2010/09/10 - 2010/09/11
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nacrionさん
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この旅行記スケジュールを元に
コロナでまったく旅行に行けない今日、記憶が薄れていく前に備忘録という意味で今までにいった海外旅行を少しずつまとめようと思う。
遡ること約10年前。
昔から旅行に関しては計画立てて行くことが好きではなく、行き当たりばったりを好む私は、初めての海外旅行だというのに特に下調べもせず飛行機と宿のみを予約してイタリアへ飛び立った。
当時の私は旅行は好きだが海外にはさほど興味のない大学生だった。そんな私に、海外へ行こうと思い立たせたのはネットサーフィンで出会った一枚の写真と絵だった。
写真についてはデータを失い、今はもう見ることが叶わないが、日が差したサンピエトロ寺院の中に佇む聖職者の写真で、当時の私の心に深く刺さったものだった。
絵についてはグイド・レーニ作「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」という作品である。儚げな少女の肖像はその絵の背景も相まって、美術に対してもさして興味を持っていなかった私に本物を間近で見たいと思わせるものだった。
この写真が撮られた場所と絵が置かれている美術館が両方ローマにある、単純な私はこの奇跡に感激した。こうして私は、部活にもサークルにも入らずだらだらと映画を見るだけだった日々に終止符を打ち、旅行費を稼ぐためにバイトを始めたのだった。
前置きが長くなってしまったが、この数か月後、一人で初の海外へ行くことに不安だった私は高校時代の友人(こちらも初)を巻き込みイタリアへ出立した。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
当時は学生だったためクレジットカードを持っておらず、空港で現金10万円をすべてユーロに両替し、更に1万円分ほどの米ドルを持っていった。今では考えられない。
エジプト航空に乗り込み、カイロへ。
始めてのトランジットでよく分からず適当に進んでいたら入国しそうになるトラブルもあったが、エジプトは入国ビザが必要だったため入国できず難を逃れる。
またこの空港で金属探知機に引っかかった友人が警備員らしき人に悪ふざけで銃(テーザーガン?)を向けられたときに海外に来たことを実感する。 -
この状態でなんのアナウンスもなく2時間ほど離陸が遅れる飛行機を無事に乗り過ごし
-
ローマに到着。
テンションが上がりまくった私たちはローマの街に繰り出すのだが、事前情報が「ローマの休日」と「天使と悪魔」鑑賞レベルしかなかったため有名どころ以外何があるのかよく分からない。 -
そのためその辺の全く有名でもない教会に赴きいちいち感動した。
この日はホテル周辺を適当にぶらつくのみ。 -
日が暮れてきたので夕食へ。
何故かマクドナルドへ行く。
チキンレジェンドというハンバーガーが推されていたため購入。 -
友人も同じものを頼んでいたが、発音が悪かったためかチキンナゲットがでてきた。結果友人はチキンナゲットとコーラとポテトというサイドメニューだけの夕食になっていた。幸先が悪い。
2日目。まずはローマチケットとやらを購入する。これは2日間公共機関が乗り放題になる上、観光施設も優先入場ができるという優れものであった。スターを取ったマリオ並みに無敵状態の気分だった私たちはコロッセオに向かった。 -
コロッセオの第一印象はとにかく「でかい」であった。
こんな巨大なものが紀元前につくられ、しかも現代まで残っている。柄にでもなく感動した。 -
映画「グラディエーター」で登場人物が「これを人の手で作ったのか」と驚くシーンがあった。現代に生きる私ですら同じように思うのだから、当時の人々の衝撃は計り知れないものがあっただろう。
それにしても、これだけの巨大な建造物を娯楽のために作ったというのだから当時のローマの裕福さは凄い。
話は変わるが、この時の私たちには珍しく計画があった。
今はどうなっているのか分からないが、当時ローマ教皇は毎週決まった曜日の決まった時間に窓から顔を出してくれるらしかった。それを聞いていた私たちはご尊顔を拝見しようと考え、ちょうどその時間にバチカン市国に行こうとしていた。
しかしその時間まではそこそこ時間がある。
どこで時間を潰すかと思案するまでもなく、コロッセオの前にあるフォロ・ロマーノという遺跡に入ることにした。これが失敗であった。 -
入場して数分、フォロ・ロマーノが無茶苦茶広いことに気がついた。とにかく歩いても歩いても出口の看板すら見えない。しかも地図が雑すぎでどこにいるのか分からない。入ってすぐに遺跡内で迷子になった。
この時地図と格闘するために隅の方に立っていたら、何かの列かと思ったのか観光客が後ろに並び始めた。すぐに勘違いだと気付くだろうと思っていたが、十数人ほどの列に膨れ上がったところで、ヤバイと思いそそくさと逃げた。 -
美しい建造物が多く残っていた。
-
帰国してから調べるとフォロ・ロマーノは東西約300メートル、南北約100メートルの遺跡らしい。そう聞くと「無茶苦茶広い」という印象は大げさにも思えるが、そうとは思えないほどの密度がある素晴らしい遺跡であった。しかしこのタイミングで行くべきではなかった。
-
迷子になりながらようやく出口を見つけて出たときは、とっくに教皇様の顔見せは終わっている時間であった。まさか遺跡の中で迷子になるとは……。私たちは失意のままバチカン市国に赴いた。
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