2021/01/09 - 2021/01/09
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M-koku1さん
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この旅行記のスケジュール
2021/01/09
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街中の道路際に立つ あしたのジョー
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日本堤ポンプ所
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地方橋
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紙洗橋
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山谷堀橋
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この旅行記スケジュールを元に
お正月の初詣を 昨年末のうちに前倒しにすることを推奨する報道を TVなどでずいぶん見かけましたが、 気分的な観点から言えば 暮のうちに初詣というのは ちょっとねえ・・・
それなら松が開ける前に なおかつ 三が日が過ぎてからのお参りの方が ピタッと来る気がしたので、七草粥の日も過ぎてから 公共交通機関を使わずに行けるところへ!
さてどこへ?
東西南北 グーグルマップをじろじろ眺めて研究。
ちょうど 恩師にいただいた著書に出てきた 「待乳山聖天」に行ってみることにしました。
参考 : 重金敦之著 「落語の行間 日本語の了見」 左右社
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
-
イチオシ
年賀状の印刷時に
プリンターの不具合があったので
新しいものに買い替え
古いプリンターが邪魔に!
三ノ輪に 無料で不用品を引き取ってくれる店を見つけたので
持ち込んでから 初詣に出発
道端に 何と 【あしたのジョー】が立っている -
立っている場所は 「山谷」の一角じゃないかな
このあたりはかつてのドヤ街で
私たち女性がふらふら歩けるような場所ではなかったはず・・・
そんな暗い歴史を背負った「山谷」は
少年ジャンプの傑作漫画「あしたのジョー」を
育てたエリアでもある -
前回の東京オリンピックを機会に
実施された「住居表示法」のせいで
今は現存しない町名「山谷」
それでも この町にはいまだに 昭和の雰囲気が漂う
奥には 平成を代表する東京スカイツリーがくっきり
見えているけれどね! -
【土手の伊勢屋】
街角にあった天ぷら屋さんだって
それはもう かなりの年代物!
緊急事態宣言中なんですけれどね
このように 列ができていました
http://www.dotenoiseya.jp/甘めのたれがおいしい天丼を老舗天ぷら屋さんで by M-koku1さん土手の伊勢屋 グルメ・レストラン
-
【吉原大門】
昭和初期の建物のままの伊勢屋を横目に
みながら歩いていたら
台東区のコミュニティーバス「めぐりん」を
みかけました
場所はちょうど吉原の大門があったあたり
100円ですめぐりん 乗り物
-
【見返り柳】
吉原大門の交差点には
見返り柳が残っている(???)
まさかねえ
調べたら
「かつては山谷掘脇の土手にあったものの、道路や区画の整理により当地に移され、また、震災・戦災による焼失などによって、数代にわたり植え替えられている」
そうでしょう そうでしょう見返り柳 自然・景勝地
-
【日本堤ポンプ所】
音無川の下流(というか山谷堀の付け根)と
千束堀川の接続地点にあるポンプ所
役割は台東区の一部に降った雨水を集めて
山谷堀の暗渠に排水すること
このビルの中は無人ですよ! 無人!
東京都下水道局主催で
無料見学会が行われることもあるそうです -
日本堤ポンプ所の向かい側から
山谷堀公園にむかう道へ
曲がります -
【ぢかたはし(地方橋)】
昔は橋が架かっていたのでしょう
親柱だけがかつて橋のあった場所を
示しています -
詳細です
「地方(ぢかた)」とは舞踊で踊る人(立方)に対する
唄・浄瑠璃・三味線・囃子などの演奏者(地方)を指すので
そんな人々が沢山住んで居たのかもしれない
気になったのは「東京市」の表記
そんな時代も あ~たねと ♪♪
いつか 話せる日が~来るわ ??
そう そんな日が来ています -
かつて 江戸日本橋にあった「吉原」
現在の日本橋人形町あたりだったそうですが
明暦の大火後に 日本堤に移転させられ
「新吉原」と呼ばれるようになりました
台東区が山谷堀公園内に用意した説明書きは
非常に詳しくてわかりやすいです
朝井まかて著 「落花狼藉」 双葉社 を読むと
この辺の事情が詳しく書いてあって
面白いですよ -
【山谷堀公園】
この地方橋のあたりから
山谷堀公園がはじまりますホームレスが少々いたのが気になった山谷堀公園 by M-koku1さん山谷堀公園 公園・植物園
-
参考文献 (重金敦之著 「落語の行間 日本語の了見」より)
「荒川の氾濫を防ぐために造られた山谷堀は、三ノ輪に発して今戸で大川につながる。今戸は待乳山聖天の少し上になる。」
この山谷堀をたどれば
今戸に行くということです -
【紙洗橋】
参考文献 (重金敦之著 「落語の行間 日本語の了見」より)
「日本堤橋から下の四つ目に紙洗橋がある。当時、この付近で浅草紙と呼ばれる紙を作っていた。今でいうリサイクル工場で、紙屑や古紙を煮たててドロドロにする。それを流水にさらして乾燥し、再生した下等品の紙だった。色も白ではなく、ねずみ色で厚さも均一ではなく、髪の毛などの異物が混入することもあった。紙漉きの職人が多く住んでいたので、近くには紙漉町の町名が明治期まで残っていた。」 -
昭和51年(1976年)のころまで こんな感じだったらしい
-
上の写真は この説明パネルの写真を 拡大したものです
参考文献 (重金敦之著 「落語の行間 日本語の了見」より)
「吉原から目と鼻の先の紙漉き職人たちが、どろどろにした紙を山谷堀の水で冷やす間、時間がある物だから、ちょいと吉原へ行って、張り店の女と無駄話をする。そこから『冷やかし』というようになったんですな」(古今亭志ん生の落語『二階ぞめき』)
つまり「冷やかす」という言葉の語源が
こんなところにあるんですね。
「冷やかす」
「(浅草の山谷の紙漉き業者が)女性と遊ぶためではなく、格子の中で客を待っている花魁から煙草を一服点けてもらって、二言三言交わし、『また来るよ』と上がらずに次の店へ回る」
つまり 登楼するお金のない職人が 吉原で女性たちを見るだけだった・・・
なるほどねえ -
かつて堀だったという 名残を残すために植えられたトクサと
正岡子規の句碑
「牡丹載せて今戸へ帰る小舟かな」 -
【山谷堀橋】
重金先生がこのあたりのことにお詳しいのは
多分編集者としてこの近くに住んでいらした
池波正太郎氏を担当なさっていたからなのかな?
記憶違いかもしれないけれど・・・ -
このあたりから
浅草駅まで 1キロ以上の距離
かつて浅草寺から新吉原までは
ずーっと田んぼだったそうで
その田んぼの中の道を
人々が列をなして吉原へ通っていたというのだから
すごい -
この地図の方が 歩いている感覚に近い
海を上方に置いた地図
つまり南が斜め上になっている地図だ
右から左へ歩いてきたことになる -
酉の市の説明まであった
千束の おおとり(鷲)神社に11月の酉の日に
お参りして 熊手をいただく
勤務していた会社では
毎年 社長が参詣していたが
さすがに 新型コロナの発生で
2020年の11月は お参りに行かなかったと聞いている -
【正法寺橋】
その昔はこの公園部分は川(堀)だったから
舟の往来もあった
大川と吉原をつないでいたのだが
それほど うねうねしていないと思った
人工的に手を加えた堀だったからね -
【吉野橋】
後ろの建物は トイレ
扉には男女の浮世絵
気が利いている・・・ -
それぞれの駅からの
アクセスがわかりやすい地図があった
この公園はあまりアクセスのいい場所ではない・・・
この地図では 上方が北
先程のものと天地が逆だ -
歩くうちに 東京スカイツリーがだんだん大きくなってきた
-
猪牙舟を意識した公園
もちろんただの子供用の玩具ですが・・・
でも こうやって 舟で川を上ってきたんでしょうね -
こちらが 詳細です
-
隅田公園が近づいて来たあたりから
公園内の整備がすすんでいた
鉄砲狐(てっぽうきつね)
「正面に向かって台座に座っているこの狐は、台東区有形民俗文化財の型を基に復元したもの」
今も稲荷神社の授与品として使われているらしい
「江戸時代に稲荷勧請がはやり、今戸焼(いまどやき)職人以外の人たちも内職として彩色している様子が「今戸の狐」の噺に残されている」 -
一番左のものは 座猫
「座猫」
これまた台東区有形民俗文化財の型を基に復元したもので
このように顔を横に向けて座る猫の姿は
江戸の錦絵にも描かれているそうだ -
「踊り雀」
台東区有形民俗文化財の型を基に復元したもの
「舌切り雀」の昔話を題材としているのかもしれない -
「河童」
道具として使われる河童
えっ 河童を道具に?
「本来 背中が開いていて 底に灰を敷き炭を置き 点火用の火種をいけておくもの」
台東区の昔話に「今戸の河童」というのがあるそうで
隅田川の河童が縁起物になったということ -
「招き猫」
これも河童と同様に 本来背中が開いていて
火種をキープするための道具だったらしい
招き猫の資料が書かれているので添書します
「嘉永5年(1852年)の藤岡屋日記『浅草観音猫の由来』と年表に、
三社権現(現・浅草神社)鳥居の傍らで、老女が今戸焼の丸〆猫、招き猫を並べて商う旨が記されており、
同年の歌川広重の錦絵「浄瑠璃町繁華の図」には、〆と書かれた提灯の下で招き猫の人形を持つ人物が描かれています」 -
イチオシ
ほとんど入り口まで来ました
(私は吉原大門から来たので 出口になりますが) -
東西南北が 12子で刻まれています
雨水は ここの山谷堀公園の出口から
大川(隅田川)に流れ込みます -
図示されています
水門があるようなので 後でチェックします
これは今でも残っているようですから -
歴史的背景を考えながら歩くと
それなりに面白い公園でした -
最下流にあたるところに位置する
今戸橋 -
花壇には春の足音
-
お正月らしく 空には凧
-
車道の向こう側は
山谷堀広場
そして川向こうのスカイツリー -
山谷堀公園の隣に
待乳山聖天(まつちやましょうでん)があります -
初詣は 混雑しているだろう浅草寺を避けて
この待乳山聖天
由来は大同年中の勧請(806年から810年)
(勧請=神様を祀ること) -
こちら側の急な階段は
使用禁止
この階段の前が駐車場
階段の左側には 脚の悪い方のための
スロープカーが設置されていました -
表にまわりましょう
う~ん まだ松も明けないというのに
人がいませんねえ
まあ予想通りでしたが・・・ -
今まで一度も来たことがなかったのですが
この神社は浅草の七福神の一つのようです
祀られているのは 毘沙門天 -
他の七福神は
浅草寺 大黒天
浅草神社 恵比寿
矢先稲荷神社 福禄寿
鷲神社 寿老人
吉原神社 弁財天
石浜神社 寿老人
橋場不動尊 布袋尊
今戸神社 福禄寿浅草寺より空いていてお参りしやすい!浅草七福神の毘沙門天 by M-koku1さん本龍院(待乳山聖天) 寺・神社・教会
-
歓喜地蔵尊の周りを取り巻く
お地蔵様たち -
何度も何度も大火に襲われ
かわいそうに 崩れかけているお地蔵様たち -
出世観音とスカイツリー
-
こちらが本堂
聖天は もともとインドの古代神ガネシアが仏教に帰依し
密教の列に加えられたそうで
別名 大聖歓喜天
象頭人身の二体が抱き合う形になっている
男女和合の御本尊です -
本堂にお供えするのは
ここでいただく一本200円の大根
初めて見ました こんなの
ホームページでチェックすると
「大根は清浄、淡白な味わいのある食物としてすべての人に好まれ、しかも体内の毒素を中和して消化を助けるはたらきがあるところから、聖天様の「おはたらき」をあらわすものとして尊ばれ、聖天様のご供養に欠かせないお供物とされています。」 -
浴祈祷のお知らせ
3500円以上だそうです
心願成就・商売繁盛・家内安全・等ご希望の方はどうぞ -
お寺から出てきたら
目の前に カフェレストランこじんまりした浅草のカフェ by M-koku1さんごはん×カフェ madei グルメ・レストラン
-
大根を利用した
お正月の時別メニューがあったので
ここでランチにすることにしましたこじんまりした浅草のカフェ by M-koku1さんごはん×カフェ madei グルメ・レストラン
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ランチ時間以外なら
おいしそうな甘味セットもありましたこじんまりした浅草のカフェ by M-koku1さんごはん×カフェ madei グルメ・レストラン
-
少しおせちも出されていました
とても美味しかったです
しいて言えば どのお椀もちょっと味が似てたかなあ
変化にはとぼしかったかも
でもお勧めこじんまりした浅草のカフェ by M-koku1さんごはん×カフェ madei グルメ・レストラン
-
外に出たら ランチ売り切れ
いい時間に入ったみたい
また来ましょう
こんどは お汁粉かな?
こうして無事初詣は終わり
さて帰りましょうこじんまりした浅草のカフェ by M-koku1さんごはん×カフェ madei グルメ・レストラン
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この旅行記へのコメント (6)
-
- yamayuri2001さん 2021/02/07 14:14:45
- 冷やかし”!って、そうだったのですね!
- Mさん、こんにちは。
また一ヶ月緊急事態宣言が延長されて、旅行は遠のきました。
山谷のドヤ街とか、吉原とか、何度も耳にした地名ですが
実際に訪問したことはありません。
両方とも、とっても怖い所だと思っていましたから・・・
でも、今は危険な場所ではなくなっていますね。
冷やかしの語源、初めて知りました。
和紙はその辺りで作っていたのでしょうか?
ちょっと悲しい語源です。
一つ賢くなりました。
それと、大根のスイーツが興味津々です。
ハチミツ大根アイス!食べてみたいです。
まだまだ、見所満載のお江戸ですね。
県を跨げるようになったら行ってみますね!
yamayuri2001
- M-koku1さん からの返信 2021/02/08 00:24:49
- Re: 冷やかし”!って、そうだったのですね!
- yamayuri2001さん
冷やかし については、重金先生の御本の受け売りです。
語源て面白いですよね。
趣味だった旅行が自由にいけなくなってからは、以前の趣味の読書に興味が移っています。
なかなか得るところも多いです。
高校の頃ボランティアで山谷の近くの教会にクリスマスの慰問に行きました。そこで聖歌を歌っていた私達とストリートダンスみたいなのを踊っていた地元の子供たちには、全く違う世界から来たぐらいの違和感があって、驚いたものですが、今では普通の下町に近づいている気がします。それでも歩く時は注意しています。
明日はまた寒くなるようです。
梅の花でも見に行きたいのですが。
ではまた
Mより
-
- jijidarumaさん 2021/01/30 01:23:17
- 山谷、吉原・・・
- M-koku1さん、
今晩は。武漢ウイルス禍ながら、お元気に散歩し、景観を楽しみ、
写真を撮り、美味しい食事を頂く毎日?、活動的なMさんには
いつもながら驚きです。
浅草、山谷、吉原、隅田川・・・と時代劇や小説の上だけで、
ほとんどその町を知らないですね。
何しろ自慢?すれば、あの高い東京スカイツリーにも行ったことが無い(苦笑)。
待乳山聖天も読み方知らずで、先の日記でも躓き、今回もさてと?
(まつちやましょうでん)とも称されるとWikiで確認するほど、
田舎者という事でしょうね。すぐまた忘れそうです。
それではまた。
jijidaruma
- M-koku1さん からの返信 2021/01/30 21:17:56
- RE: 山谷、吉原・・・
- > M-koku1さん、
> 今晩は。武漢ウイルス禍ながら、お元気に散歩し、景観を楽しみ、
> 写真を撮り、美味しい食事を頂く毎日?、活動的なMさんには
> いつもながら驚きです。
お医者様から勧められて なるべく散歩をしています。
寒くない日や 天気のいい日には 午後の夕飯の買い物と絡ませて
延々と歩くのが好きです。
そういう意味では いいところに住んでいると思っています。
>
> 浅草、山谷、吉原、隅田川・・・と時代劇や小説の上だけで、
> ほとんどその町を知らないですね。
それはもったいない!
時代小説を読んでいたりすると 本当に昔の江戸の街が今も残っていることに気づきます。
日本橋界隈も 面白いですし、
上野の界隈も 浅草ほどではありませんが 面白いです。
山谷は今まで歩いたことがなかったのですが
だんだん行くところが無くなってきたのと
ドヤ街から 外人あふれる下町に変わってきたので
ちょっと冒険を始めたところです。
5年位前までは まだひったくり事件もあったりして 要注意のエリアでした。
> 何しろ自慢?すれば、あの高い東京スカイツリーにも行ったことが無い(苦笑)。
おやおや そんなものかしら?
私も 一番上まで行ったのは たった一回です。
冬の晴れた日の夕方がおすすめです。
富士山がきれいに見えます。
> 待乳山聖天も読み方知らずで、先の日記でも躓き、今回もさてと?
> (まつちやましょうでん)とも称されるとWikiで確認するほど、
> 田舎者という事でしょうね。すぐまた忘れそうです。
> それではまた。
> jijidaruma
なるほど。
本文に読み仮名を入れておくことにします。
jijidarumaさんの青梅の旅行記 まだ最後まで読み終わっていません。
読み終わったら また感想を書いてみたいと思っています。
時代小説を読んでいると 青梅も時々出てきます。
昔から街道の重要な街だったようですね。
ではまた
Mより
-
- Decoさん 2021/01/28 19:23:30
- 今昔の対比
- こんばんは。山谷堀の今昔、興味深く拝見しました。
今は公園風になっていて、すっかりきれいになった山谷堀。スカイツリーも見えてかつての写真と比べて、時代の変化を感じます。でもよく見るとかつての面影も残っているように感じました。
私、隆慶一郎の『吉原御免状』という小説を読んだことがあって、吉原の跡や猪牙舟風の公園は興味深かったです。
そう言えば、「あしたのジョー」もこのあたりが舞台だったのですね。連載当時はまだ「山谷」の雰囲気が濃厚にあったのでしょうね。
旅行記を拝見して、いろんな意味で時代の移り変わりや対比を感じました。
- M-koku1さん からの返信 2021/01/28 21:10:38
- RE: 今昔の対比
- Decoさん
書き込みありがとうございました
たとえば新宿なんて 本当に昔の面影が無くなっちゃってますが
東京の下町には かろうじて江戸の名残り 明治の名残り 大正の名残り 昭和の名残りが見て取れる場合があります
もともと興味があったのですが、重金先生の日本語関する本や
池波正太郎さんの「東京の情景」などを読んだら、
自分の足で歩いてみたくなって 出かけました。
> 私、隆慶一郎の『吉原御免状』という小説を読んだことがあって、吉原の跡や猪牙舟風の公園は興味深かったです。
書評を読んでみたら 面白そうですね。
今読む予定の本が まだ7冊も順番待ちなのですが
8番目に入れてみます。
朝井まかての本も かなり面白いですよ。
どのくらい史実にのっとっているのかはわかりませんが
新吉原を一生懸命作り上げていった 女性主人公と歌舞伎役者などが織りなす
何とも壮大な物語でした。
> そう言えば、「あしたのジョー」もこのあたりが舞台だったのですね。連載当時はまだ「山谷」の雰囲気が濃厚にあったのでしょうね。
> 旅行記を拝見して、いろんな意味で時代の移り変わりや対比を感じました。
15年ぐらい前までは たぶんまだまだそんな雰囲気が残っていたと思います。
高校の恩師が ボランティアでお弁当を作りに行ってましたから。
いつもは あまり詳しいことを書かない主義なのですが
今回はついつい力が入ってしまいました。
Mより
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