2021/05/02 - 2021/05/05
129位(同エリア341件中)
kiyoさん
2021年のGW計画はコロナ拡大の中でなかなか難しいが、やっぱり山登りしかない、と考え、那須岳・吾妻小富士・蔵王への登山を中心に陸奥を一筆書き。福島へ行くんだったら、芭蕉が「春立てる霞の空に、白河の関越えん」、と言った”白河の関”を訪ねてみようと思いました。
まず、5月2日は松山空港から大阪・伊丹経由で福島空港へ行き、そこからは4日間、公共交通機関を使わず東北南部をレンタカーで移動することにしました。消毒液のミニボトルも体から外さず、いつでも手指消毒が可能な体制で旅をします。
白河の関は、都から奥陸奥に通じる東山道の要衝に設けられた関所として名高く、奥州三関の一つですが、その設置は大化の改新後くらいで江戸時代まで何処がその場所だったか不明でした。それを1800年に白河藩主松平定信が考証によって断定し、古関蹟の碑をを建てました。
殆ど誰もいない白河の関でしたが、整備された公園を回った後は、2日目の那須岳登山のための下調べに峠の茶屋駐車場へ行き準備をして、那須の湯に癒やされました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5月2日(日)朝の静かな松山空港。いつものGWとは違っていました
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朝一番の便で大阪経由福島へ向かいます。ロビーにもあまり人影は見られません。
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ボンバルディアのプロペラ機なので、ちょっと登場が遅くなったため、すでにみんな登場していて、ただ一人ボーディングブリッジを渡って飛行機に乗りこみました
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徳島港。東京行きのオーシャン東九フェリーが入港していました
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四国三郎、吉野川河口
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八尾空港をグルリと回って、伊丹空港への着陸体制に入ります
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あべのハルカスと大阪南港の遠景
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大阪城公園
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淀川
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大阪空港搭乗口。ここも、人影が少ない
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伊丹ー福島間はボンバルディアの小型ジェット。この路線、意外と搭乗回数が多いです。
福島空港までは、殆どが雲の中の飛行で展望は望めません。 -
福島空港(郡山市付近)へのランディングアプローチ。山がボコボコとして一面に広がっているのが面白い。
この前に、積乱雲の中を飛行したようで、雹が機体にバリバリと大きな音を立てて降り注いで、さらに稲妻が機体目がけて突き刺さるように落ちてきて、思わず声を出すくらい驚きました。遠くから光の矢が飛んでくるような光景で、人生初めての体験でした。 -
福島空港に到着。空は怪しい雲行きでした。明日は晴れて欲しい!
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もうこれが最後、と思いながら、何回もやってきた福島空港ターミナル
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福島空港はいつもと同じくらいの人手がありました
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お昼過ぎに福島空港に到着したので、空港2階のレストラン「シャロン」で昼飯。口コミを見ると、出てくるのが遅いなど辛口の書き込みが目立ちましたが、ポークカレーはオリジナルの味で美味しかった。満足です。
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福島空港ターミナル正面。赤いモニュメントは何を表しているのでしょうか?
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福島は円谷プロと縁があるらしく、ビル内にも特撮の展示が多数あり、小学生くらいの年代には楽しめそうです
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福島空港から少しばかり東北道を南下して白河市にやってきました。
白河の関跡は市内中心部かと勝手に思っていたのですが、結構郊外の農村部にありました。 -
白河の関は、てっきり江戸時代の箱根関みたいなところかと思い込んでいたのですが、結構歴史は古くて大化の改新の頃からあったらしい。
今では、白河の関跡には白河神社が鎮座し、隣接地を白河関の森公園として整備が進んでいました。 -
白河の関があったところの森には白河神社があります。入り口には白河神社の石碑が建っていました。
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白河神社の石碑横のバス停は、「白河の関」
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白河神社境内入り口
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神社入り口にある白河の関の説明書き。
白河の関がそんなに前からあって、江戸時代までそれが何処にあったかわからなかった、なんて話は初めて聞いた。やっぱり、現地を訪ねてみないとわからないことも多い -
白河神社の周辺には空濠などが発掘されていました。それ以外にも、白河の関の名残を留める石碑や大木などがあって、右のエリアに整備された公園に芭蕉と曽良の像があります
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白河神社参道
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参道の右に、1800年に白河藩主松平定信が、ここが白河の関であると断定した記念碑があります。芭蕉がここを訪れてから百年以上経って、この石碑が建てられたことになります。
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白河神社へお参りをして、帰ることにしました
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参道脇の杉も立派で、これまで大切に守られてきたんだろうなあと思われます
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白河神社は小高い丘の上に建っています。参道の石段を奥へ奥へと進みました。
参拝者の多い、賑わいのある神社ではなく、ここから先が陸奥というだけあって、ひっそりとした感じのところです -
白河神社と聞くともっと大きな拝殿があるのかと想像していたのですが、奥の細道のイメージが感じられるように静かに建っていました
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周囲に巡らされた空濠があって、これも関所があったことの決め手となりました
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丘の上の境内からの道には、芭蕉の句碑などがあります
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従二位の杉
鎌倉前期の歌人、従二位藤原宮内郷家隆が手植えしたという老木。樹齢800年 -
続いてお隣の敷地にある、白河関の森公園を訪ねます
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公園には江戸時代の白河の関が再現されています
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芭蕉と曽良の像。
思っていたよりも、小さい! -
芭蕉が弟子と二人で旅をする様子をうかがい知ることができます
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1689年に芭蕉はこの地へやってきたようです。しかし、奥の細道では冒頭に白河の関という地名が出てくるので、白河の関にロマンを感じてしまうのですが、ここで読まれた俳句はあまり知られていないかも、というのが正直なところです。
この曽良の句は、古の歌人雅客はこの白河の関を越えるのに衣装・冠をただしたが自分たちは行脚なのでその代わりに卯の花をかざして越えて行こう、という様子を読んだものです。近くの花壇には卯の花がたくさん植えられていました。 -
白河の関を見学した跡、小峰城も訪ねたかったのですが、新型コロナによる入場制限があり、ちょっと危険かもと思い、訪問を中止して、那須岳登山の下見と準備をすることにしました。
那須岳に近づくと、主峰茶臼岳が見えるかもと期待していたのですが、雲が垂れ込めています。 -
那須温泉街は、那須岳の裾野に広がる中、見渡すことができました
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峠の茶屋駐車場。
どれくらい混雑しているのかなあ、と思い確認に来ました。かなり、混雑すると聞いていたのですが、天候があまり良くないためかガラガラでした。
ところが、翌日朝来てみると一杯でスペースがない、という現実を思い知ることになります。 -
那須岳の主峰茶臼岳には、ロープウェイを使って登ることもできます。しかし、強風の場合は止まるので、ここ峠の茶屋から歩くことも可能。このときは、ロープウェイは運休していました。
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宿泊はホテルサンバレー那須。
一人旅なので、あまり選択の余地なし。駐車場も一杯になるくらいの混雑でした。GW料金ですが、これも止む無し。 -
ホテルのサービスは行き届いており、各館の温泉派はマイクロバスで送迎してくれます。
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この道の突き当たりが、ホテルサンバレー那須の本館。本館は閉鎖してあった。コロナ対策のためでしょうか?
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夕食、朝食会場となったオランジェリー。現在、レストランとして使われていますが、どう見ても以前は温室だったような建物です
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オランジェリー室内。
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朝夕ともバイキング。なかなか食べ応えのある内容で、後ろの席の二人連れや隣の家族など、美味しい美味しいと言って食べていたので、自分も美味しかったような気になりました。
ホテルサンバレー那須の食事は、確かに満足できるものでした。 -
このホテル、宿泊棟がいくつもあって、温泉も何カ所かに分散しているので、夜その通り道がきれいにライトアップされています。写真では十分伝わりませんが、リゾートホテルと思えば、それなりに納得できる演出です。
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那須温泉は硫黄泉が中心で、しっかりと疲れが取れるいい湯でした。
夕方、温泉に入ってレストランで食事をし、その後、また別の棟の温泉に入ってから宿泊場所に帰りました。旅の疲れもあるので、それで初日は終了です。
硫黄泉は万座温泉の方が濃い感じですが、それとは一味違った良さを感じました。
二日目、那須岳登山に続きます。
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旅行記グループ
春の陸奥紀行、那須・喜多方・蔵王
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