2021/03/18 - 2021/03/18
533位(同エリア727件中)
ちふゆさん
2021年3月18日(木)11時45分頃、交野山山頂は後回しにして、三宝荒神参道の手前から石仏の道でいったん山を下る。この道は交野山の麓の神宮寺集落から山頂へ向かう道の一つで、道沿いに5基の石仏があることから石仏の道と呼ばれる。また、交野八景の一つに選ばれている「交野山の来光」を拝める道と云う事からご来光道とも呼ばれている。
せみしぐれの小路から神宮寺1300mの案内がある石仏の道を歩き始めるが、ここには「此附近岩倉開元寺」の石碑が建つ。文献資料がほとんどなく、創建・廃寺年月など不明なのだが、この辺りの山頂東南斜面一帯に鎌倉時代から室町時代に掛けて岩倉開元寺があった。
元々は奈良時代に山裾の神宮寺集落近くに(天平)開元寺と云う大寺があったのが、鎌倉時代に山頂付近へ移ったらしい。最盛期には標高230mから300mの間(山頂は341m)、東南から西北400mにわたり28字の伽藍が立ち並んでいた。出土品や土塁や切り通し跡などから、単なる山岳寺院ではなく多くの僧兵などを擁した戦略的城郭と考えられる。その為か、伝承では織田信長により焼き払われたと云う。
いったん軽く登ってから藪の中の道を下り始める。この道は岩倉開元寺への参道で、往時、沢山の僧やお参りする人々が通った道だったが、今はその面影はなく、林の先に下界を走る第二京阪道路とドームが見える。ドームはいきいきランド交野と云う交野市立の総合体育施設の一部で体育館。
林を抜けると新たな石碑。「交野古文化同好会 昭和29年発掘 平成4年12月建立」とあり、なんだろうと思ってたのだが、後で調べたら私が見てたのは裏で、表には「岩倉開元寺の多宝塔跡」とあったようだ。文字通り、この辺りに多宝塔が建っていたようだが、この石碑以外にはそれと分かるものはない。
そこから少し降りたところにウッドデッキ。これは交野山森林公園の中に何ヶ所か設けられた林内作業所のひとつで、里山保全活動・森林体験活動において、間伐、枝打ち、竹林伐採などの森づくり作業の講習会の場所として、またハイカーの休憩場所として造られたもの。ここからの眺めはイマイチ。
そのすぐ下には外法岩と呼ばれる岩石群。外法とは仏教においては,仏教以外の宗教や思想すべてを表しており、古来からの山岳修験道などを寺院仏教に対して外法と称し、特に、真言密教と結びついた呪法に関連して天狗や稲荷の狐などを外法様と称したことに関連していると思われるが詳細不明。ここからも交野、寝屋川方面が見下ろせるが、イマイチ。
外法岩から3、4分下がると林の中、右手にささやきの道の分岐(下の写真1)。ささやきの道は石仏の道と並んで交野山へのメイン登山ルートであり、山頂の北側に到達するみはらしの道への連絡路となっている。
さらに3、4分降りると谷沿いになってくるが、この辺りは大雨で氾濫することが多かったそうで、多くの治山ダムが造られている(下の写真2)。
石仏の道を降りだして20分ほど、道が穏やかな下り坂になったところに、2002年に岩倉開元寺関係石仏群として交野市の指定文化財となった5点の石仏の一つがある。この辺りは標高約160mで、参詣路の最奥部、岩倉開元寺伽藍域への入口だった。
登り方向の道の右側に左に傾いた高さ3mほどの花崗岩があり、その上部切り込みの光背の中に刻まれているのが半肉彫りの第三石仏、磨崖阿弥陀三尊像。高さ40㎝の本尊、阿弥陀如来坐像が蓮華座に坐し、両手を前に組んだ阿弥陀の定印を結ぶ。その下方の両脇に観音・勢至菩薩の脇侍が、蓮華座の上に立つ。向かって左の観音は両手に蓮華座を捧げ持ち、右の勢至は合掌しているように見える。推定だが、室町時代中期の作。右側の菩薩が赤茶けているのは、開元寺の火災によるものらしい。
さらに5分足らず降りて行くと、左手に第二石仏の磨崖三尊像。ただし、道はこの大石の裏側を通っているので、下流側から川際に降りないと像を見ることは出来ない。昔は、この川沿いが参詣道で、この像を見上げながら登っていた。
川の懸崖石上方部に南面して半月形の刳り込みを造り、その中に三尊の石仏を半肉彫りしている。中央の仏は頭部円頂で衣を通肩にまとい、蓮華座の上に座り、両手を膝前で組み、弥陀の定印を結んだ阿弥陀如来坐像。両脇には合掌する比丘形の立像を彫り出しており、通常の阿弥陀三尊と断定できないため単に三尊像と云う呼称とされた。肉眼では読めないが文明11年(1475年)と彫られており、室町中期の作。
道を挟んだ反対側には阿弥陀如来立像。石仏の頭部右半分や光背の上部が欠損しているが、衣は通肩で来迎印を結んでおられ制作年代は室町時代とされる。この石仏のある北側斜面は鳩が谷と呼ばれ、以前ここから骨壺が出土しており、開元寺の墓地であった可能性があり、この石仏も墓地に伴う供養のために造立したと考えられている。また、鳩が谷と云う名も墓が谷が訛ったとも考えられている。
ここから下にも交野市の指定文化財の残りの2点の鎌倉時代の作と云われる第一石仏の弥勒仏坐像と二尊石仏があるが、そこには行かず、第二石仏から2分ほど、交野里山ゆうゆう会の里山再現広場(下の写真3)を過ぎ、さえずりの道との合流点(下の写真4)を過ぎたところで、右手に折れ、みはらしの道への連絡路へ進む。ここまで石仏の道を25分ほど降りてきたが、何組か登って来る方とすれ違った。コロナ禍のせいで少ないのか平常と変わらないかは不明。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6331348976935073&type=1&l=223fe1adec
みはらしの道へ向かうが続く
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
交野山
-
前の旅行記
大阪 交野山 こげらの小路(Kogera Path, Kono-zan Mountain, Osaka, J...
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
次の旅行記
大阪 交野山 みはらしの道(Miharashi Path, Kono-zan Mountain, Osaka...
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
大阪 交野山 こげらの小路(Kogera Path, Kono-zan Mountain, Osaka, J...
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
大阪 交野山 石仏の道(Stone Buddha Road, Kono-zan Mountain, Osak...
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
大阪 交野山 みはらしの道(Miharashi Path, Kono-zan Mountain, Osaka...
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
大阪 交野山 糸吉神社(Itoyoshi-jinja Shrine, Kono-zan Mountain, ...
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
大阪 交野山 源氏の滝(Genji Fall, Kono-zan Mountain, Osaka, JP)
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
大阪 交野いきものふれあいの里(Katano Ikimono Fureai Park, Osaka, JP)
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
大阪 枚方 国見山(Kunimi-yama Mountain, Hirakata, Osaka, JP)
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
-
大阪 交野山 観音岩(Kannon-iwa Rock, Konozan Mountain, Osaka, J...
2021/03/18~
寝屋川・枚方・交野
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 交野山
0
4