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2020年11月13日(金)12時半前、大津三井寺観光中。唐院観光を終えて、中院の南側に進む。金堂前の参道の南の突き当りにあるのが微妙寺。三井寺の五別所(別院)の一つで、平安時代の994年の創建。1979年に現在地に移転するまでは、現在の南院よりずっと南、現在の長等公園や大津大神宮の西南一帯にあった。<br /><br />元々は本堂だけでなく、薬師堂、三重塔などもあった。現在の本堂は江戸中期の1776年に再建されたもの。ご本尊は同じ五別所の一つであった尾蔵寺の本尊だった十一面観音。このご本尊は参拝者が沢山やってきて押し合うので、参拝者の笠がよく破れたことから「笠ぬげの観音さま」と呼ばれる。現在ははす向かいに出来た文化財収納庫に展示されている。<br /><br />その文化財収蔵庫は2014年に宗祖・智証大師生誕1200年慶讃記念事業として開館したもの。桃山絵画の最高傑作とされる国宝・勧学院客殿の狩野光信筆の襖絵39面を始め、上に書いた十一面観音等の仏像、仏画、仏具など重要文化財13件53点(2015年11月現在)を収蔵、展示している。有料だが、特別拝観券に含まれてたので覗いてみた。<br /><br />その先、半分がきれいに色付いた紅葉の下にあるのが本家力軒。江戸時代初期の正保・慶安年間(1645年から52年)に弁慶の引摺鐘の伝説に因んだ三井寺辨慶力餅を境内で売り出したものがおり、評判となったのだが、1686年の観音堂火災で類焼した。それを江戸時代後期の1810年に復活させたのが、この店の祖である礒兵衛。以後、200年以上三井寺辨慶力餅を販売しているそうだ。2018年から瀬田川の畔に本社を置く和菓子の名店「叶匠壽(かのうしょうじゅ)庵」と協力して本来の味に近い餅を開発しているそうだ。寄ってないけど・・・<br /><br />さらに東に向かって緩い坂道を登って行くと天台大師像、童観音菩薩像、衆宝観音が並ぶ。天台大師は中国の天台宗の開祖。この像は天台大師の1400年忌で建てられたそうなので、1998年と思われる。衆宝観音は三十三観音の一つ。<br /><br />その衆宝観音の向かいにあるのが、毘沙門堂。元は別所・尾蔵寺の南勝坊境内に1616年に建立されたもの。1909年に三尾社の近くに移されたが、1956年に現在地に移築された。1989年に往時の華麗な彩色に復元された。<br /><br />そして、南院に登る石段の手前に建つのが十八明神社。十八明神は寺院の伽藍を守護する神で、智証大師が875年に創建したと伝えられる。現在の社は江戸末期の1836年に再建されたもの。別名「ねずみの宮」。戒壇道場建立を延暦寺に邪魔された僧の頼豪の死後、その強念が八万四千のねずみとなって比叡山へ押し寄せ、堂塔や仏像経巻を喰い荒らしたと伝わっており、そのねずみを祀っている。坂本の日吉大社にはそのねずみを封じ込めたものであるという鼠社がある。また、この神社の真下を琵琶湖疏水が潜っている。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.5516206511782661&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />南院に向かうが、続く

滋賀 大津 三井寺 中院南部(Nakanoin South, Miidera Temple, Otsu, Shiga, JP)

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2020/11/13 - 2020/11/13

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旅行記グループ 三井寺

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ちふゆ

ちふゆさん

2020年11月13日(金)12時半前、大津三井寺観光中。唐院観光を終えて、中院の南側に進む。金堂前の参道の南の突き当りにあるのが微妙寺。三井寺の五別所(別院)の一つで、平安時代の994年の創建。1979年に現在地に移転するまでは、現在の南院よりずっと南、現在の長等公園や大津大神宮の西南一帯にあった。

元々は本堂だけでなく、薬師堂、三重塔などもあった。現在の本堂は江戸中期の1776年に再建されたもの。ご本尊は同じ五別所の一つであった尾蔵寺の本尊だった十一面観音。このご本尊は参拝者が沢山やってきて押し合うので、参拝者の笠がよく破れたことから「笠ぬげの観音さま」と呼ばれる。現在ははす向かいに出来た文化財収納庫に展示されている。

その文化財収蔵庫は2014年に宗祖・智証大師生誕1200年慶讃記念事業として開館したもの。桃山絵画の最高傑作とされる国宝・勧学院客殿の狩野光信筆の襖絵39面を始め、上に書いた十一面観音等の仏像、仏画、仏具など重要文化財13件53点(2015年11月現在)を収蔵、展示している。有料だが、特別拝観券に含まれてたので覗いてみた。

その先、半分がきれいに色付いた紅葉の下にあるのが本家力軒。江戸時代初期の正保・慶安年間(1645年から52年)に弁慶の引摺鐘の伝説に因んだ三井寺辨慶力餅を境内で売り出したものがおり、評判となったのだが、1686年の観音堂火災で類焼した。それを江戸時代後期の1810年に復活させたのが、この店の祖である礒兵衛。以後、200年以上三井寺辨慶力餅を販売しているそうだ。2018年から瀬田川の畔に本社を置く和菓子の名店「叶匠壽(かのうしょうじゅ)庵」と協力して本来の味に近い餅を開発しているそうだ。寄ってないけど・・・

さらに東に向かって緩い坂道を登って行くと天台大師像、童観音菩薩像、衆宝観音が並ぶ。天台大師は中国の天台宗の開祖。この像は天台大師の1400年忌で建てられたそうなので、1998年と思われる。衆宝観音は三十三観音の一つ。

その衆宝観音の向かいにあるのが、毘沙門堂。元は別所・尾蔵寺の南勝坊境内に1616年に建立されたもの。1909年に三尾社の近くに移されたが、1956年に現在地に移築された。1989年に往時の華麗な彩色に復元された。

そして、南院に登る石段の手前に建つのが十八明神社。十八明神は寺院の伽藍を守護する神で、智証大師が875年に創建したと伝えられる。現在の社は江戸末期の1836年に再建されたもの。別名「ねずみの宮」。戒壇道場建立を延暦寺に邪魔された僧の頼豪の死後、その強念が八万四千のねずみとなって比叡山へ押し寄せ、堂塔や仏像経巻を喰い荒らしたと伝わっており、そのねずみを祀っている。坂本の日吉大社にはそのねずみを封じ込めたものであるという鼠社がある。また、この神社の真下を琵琶湖疏水が潜っている。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.5516206511782661&type=1&l=223fe1adec


南院に向かうが、続く

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