2021/03/30 - 2021/03/30
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横浜市中区石川町1の大丸谷坂にある大丸谷地震地蔵尊(https://4travel.jp/travelogue/10872437)は関東大震災で犠牲になられた大丸谷地区の27名の人たちの霊を弔い冥福を捧げるために震災50周年目に建立された地蔵尊である。再来年にはその100周年を迎える。また、この地蔵尊も建立から50年を迎えることになる。
手前横には秀泰地蔵尊も祀られている。
また、近年になって地蔵堂の裏に1本の枝垂れ桜の若木が植えられており、もう葉桜になっている。ようやく、ここ横浜でも地蔵堂に枝垂れ桜を植える時代になりつつあるのか。
(表紙写真は大丸谷地震地蔵尊の地蔵堂)
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大丸谷坂(おおまるだにざか)に大島桜とソメイヨシノ。
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「大丸谷坂」(おおまるだにざか)。
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大丸谷坂の下に大丸谷地震地蔵尊。枝垂れ桜が植えられている。
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「大丸谷震災地蔵尊の由来碑
一九二三年(大正十二年)九月一日御膳十一時五十八分関東全域にわたって大被害をもたらした関東大地震は震源地を相模湾の北西隅あたりの海底と推測され、北海道、沖縄にいたる地域でも人体に感じ、全世界の地震計に記録をとゞめ、死者九九、三三一名。負傷者一○三、七三三名、行方不明者四三、四七六名の大地震であった。
当時比の附近一帯は各所より発生した大火災により一面火の海となり避難民は高台(十三番)の安全地帯を求めて大丸谷道路上を山に向かって殺到した。其の数役三百名、然し下方より吹き上る火焰は物凄く道路上は忽ち灼熱の地獄と化し前進をはゞまれ止むなく右手の崖を草の根につかまりつゝ我先にと登りはじめてが後続の避難民は火焰にあおられ熱さに耐へかね、つゝじの灌木の中に身を伏せこらえたが後方よりせまる火勢の猛威には抗しきれず、ついに二十七名が二度と帰らぬ犠牲者となった。
震災五拾周年にあたり尊き人命を失った方々の霊にたいし改めて冥福を捧げるものであります。
昭和四十八年九月一日
石川町壱丁目町内会」
高台(十三番)とあるが13番地はイタリア山西側の地蔵坂に隣接地になる。山手18番か山手16番(今の外交官の家がある番地)のことか? -
大丸谷地震地蔵尊の地蔵堂。
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大丸谷地震地蔵尊。
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秀泰地蔵尊の地蔵堂。
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秀泰地蔵尊。
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大丸谷坂(大丸谷道路)には石垣が。
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イタリア山と麓から上る大丸谷道路(大丸谷坂)。
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イタリア山。
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大丸谷のお店。
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