2021/05/04 - 2021/05/04
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Akrさん
ご覧下さいましてありがとうございます。
さてさて、昨年に引き続きコロナ禍の自粛週間となった2021年のGW。
やることもなく昭和の時刻表をペラペラとめくっていたら、当時の仙台駅にはいろんな特急や急行が走ってたんだなあって今更ながら感心して眺めておりました。そこで思いついた「バカ企画」
「そうだ!昔の時刻表に出て来る列車たちを現代の仙台駅に行って妄想してみよう!!」
なんでそうなる。なんでそういう発想が出てくる。ホントにすみません、ビョーキなんで。
現代の仙台駅に行っても朝から晩までステンレスの通勤電車しか来ませんが、そこへ出向き、「あ~この時間にはこんな列車が走ってたな」とか「あの列車はこのホームから出てたんだ」などと妄想しながら昭和の時刻表通りに現代の仙台駅にあの時の列車たちを蘇らせてみました(アタマの中で 笑)
本当に誰得な旅行記、いやこれを旅行記と呼んでいいのか。。。
鉄オタおっさんの発表会のような企画です。
この旅行記は「心の眼」で見る旅行記。
昭和の国鉄時代の特急列車や急行列車が好きなら「あなたにも見えますよ、あの列車たちが」(笑)
そんな内容です。ある意味「閲覧注意」(笑)
耐性のある方のみご覧下さい。
実際の写真と本文の記載に食い違いがありますが、決して私のアタマがおかしいのではなく、そういう旅行記ですのでそれなりにご覧ください。
それでは参りましょう。覚悟はよろしいですか?(笑)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JR特急 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
いつもは仙台駅の写真から始まりますが今日は2階コンコースの大時計から。
実はこれ、仙台駅の旧駅舎の正面に設置されていた時計を復元したもので昭和の仙台民ならばこの時計を見て懐かしい~となる(ハズ)
1949年から1972年まで設置されていた。
こんな始まり方もいいでしょ?(本文がマニアックなので 笑)仙台駅 (JR) 駅
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中央改札前。
このような「バカ企画」を思いついたのは用事と用事の間が3時間も空くので、この間になにかネタになることはできないかと思って考えました。ネタ自体は随分前から温めていたものです。 -
もともと、このバカ企画はですね、今を遡ること2年前、横浜在住のオーヤシクタンさまと訪れた上野駅地平ホームで昔の上野駅を偲んだことがきっかけです。
あの時も2人で「ああ、昔はこのホームに特急、急行がたくさん発着してましたね~」と懐かしく会話に花を咲かせたものでした。
↓そのときの旅行記
https://4travel.jp/travelogue/11503692
※写真は上野駅地平ホーム。 -
これは昭和の上野駅でよく見られた光景。
「発車2時間前からホームで座り込んで列車を待つ」
モデルはオーヤシクタンさま。この時、新聞紙と一升瓶持ってくればよかったと後悔しました(笑)
そんな光景が普通に見られた昭和時代。
現代の駅でタイムスリップできたらおもしろそうとこの企画を発案しました。
オーヤシクタンさまありがとうございます(おいおい他人を巻き込むなよ 笑) -
というわけで現実世界へ。
令和3年の仙台駅時刻表。
常磐線の特急ひたちを除き、ほぼ普通電車オンリー。つまらん世の中になったものです。
データイムの東北線上りなんて綺麗に10分間隔のネットダイヤになりやがった(なにが悔しいのか) -
本日のメニューはこちらでございます。
昭和57年1月号の国鉄時刻表。(保存状態が満身創痍 笑) -
東北本線のページ。
ほうら、名だたる「エル特急(死語)」がきら星の如く競演していた時代です。 -
見てください!
東海道新幹線のページ。
「新幹線」としか書いてありませんのですぞ。「東海道新幹線」じゃないんです。
そう、この時代まだ新幹線といえば東海道と山陽のみ。
東海道新幹線に、品川、新富士、掛川、三河安城がまだありません。
時代を感じますね~ -
そのころ仙台ではこんな電車や
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こんな電車が活躍してましたのよ。
※このヘッドマーク(レプリカ)展示は2階ラッチ内の新幹線乗り換え口にあります。
ぜひお立ち寄りください。(仙台駅の思い出コーナー) -
このヘッドマークを展示しているパネルの模様がなんと国鉄時代のきっぷに描かれていたものを模してあります。「JNR]や「こくてつ」の文字。これは凝っていますね。
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では150円で妄想の世界へ。
あ、耐性のない方はここらでブラウザバックを。
ここからは禁断の妄想の世界を旅行記にした問題作となります(笑) -
まずルール説明を。
当時の時刻表に沿って現代の仙台駅で同じホームで名だたる列車たちを見送るのです。当然、当時の列車は出て来ませんので観る側の「想像力」と「心の眼」が必須だ。(なぜ上から目線なのか)
こんな早くからなにやってんの?というツッコミはなしで。
では、当時はどんな列車たちが仙台駅を発車してたのかということで時刻表から列車を抜粋しまして読者の皆様に分かりやすいようにこのようなものを準備しました。↓ -
昭和57年の時刻表を現代風発車標にしてみました。
エクセルで作りました。ステイホームにするとこういう謎作業が捗ります(笑)
まずは、7時~9時の2時間で参りましょう。
それでは、42年前の記憶とともにホームへ!せいのっ -
じゃん。ようこそ妄想の世界へ(笑)
まずは5,6番線ホームへ。
あ、仙台駅は当時の2,3番線ホームに切り欠きホームが作られ、3番以降がひとつづつ番号がずれていますが、今回は当時の番線で進めて行きますのでここは当時の4,5番線です。 -
4番線(現5番線)から、6時58分発のひばり4号上野ゆきが発車です。(線路しかねえじゃんとか言わないでください)
これから上野まで4時間の旅です。 -
ひばりを見送ったら2番線へ。7時ちょうど発、青森ゆき、急行くりこま1号が発車。
表定速度81.6km/h、所要4時間47分で走破する韋駄天急行でした。青函連絡船へも接続し、東北対北海道の重要な使命を持った列車でした。
現在の7時ちょうど発はくりこまと同じ2番線ですが行先は4つ先の利府ゆき。 -
くりこまはこんな電車。
全国の電化区間で見られた交直流電車455系。
※1979年仙台駅で。 -
くりこま1号は青森を目指す。(正しくは、701系は利府を目指すですが)
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今度は5番線(現6番線)へ移動。7時1分発磐越西線まわりの新潟ゆき、急行あがの2号が発車です。気動車の油煙がホームに漂っています。
ちょうど7時1分発があります。福島ゆき。 -
あがの2号発車です。(701系に見える人は想像力が足りません)
終点新潟には13時12分に着く。当時は新潟まで6時間あまりかかった。 -
続いては6番線(現7番線)へ。
7時22分発、仙山線、米坂線経由の新潟ゆき。「あさひ1号」
7時台に磐越西線経由と仙山線経由で新潟ゆきが2本も出るなんて贅沢だな~
それもどちらも気動車。
おお、現代の仙山線にも7時22分発があった。愛子ゆきだけどね。 -
ディーゼルエンジン音も高らかに発車して行きました。(E721系ではありません、キハ58です)
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続いて3番線(現4番線)へ。
お次は、7時25分発、東北名物「分割併合列車」の登場だ。
たざわ1号田沢湖線経由秋田ゆき
むろね1号盛ゆき
陸中1号釜石線経由宮古ゆき
堂々の9両編成。
現実の7時25分発は白石ゆきだった。 -
当時の分割併合列車はすべて幌で繋がれていたから各列車間の行き来が出来た。
左がたざわ、右がむろね(に見えて来ましたか?そんなわけないですね 笑) -
実際の「たざわ」「むろね」「陸中」です。
9両の先頭を飾る、たざわ1号。
※キハ58。1979年仙台駅で。 -
反対側の2番線からは7時30分発、陸羽東線、奥羽線経由青森ゆきの「急行千秋1号」と陸羽東・西線、羽越線経由羽後本荘ゆきの「急行もがみ」が待機中。
現実の2番線は7時28分発利府ゆき。 -
左は「千秋1号」「もがみ」右は「たざわ」「むろね」「陸中1号」
1本のホームの両側に2本/5列車!!もの気動車急行がスタンバイ。油煙で煙かったろうな。どうみても701系とE721系にしか見えないですか、そうですか。次、行きます。
そういえば当時、ホームには移動売店があって弁当や冷凍みかんを売っていた。
冷凍みかんは溶けるまで時間がかかる「ザイライセンスゴイカタイミカン」だった。 -
7時25分定時。「たざわ1号」「むろね1号」「陸中1号」発車。
-
7時30分定時。「千秋1号」「もがみ」発車。
こうして見ても現実世界は701系しか出てこないんだなあ。 -
続いて2番線には、7時50分発、北上線経由の秋田ゆき、「急行きたかみ1号」が入線。仙台~秋田を最短ルートで結ぶ。
実際は、仙石東北ラインの仙台止まりの列車が来た。 -
当時の急行列車はすべて4人掛けボックスシートだった。こんなの。
写真は、ちょうど6番線に停車していた阿武隈急行直通電車8100系のもの。令和の時代でもまだこんな車両に乗れるのだ。 -
7時50分、「きたかみ1号」秋田へ向けて発車。(現実世界は回送列車です)
おお、ハイブリッドだからディーゼルエンジン響かせて行った。すこしだけソレっぽい。 -
お、7時58分だ。
4番線(現5番線)から特急ひばり6号上野ゆきの発車だ。 -
3番線(現4番線)から4番線(現5番線)を望む。
ひばり6号の発車ベルが響く。 -
同じアングルだと当時はこんな感じ。
※1979年、4番線で発車を待つ、特急ひばり号。485系。駅ビルがなく、広い側線が広がっている。 -
8時6分、1番線からは青森ゆき鈍行が発車。
原ノ町発青森ゆきという今では考えられない超ロングラン運用だった。 -
これがホンモノ(右の列車)
ED75型機関車が牽く旧型客車。たぶん10両以上繋がってた。
仙台駅の在来線ホームにはキオスクがあった時代。なつかしい。
※1979年。 -
さて、入場券の時間制限越えそうだったので一旦、出場し、再入場。
ここからは朝の2回目のゴールデンタイムに突入する。 -
第2部の陣容です。
9時になると盛岡や青森を出た特急、急行が仙台にやって来る。
子供の頃もこの時間を狙って撮影に出かけたもんだ。 -
まずは8時45分発、急行まつしま2号上野ゆきが発車。
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続いて4番線(現5番線)には、8時58分発、特急ひばり8号上野ゆきが仙台運転所から回送で入線。特急ひばり号は毎時58分発だった。
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ひばりが停まっている4番線(現5番線)の向かい5番線(現6番線)には、8時53分発、盛岡からの特急やまびこ2号上野ゆきが到着。
485系特急電車が並ぶ。(やっぱり701系に見えますか?) -
8時53分。やまびこ2号発車。
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続いて8時58分、ひばり8号発車。
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やまびこ2号、ひばり号8号は5分おきで雁行して上野を目指す。
※現実は仙台空港ゆきです。 -
次は3番線(現4番線)へ。
9時5分発、急行あぶくま号、盛岡ゆきが白河から到着。当時の特急はすべて上野発着だったから朝の特急空白時間帯を埋めるこういった区間運転の急行が運転されていた。 -
現実世界の3番線(現4番線)は、9時7分発、快速湯けむり号新庄ゆき。
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関係ないけど、湯けむり運用のキハ110は盛岡の0番台が小牛田へ転属。
暫定なのか上からシール貼ってあった。 -
出発イベントやってた。
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湯けむり号、あ、いや、あぶくま号発車~
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続いては、5番線(現6番線)に盛岡からの急行もりおか2号の到着アナウンス。
常磐線経由で上野まで行く。ここ仙台駅で後から来る、これも常磐線経由上野ゆき、特急みちのくに抜かれる。 -
もりおか2号が到着。
反対側の4番線(現5番線)に到着する特急みちのくを待ちます。 -
9時20分。青森を4時50分に出た特急みちのくが到着。仙台まで4時間半はさすがに速い。
583系13両。 -
これは「本物」
※1979年。仙台駅4番線で。 -
9時22分、特急みちのく発車。
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常磐線経由で上野を目指す。
現実は白石ゆきだけどね。 -
9時26分。
今度は、特急みちのくの7分後を青森から追いかけて来た特急はつかり2号が到着する。 -
到着時間の9時27分ですが残念ながらこの時間には4番線(現5番線)には発着列車はありません。「心の眼」で見てください。青森からのはつかり号が見えて来ましたね?
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なにも来ない。
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では、だいたい同じ場所からのアングルで。
※仙台駅4番線に到着する特急はつかり2号。1979年。485系。先頭はアタマのライトが2灯の1500番台。北海道用として投入されたがあまりの寒さに使い物にならなかった。 -
発車時間の9時29分だ。
ジリリリリリ~(当時はホントに発車ベルだった)
「特急はつかり2号上野ゆき、発車しま~す。次は福島に停まります」 -
42年前の同じ場所。仙台駅4番線。
ホームの時計をご覧下さい。ちょうど9時29分、同じくはつかり2号が発車するところ。幕式の発車標やホームの移動売店、そして隣りの5番線の行先「平」(現いわき)など懐かしさいっぱいのワンショット。
ちなみ写真に写っている「モハ484 75」ですが調べたら、1972年製造。青森運転所から1982年に向日町運転所に転属、JR化後も残り、京都総合運転所で2009年まで北陸線の特急雷鳥などで活躍したんだって。結構最近まで活躍していた。
※1979年仙台駅4.5番線にて。 -
12両の長い車体をくねらせ発車して行った。(現実は6両だけどね)
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6番線(現5番線)からは、9時45分発急行まつしま4号上野ゆきが発車。
この列車、ちょっと珍しくて郡山~上野間が臨時扱い。仙台~郡山が定期列車。なので通常は郡山ゆきがデフォ。 -
現実のこの時間は、仙台駅で唯一の特急、ひたち14号上野ゆきの入線だった。
E657系堂々の10両編成。 -
今度は4番線(現5番線)に9時58分発、特急ひばり10号上野ゆきが入線。朝から5本目のひばり号。きっかり1時間ヘッドでの運転だ。
こうして見るとこの当時は優等列車「しか」来ない。鈍行は2時間おきとか、そんな世界。いまじゃ考えられないけどね。 -
現実世界では、9時59分発白石ゆき。
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ひばり号では、ホームがカーブするちょうどこの辺りが食堂車だった。
たしか6号車がグリーン車、7号車が食堂車だった。 -
定刻です。
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ひばり10号発車。
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すぐに2番線からは、10時ちょうど発、青森ゆき急行くりこま3号が発車。
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そして本日ラストは、6番線(現7番線)から10時3分発、仙山線経由山形ゆき、急行仙山1号。
いまは快速で1時間ちょっとで行けちゃう山形も当時は急行料金払ってたんだな。他の列車の間合いもあったけどグリーン車まで繋いでた。 -
タイムアップです。
いい時間つぶしができました(笑)
如何でしたでしょうか?42年前、新幹線開業前夜の仙台駅。さまざまな行先の特急、急行列車が最後の輝きを放っていた時代を現代の仙台駅で再現してみました。
興味の無い方にはまったくもって???な内容でしたが、当時を知る方には、古き良き、昭和の仙台駅を懐かしむことができたのではないでしょうか?(え?無理?笑)
冒頭でも触れましたが、オーヤシクタンさまと訪れた現代の上野駅で昔を偲んだことがきっかけとなり、このような妄想旅行記を作ってしまいました。
今度は上野駅地平ホームでもやってみたいと思います(←懲りてない 笑)
お楽しみいただけた方もそうでない方も、最後までご覧いただきましてありがとうございました。
おしまい。
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この旅行記へのコメント (25)
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- シャチ子さん 2021/07/08 22:07:50
- なつかしい眼で拝見いたしました。
- 1975年から1992年頃まで、名取ー仙台間を通学・通勤で毎日利用していました。
宗幸さんの青葉城恋歌が発車ベルで流れたりしていましたよね。朝、職場に行きたくない時は、特急はつかりに乗って、逃避行したかった。急行まつしまもなつかしいです。
仙台駅の新幹線乗り換え通路を通るたびに
若かりしあの頃が思いだされます。
Akr様、ありがとうございました。
- Akrさん からの返信 2021/07/09 17:59:35
- RE: こんな内容で恐縮です
- シャチ子さま
こんばんは。コメントを頂戴し、ありがとうございます。
1975年から1992年と言うと国鉄からJRへの過渡期を挟みますね。70年代ならば私の旅行記のように在来線の特急や急行がうじゃうじゃ走っていた頃で普通列車は客車列車でしたね。私が高校の頃まではドアが手動の客車列車があって、飛び降り、飛び乗りが当たり前でした。JR化後は、お下がりの急行電車が普通列車になり、そして今のステンレスの電車となりました。いまは主役が新幹線に取って変わられましたが、あの頃は在来線が華やかな時代でした。仙台駅に行くといろんな行先が見られて楽しかったことを思い出します。
当時はホームに立ち食い蕎麦やキオスクがあって賑やかでした。いまはホームには自販機くらいしかありませんね。そういえば当時は仙石線沿いに住んでいたのですがまだ古い国電でした。
こんな旅行記でも楽しんでいただき、恐縮です。
-Akr-
-
- ねもさん 2021/06/05 13:54:44
- お久しぶりです
- Akrさん いつもご投票ありがとうございます。
この旅行記は鉄道ファンの皆さんから大喝采でしたね。私は鉄道ファンではありませんが(皆さんからみて、でも世間一般の人々に比べれば立派に鉄道ファンかも?、笑)、北海道と東京周辺を国鉄で行き来した世代なので、懐かしく拝見しました。
私がよく利用したのは「八甲田」「はつかり」「ゆうづる」あたりです。
この当時の特急は違和感ありません、まさに特別な急行です。
でも急行が現在ほぼ消滅したのに特急ってΣ(・□・;) 悪口書いちゃいけませんと叱られそうですが、身延線に東海道線の各駅停車より遅い特急が走っていて、設備も貧弱で飲食に苦労(><)
- Akrさん からの返信 2021/06/05 17:28:25
- RE: 「特別感」が無くなりましたね
- ねもさま
こんにちは。いつもご覧下さり、ありがとうございます。
外出自粛で旅行記もネタ切れになり、こんなものまで出す始末に(笑)一部の方々にはウケが良かったです。
新幹線もなく、飛行機も高額だった頃、首都圏〜北海道は鉄道のシェアが大きかった時代がありました。青函連絡船に接続する特急は停車駅も少なく表定速度も高く、まさに花形でした。
そんな特急列車も急行があったからこそです。文字通り特急は、特別な急行なので急行自体が消滅した現在では特急に「特別感」を感じなくなりましたね。庶民的とでも言いますか、どこか高級感がなくなった感じです。
身延線の特急は「ふじかわ」ですね。
私も乗りましたが停車駅が多くスピードも遅いですね。373系はデッキも無いので特急らしくありませんし。無理に特急にせず急行ポジションでも良かったと思いますね。でも私、個人的には373系は嫌いじゃないです。車端部のコンパートメントなんてグループ旅行に最適です。いまは出来ませんが・・・
早く人目を気にせずに旅ができる世の中が戻って欲しいものです。
-Akr-
- ねもさん からの返信 2021/06/06 17:06:02
- RE: 「特別感」が無くなりましたね
- Akrさん ご返信ありがとうございます。
車端部のコンパートメントなんて、よくご存じですね。さすが!
ただ自由席車両も、あの席だけは指定席扱いで指定席料金が(><)
仰るように「ふじかわ」は急行が妥当でしょう。前世紀は急行だったのが、いつの間にか特急に(-_-;)
なくなると困るので「ふじかわ」の悪口はこれくらいにします。再度のご返信には及びません。
-
- まるきゅーさん 2021/05/31 22:06:14
- 想像つかない時代だ...
- まるきゅーでございます。
客車で普通列車が走っていたというのに驚きです。
そして優等列車優先なのって今は北海道くらいな気がします。
そしてこのスッキリとしたパターンダイヤはすごすぎます。
前に興味本位で調べただけですが、仙台以北は乗降客数10000人を超える駅が無かったのでそこまで本数は要らないのかなと考えました。
一方以南は名取や南仙台が超えていたはずなのでそこそこ需要があるようです。
放送装置もやかましいベルが鳴り響いているという状況で想像してみるとFFの発車メロディーの間に発車放送が流れ、車掌がホイッスルを吹き発車していくという想像が付きませんね。
僕はE233と同じ時代を生きているので(僕が2005年生まれ、E233系が2006年生まれ)
普通列車と言えば4つドア(3つドア)で疾走している(そうでもないですが)イメージがあります。
今は国鉄型もだいぶ減ってしまい、山口県や岡山県で主力となっているくらいですから早く乗りに行かないとですね。 まるきゅー
- Akrさん からの返信 2021/06/02 08:05:56
- RE: こんな時代もありました
- まるきゅーさま
日本時間でおはようございます。
いつもご覧いただきましてありがとうございます。
大昔は普通列車といえば客車が当たり前の時代でした。
いま高崎にある茶色い客車。あれが何両も繋がっていました。ドアも手動。夏は開けっ放し。トイレは水洗などなく、便器の下にレールが丸見え(笑)
編成も10両超もざらでラッシュ時間以外は大抵、空いてて座れました。ただ、本数は劇的に少なく、仙台口でも毎時1本あればマシなほう。今と違い、あの頃は「列車の時間に合わせて行動する」が当たり前でしたね。
今もそうですが仙台圏の東北本線は仙台以南のほうが利用客が多く、仙台〜岩沼間では常磐線の列車も入り、本数は多かったです。それでも日中は40分〜1時間くらいの間隔があったかな。
ATOS(笑)など無い時代、発車ベルはけたたましい非常ベルと同じ。
放送は肉声。客車なら機関車の牽き出しの後、タイムラグが出ますからそのすきに動き始めた列車に飛び乗る。なんてワザもできたおおらかな時代でした。
まるきゅーさまはE233系と同世代なのですか!
電車で世代を追うと、私なんか583系です。既に現役引退済(笑)
国鉄車はここにきて一気に淘汰が進んでいます。特に東日本では風前の灯火です。
乗るなら今ですね。仙台地区では国鉄型は仙石線の205系だけです。それもケト線のE233系に置き換えが決まっています。
海外生活慣れましたか?
いつもご訪問&コメントありがとうございます。
-Akr-
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- つららさん 2021/05/30 17:25:41
- ためになるAkr講座
- Akrさま
こんにちは、つららでございます。
よくこんなの思いつかれましたね。
私の心の眼は、まだ修行が足りないようで、701系やE721系に見えてしまいます。東北新幹線も好きなので、心の迷いが目を曇らせます。(笑)
この時刻表の時点、東北新幹線と上越新幹線の開通までは本当に綺羅星の如き特急たちが大活躍でしたが、すみません、この頃は在来線の特急は「しなの」「あさま」「雷鳥」くらいしか乗っていなくて、上野駅に「ひばり」がいたのを朧げに覚えているくらいです。
当時の東北本線が特急も分割併合の急行も大変多く運行されていてひときわ華やかであったことが、今回載せていただいた時刻表と、3時間もの現場ロケに基づくこの妄想企画のおかげでよくわかり、勉強になりました。
本筋と関係ないですが、考えてみれば、乗り換え検索がなかった頃はどこのお家にも時刻表はあって、鉄道趣味に全く関係のない人でもこんなのを読み解いて、こっちが早いとか、あっちが乗り換えが少ないとかの自分のニーズに合わせて旅行や出張のプランを立てていたのは、みんな能力が高かったのですね。
新幹線の時刻表もなつかしかったです。新横浜はひかりは停車せず、新神戸もたまに停まるだけとか、今から考えるとあり得ないですね。
ちなみに、冷凍みかんは私も好きで、新幹線のホームの売店で親に時々買ってもらっていたので、「シンカンセンスゴイカタイミカン」でした。(笑)
つらら
- Akrさん からの返信 2021/05/30 19:30:26
- RE: 雑学ばかりですが
- つららさま
こんばんは。いつもご覧いただき、ありがとうございます。
>よくこんなの思いつかれましたね。
はい。これは誉め言葉ということで宜しいでしょうか?(勝手に・・・)
この旅行記を見てもまだ、701系やE721系が見えるということはまだどこかに邪念がありますね(笑)あと数回も見れば達観されると思います。
西日本に居りますとこのころは今と違い、LCCもお先にトクだ値もありませんので急な用事でもない限り東北へいらっしゃることはないでしょう。私も憧れの関西(鉄道趣味的に)へ行けたのはバイトで旅費を貯めて高校3年の時にようやっと念願がかないました。そんな時代です。
この時代はどこへ行くのも鉄道です。高速道路もほとんどない時代です。自家用車保有率もまだまだ低かったし、頼みの綱は鉄道でした。なので幹線には首都圏を結ぶ特急が走り、日本列島の横を繋ぐローカル輸送が急行列車が請け負っていた時代。本当に素晴らしい時代でした(鉄道趣味的に)
仰る通り、インターネットなど無い時代、どこへ行くのも時刻表頼み。そして効率的な乗り継ぎを探すのも自分次第。この時代の真っただ中で育ったのでいまだに時刻検索はネットより紙媒体のほうがはるかに速い。もう時刻表のどのあたりに何の路線があるか見ないで引けます。子供の頃の聖書です(笑)
「東海道」の表記がない新幹線だけの時刻表も今となってはレアものですね。
良く見ると新山口はまだ小郡ですし。確かに新神戸や新横浜は通過がほとんど。そしてひかり号には食堂車があって、列車によって日本食堂、ビュフェとうきょう、帝国ホテル、都ホテルと食堂車を担当する会社が多彩でした。
カップアイスがまだ高価だったので(そうかな・・・)鉄道の旅のお供は冷凍みかんでしたね。アレってなんであんなに美味しかったんでしょ。今みたく自販機で多種多彩な飲料が買えなかったからかなあ。
懐かしんでいただきなによりです。
またこのような企画をやりたいと思います。
すみません、また長くなっちゃって。。。
-Akr-
-
- 横浜臨海公園さん 2021/05/30 12:40:41
- 昭和40年代の東北特急
- Akrさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
確かに、昭和40年代から50年代半ばまで、高速自動車道も整備されておらず、181系特急気動車を使用した仙台-秋田間特急あおば など、北上線経由だったにも拘らずキサシ181型食堂車も連結されていました。
覚えているのは、東北地方での特急と急行では客層が著しく異なり、少なくとも特急車内に一升瓶を持ち込んで数名がバカ騒ぎしながら飲んでる客など見かけませんでした。
ただ、食堂車利用者は食事と共にアルコールを注文していた客が多かったのも亦事実です。
当時は、上野-青森間はつかり1М2Мがトップ扱い、次いで 上野-仙台間ひばりで、後の特急は格落ち扱いされていたのが実態です。
現在は夢の亦夢の世界となりました。
横浜臨海公園
- Akrさん からの返信 2021/05/30 15:41:32
- RE: 新幹線開業前夜
- 横浜臨海公園さま
こんにちは。いつもご覧下さいましてありがとうございます。
今は新幹線の一層の高速化により都市間移動は便利になり、急ぐなら高くても新幹線、時間はかかっても安価に移動したい派には高速バスとうまく棲み分けが出来ているというか在来線はローカル輸送主体になってしまいました。
この旅行記を作成する上で参考にした昭和57年の時刻表ですが、本当に東北新幹線開業前夜でした。在来線の特急や急行が最後の輝きを放っていた時代ですね。この時、既に「あおば」は無くなっていましたが、愛称だけ新幹線として返り咲きましたね。
(あおばはつばさの間合いでしたか)
私は昼行特急の食堂車を利用したことがなく、いつも羨望の眼差しで見ておりました。そしていつも混雑していたイメージがあります。自由席にありつけなかったお客が食堂車で飲み物だけで何時間も粘ったとかありましたね。
私のような仙台民はやはり特急と言えば「ひばり」ですね。毎時1本仙台駅4番線から発車していました。はつかりややまびこなどは長距離利用者が多く、どこか敷居が高いイメージを持っていました。でも、一度だけはつかりの2Mに郡山〜仙台で乗ったのが思い出です。
コメントありがとうございます。
-Akr-
- 横浜臨海公園さん からの返信 2021/05/31 10:57:53
- 食堂車に於ける人気メニュー
- Akrさま、こんにちは。
掲示板を拝見させて頂きました。
当時の東北特急の食堂車では洋食よりも和食に人気があったように思います。
但し、季節柄、松島産カキのシーズンはカキフライ定食に人気があり、売れに売れて仙台行ひばり号では宇都宮付近通過中に売り切れていたものです。
北海道内の食堂車の如き、コーラを飲みながら鰻飯を食べる客層は見かけませんでしたが、ただ土地柄なのか喫煙者が異常に多く、客室も含め車内は常に紫煙で霞んでいました。
横浜臨海公園
- Akrさん からの返信 2021/05/31 11:43:44
- RE: カキフライ定食があったとは!
- 横浜臨海公園さま
当時の東北特急の食堂車にカキフライ定食があったんですか。
九州へ行くブルトレなどご当地メニューがあったかと記憶しておりますが、東北の昼行特急でもそのようなご当地メニューがあったのですね。
当方、食堂車の利用体験はなかったのですが、子供の頃、一度だけ興味半分で食堂車を通ったことがあります。やはり混雑していて車内は、確かにタバコの煙とコーヒーの香りが混ざった匂いがしてて、子供ながらに「大人の世界だな〜」って思いました。当時の状況はあまり覚えてないのですが、食堂車内の光景だけはいまだにはっきりと思い出せます。
色々と懐かしいお話をありがとうございます。
-Akr-
- 横浜臨海公園さん からの返信 2021/05/31 12:57:32
- ご当地定食
- Akrさま、こんにちは。
当時の東北方面特急列車には独自のご当地メニューが在り、
はつかり号 刺身定食(貝類がメイン)
つばさ号 きりたんぽ定食
等が印象に残っております。
食堂車に関しては電動発電機を搭載していないキサシ181系が静かで乗心地も良かったです。
小生、東海道本線の特急つばめ号、こだま号や上野-軽井沢間でアブト線経由の白鳥号にも乗車しておりますが、車内に於ける喫煙者は東北方面行列車と比較して、明らかに少なかった様です。
後年、北海道で82系特急列車に乗車して周囲は喫煙者しかおらず、民度の差が歴然でした。
横浜臨海公園
-
- HAPPINさん 2021/05/29 17:01:01
- 昭和57年!ひばり24号上野行き
- こんにちは♪
待ってました!懐かしの仙台駅。
旅行記を拝見していたら485,583、475,キハ58や旧客などなどの懐かしい国鉄車両が頭の中に蘇りました。
時刻表をexcelで!凝ってますね。脱帽です。
そして
昭和57年9月、初めて仙台へ訪れた時の記憶が蘇って来ました。
帰りは特急ひばり。
あの当時仙台駅の発車アナウンスが西口のペデストリアンデッキまで聞こえていた記憶があり、
「XX番線から XX時58分発 ひばり〷号 上野行きは発車です」
と言ってたのが頭の中にこびりついています。
いつしか自分が乗って帰って来た列車に記憶が置き換わり
「XX番線から 16時58分発 ひばり24号 上野行きは発車です」
と頭の中では覚えています。
(乗ってる列車の発車アナウンスをペデストリアンデッキで聞けるはずないのですが、あまりに楽しかったから記憶が置き換わったのでしょう(笑))
東北新幹線大宮暫定開業の直後でしたが、まだ東北特急もけっこう健在で、ひばり24号は食堂車の営業もしていました。
貧乏学生だったので食堂車など利用できる身分ではなく仙台駅でササニシキの名を冠した駅弁(これでも贅沢でした)を買って車内で。せめてもと、車販で「ザイライセンスゴイカタイアイス」を買いました。
あれれ、ごめんなさい。一方的な自分の思い出話になってしまいました。
私も写真はないけど過去の鉄旅を紐解いてみたくなりました。
(でも細かく記録しておいた乗車データがどっかへいっちゃいました(´;ω;`))
今度は仙台駅の夜行列車編も期待したいところですが、深夜の通過列車が多いから厳しいですね
。新星、あずま崩れ、まつしま等の出発到着編くらいしかありませんかね。
だとするとやっぱり上野駅編を期待しています(^^)
素敵な妄想?旅行記をありがとうございました。
こういうの大好きです。
Happin
- HAPPINさん からの返信 2021/05/29 17:07:17
- Re: 昭和57年!ひばり24号上野行き
- ごめんなさい。
記憶に辿って書いたのでもしかしたら昭和57年9月ではなく昭和56年9月だったかもしれません。
だとすると東北新幹線開業直前。
この年に関しては1年の違いが大きいですね。
- Akrさん からの返信 2021/05/29 20:28:48
- RE: 昔を懐かしんでいただければ幸いです
- HAPPINさま
こんばんは。早速ご覧いただき、ありがとうございます。
そしてこんな旅行記に食いついていただいて恐縮です。
こういうの作る時点で「昔はよかったなあ」なんでしょうね。
いまは仙台駅に行っても旅情など感じられず、ビジネスライクな雰囲気です。キオスクも駅弁の立ち売りもホームの立ち食いそばもないし。そんな空虚な現代から逃避すべく作ったのがこの妄想旅行記なのです。
そして昔の記憶を呼び起こしていただければ幸いです。
みなさん、いろんな思い出をお持ちでいらっしゃって、コメント欄でそういったお話を聞けるのも嬉しい限りです。
ペデストリアンデッキで発車放送を聞いたということはかなりレアですね。
現駅舎が出来たのが昭和52年で東北新幹線が開業したのが昭和57年ですから現駅舎とひばり号の組み合わせは非常に短い期間だったかと思います。
そして、ひばり号は毎時58分発でした。これだけは鮮明に覚えています。子供ながらに「なんで00分にしないんだろう」って(笑)
東北新幹線大宮暫定開業時は在来線も少しばかり特急が残置されましたね。
でも、食堂車も外されたり編成も短くなったりと寂しい限りでした。旅行記に出て来た、はつかりのモハ484は昭和57年の東北新幹線開業と時を同じくして東北筋から撤退し、向日町へ転属しています。
>一方的な自分の思い出話になってしまいました。
いいんですよ。そうやって昔の記憶をご披露いただければ私も楽しめるので・・・
以外にも好評?なので続編も考えてみようかと思います(すぐに調子に乗るので)
夜版もやってみたいのですが今は深夜は仙台駅は開いていないので難しいですね。
やはり上野駅地平ホームでしょうか(笑)
それではまた!!
-Akr-
-
- へけけさん 2021/05/29 16:05:58
- 42年前の仙台駅4番線ホームの風景がナイスショットです
- Akrさん こんにちは
42年前の仙台駅にタイムスリップ 素晴らしいです できればご本人様の姿が見たかった 長身の瘦せ型でしょうか(笑)
あの頃は自分は23歳ぐらいで池袋でウェイターをしてて毎晩飲み歩いてたどん底の時代でした 盗んだ自転車で二人乗りして捕まったのも良い思い出です(笑)
やっぱりあの頃の国鉄は輝いてた 時刻表を見てるだけで記憶が蘇ってくる ボンネットの国鉄色「ひばり」583系の「はつかり」もう一度食堂車で上野から仙台まで乗りたい 自分の前に3名様がコメントされてますが予想通りの方々でした(笑) こおいうネタに即座に反応する姿勢が凄いですね 皆さん暇なんでしょうか?←お前もな
- Akrさん からの返信 2021/05/29 20:07:19
- RE: 時刻表見てるだけで1日潰れますね
- へけけさま
こんばんは。早速ご覧いただき、ありがとうございます。
このころ私は小学6年生。自撮り写真はないですね。前に公開した高校時代の写真になるとすすんで自撮りしています。長身でハンサムだったからでしょうか(おい!)
へけけさま、自転車盗むだけで犯罪なのに2人乗りって、悪の限りを尽くしていたのですね。でも、そんな荒んだ時代の国鉄は最高の一言です。
特急と言えば485か583。編成は12両、13両が当たり前。2両のワンマン特急とかありえません。あの頃の特急列車には「格」がありましたね。
ホント、古い時刻表で1日時間つぶれます。
正直、この旅行記公開迷ったんですが食いついてくれる変態さんが予想以上に多くて嬉しい限りです。ので続編も考えています(爆)
へけけさまのような古い写真の在庫がないので悔しい限りですがまだ蔵出しもありますので追って公開しますね。でも、ミニスカお姉さんとかはありません(笑)
-Akr-
-
- Tagucyanさん 2021/05/29 13:28:31
- その気で見ればたしかに見えてくる(笑)
- Akrさま
こんにちは
かなり時間をかけてじっくり拝見しました(笑)
いいですね~ こういう妄想企画。そういう気で見てみると、ホントに701系がはつかりやひばりなどに見えてきます。
それにしても、今の時刻表はつまんないヘッドダイヤですね。一般的にはわかりやすいダイヤというのかも知れないですが。それに比べて、当時のダイヤは、特急、急行入り乱れて、そこに旧型客車をたくさんつないだ鈍行列車が割り込んできて、想像するだけでわくわくする世界でしたね。
個人的なことを言えば、初めて1人で東北線の特急電車に乗ったのがちょうどこの年の10月です。大館にある親戚の家を早朝出て、花輪線で盛岡まで行って、青森始発の583系はつかり4号に乗って上野まで行きました。盛岡発10:46、上野着17:10、だったかな。指定席はたしか満席で、身動き取れないボックスシートに6時間半は、かなりしんどかった記憶があります。仙台駅で、となりのホームに3分後に出発する485系ひばりが停まっていて、あっちに乗り換えたいなあ、と思ったのも覚えてます。在来線の昼行特急の食堂車を利用したのもこのときが唯一の経験でしたね。食べてる最中に小牛田駅を通過しました。小牛田と聞くといまだにあのときのことを思い出します。
すみません、つい長々と昔話を書いてしまいました。ちょうどその頃、カメラ持ったAkrさんが仙台駅にいたんですねえ。この昔の写真だけで何話かできそうじゃないですか。
---
Tagucyan
- Akrさん からの返信 2021/05/29 19:55:40
- RE: 心の眼でご覧いただけましたでしょうか(笑)
- Tagucyanさま
こんばんは。早速ご覧いただき、ありがとうございます。
いいですか?本当に?
やりがいがありました(笑)正直、ドン引き覚悟でした。今までも「中間先頭車」とか「昭和アイテム」とかやってきましたが今回は何と言っても妄想を現実世界で再現なのでかなりヤバいです。でもヤバい方々が大勢いらっしゃったんで安心しました(笑)
現代の在来線は本当に利用者の側からしたら使いやすいダイヤになりましたね。昔は特急、急行がメインで鈍行は2時間おきとか。仙台でも10両もの客車列車なのに実態は荷物列車で客車は3両だけとかいうのもありましたからいかに普通列車が冷遇されていたかわかりますね。
そしてこのころの特急はいつも混んでいて指定席が取れないんです。特にやまびこやはつかりは難しくて、仙台民はだいたいひばりが定番でした。仙台から東京(上野)ならば特急で4時間、急行で5時間半の時代。立ちっぱなしなんてのもザラでした。自由席は2時間前から並んだり。昔の新宿駅なんか駅のコンコースで整列させられて時間になったら駅員の誘導でぞろぞろホームへなんて光景が中央線の夜行で見られましたね。ヨドバシの黄色い広告敷いて座って待つのです(え?古すぎ?)
昼行特急の食堂車の利用経験がお有りなんですね、羨ましい。
私は無いんです。親に連れられて行った東京の親戚の家への旅で「ひばりに乗って食堂車を」と親にリクエストしたら指定が取れず、やむなく急行まつしまになった苦い経験も持っています。在来特急の食堂車は北斗星くらいですね。
こういう話をするとみなさんどうしても懐かしネタを持って来られるのでそれも楽しみのひとつでもあります(笑)
また機会があればやってみます。今度は上野駅でやりたいんです。
失礼しました〜
-Akr-
-
- オーヤシクタンさん 2021/05/29 11:57:01
- 懐かしいです。
- Akr様、こんにちは。
上野駅で列車を待つオーヤシクタンでございます。
昭和57年の時刻表‥
かなり劣化していますが、今となっては、貴重な時刻表ですね。
あの当時、お盆の帰省時は両手に荷物を抱えた帰省客が上野駅に溢れかえり、2時間以上前からホームに新聞紙を敷いて待つ光景は当たり前でした。
時刻表の左隅にある522レ,一ノ関行き。
普通列車が客車だった時代ですね。
旧客→50系と客車が続き、その後は急行からお下がりとなった455系が東北庶民の足として活躍しました。
あの当時、東北にオールロングシート車が走るなんて、誰も思わなかった事でしょう。
急行まつしま・特急ひばり‥
上野-仙台をつなぐメインキャストが懐かしいです。
仙台だと、常磐線経由もあったから、特急ひたち・急行ときわも忘れてはいません。
ときわは特急格上げとなり、両者とも健在で、ひたちが仙台まで来るようになったのが、唯一の救いです。
幕式の発車票とホームの移動売店も懐かしい‥
昔は駅弁やお土産品を売り歩く移動販売がありました。
仙台と言ったら、笹かまぼこでしょうかね。
目をつぶると、国鉄車モハ454のモワァ~と言う音が聞こえてきそうです。
さて、これを上野駅でやったらどうなるのか?‥
始発から終発までだと、旅行記10冊くらいになりますよ。
ぜひ、取材されて下さい。
ありがとうございました。
オーヤシクタン。
- Akrさん からの返信 2021/05/29 18:12:00
- RE: また上野駅行きましょうね
- オーヤシクタンさま
こんばんは。Akrでございます。
すみません、勝手に旅行記に登場させちゃいました。
でも、あの時の上野駅ツアー楽しかったです。連休中にグリーン車でシウマイ弁当食べて上野駅見学。もう最高。あの時から今回のような企画を考えていました。
機が熟しましたので今回、仙台駅で決行しました。
昭和57年の時刻表。
もっと古いのがあったのですが行方不明です。今のところあれが一番古い時刻表なんです。何回も何回も読みましたのであんな状態です。まさか令和の世になって世間様に公開するなんて思ってもみませんでしたね。私も出来る事ならあの頃の上野駅に行って新聞敷いて汽車を待ってみたいものです(笑)
当時の客車列車はすべて旧客時代です。50系はもう少し後になって仙台に登場しましたね。手動ドアで無駄に編成が長いのです。汽車が止まり切らないうちに飛び降りたりしてました。いまじゃ考えられませんが。仰る通り、数十年後の東北線にオールロングシートの電車が登場するとはこの頃は考えられませんでしたね。
仙台民はひばり、まつしまがご用達。
きっぷが取れないとひたちやもりおかといった常磐線まわりの列車に乗ったりしました。現在も当時の列車名で仙台へ乗り入れるのは新幹線を除けばひたちだけになりましたが、ひたちが残っている事はこれまた奇跡のような気がします。
はつかりが停車中の写真は1枚にいろんな事が凝縮されているのです。
幕式の発車標も移動売店もすべて過去の物です。いまの仙台駅のホームには自販機しかありません。
楽しんでいただければ幸いです。
本当に機会があれば上野駅でやってみたいです。
その際はまたご一緒していただければ幸いです。
-Akr-
-
- とのっちさん 2021/05/29 10:59:40
- excelは偉大です。
- Akrさま
こんにちは。いよいよ問題作が登場しましたね(笑)。いやいや、ちゃんと仙台駅へ行ってるじゃないですか!家から出てると立派な旅行記ですよ。
さすが東北の要衝!上野や東北各地を結ぶ列車たちが多数設定されていましたね。最初の方は銀色電車ばかりに見える修行が足りない状態でしたが、だんだんホームの両サイドに485系が見えてくるようになりました。ビョーキでしょうか。行先は違えど、現代の列車と時刻がほぼそろっているのは偶然なのでしょうが旅行記の展開にいいアクセントでした。当時は普通列車が少なかったからホントの優等列車街道でしたね。「まつしま2号」はさっそく大河原で10分くらい止まって「ひばり8号」にぶち抜かれているし、522レに至っては白石で40分くらい止まっている…522レと430Dの間にさすがにもう1本くらい普通列車はあるのかな…?現在の10分おき並行ダイヤは利便性がすばらしいですが、当時の特急2、急行1、普通1のきれいな規格ダイヤや輸送力逼迫と本気で向き合っていたのでしょうね。
若輩者ゆえ、「新幹線開業前夜」は信越本線以降しか経験がありませんので、何とか台湾に間に合うように急いで行ったのですが、台湾の高鐵は別会社なのでさらに台鐵が充実して結局何度も行くことになりました。新幹線代の取りこぼしがないように在来線を不便にしたい気持ちはわからなくもないですが、多様化が叫ばれる時代に選択肢を絞りまくって露骨な新幹線誘導をするのは…JRの株券を1枚も持っていないので私が文句言う資格はありませんが、ただの妄想なのでお許しください。
おっしゃるとおり、excelの謎作業がはかどります。見栄え重視で「文字列」で入力すると関数が使えず打ち込みに時間がかかります。熊本県は家から出られず駅にも行けないので妄想する以外に趣味活動ができず(笑)、ついにダイヤから時刻表を作り始めました。パターンダイヤを基本として必要な時間帯・曜日に増発・増結・延長したほうが圧倒的に楽で、手始めに複線電化の幹線の末端側3分の1を作ったら8ページで1週間もかかりました(笑)。特急2、急行1、普通1のどっかで見たことのあるダイヤになったのでよっぽど便利な比率なのでしょう(笑)。まぁ、沿線の主要都市近郊は区間便が設定されるので実質は普通3ですが…殿様特急から長距離客車急行、運用の都合で一本化されて妙に長距離走る普通電車に、回送がてら3編成つないだ平日朝の送り込みなど妄想だから好き勝手に組めます。
次は時間制限のない仙台→あおば通の片道乗車券で夜行列車ゴールデンアワーの妄想取材をお願いします(笑)。
とのっち
- Akrさん からの返信 2021/05/29 17:47:19
- RE: こういうのハマると大変(笑)
- とのっちさま
こんばんは。早速、ご覧いただきましてありがとうございます。
はい。大問題作です。
正直、公開悩みましたよ。だって駅にしか行ってないし過去と現実混同してるし。
見ているうちに701系が485系に見えて来たら仲間です(笑)なるべく当時の臨場感を出そうと頑張りました。
さすがとのっちさま、ダイヤまで読んでますね。
この頃の東北本線は当然、特急街道。急行も抜きますし、普通なんて「待たせとけ」
です(笑)522レと430Dの間はありません。常磐線の列車が入る位。当時のローカル輸送はこれで成り立っていました。「急ぐなら特急、急行乗ってね。通過する?しらん」って感じです。いまの10分ヘッドが信じられません。
いまは新幹線がこれでもかのダイヤですので長距離輸送はそっちに任せてローカル輸送は国電ダイヤ(言い方 笑)になってしまいました。
私はダイヤを引くまではさすがに出来ませんので、出来る範囲でエクセル使って発車標作るのが精いっぱい。でも、家に籠ってるとこういう作業はホント捗ります。いくつになっても妄想はやめられないのです(笑)
そんな妄想ネタも昭和時代は普通に現実世界でありましたね。急行編成の間合いでグリーン開放とか長大編成の架線下DCとか。羨ましい世の中でした。
夜バージョンもやってみたいのですが、如何せん駅が24時間空いていないので、未明にやってくる八甲田とか十和田とか再現できません。
そっか、入場券買わずにあおば通→仙台のきっぷ買えばいいのか。
今度はそうします(またやんの?)
-Akr-
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