2021/03/19 - 2021/03/19
196位(同エリア260件中)
ちふゆさん
2021年3月19日(金)のお昼前、同志社大学京田辺キャンパスへ南門から入り、まずはキャンパスの一番奥、西の端に広がるスポーツ関連施設を歩く。
南門からのメインロードを道なりに登り、キャンパスの奥(西)に進んで行くと5分余りで軟式野球場(下の写真1)の先のデイヴィス記念館(略称:DV)に到着。メインアリーナの他、剣道場、柔道場、卓球場、トレーニングルーム、体力測定室等を備えた総合体育館。キャンパスが広いので、近鉄新田辺駅、JR/近鉄三山木駅から正門前を通るバスの他に、ここ行きのバスも出ている。
新島襄と二人で同志社英学校を設立したJ.D.デイヴィス(Jerome Dean Davis)から命名。彼は実質的に同志社の影の校長の役割を担った。女子教育の先覚者でもあり、1876年(明治9年)に女性宣教師を米国から呼び寄せ、自宅に女子塾を開いたのが今日の同志社女子大学の起源。正面ロビーには、彼の言葉「My life is my message(わが生涯はわが遺言なり)」が刻まれている。
デイヴィス記念館と道を挟んで北側に広がるのが硬式野球場。1891年(明治24年)創部の硬式野球部の本拠地。同志社の野球部は関西の名門で、旧関西六大学リーグを含みリーグ優勝26回、神宮大会で2回優勝しているが、この10年はちょっと低迷している。最後の全国制覇は1990年の神宮大会で、当時のエースは3回オリンピック代表となり、ミスターアマ野球と呼ばれた日本生命の杉浦正則で、後輩の片岡篤史、宮本慎也もメンバーだった。
硬式野球場から西へ進み、興戸から普賢寺へ抜ける道が走る谷を越えると、多くのグランドが並ぶ(下の写真2)。道の突き当りには陸上競技場。朝原さんもここでトレーニングしてたのかしら。この夏のオリンピック(TOKYO2020)でも活躍した田中希実さんは豊田自動織機TC所属だが、ここのスポーツ健康科学部の学生で、このグランドでも練習してるそうだ。
突き当りを左手に進むとサッカーコートとアメフトコート。サッカー部は1884年(明治17年)創部で、関西学生サッカーリーグでは4回優勝。全日本大学サッカー選手権では1993年に準優勝を果たしている。アメフトのワイルドローバー(WILDROVER)は1940年(昭和15年)創部で、関西学生リーグ1部での優勝は2回。なおこの日はサッカーコートは無人で、アメフトコートではラクロスしてた。
陸上競技場の奥にはラグビー場。同志社のラグビー部は関西の雄で、関東の早慶明の3校と並ぶ大学ラグビーの伝統校。1911年(明治44年)創部で、日本で3番目に古い。関西大学ラグビーリーグでは48回の優勝を誇り、日本選手権も1回制している。大学選手権は4回制覇。最後のリーグ優勝は2015年。
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アメフトコートの奥には弓道場、ラグビー場の奥には射撃場やアーチェリー場もあるようだが、行ってない。また、陸上競技場の手前にはホッケーコート、馬場、インラインスケート場も。さらに、硬式野球場の南には、屋外プール、テニスコート、ソフトボール場、武道館も広がるそうだが、これも行ってない。
初めてこの辺りを歩いたが、自分の学生時代から考えると、信じられないね、この設備は。我が母校もびわこ・くさつキャンパスが出来て広くなったが、ここには敵わないね。90年半ばに駐在していたサンフランシスコ(San Francisco)ベイエリア(Bay Area)にあったスタンフォード大学(Stanford University)の構内を思い出すわ。まあ、そっちはもっとすごいけどね。
メインエリアに引き返すが、続く
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