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2021年3月18日(木)1時5分前くらい、源氏の滝の手前の夜泣き石から滝に向かう。夜泣き石のすぐ先に階段に続く石の鳥居があり、正法山宜春院の石碑が建つ(下の写真1)が、階段には進まず、右手の川沿いの道を上がる。<br /><br />道を進むと左手に公衆トイレ。男性用はさほど汚れてなかった。珍しく若いカップルがいたが、その後をついて4分ほど歩き、石段(下の写真2)を上がると滝は近い。石段を上がると右手の大岩の上に不動明王の石仏が建つ。<br /><br />1時前、源氏の滝に到着。歩き出して約1時間半。登って降りて登って降りてを繰り返してこの辺りの標高は216m。スタート地点より60m余り低くなっている。交野山北側の交野いきものふれあいの里にある白旗池を源流として流れる谷川にあり、高さ約18mでこの付近では最大のもの。滝の水は枯れたことはない。<br /><br />かつて(天平)開元寺の境内にあったので元寺の滝と云われ、その後源流の白旗池の名にある白旗が源氏の旗印であったことから源氏に変化した。古くから交野の山中で修業を行う修験者が身を清めた場所で、宜春院住職だった拙堂和尚は「この滝は修験者にとてもいい修業の場として評判だった」と書き残している。<br /><br />向かって滝の右手側には供養塔と思われる石積みの五輪塔が建ち、左手側には数体の石仏が鎮座している。あと、写真はないのだが、石仏の左斜め上、滝の上と同じくらいの高さのところ、下の写真3では真ん中少し左の木の後ろ側に不動明王を表す梵字となるカンマーンが彫られている。同じような梵字は頂上の観音岩とその周辺にも3つあるが、どちらも江戸時代の1666年に彫られたものとされている。<br /><br />ここに限らず多くの滝には不動明王を祀っているところが多いが、不動明王は大日如来の化身で、燃え盛る炎のなかで怒りの表情で、一切の悪を焼き払い修行者を守ると信じられていることからのようだ。<br /><br />不動明王の石仏が建つ巨石の向かい、「源氏の滝 不動明王」の石碑が建つ石の階段を上がると正法山宜春院。はっきりとした由緒・由来が分からないのだが、境内にある不動堂は江戸時代からあったらしい。1903年(明治36年)に京都・妙心寺の末寺・宜春院をここに移し、それまでの本堂を六角堂(不動堂)とした(昭和初期と云う記述もある)。無住職状態だった時期もあるようだ。<br /><br />六角堂には不動明王が祀られているが、元々は山上の岩倉開元寺に納められていたものを信長に焼き討ちされた際に持ち出したものと云われる。御利益は素晴らしく、1973年に宜春院が全焼した際にもこの六角堂の不動明王は焼けなかった。今は「滝の不動さん」「焼け不動」と市民から親しまれている。<br /><br />滝に近いところには八大竜王社があり、滝見の場と呼ばれて源氏の滝を見下ろすことが出来るが少々見難い。なお、八大竜王は雨乞いの神として祀られることが多いがここに関して詳細は不明。<br /><br />六角堂の奥(北側)に進むと左手に石段。夜泣き石の先に石碑と鳥居があった石段がここに通じている。寺なんだけど鳥居なのね。と云う事は江戸時代の神仏混淆時代のものなんだろう、多分。<br /><br />石段を降りずにさらに先に進むと広く開けた空き地に出る。げんじの丘と呼ばれているらしい。都市近郊の森を育てる会の小屋がある。交野市の地域社会部みんなの活力課が推進している市民活動団体で、森の整備や竹炭作りなどを行っているそうで、石仏の道で里山整備活動をしたり、ここで竹炭焼きをしたりしてるそうだ。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6410719778997992&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />ここからせせらぎの道を登るが、続く

大阪 交野山 源氏の滝(Genji Fall, Kono-zan Mountain, Osaka, JP)

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2021/03/18 - 2021/03/18

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年3月18日(木)1時5分前くらい、源氏の滝の手前の夜泣き石から滝に向かう。夜泣き石のすぐ先に階段に続く石の鳥居があり、正法山宜春院の石碑が建つ(下の写真1)が、階段には進まず、右手の川沿いの道を上がる。

道を進むと左手に公衆トイレ。男性用はさほど汚れてなかった。珍しく若いカップルがいたが、その後をついて4分ほど歩き、石段(下の写真2)を上がると滝は近い。石段を上がると右手の大岩の上に不動明王の石仏が建つ。

1時前、源氏の滝に到着。歩き出して約1時間半。登って降りて登って降りてを繰り返してこの辺りの標高は216m。スタート地点より60m余り低くなっている。交野山北側の交野いきものふれあいの里にある白旗池を源流として流れる谷川にあり、高さ約18mでこの付近では最大のもの。滝の水は枯れたことはない。

かつて(天平)開元寺の境内にあったので元寺の滝と云われ、その後源流の白旗池の名にある白旗が源氏の旗印であったことから源氏に変化した。古くから交野の山中で修業を行う修験者が身を清めた場所で、宜春院住職だった拙堂和尚は「この滝は修験者にとてもいい修業の場として評判だった」と書き残している。

向かって滝の右手側には供養塔と思われる石積みの五輪塔が建ち、左手側には数体の石仏が鎮座している。あと、写真はないのだが、石仏の左斜め上、滝の上と同じくらいの高さのところ、下の写真3では真ん中少し左の木の後ろ側に不動明王を表す梵字となるカンマーンが彫られている。同じような梵字は頂上の観音岩とその周辺にも3つあるが、どちらも江戸時代の1666年に彫られたものとされている。

ここに限らず多くの滝には不動明王を祀っているところが多いが、不動明王は大日如来の化身で、燃え盛る炎のなかで怒りの表情で、一切の悪を焼き払い修行者を守ると信じられていることからのようだ。

不動明王の石仏が建つ巨石の向かい、「源氏の滝 不動明王」の石碑が建つ石の階段を上がると正法山宜春院。はっきりとした由緒・由来が分からないのだが、境内にある不動堂は江戸時代からあったらしい。1903年(明治36年)に京都・妙心寺の末寺・宜春院をここに移し、それまでの本堂を六角堂(不動堂)とした(昭和初期と云う記述もある)。無住職状態だった時期もあるようだ。

六角堂には不動明王が祀られているが、元々は山上の岩倉開元寺に納められていたものを信長に焼き討ちされた際に持ち出したものと云われる。御利益は素晴らしく、1973年に宜春院が全焼した際にもこの六角堂の不動明王は焼けなかった。今は「滝の不動さん」「焼け不動」と市民から親しまれている。

滝に近いところには八大竜王社があり、滝見の場と呼ばれて源氏の滝を見下ろすことが出来るが少々見難い。なお、八大竜王は雨乞いの神として祀られることが多いがここに関して詳細は不明。

六角堂の奥(北側)に進むと左手に石段。夜泣き石の先に石碑と鳥居があった石段がここに通じている。寺なんだけど鳥居なのね。と云う事は江戸時代の神仏混淆時代のものなんだろう、多分。

石段を降りずにさらに先に進むと広く開けた空き地に出る。げんじの丘と呼ばれているらしい。都市近郊の森を育てる会の小屋がある。交野市の地域社会部みんなの活力課が推進している市民活動団体で、森の整備や竹炭作りなどを行っているそうで、石仏の道で里山整備活動をしたり、ここで竹炭焼きをしたりしてるそうだ。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6410719778997992&type=1&l=223fe1adec


ここからせせらぎの道を登るが、続く

  • 写真1 正法山宜春院の鳥居

    写真1 正法山宜春院の鳥居

  • 写真2 源氏の滝への階段

    写真2 源氏の滝への階段

  • 写真3 源氏の滝 梵字

    写真3 源氏の滝 梵字

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