2016/08/18 - 2016/08/18
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2016年夏休みのスウェーデン~フィンランド旅行7日目。
スウェーデンからフィンランドに移動して2日目は、首都ヘルシンキの観光。
ヘルシンキ大聖堂、ウスペンスキー教会と見て回り、マーケット広場に近い港からは、この旅4回目のフェリーで、ヘルシンキの沖合約2.6kmの地点に浮かぶ世界遺産の島、スオメンリンナ島へ。
18世紀、かつてスウェーデンに支配されていた時代に要塞が築かれ、以後、何度も戦争の舞台となった血塗られた島でしたが、現在は緑にあふれ、非日常を求めてたくさんの観光客が集う平和でのんびりとした島。
そんな中でも、大国に隣接しているがゆえのフィンランドの軍事事情を知り、改めて、平和でいられることの大変さを感じることのできた世界遺産訪問となりました。
<旅程表>
2016年
8月12日(金) 羽田(フライトキャンセル)
8月13日(土) 羽田→北京→ストックホルム
8月14日(日) ストックホルム
8月15日(月) ストックホルム→ヴィスビュー(ゴットランド島)
→ストックホルム
8月16日(火) ストックホルム→
8月17日(水) →トゥルク→ヘルシンキ
〇8月18日(木) ヘルシンキ
8月19日(金) ヘルシンキ→タリン→ヘルシンキ
8月20日(土) ヘルシンキ→
8月21日(日) →上海→成田
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 船 徒歩
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8月18日(木)
ヘルシンキ中央駅近くの宿、ホテル・アーサー(Hotel Arthur)にて起床。
6時30分、食堂にて、リオデジャネイロ五輪のレスリング競技の様子をテレビで見ながらビュッフェ形式の朝食をいただきます。
この前日、伊調馨がフリースタイル女子58kg級で、五輪女子史上初の同一種目4連覇を達成。
この日53kg級に出場予定の吉田沙保里も4連覇できるかな・・・。
ちなみにビュッフェで取ってきたメニューは、スウェーデンに似てミートボールや野菜など。
写真中央のアワビのようなものは、フィンランド名物のカレリアパイ(カレリアンピーラッカ)。
ライ麦粉の生地にミルク粥を包み、周りにひだを作って焼いたもので、その上に載せるものによって様々な味が楽しめるとか。 -
そのままオリンピックの様子を見ていたい気持ちにも駆られましたが、せっかくの海外旅行。
ここは意を決して、8時30分、ホテルを出てヘルシンキの街歩き開始です。ホテル アーサー ホテル
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まずはてくてくと南の方に向かって歩いて9時、広々とした元老院広場(Senaatintori)と、ヘルシンキのアイコン的存在、ヘルシンキ大聖堂(Tuomiokirkko)へ。
ヘルシンキ大聖堂が見下ろす広大な元老院広場の中央には、かつての宗主国の君主ながら、フィンランド国会を再建したとして1894年に建てられたロシア・ロマノフ家の皇帝、アレクサンドル2世(在位:1855-81年)の立像が。元老院広場 広場・公園
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元老院広場の奥の小高い場所に建つヘルシンキ大聖堂は、ドイツ人建築家カール・ルートヴィヒ・エンゲル(Carl Ludwig Engel、1778-1840年)の設計により1830年から1852年にかけてネオ・クラシカル様式にて建設された、白亜の外壁とターコイズブルーの丸屋根が美しい、フィンランド福音ルター派教会の大聖堂。
片側に補修工事の足場が組んであるのがちょっぴり残念・・・。ヘルシンキ大聖堂 寺院・教会
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大聖堂の中に入ると(入場無料)、左右対称のシンメトリーな構造が美しいものの、ルター派の教会らしく、内装は飾り気のないシンプルな造り。
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祭壇の傍らの柱に彫像の刻まれていたこちらの人物は、偉大な宗教改革者のマルティン・ルター(Martin Luther、1483-1546年)。
この人の起こした宗教改革がなければ、今頃世界はどうなっていたことか・・・。 -
祭壇から後方を振り返ると、ドームの中にしっかりパイプオルガンもセット。
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9時10分、ヘルシンキ大聖堂の見学を終え、外へ。
こうして見ると、元老院広場は本当にだだっ広い広場で(約3000㎡)、社会主義国によくあるマスゲームの開催会場のような感じ。
ストックホルムの大広場との違いが一目瞭然ですね。
【スウェーデン~フィンランド避暑の旅(2) ストックホルム・ガムラスタンの大広場】
https://4travel.jp/travelogue/11696714#photo_link_70005417 -
続いては東にあるウスペンスキー大聖堂へ・・・と、その前に、ヘルシンキ中心部のエスプラナーディ公園の端にある観光案内所(2018年に中央駅構内に移転)で、ヘルシンキカード・リージョン(Helsinki Card REGION)を購入。
このヘルシンキカード、スオメンリンナ島へのフェリーを含め、トラムや地下鉄など、ヘルシンキ市内の公共交通機関が無料で利用でき、博物館や美術館など、ほとんどの観光施設も無料で入場できるので、精力的に観光施設を回りたい方にとっては十分元が取れる代物。
わたしが購入した“リージョン”の付いたカードは3日間有効のもので69ユーロ(約8,280円)と、通常のものより5ユーロ割高になりますが、ヘルシンキ市内だけでなく、ヌークシオ国立公園のあるエスポーまでの公共交通機関や、帰りのヴァンター国際空港までの路線バス(5.5ユーロ)が無料となり、ちょっぴりオトクと感じられるものでした。 -
ヘルシンキカードを購入した後の9時40分、東に向かっててくてくと歩き、ウスペンスキー大聖堂(Uspenskin katedraali)へ。
先ほど見たルター派教会のヘルシンキ大聖堂とは違い、ギリシャやロシア、ブルガリアなどで主流となっている正教会の聖堂です。 -
このウスペンスキー大聖堂もヘルシンキ大聖堂と同じく、小高い丘の上に立地。
建てられたのは1862年から1868年にかけて、ロシア人建築家アレクセイ・ゴルノスターエフの設計によるもので、“ウスペンスキー”とは、カトリックの“聖母被昇天”に当たる“生神女就寝”(しょうしんじょしゅうしん)という意味。
したがって、このウスペンスキー大聖堂、日本語直訳では、“生神女就寝大聖堂”となります。ウスペンスキー大聖堂 寺院・教会
-
坂を登り、9時50分、そのウスペンスキー大聖堂に入場(無料)。
内部はカトリックやルター派の教会とは異なり、内陣手前にイコノスタシス(聖障)を配する、まさに正教会の仕様。
フィンランド国内での正教徒の人口はわずか1%ほどですが、スウェーデンよりもロシアに近くなってきた感がありますね。 -
中央のドーム下の構造も重厚感があって威厳を感じます。
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イコノスタシスの手前には信者の供えたロウソクも。
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このウスペンスキー大聖堂、ヘルシンキ大聖堂とはまた違った意味で重厚な造り。
しかし信者が国民の1%、すなわち6万人程度でこの建物を維持できるのかという疑問もありますが、フィンランドにおいては、正教会はルター派と同じく国教に位置付けられているそうで、国からの財政援助もあるとのこと。 -
10時10分、ウスペンスキー大聖堂の見学を終え、丘の上から街を一望。
向こうにはヘルシンキ大聖堂の特徴的なドーム屋根も見渡せ、お互い目立つ存在だということが分かりますね。 -
さて、時折小雨がちらつく少々悪い天気ではありますが、次はヘルシンキ唯一の世界遺産であるスオメンリンナ島へ行ってみようと思います。
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10時15分、ウスペンスキー大聖堂から程近いマーケット広場のすぐ南にある港に着くと、スオメンリンナ島行きの船の出発まで、あと20分ほどとのこと。
スオメンリンナ島行きフェリー乗り場 船系
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ちなみにこの港のある湾の一角には、ストックホルムへと向かうタリンクシリヤラインの大型フェリーも停まっています。
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さて、スオメンリンナ島行きの船の出発まで少し時間があるので、その間、すぐ近くにあるマーケット広場をぶらぶら。
まだ朝早い時間帯ですが、観光客を中心に、そこそこ人出はある感じ。マーケット広場 (カウッパトリ) 市場
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広場には食堂だけでなく、中にはこんなトナカイの毛皮を売る屋台も。
外国人観光客向けでしょうかね・・・。 -
10時35分、スオメンリンナ島からの船が港に帰着し、乗客たちが下船。
1時間に何度も発着するだけあって、けっこうな人数が乗っているようです。スオメンリンナ島行きフェリー乗り場 船系
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入れ替わりに船に乗り込み、出発を待ちます。
乗船料は往復で5ユーロ(約600円)。
ヘルシンキカードがあれば、乗り場近くにあるカードリーダーにピッとかざすだけで、無料で乗船できます。 -
そして10時40分、湾の奥にある港を出発。
あっという間に港が遠ざかっていきます。 -
ウスペンスキー大聖堂のあるカタヤノッカ島(Katajanokka)の方向には観覧車も。
ヘルシンキのウォーターフロント地区にはこんな娯楽施設もあるのですね。 -
そうこうしている間にどんどん街は遠ざかり・・・。
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前方左手には標高のない小さな島も見えてきました。
よく見ると建物もあるようですが、潮の満ち引きで水浸しになったりしないのかな・・・。 -
船が進むのと並行して、周囲には海鳥が飛び交っています。
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港を出て10分後の10時50分、あっという間に島が見えてきました。
あれが目指すスオメンリンナ島・・・。 -
振り返るとヘルシンキの街があんなに遠くに。
やっぱり船は速いわ・・・。 -
そして10時55分、スオメンリンナ島に上陸。
ヘルシンキ本土からわずか15分の乗船時間でした。
これまでの船の旅は、スウェーデン本土からゴットランド島や、ストックホルムからトゥルクまでのバルト海横断など、いずれも長時間かかっていただけに、今回はやけに短く感じますね。スオメンリンナの要塞 建造物
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後ろを見るとヘルシンキの街は遥か遠く。
ヘルシンキ本土とスオメンリンナ島の距離は約2.6kmと、十分目視できる位置ではありますが。 -
さて、スオメンリンナ島の中を進んでいきます。
門をくぐってまず最初に現れたのは、スオメンリンナ教会(Suomenlinnan kirkko)。
かつてフィンランドを支配していたスウェーデンによってこの島に要塞が築かれたのは1748年ですが、ロシア・スウェーデン戦争(1808-09年)を経てフィンランドがロシアの宗主下に移った後の1854年、ロシア正教の駐屯地教会としてこの島に教会が建設されます。
そしてロシア革命後の1917年12月にフィンランドが独立すると、この教会もフィンランドにおいて多数派であるルター派の教会に。
以後、この島における唯一の教会として、島に住む約800人の住民にとっての信仰の場であり続けています。
【スオメンリンナ要塞HP~スオメンリンナ教会】
https://www.suomenlinna.fi/ja/kavijallejapani/nahtavyydetjapani/スオメンリンナ教会 寺院・教会
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教会には入らずそのまま道を進み、11時15分、水路が入り組んだ複雑な地形のところに。
実はこれ、水路ではなく海。
このスオメンリンナ島、単島ではなく4つの島から成っていて、それぞれの島の間はこのように橋で結ばれる格好となっています。 -
11時20分、その橋の袂にあったビジターセンター兼博物館に入館(7ユーロ=約840円のところ、ヘルシンキカードで無料)。
内部には、スウェーデン時代の木造船の遺構など、この島に関わる歴史的遺物が、それほど数は多くないものの、フロア一面に展示されています。スオメンリンナ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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フロアには各種武器なども展示されていて、スウェーデン時代の1712年に製造された、おそらくロシアとの大北方戦争(1700-21年)に使われたと思われる大砲も。
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こちらは1780年代のスウェーデンの軍船の模型。
この頃はまだ帆船が主流だったのですね。 -
展示室は上階にも続いていき・・・。
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ここではスオメンリンナ島を写した数々の写真が。
このように上空から見ると、まさにヘルシンキへの入口を守る海上要塞のように見えますね。
ちなみに“スオメンリンナ”(Suomenlinna)とは“スオミ(フィンランドの自称)の城”という意味。
フィンランド独立後の1918年に改称したもので、もともとはスウェーデン語で“スヴェアボリ”(Sveaborg、スウェーデンの城)と呼ばれていました。 -
最後に25分ほどの歴史フィルムを視聴。
うれしいことに日本語の音声ガイドもあり、1748年にスウェーデンによって建設され、その後、ロシア・スウェーデン戦争(1808-09年)やクリミア戦争(1853-56年)、ロシア革命(1917年)の際に、フィンランドの領有者を決める重要な役割を果たしてきた一大軍事拠点としての島の歴史を学習。
このフィルム、けっこう出来が良く、現在は平和な観光の島となっているその陰で、要塞の建設から1917年のフィンランド独立まで、たくさんの血が流されてきた歴史に思いを馳せることのできた鑑賞時間となりました。
・・・12時15分、以上でビジターセンター兼博物館の見学を終了。 -
続いては海岸沿いを歩いて行き、12時30分、記念船として展示されている潜水艦ヴェシッコ号(Sukellusvene Vesikko)へ。
潜水艦ヴェシッコ号 文化・芸術・歴史
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このヴェシッコ号、第二次世界大戦時にフィンランド海軍で実際に使われていた潜水艦で、このように内部に入ることもできます(5ユーロ=約600円のところ、ヘルシンキカードで無料)。
うーむ、やはり人間魚雷を少し大きくしたような構造。
潜水艦の中に入ったのはこれが初めて・・・かな? -
ヴェシッコ号には20名の乗組員が暮らしていたそうで、このようにベッドも。
なかなかリアルな気分にさせてくれますね・・・。 -
しかし通路は狭いし、こんなところに20人もぎゅうぎゅう詰めにされたら、人間魚雷でなくともどうにかなってしまいそうですね。
-
12時45分、ヴェシッコ号を出て海岸線をぶらぶら。
本当にここに軍事要塞があったとは思えない、平和そのものののどかな眺めですね。 -
・・・と思っていたら、ところどころにこんな大砲がドカンと設置。
こういうのがあった方が観光客的には盛り上がるのでしょうが。 -
内陸の方は薄く存在する緑に岩肌が露出した痩せた地形。
こういうところは農業に不向きなのでしょうね。 -
要塞らしく、時折石組みの防御壁も顔を覗かせます。
-
この辺りにも、海に向かって威嚇をしている格好の大砲がズラリ。
もちろん、弾は込められてはいませんが。 -
そんな海岸沿いの通路をてくてくと歩いて行き・・・。
-
海の近くにも降りてみます。
ちょっぴり寂し気なフィンランド湾の景色・・・。
空には晴れ間も出てきて、だんだんといい天気になりつつあるようです。 -
海岸沿いにはこんな入り組んだ要塞の景色も。
どことなく廃墟感がありますね。 -
こちらの地形も、ドラゴンクエストなどのフィールド型ロールプレイングゲームで出てくるちょっとした迷路のよう。
-
13時30分、島の中央部に戻ってきて、平屋のレンガ造りの入館できそうな施設を発見。
軍事博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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入ってみると、そこは近代以降の武器など、戦争に関する様々なものを展示している軍事博物館(Sotamuseon Maneesi)。
*入館料5ユーロ=約600円のところ、ヘルシンキカードで無料 -
こんなふうに、各国軍隊の制服なども展示。
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こちら中央は、ソビエト赤軍兵の制服。
ナチスドイツの紋章が右脇にありますが、こちらは写真枠外にある制服の紹介とセットだった模様・・・。 -
こちらは第二次世界大戦の局地戦であった、1939年11月30日から翌1940年3月13日までの冬戦争(The Winter War)のパネル。
1939年9月、ドイツとともにポーランドを分割占領したソ連は、フィンランドとバルト三国にも侵略の手を伸ばし、11月30日、ついにフィンランド領内に侵攻。
後に大統領となるマンネルヘイム元帥率いるフィンランド軍は善戦するも、圧倒的兵力を誇るソ連軍を前に講和。
結果、フィンランド第二の都市であったヴィープリ(現ヴィボルグ)を含むカレリア地峡はソ連に割譲されることとなり、屈辱的講和を飲まされたフィンランドは、その後ヒトラー・ドイツと秘密裏に協定を結び、1941年6月から1944年9月までの継続戦争(*)に発展することとなります。
*フィンランドは、ドイツ軍のソ連侵攻もあって、一時的にソ連からカレリア地峡を奪還するも、連合国軍の反転攻勢とともに後退。
1944年9月に休戦協定が結ばれ、以来、現在に至るまで、カレリア地峡は二度とフィンランドには戻ってきませんでした。 -
最後は21世紀のフィンランド軍についてのパネル。
フィンランドは超大国ソ連(現ロシア)に隣接しているという地理的特性から、常にソ連の目を伺うことを余儀なくされ、徴兵制を採り、NATOにも加盟せず、独自の外交路線を歩むことになります。
ソ連が崩壊した現在においても、ロシアの脅威から徴兵制を採り続け、常時兵力は15,000人(うち市民兵は約半分)であるものの、いざとなれば予備役から大国並みの350,000人を動員できるとか。
やはり超大国と陸続きというのは、常に目に見えない緊張を強いられているものなのでしょうね。
さて、時刻は13時45分。
このあたりでヘルシンキ本土に戻って、まだまだたくさんある本土の観光施設を回っていきたいと思います。
(スウェーデン・フィンランド旅行7日目後半~再びヘルシンキ観光に続く。)
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この旅行記へのコメント (4)
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- 川岸 町子さん 2021/10/10 19:31:15
- 徴兵制
- エンリケさん、おばんでした(^-^)
フィンランドがロシアの隣国にあり、徴兵制が続いていること、
さらに、いざと言う時は、35万人もの兵を集められること、
知りませんでした!
ビジターセンター兼博物館でのフィルムでも、一見平和そうに見えるフィンランドの痛ましい歴史を詳しくご覧になられたのですね。
私はマリメッコのお店やムーミン製品などを見ていながら、歴史は恥ずかしながら素通りでした。
ヘルシンキに到着し、元刑務所のホテルに泊まり、教会見て、買い物して、その日のうちにタリンへ移動。
なんて軽いヘルシンキ観光だったのかと痛感しました(*_*)
私が素通りした部分を見せて下さり、ありがとうございました!
町子
- エンリケさん からの返信 2021/10/16 22:58:06
- マニアックな観光
- 川岸 町子さん
こんばんは。
ヘルシンキ旅行記にもご訪問いただき、ありがとうございます。
> 私はマリメッコのお店やムーミン製品などを見ていながら、歴史は恥ずかしながら素通りでした。
いやいや、普通はそういう観光をしますよね。
わたしの方が、歴史に偏ったマニアックな観光なのかもしれません。
歴史的名所や博物館ばかり回っていて、そんなお土産屋はまったく回れませんでしたね・・・。
> ヘルシンキに到着し、元刑務所のホテルに泊まり、教会見て、買い物して、その日のうちにタリンへ移動。
わたしも次の旅行記でいよいよタリンを訪れます。
スウェーデンやフィンランドとは違う、独特の雰囲気を持った場所だったので、また旅行記が長くなりそうです。
町子さんが見たタリンとわたしが見たタリンでは、どんな点が同じでどんな点が異なっているか、お時間のあるときにまたぜひいらしてご指摘ください!
-
- Weiwojingさん 2021/09/20 17:07:13
- フィンランド旅行に大変興味を覚えました。
- エンリケさん、こんにちは。いつも私の旅行記を見ていただいて、ありがとうございます。
フィンランドはまだ未知の国であまり知識がありません。ロシアと国境を接しているので、これまで何かと紛争があったとか、カレワラの国といったような知識しかありません。しかし、近い将来ぜひ北欧の国々(スウェーデン、フィンランド)を訪ねてみたいです。
最近、「サーリネンとフィンランドの美しい建築展」(パナソ二ック汐留美術館)というのを見てきました。素晴らしい建造物が紹介されていて、一段と訪ねてみたくなりました。
では、また他のフィンランド旅行記も見させていただきます。
Tamegai
- エンリケさん からの返信 2021/10/03 01:46:10
- フィンランドの美しい建造物
- Tamegaiさん
こんばんは。
こちらこそ、フィンランド旅行記にご訪問ありがとうございます。
フィンランド、ビザが必要なロシアを除けば、日本からいちばん早く行けるヨーロッパ、しかも治安もいいということで、コロナ前は一人旅の女性にも人気の海外旅行先でしたよね。
フィンランドというと最近ではマリメッコやイッタラなど、デザインの国ということで有名ですが、実は超大国ロシアと国境を接しているがゆえに、いまだに徴兵制を敷いていて、独自の軍事路線を歩んでいる国だということも、今回の旅で初めて知りました。
> 最近、「サーリネンとフィンランドの美しい建築展」(パナソ二ック汐留美術館)というのを見てきました。素晴らしい建造物が紹介されていて、一段と訪ねてみたくなりました。
「サーリネンとフィンランドの美しい建築展」、すでに終了してしまったのですね。
Tamegaiさんのブログで拝見させていただきましたが、フィンランドの美しい建造物やデザイン性に富んだ椅子などが紹介されていて、わたしも行ってみたかったと思いました。
> では、また他のフィンランド旅行記も見させていただきます。
今後の旅行記には、Tamegaiさんが展覧会でご覧になった国立博物館や、ガッレン=カッレラの絵画などが出てきますので、ぜひまたお時間のあるときにいらしてください。
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