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前回までの「初のヨーロッパ」は1974年12月19日からスタートしたが、ウィーンでのクリスマスと正月を楽しんで、元旦の夜遅く国際特急列車「ロムルス号」で、イタリアのフィレンツェに向かった。ユーレイルパス一等車のチケットは有難い。当時は予約なしで、乗りたい列車に飛び乗り、一等車だと向かい合わせの席どうしを引き出せば、平なベッド状になり、背もたれを外して枕にして、そのまま眠れた。サイズはゆったりしていた。まだ28才の時だから、列車から朝降りるとそのまま宿に荷物を置いて、見物に出かけるのであった。ただ、フィレンツェとローマで、ホテルにも3泊したのだが、場所などは思い出せない。その後は、ローマから夜行列車で一気にスイスとドイツを回り、日本へのフライト前日にまたローマまで戻って、そこからJALのチャーター機でアンカレジ経由で帰国した。     <br /><br />今回はパリとウィーンの後のイタリア滞在のプリント写真だけを出す。写真はどれも色あせが激しいので、パソコンの編集ソフトで、色彩調整などをした。このデジタル修正版で多少はよみがえったが、それにしてもプリント写真の生命は短い!書籍印刷の技術と比べてインク等の技術が酷す<br />ぎる!書籍はもっと古い50年以上前の美術全集でもはるかに質が高い!<br />一枚目の写真はフィレンツェの大聖堂で衝撃的な感動を与えられたのは、当時はその聖堂内に置いてあったミケランジェロの晩年作のピエタだ。これから後、美術界の最高峰は、ミケランジェロだと確信している。彼の作品のある場所は大体見て回ったし、関連本もかなり読んだ。私にとって音楽のベートーヴェン、文学のシェークスピアと並ぶ巨峰だ。このミケランジェロのピエタは自分の墓に使用したいと思っていたという説があるが、はっきりしない。88才で亡くなる(1475-1564)が、その前、80才ごろまでの作とされる。<br /><br />イタリアのすばらしさの象徴は私にはミケランジェロと最高のキャンティ・ワインだ。<br />(2020年9月16日記す。)  <br />

1975年初のヨーロッパ4(フィレンツェとローマとミケランジェロと赤ワイン)

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1975/01/02 - 1975/01/05

296位(同エリア3876件中)

2

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tad

tadさん

前回までの「初のヨーロッパ」は1974年12月19日からスタートしたが、ウィーンでのクリスマスと正月を楽しんで、元旦の夜遅く国際特急列車「ロムルス号」で、イタリアのフィレンツェに向かった。ユーレイルパス一等車のチケットは有難い。当時は予約なしで、乗りたい列車に飛び乗り、一等車だと向かい合わせの席どうしを引き出せば、平なベッド状になり、背もたれを外して枕にして、そのまま眠れた。サイズはゆったりしていた。まだ28才の時だから、列車から朝降りるとそのまま宿に荷物を置いて、見物に出かけるのであった。ただ、フィレンツェとローマで、ホテルにも3泊したのだが、場所などは思い出せない。その後は、ローマから夜行列車で一気にスイスとドイツを回り、日本へのフライト前日にまたローマまで戻って、そこからJALのチャーター機でアンカレジ経由で帰国した。

今回はパリとウィーンの後のイタリア滞在のプリント写真だけを出す。写真はどれも色あせが激しいので、パソコンの編集ソフトで、色彩調整などをした。このデジタル修正版で多少はよみがえったが、それにしてもプリント写真の生命は短い!書籍印刷の技術と比べてインク等の技術が酷す
ぎる!書籍はもっと古い50年以上前の美術全集でもはるかに質が高い!
一枚目の写真はフィレンツェの大聖堂で衝撃的な感動を与えられたのは、当時はその聖堂内に置いてあったミケランジェロの晩年作のピエタだ。これから後、美術界の最高峰は、ミケランジェロだと確信している。彼の作品のある場所は大体見て回ったし、関連本もかなり読んだ。私にとって音楽のベートーヴェン、文学のシェークスピアと並ぶ巨峰だ。このミケランジェロのピエタは自分の墓に使用したいと思っていたという説があるが、はっきりしない。88才で亡くなる(1475-1564)が、その前、80才ごろまでの作とされる。

イタリアのすばらしさの象徴は私にはミケランジェロと最高のキャンティ・ワインだ。
(2020年9月16日記す。)  

旅行の満足度
5.0
  • 私がもっとも好きな教会建築。<br /><br />サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(フィレンツェ)<br />Cattedrale di Santa Maria del Fiore

    私がもっとも好きな教会建築。

    サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(フィレンツェ)
    Cattedrale di Santa Maria del Fiore

    ドゥオーモ (フィレンツェ) 寺院・教会

  • サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂<br />Cattedrale di Santa Maria del Fiore<br /><br />ドームの上に登って撮影。1975年1月2日午前中。

    サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
    Cattedrale di Santa Maria del Fiore

    ドームの上に登って撮影。1975年1月2日午前中。

  • サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂<br />Cattedrale di Santa Maria del Fiore<br /><br />ドームの上に登って撮影。1975年1月2日午前中。

    サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
    Cattedrale di Santa Maria del Fiore

    ドームの上に登って撮影。1975年1月2日午前中。

  • サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂<br />Cattedrale di Santa Maria del Fiore<br /><br />ドームの上に登る階段の途中で穴があり、下を恐る恐る見ながら撮影<br /><br />イタリアン・ルネサンス文化の咲き乱れるフィレンツェだが、その先駆け的作品で、圧倒的。ごてごてした北方のゴシック建築もいいが、こちらは、1200年代の建築だが、その後のルネサンス文化に繋がっている。

    サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
    Cattedrale di Santa Maria del Fiore

    ドームの上に登る階段の途中で穴があり、下を恐る恐る見ながら撮影

    イタリアン・ルネサンス文化の咲き乱れるフィレンツェだが、その先駆け的作品で、圧倒的。ごてごてした北方のゴシック建築もいいが、こちらは、1200年代の建築だが、その後のルネサンス文化に繋がっている。

  • 外からの眺めは圧巻。飽きることがない。手前は洗礼堂。<br />この後、二回目に来た時はジョットの鐘楼のほうに上がった。<br />色違いの大理石を組み合わせた外壁の見事さはその後のヨーロッパ文化でも凌駕するものはないとさえ思う。ギリシャ文化も伝わり、古代ローマが栄えたイタリア半島の分厚い伝統があって、このようなフィレンツェ文化も花開いたのだろう。この街でミケランジェロだけでなく、ジョット、ブルネレスキ、ダンテ、ボッティチェリ、ラファエロ、ダ・ヴィンチなどが集中的に活躍した!ヨーロッパの中でも抜きんでている場所なのだ。<br /><br />この街には合計4回来ているが、11日間滞在した3回目は幸せな時間だった。ウィーンとロンドン以外で、また行けるなら、やはりこの街を私は選ぶ!

    外からの眺めは圧巻。飽きることがない。手前は洗礼堂。
    この後、二回目に来た時はジョットの鐘楼のほうに上がった。
    色違いの大理石を組み合わせた外壁の見事さはその後のヨーロッパ文化でも凌駕するものはないとさえ思う。ギリシャ文化も伝わり、古代ローマが栄えたイタリア半島の分厚い伝統があって、このようなフィレンツェ文化も花開いたのだろう。この街でミケランジェロだけでなく、ジョット、ブルネレスキ、ダンテ、ボッティチェリ、ラファエロ、ダ・ヴィンチなどが集中的に活躍した!ヨーロッパの中でも抜きんでている場所なのだ。

    この街には合計4回来ているが、11日間滞在した3回目は幸せな時間だった。ウィーンとロンドン以外で、また行けるなら、やはりこの街を私は選ぶ!

  • シニョリーア広場<br />Piazza della Signoria<br /><br />ヴェッキオ宮殿<br />Palazzo Vecchio

    シニョリーア広場
    Piazza della Signoria

    ヴェッキオ宮殿
    Palazzo Vecchio

  • シニョリーア広場<br />Piazza della Signoria<br /><br />ミケランジェロのダビデ像。29才の時の作。これは複製だが、次に来た時にアカデミア美術館で本物を見た。

    シニョリーア広場
    Piazza della Signoria

    ミケランジェロのダビデ像。29才の時の作。これは複製だが、次に来た時にアカデミア美術館で本物を見た。

  • ロッシ作のハーキュリーズ。<br />ヴェッキオ宮殿内にある。

    ロッシ作のハーキュリーズ。
    ヴェッキオ宮殿内にある。

    ヴェッキオ宮殿 城・宮殿

  • Piazzale degli Uffizi,<br />ウフィッツィ広場<br /><br />この美術館は予約なしでは入れなくなった。

    Piazzale degli Uffizi,
    ウフィッツィ広場

    この美術館は予約なしでは入れなくなった。

  • ヴェッキオ橋<br />Ponte Vecchio

    ヴェッキオ橋
    Ponte Vecchio

    ヴェッキオ橋 建造物

  • ボーボリ庭園<br />Giardino di Boboli<br /><br />Pitti宮殿の後ろにある。

    ボーボリ庭園
    Giardino di Boboli

    Pitti宮殿の後ろにある。

    ボーボリ庭園 広場・公園

  • ここから、ローマに移動。<br /><br />サン・ピエトロ寺院<br />Basilica di San Pietro<br /><br />このサンピエトロ寺院の設計を任されたのも晩年のミケランジェロであった。ミケランジェロ存命中には完成していないが、基本的には、先に出されたラファエロのものではなく、結局ミケランジェロの設計が活かされたようである。昔の文献では大円蓋の設計だけをまかされたような記述が目立っていたが、ウィキペディアで見ると、建物全体についても、ミケランジェロの設計のほうが完成時には活かされているようだ。しかもこの仕事は無償奉仕であった。<br /><br />この一回目のローマ訪問では時間がなかったが、二回目以降に見たものでは、メディチ家礼拝堂の墓碑とサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂のモーゼ像は見のがせない。

    ここから、ローマに移動。

    サン・ピエトロ寺院
    Basilica di San Pietro

    このサンピエトロ寺院の設計を任されたのも晩年のミケランジェロであった。ミケランジェロ存命中には完成していないが、基本的には、先に出されたラファエロのものではなく、結局ミケランジェロの設計が活かされたようである。昔の文献では大円蓋の設計だけをまかされたような記述が目立っていたが、ウィキペディアで見ると、建物全体についても、ミケランジェロの設計のほうが完成時には活かされているようだ。しかもこの仕事は無償奉仕であった。

    この一回目のローマ訪問では時間がなかったが、二回目以降に見たものでは、メディチ家礼拝堂の墓碑とサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂のモーゼ像は見のがせない。

  • サン・ピエトロ寺院<br />Basilica di San Pietro

    サン・ピエトロ寺院
    Basilica di San Pietro

  • サン・ピエトロ寺院<br />Basilica di San Pietro<br /><br />ミケランジェロがデザインしたスイス兵。ヴァチカンの番人。

    サン・ピエトロ寺院
    Basilica di San Pietro

    ミケランジェロがデザインしたスイス兵。ヴァチカンの番人。

  • サン・ピエトロ寺院<br />Basilica di San Pietro<br /><br />内部にあるミケランジェロの若き傑作、ピエタ。<br />1475年生まれだが、この作品は23才から24才にかけてのもの。<br />なお、ミケランジェロは1564年に死んだが、なんとシェークスピアが生まれた年でもある。おかげで、ちゃんと記憶できている。<br />

    サン・ピエトロ寺院
    Basilica di San Pietro

    内部にあるミケランジェロの若き傑作、ピエタ。
    1475年生まれだが、この作品は23才から24才にかけてのもの。
    なお、ミケランジェロは1564年に死んだが、なんとシェークスピアが生まれた年でもある。おかげで、ちゃんと記憶できている。

  • システィーナ礼拝堂<br />Cappella Sistina<br /><br />ミケランジェロが33才から38才まで5年くらいかけて製作した旧約聖書を題材とした天井画。確か面積が500平米くらいだと記憶している。今はここでは写真撮影禁止のはずだ。この後で来た時は、人が増えて、みんなが撮影しているので、係員がさかんに大声で注意していた。<br /><br />私がこの写真を撮影した1975年はアジア人はまだまれで、カメラも床に置いて、レリーズで、スローシャッター撮影したのを覚えている。三脚は使用しなかったと思う。。細かく撮影する必要はなかった。なにしろ、美術本も持っていたし、現地でも詳しい写真つきの本も購入した。今はキンドルでもいい写真本が利用できる。印刷本よりもデジタル版のほうが拡大したりが自由なので、精密に鑑賞したい人にはお勧め。実際に現地で見るよりも精密に見える。

    システィーナ礼拝堂
    Cappella Sistina

    ミケランジェロが33才から38才まで5年くらいかけて製作した旧約聖書を題材とした天井画。確か面積が500平米くらいだと記憶している。今はここでは写真撮影禁止のはずだ。この後で来た時は、人が増えて、みんなが撮影しているので、係員がさかんに大声で注意していた。

    私がこの写真を撮影した1975年はアジア人はまだまれで、カメラも床に置いて、レリーズで、スローシャッター撮影したのを覚えている。三脚は使用しなかったと思う。。細かく撮影する必要はなかった。なにしろ、美術本も持っていたし、現地でも詳しい写真つきの本も購入した。今はキンドルでもいい写真本が利用できる。印刷本よりもデジタル版のほうが拡大したりが自由なので、精密に鑑賞したい人にはお勧め。実際に現地で見るよりも精密に見える。

    バチカン美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • システィーナ礼拝堂<br />Cappella Sistina<br /><br />正面の壁画はミケランジェロ、61才から66才にかけての作。新約聖書のキリストが中央にいる壁画だ。約200平米の大きさの壁画。<br /><br />天井画も正面壁画も雑用には助手を使ったが、絵そのものを描かせてはいないとされる。<br /><br />なお、ミラノのロンダニーニのピエタは76才から死ぬ88才まで掘り続けていた未完成作だ。

    システィーナ礼拝堂
    Cappella Sistina

    正面の壁画はミケランジェロ、61才から66才にかけての作。新約聖書のキリストが中央にいる壁画だ。約200平米の大きさの壁画。

    天井画も正面壁画も雑用には助手を使ったが、絵そのものを描かせてはいないとされる。

    なお、ミラノのロンダニーニのピエタは76才から死ぬ88才まで掘り続けていた未完成作だ。

  • ラファエロのアテネの学堂。

    ラファエロのアテネの学堂。

  • ラファエロのアテネの学堂。<br />ソクラテスとプラトンを描いている。

    ラファエロのアテネの学堂。
    ソクラテスとプラトンを描いている。

  • トレビの泉<br />Fontana di Trevi

    トレビの泉
    Fontana di Trevi

    トレヴィの泉 建造物

  • スペイン広場<br />Scalinata di Trinità dei Monti

    スペイン広場
    Scalinata di Trinità dei Monti

    スペイン広場 広場・公園

  • スペイン広場<br />Scalinata di Trinità dei Monti<br />この階段をあがったところに見える景色。

    スペイン広場
    Scalinata di Trinità dei Monti
    この階段をあがったところに見える景色。

  • 確かスペイン広場近辺で、このクリスマス・パジェントを出していた。生誕の場面を表す飾りつけだ。

    確かスペイン広場近辺で、このクリスマス・パジェントを出していた。生誕の場面を表す飾りつけだ。

  • サンタンジェロ城<br />Castel Sant&#39;Angelo

    サンタンジェロ城
    Castel Sant'Angelo

    サンタンジェロ城 城・宮殿

  • サンタンジェロ城<br />Castel Sant&#39;Angelo

    サンタンジェロ城
    Castel Sant'Angelo

  • サンタンジェロ橋<br />Ponte Sant&#39;Angelo

    サンタンジェロ橋
    Ponte Sant'Angelo

  • サンタンジェロ橋<br />Ponte Sant&#39;Angelo<br /><br />このテベレ川の橋の下からサンピエトロ寺院が見える。

    サンタンジェロ橋
    Ponte Sant'Angelo

    このテベレ川の橋の下からサンピエトロ寺院が見える。

  • ポポロ広場<br />Piazza del Popolo

    ポポロ広場
    Piazza del Popolo

    ポポロ広場 (ローマ) 広場・公園

  • サンタ・マリーア・マッジョーレ教会<br />Basilica Papale di Santa Maria Maggiore<br /><br />ここの正面壁のモザイクはすばらしい。

    サンタ・マリーア・マッジョーレ教会
    Basilica Papale di Santa Maria Maggiore

    ここの正面壁のモザイクはすばらしい。

  • カフェ・グレコ<br />Antico Caffè Greco<br /><br />ここはジェラートが美味しかった。

    カフェ・グレコ
    Antico Caffè Greco

    ここはジェラートが美味しかった。

  • ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂<br />Altare della Patria<br /><br />向こうに見える。

    ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂
    Altare della Patria

    向こうに見える。

  • ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂<br />Altare della Patria

    ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂
    Altare della Patria

  • フォロ・ロマーノ<br />Foro Romano

    フォロ・ロマーノ
    Foro Romano

    フォロ ロマーノ 建造物

  • フォロ・ロマーノ<br />Foro Romano

    フォロ・ロマーノ
    Foro Romano

  • フォロ・ロマーノ<br />Foro Romano

    フォロ・ロマーノ
    Foro Romano

  • トラヤヌスの市場<br />Mercati di Traiano

    トラヤヌスの市場
    Mercati di Traiano

    トラヤヌスのマーケット 史跡・遺跡

  • トラヤヌスの市場<br />Mercati di Traiano<br /><br />紀元前100年頃の市場

    トラヤヌスの市場
    Mercati di Traiano

    紀元前100年頃の市場

  • コロッセオ<br />Colosseo

    コロッセオ
    Colosseo

  • コロッセオ<br />Colosseo<br />西暦80年に完成。当時は天井も一部あったようだ。周囲には大理石の像が無数に飾られていたようだが、大理石の壁とともにはぎとられている。やく5万人収容だった。プロ野球用のドームを考えればいいのか。。

    コロッセオ
    Colosseo
    西暦80年に完成。当時は天井も一部あったようだ。周囲には大理石の像が無数に飾られていたようだが、大理石の壁とともにはぎとられている。やく5万人収容だった。プロ野球用のドームを考えればいいのか。。

    コロッセオ 建造物

  • コロッセオ<br />Colosseo

    コロッセオ
    Colosseo

  • コンスタンティヌスの凱旋門<br />Arco di Costantino<br /><br />1700年前ごろの建築。新しいほうだ。

    コンスタンティヌスの凱旋門
    Arco di Costantino

    1700年前ごろの建築。新しいほうだ。

    コンスタンティヌスの凱旋門 建造物

  • トラヤヌスの記念柱<br />Colonna Traiana<br /><br />この柱にダキア戦争の浮彫。<br /><br />ローマの最終日は、ローマ歌劇場で、モダン・バレーを見た。作曲家はルチアーノ・ベリオという有名な人で、電子音楽によるバレー「ペトラルカの勝利」という新作品の初演。オペラ・ハウスの中にスピーカーがあちこち置かれて、前衛的な電子音楽がながれ、バレーも超モダンな演出だった。パンフレットは残っている。そこへの書き込みを見ると、古代ローマの遺跡フォロ・ロマーノを歩き回った後、午後4時から超モダンなバレーを見たのは強烈だったと。。これは1月5日とあるから、その後、夕食をすませて、夜行列車に乗り、一気にスイスのヴィスプまで行ったのだろう。

    トラヤヌスの記念柱
    Colonna Traiana

    この柱にダキア戦争の浮彫。

    ローマの最終日は、ローマ歌劇場で、モダン・バレーを見た。作曲家はルチアーノ・ベリオという有名な人で、電子音楽によるバレー「ペトラルカの勝利」という新作品の初演。オペラ・ハウスの中にスピーカーがあちこち置かれて、前衛的な電子音楽がながれ、バレーも超モダンな演出だった。パンフレットは残っている。そこへの書き込みを見ると、古代ローマの遺跡フォロ・ロマーノを歩き回った後、午後4時から超モダンなバレーを見たのは強烈だったと。。これは1月5日とあるから、その後、夕食をすませて、夜行列車に乗り、一気にスイスのヴィスプまで行ったのだろう。

    トラヤヌスの記念柱 史跡・遺跡

  • ローマからスイスに行く夜行列車内で、同じコンパートメントに座った可愛い子供たち。この時は珍しく一等車が込み合った。独占できることもあったが。。夜食に子供たちはピッツァを食べている姿を覚えている。まだ日本ではそれほどイタリアン・レストランも普及していなかったころのことだ。(日本ではケチャップをまぶしてナポリタンとかの時代??)そういえば、フィレンツェで食べたでかいT-bone steak、それにキャンティの赤ワインは美味かった。イタリアのジェラートがやたら大きいのも記憶している。このころには、もう完全に赤ワインに嵌っていた!<br /><br />私が本当にワイン・マニアの世界に入り込んだ旅でもあった。ワインと食事はやはりフランスとイタリアを経験しないとそのすごさは理解できない。ドイツ、スイス、オーストリアはその点、白ワインやビール中心だったので、肉料理には物足りない。どうしても、本格的肉料理を美味しく食べるにはフランス、イタリア、スペインなどの本格的赤ワインが必要だとわかった。これらの赤ワインの美味しい国は白ワインもコクのあるものが多く、魚介類にも合わせられるのだ。気候の寒い北部ヨーロッパは私には食事の時、おいしい赤ワインがないので盛り上がらなかった。勿論EUになってからは、北部でも赤ワインが安く輸入されて、自由に飲めるようになった。EU加入の最高のメリットはまともな赤ワインが北ヨーロッパでも普通に飲めるようになったことだろう。グルメ・タイプの人はだいたいそう言う。そもそもレストランでは赤ワイン抜きで肉類の食事する人は殆どいないといっていい。これは、私もその後、結婚後もその方針は続けてきた。(2年前に抗がん剤治療を開始して以来、その決まりは守られていないが、そういう治療ではない時は夕食では一杯は必ずワインを飲んでいる。どんな薬より気合が入る!)初のイタリア旅行の頃はまだまったく知らなかったが、今思うと、イタリア・ワインのベストの記憶は、Sassicaia, Ornellaia、Tignanelloという赤ワインだ。どれも、ボルドーの特級品と並べても一歩も引かない。。FirenzeのAntinoriの直営レストランでは最高の記憶がある。

    ローマからスイスに行く夜行列車内で、同じコンパートメントに座った可愛い子供たち。この時は珍しく一等車が込み合った。独占できることもあったが。。夜食に子供たちはピッツァを食べている姿を覚えている。まだ日本ではそれほどイタリアン・レストランも普及していなかったころのことだ。(日本ではケチャップをまぶしてナポリタンとかの時代??)そういえば、フィレンツェで食べたでかいT-bone steak、それにキャンティの赤ワインは美味かった。イタリアのジェラートがやたら大きいのも記憶している。このころには、もう完全に赤ワインに嵌っていた!

    私が本当にワイン・マニアの世界に入り込んだ旅でもあった。ワインと食事はやはりフランスとイタリアを経験しないとそのすごさは理解できない。ドイツ、スイス、オーストリアはその点、白ワインやビール中心だったので、肉料理には物足りない。どうしても、本格的肉料理を美味しく食べるにはフランス、イタリア、スペインなどの本格的赤ワインが必要だとわかった。これらの赤ワインの美味しい国は白ワインもコクのあるものが多く、魚介類にも合わせられるのだ。気候の寒い北部ヨーロッパは私には食事の時、おいしい赤ワインがないので盛り上がらなかった。勿論EUになってからは、北部でも赤ワインが安く輸入されて、自由に飲めるようになった。EU加入の最高のメリットはまともな赤ワインが北ヨーロッパでも普通に飲めるようになったことだろう。グルメ・タイプの人はだいたいそう言う。そもそもレストランでは赤ワイン抜きで肉類の食事する人は殆どいないといっていい。これは、私もその後、結婚後もその方針は続けてきた。(2年前に抗がん剤治療を開始して以来、その決まりは守られていないが、そういう治療ではない時は夕食では一杯は必ずワインを飲んでいる。どんな薬より気合が入る!)初のイタリア旅行の頃はまだまったく知らなかったが、今思うと、イタリア・ワインのベストの記憶は、Sassicaia, Ornellaia、Tignanelloという赤ワインだ。どれも、ボルドーの特級品と並べても一歩も引かない。。FirenzeのAntinoriの直営レストランでは最高の記憶がある。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • shinvdgさん 2021/01/29 19:37:14
    三種の神器
    「フィレンツェで食べたでかいT-bone steak、それにキャンティの赤ワイン、ジェラートがやたら大きい」。まさにイタリアを語る上での三種の神器。今も昔も、これ以上優れた味覚の経験は、存在しなさそうです。

    tad

    tadさん からの返信 2021/01/29 20:55:11
    RE: 三種の神器
    > 「フィレンツェで食べたでかいT-bone steak、それにキャンティの赤ワイン、ジェラートがやたら大きい」。まさにイタリアを語る上での三種の神器。今も昔も、これ以上優れた味覚の経験は、存在しなさそうです。

    イタリアでの一番のグルメの思い出は未だに、この素朴な組み合わせですね。このT-bone steakとキャンティ赤ワインの前に前菜のバジリコのきいたスパゲッティも美味しかった思い出がります。多分、初めてのまともなスパゲッティだったかもしれません。

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