1979/09/02 - 1979/09/05
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tadさん
古い写真をスキャンするシリーズの9回目(1979年ヴェネツィア篇)の次に、残していたフィレンツェ篇を挿入する。10回目の番号は別の旅行記になっているので、この旅行記は「古い写真をスキャン9B(フィレンツェ、1979年)」とする。2007年イタリア旅行記作成途中だが、急遽、この1979年篇を加えたい。
1979年8月29日にザルツブルク大学での40日間の滞在を終え、列車で、ヴェネツィアまで翌朝やってきた。初のヴェネツィア滞在で数泊したはずだ。その後、9月2日から二回目のフィレンツェ滞在の後、シンガポール経由で9月6日に帰国している。
フィレンツェは1975年1月に初の滞在
(https://4travel.jp/travelogue/11646325 旅行記あり)をしたのだが、その時の強烈な感激と思い出のため、4年後の1979年9月に再訪できたのは最高の幸運であった。フィレンツェは、私の特別な町になっていたからである。特にミケランジェロのピエタに感動した後で、あれこれとミケランジェロの本を勉強していたのだ。この時も、短い滞在ながら、フィレンツェでの時間は充実していた。
一枚目はメディチ家礼拝堂のミケランジェロ製作の「ロレンツォ・ディ・メディチの墓」だ。ここは、この時しか訪問していないが、たったこの一枚しかプリント写真は残されていない!
(2021年1月記す。)
- 旅行の満足度
- 5.0
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フィレンツェを見下ろすミケランジェロ広場に来る。
ミケランジェロ広場 広場・公園
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ミケランジェロ広場から
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ミケランジェロ広場から
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ミケランジェロ広場。
ダヴィデ像のコピーが置いてある。本物はアカデミア美術館にある。 -
ミケランジェロ広場から
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ミケランジェロ広場に行く途中だったと思う。この時はバスを使わないで、アルノ川から歩いて登った。
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ミケランジェロ広場に行く途中だったと思う
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シニョーリア広場
シニョリーア広場 広場・公園
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シニョーリア広場
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フィレンツェのドゥオーモ。1975年の初訪問でちゃんと撮影したし、ドゥオーモのてっぺんまで歩いて上がったので、今回は、隣のジョットの鐘塔に登った。
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ジョットの鐘塔
ジョットの鐘楼 建造物
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ジョットの鐘塔に登って撮影。
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ジョットの鐘塔から見たドゥオーモ。
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これはジョットの鐘塔の上から撮影したものだろう。。
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これはジョットの鐘塔の上から撮影したものだろう。。
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これはウフィツィ美術館内部の回廊から撮影。
ウフィツィ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ウフィツィ美術館の回廊。
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ウフィツィ美術館の回廊。
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ウフィツィ美術館にあるミケランジェロの聖家族。この絵の制作年代や解釈については、多くの研究があり、簡単に決着はついていないようだ。
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ウフィツィ美術館内で撮影。はっとして撮影した記憶があるが、誰の作かも確認していない。ただ、回廊を歩いていると、入口からこういう光景が見えた。
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これはティツィアーノのウルビーノのビーナス。
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ウフィツィ美術館の回廊から撮影。
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アカデミア美術館。
ミケランジェロのダヴィデ像。26から29才のころ製作とされる。
高さ4.3mの大理石の彫刻。絵画やブロンズ像のようにはやり直しが不可能な
石像彫刻の厳しさはいかほどだろうか。。。
カッラーラの大理石の切り出しの現場を知っているミケランジェロには、
この大きさの一個の巨大な石に、像の完成した姿が彫る前に出来上がっていたようだ。
石の中に潜んでいるダヴィデを彫りだしてやるという行為なのだろう。 -
アカデミア美術館。
ミケランジェロのダヴィデ像 -
アカデミア美術館。
ミケランジェロの未完成の「パレストリーナのピエタ」。
アカデミア美術館。
ヴァチカンのサンピエトロ寺院にある若きミケランジェロの傑作であるピエタ。次のフィレンツェのピエタは78才まで彫っていた未完成のピエタ。それのこのパレストリーナのピエタ。さらに死ぬまで手元に置いて彫り続けていたミラノのロンダニーニのピエタ。以上の4点のピエタが知られているが、これは、唯一、実は贋作である可能性もあるとされる未完成作だ。 -
たった一枚しか写真が残っていないが、この時、メディチ家礼拝堂に入場した。ザルツブルク大学での長期滞在で、使用フィルムが増えすぎて、撮影を抑えざるを得なかった。
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メディチ家礼拝堂のドーム。
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サンタクローチェ聖堂にあるミケランジェロの墓
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サンタクローチェ聖堂にあるロッシーニの墓
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サンタクローチェ聖堂にあるケルビーニの墓。ベートーヴェンにも影響を与えた作曲家。ウィーンのムジークフェラインで、「交響曲ニ長調」(ド・ヴィリー指揮
ウィーン交響楽団)を聞いたことがあるが、素晴らしかった。
イタリアは美術だけでなく、実はヨーロッパ音楽の元祖のような場所だ。モンテヴェルディらの音楽はヨーロッパ各地から学びに来ていた。今も、実はステレオで、ヘンデルのディキシト・ドミヌス(ガーディナー指揮の名演)を聞いていたが、ドイツの田舎からローマに二十歳頃来て、三年半もイタリア音楽を学んでいた。一気に成長し、国際的な活躍をするようになった。モーツァルトもそうだろう。別の分野ではデューラーやゲーテもそうだ。フランスの美術家、音楽家も勿論そうだった。優秀な若者はイタリア留学に送られたのだ。天才的な芸術家たちの作品が、どれだけの財宝になるかは、国を統率するリーダー達はよく理解していた。例えばミケランジェロのデッサン一枚がどれだけの価値を生むかは信じがたいほどだ。 -
サンタクローチェ聖堂
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ボーボリ庭園
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ピッティ宮殿
ラファエロの名作などがある。内部にも入っているが写真はなし。 -
ピッティ宮殿
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ボーボリ庭園から撮影
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サンマルコ修道院
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サンマルコ修道院
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サンタ・マリア・デル・カルミネ教会
Chiesa di Santa Maria del Carmine
この一枚しか写真が残されていない。これはマゾリーノのアダムとイブの絵。この教会には、マザッチョの楽園追放もある。2011年に再訪したが、一部工事中で撮影できなかった。 -
フィレンツェから列車でローマに移動中の車窓の景色。ブドウ園が目立った。
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ローマの共和国広場
この時の唯一のローマの写真。
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この旅行記へのコメント (2)
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- shinvdgさん 2021/01/29 19:44:05
- パレストリーナのピエタ
- アカデミア美術館のミケランジェロの未完成の「パレストリーナのピエタ」。これは、しっかり認識していませんでした。また、フィレンツェに戻る重大な理由を見つけました。
- tadさん からの返信 2021/01/29 20:57:38
- RE: パレストリーナのピエタ
- > アカデミア美術館のミケランジェロの未完成の「パレストリーナのピエタ」。これは、しっかり認識していませんでした。また、フィレンツェに戻る重大な理由を見つけました。
説明でも書いていますが、このピエタは贋作の可能性も論じられており、もう一度本物を見てみたい気もします。機会があれば、行ってみてください。
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