バス停(知床峠)
9:35~9:45の間に、羅臼、ウトロから来るバスが知床峠を通ります。
バスは7/1~10/3の期間に、阿寒バスと斜里バスが共同運行しています。 -
「宇登呂(ウトロ)ゆき」バス(知床峠)
羅臼側から上がってきた阿寒バス。
行先表示がなぜか漢字を使った「宇登呂ゆき」。
地名表記はほとんどがカタカナの「ウトロ」。
漢字を使っているのは「宇登呂郵便局」「宇登呂港北防波堤灯台」「宇登呂灯台」などがあります。 -
「ラウス」行きバス(知床峠)
ウトロ側から上がってきた斜里バス。
行先表示がカタカナで「ラウス」。
地名表記は漢字の「羅臼」。ウトロがカタカナなので、羅臼もラウスにしたのかも。
ついでに両者の行先表示を調べてみると
阿寒バスは「宇登呂ゆき」と「羅臼ゆき」。路線名は「羅臼宇登呂線」で、羅臼に営業所があります。
斜里バスは「ウトロ温泉」と「ラウス」。路線名は「羅臼線」で、ウトロに営業所があります。 -
羅臼岳のウトロ側(知床横断道路)
登山ルートは2つあり、左側の斜里町側(岩尾別ルート)から登る方が一般的。
岩尾別ルートの方が、右側の羅臼温泉ルートよりも登山道がしっかりしており、距離も短く、登山口から頂上までの標高差も小さいからです。
羅臼温泉ルートは上級者向けのコースです。 -
漁船にえい航される小舟(ウトロ海岸)
釣り船でしょうか? -
ウトロ漁港に到着
奇岩「ゴジラ岩」が佇んでいます。
目を見開いていて、東京タワーへ向かうのでしょうか。
肩にはシマフクロウがこちらを睨んでいるみたいです。 -
「オロンコ岩」(ウトロ漁港)
「オロンコ岩」は、奇岩「ゴジラ岩」を含め、後期中新世・鮮新世(約700万年前~約170万年前)ら噴火した火山岩で構成されています。 -
「オシンコシン岬の東側」(弁財湾)
ウトロの南西約5.5kmに「オシンコシン岬」があります。 -
「俵石」(オシンコシン岬の東側)
横向きの柱状節理と岩柱に直角に発達する縞状構造の「俵石」。 -
「弁財湾」の丸い石
オシンコシン岬東側の海岸が「弁財湾」。
波打ち際の海底には漬物石のような丸い石がゴロゴロ。
おそらく「俵石」が海に落ち、波によって削られ丸くなったと思われます。 -
青紫色の「クサフジ」(弁財湾の国道脇)
-
「俵石」(オシンコシン岬の西側)
オシンコシンの滝がある国道からオシンコシン岬西側の「俵石」がよく見えます。
今回の旅行ではなく、後日訪れたときの写真を紹介します。(2021年9月14日撮影) -
イチオシ
「麦わらロール」がコロコロ(斜里町)
次は斜里町の鉄道遺産「越川橋梁(こしかわ きょうりょう)」へ向かっています。 -
国鉄根北線「越川橋梁」(斜里町)
斜里から標津へ向かう国道244号を根北峠に向かって進み、越川の集落を過ぎしばらくすると、道路を横切る形でコンクリートのアーチ橋が現れます。
旧国鉄根北線(こんぽくせん、斜里~根室標津間計画)の「越川橋梁」です。
正式名称は「第一幾品川橋梁」といい、昭和15年(1940)に完成。
戦後、根北線の一部(斜里~越川)が開通したとき、線路はここまで延びず「渡らずの橋」となりました。
その後「赤字路線全国ワーストワン」を記録し、昭和45年(1970)廃止されました。
昭和48年(1973)には国道244号改良工事により、橋脚が2本撤去されましたが、残りの部分は健在です。 -
イチオシ
美しいアーチの「越川橋梁」(橋の反対側)
長さ147m最大地上高21.6mの10連アーチ橋は、道内で戦前に作られたコンクリートアーチ橋では最大のものです。
建設にあたっては軍事体制下で不足していた鉄筋を用いず、またそれに代わる竹や木材などの心材をも使わない独特の工法で建設されたと考えられています。
国の登録有形文化財に登録されています。 -
「麦わらロール」を満載したトラック(越川橋梁付近)
-
お昼は「しれとこ里味」(斜里町)
知床斜里駅方面に戻り、国道244号沿いの食事処「しれとこ里味」で昼食をとります。
知床サライのスタッフお勧めの店です。
3年ほど前に「出川哲郎の充電させてもらえませんか?スペシャル」で紹介されてから混みあっているとのこと。 -
名物「知床産つぶのかき揚げ 冷やしかけそば」(食事処)
知床産のつぶを、知床田舎そばのうえにのせた名物そば。
つぶのかき揚げは、別皿にのせて天つゆや、オホーツクの海水塩をつけて食べることができます。
知床の味をいただきました。 -
釧網本線中斜里駅付近(斜里町
次は大正時代に大農場を開拓した「三井農林」の事務所を訪ねます。
釧網本線中斜里駅付近を渡り、東側へ向かいます。 -
板張りの建物「三井農林事務所」(斜里町)
三井農林の商品のひとつに現在の日東紅茶があります。 -
正面の玄関(三井農林事務所)
「三井農林事務所」は大正時代の建物です。
当初は山林経営が主でしたが、昭和の初めから畜産や羊毛の生産、酪農や乳製品の生産が始められました。
昭和28年(1953)には斜里市街地に乳製品工場が建てられ、昭和40年代までバターやチーズの生産が行われていました。
三井バター・チーズは9割方を東京市場へ出荷し、三越ほか都内のデパートで売られていました。
昭和16年(1941)には貴賓室として「迎賓館」が建設され保存されているのですが、どこだかわかりませんでした。 -
現在の畑(三井農林事務所付近)
三井農林のものではありませんが。
次は北見鉄道「小清水駅跡」へ向かいます。 -
小麦の収穫中(南斜里付近)
-
南斜里駅跡(斜里町)
今年2021年の3月に廃止された中標津~清里町間にあった「南斜里駅」。
ホームがあるだけの駅でしたが、手すりが残っているようです。 -
イチオシ
連続するアップダウンの道(小清水町)
国道334号の小清水市街地の手前です。
小清水町の地形は南部山岳地帯から、緩やかに北に向かって低下し、オホーツク海岸に傾斜状地が続きます。
また、幾つもの丘陵が南北に走っているため、この連続するアップダウンが見られます。 -
北見鉄道「小清水駅跡」(小清水町)
ここは小清水町小清水9。
昭和5年(1930)止別(やむべつ)~小清水を結ぶ「北見鉄道」が創設。
機関車は「ポンコ」と称され、1日4往復し、乗客、貨物の輸送を行ったのですが、鉄道省からの補助打ち切りによって経営が悪化。
昭和14年(1939)、9年余りで廃止になりました。
その後、昭和16年(1941)北海道製糖の「小清水鉄道」が古樋駅(現在の浜小清水)~水上地区までが開業。
途中駅に北見鉄道から転用された小清水駅があり、昭和27年(1952)に廃止されました。 -
現在も残る「石造り倉庫」(小清水駅跡)
小清水町農業協同組合の前身である小清水産業組合が穀物の集配・貯蔵の為に昭和8年(1933)に建設されたもので、網走管内に現存する「石造り倉庫」として最古の物です。 -
黄金色の大地(小清水町)
収穫後の小麦畑です。 -
北見鉄道廃線跡付近の農道(小清水町)
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古レール(小清水町)
北見鉄道の仮止別駅~野坂駅間の廃線跡近くの建物脇に古レールが置いてあります。
レールの刻印が読めませんが、この場所にあるということは北見鉄道のものと思われます。
「歩鉄の達人さん」の情報から探しに来ました。 -
イチオシ
緑の模様(小清水町)
馬鈴薯やビートなどの色の違いが模様になっています。 -
「麦わらロール」の作り方(小清水町)
「ロールベーラー」という機械が畑を走ると、収穫後に残された麦わらを集めて丸め、後方部から大きな「麦わらロール」がポンと吐き出されます。 -
イチオシ
縞模様の麦畑に転がるロール(小清水町)
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釧網本線「止別駅」(小清水町)
オホーツク海沿いを通る釧網本線の「止別駅(やむべつえき)」で左に曲がり、網走へ向かいます。 -
「原生花園展望牧舎」(小清水町)
やがて「小清水原生花園」沿いを走ります。
ここでは、6月初旬から10月頃まで、馬の放牧が行われます。
牧舎から美しい「湯沸湖(とうふつこ)」が眺められます。
「湯沸湖」入口から東へ8kmにわたる「小清水原生花園」では、長年にわたって放牧が行われ、草原を走る蒸気機関車の火の粉による野火が頻繁に発生していました。
それらが、牧草類の侵入を抑え、家畜などに踏まれることにも強い植物や家畜が嫌う植物だけを残し、原生花園を特徴づける植生を生みました。 -
「湯沸湖」(小清水町)
-
「ポンモイ柱状節理」(網走市)
網走漁港付近の崖に「ポンモイ柱状節理」が見られます。
中新生に活発なマグマの活動があったことを示す安山岩岩脈の柱状節理が露頭しています。 -
イチオシ
海上にせり出す「帽子岩」(網走市)
網走港内に円筒形で上部が丸く比較的平らであり、シルクハットのような岩礁が見られます。 -
広大な小麦畑(大空町女満別)
女満別空港(めまんべつくうこう)に近づくと、広大な小麦畑が現れます。 -
「麦わらロール」とお別れ(大空町女満別)
これで旭岳のお花畑から始まり、網走、知床羅臼の10日間の旅を終えます。
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