2018/05/23 - 2018/05/23
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frau.himmelさん
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ナッシュマルクトで朝食を摂り、ホーフブルクへやってきました。
目的はアウグスティナー教会で安置されているハプスブルク家歴代の心臓を見学することと、世界で一番美しいと言われている国立図書館のプルンクザールを見ることでした。
心臓安置所は私の情報収集不足のため、あえなく沈没。
しかし、世界一美しい図書館ってどんなもの?
余り期待しないで興味優先で訪れた図書館の、あの目が醒めるような豪華絢爛な広間と、美しく並べられた膨大な数の蔵書には感激しました。
そして、ここにもナチスのアンシュルスによる暗い時代がありました。
2018年、ウィーン国立図書館は、開館650年と言うことで、通常は見ることができない貴重な資料を見ることができました。
例によって、私の拙い研究発表です。間違い・勘違いなどありましたら、ご指摘くださるとうれしいです。
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アウクスティーナ教会を出て、再びヨーゼフ広場へ出ます。
ヨーゼフ2世の騎馬像の後ろにある豪華なバロック様式の国立図書館へ行くのです。
ところでヨーゼフ2世 (1741-1790) はマリアテレジアの息子です。
父フランツ1世の死後、母マリアテレジアとともに共同統治を行った神聖ローマ皇帝です。 -
さて、世界一美しい図書館と言われるオーストリア国立図書館、どんなに美しいのでしょう?
入り口を入って、優雅な階段を登って登って登って・・・ -
やっとこの重厚な扉が現れました。
そしてその扉をくぐると・・・。 -
中は目も醒めるような豪華絢爛な大広間、プルンクザールが現れます。
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「プルンクザール」とは「豪華な広間」の意味。
大広間は奥行約80メートル、高さ20メートル、世界で最も美しいバロック様式の図書館です。 -
この豪華な図書館は、マリアテレジアの父カール6世によって造られました。
この像がカール6世、広間の中央に威厳をもって立っています。 -
カール6世は、歴代の皇帝や領主が収集してバラバラになっていた蔵書を1か所にまとめるために、有名な建築家フィッシャー・フォン・エルラッハ父子に図書館を造らせました。
これが完成したのは1735年。
中央の像はカール6世の後姿です。 -
また、天井のフレスコ画は、宮廷画家ダニエル・グラン作です。
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広い豪華な大広間の壁には、美しく並べられている膨大な蔵書の数々。
このプルンクザールには、ハプスブルク家代々の皇帝や領主の蔵書20万冊が集められています。 -
その歴史は古く、アルブレヒト3世の時代まで遡ります。
しかし主が収集した蔵書も、当時は城や修道院の一部に設けられた図書室に置かれていただけなので、保存状態も悪かったそうです。
そこで、カール6世によって、この宮廷図書館に集められることになったのです。 -
カール6世が宮廷図書館を造るきっかけがもう一つありました。
ハプスブルク家に軍人として終世仕えたプリンツ・オイゲン公が収集した15,000冊の蔵書がハプスブルク家に譲られたことです。
ご存じのようにあのベルヴェデーレ宮殿の絵画のコレクションでもわかるように、オイゲン公は絵画や書籍などの収集家としても有名でした。
彼は子を残さなかったので、彼のコレクションはハプスブルク家の所有になりました。 -
それにしても膨大な蔵書の数ですね~。天井までビッシリ。
上の本を取るには高いハシゴを使うようです。
I女史が深いため息をつきました。
「これだけ本、『虫干し』が大変でしょうね~~。」(笑)
I女史の亡くなられたご主人が蒐集された蔵書が、まるまる一部屋を占領しているそうで、なかなか整理ができないとのこと。
I女史の切実な実感のこもった声でした。 -
それではカール6世はじめ、歴代の皇帝によって収集されたプルンクザールの貴重なコレクションの数々を歴史を考えながら見ていきましょう。
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その前に、これは入り口でいただいた国立図書館のパンフレットです。
これを見ると、今年2018年は図書館ができて650年の記念の年にあたるようです。
でもカール6世がエルラッハに図書館を造らせたのは1735年。
まだ300年にもなりませんよね? -
1368年、ハプスブルク帝国のアルブレヒト3世が、ヨハネス・フォン・トロッパウに委託した黄金の豪華な福音書が完成しました。
これがオーストリア国立図書館の元年とされています。
この豪華なトロッパウの聖書は650年に亘りオーストリアの歴史と文化を見続けてきたのです。凄いお宝です。 -
中には、鮮やかな色彩で聖書の物語が描かれています。
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私たちが見ることができるのは、ケースの中でしっかりガードされたものだけです。
この中には世界遺産級のものもありますので、本を開けることはおろか、触ることも許されません。
ケースにないものは写真付プレートの説明があります。それを参考に見て周ります。 -
2019年に没後500年を迎えたハプスブルク家のマキシミリアン1世(1459-1519)は、芸術にも大変造詣が深く、多くのものを集めました。
また彼の二度の結婚で、妻の持参金の中にフランスとイタリアの貴重な書籍も入っており、彼の収集に大きく貢献しました。 -
マクシミリアン1世の教科書(?)とマクシミリアン1世
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鮮やかな書籍
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詩人コンラッド・セルティスと画家アルブレヒト・デューラーによって作成された、マクシミリアン1世の自伝的出版物「Amores」1502
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マキシミリアン1世とマリーの幸せな結婚生活。
テキストを見ながら勉強しているマクシミリアンとマリー、
自伝的出版「Weißkunig」より。 -
ドイツのアウクスブルクの豪商フッガー家はマキシミリアン1世のパトロンでした。
フッガー家は銀の採掘権を与えられ、その莫大な収益をマキシミリアン1世などハプスブルク家の神聖ローマ皇帝の選挙資金などを援助しました。
またその潤沢な資金をマクシミリアン1世は惜しみなく芸術の収集につぎ込みました。
この百合の紋章はフッガー家がハプスブルク家神聖ローマ皇帝より授与されたもの。 -
しかし、時は移り、栄華を誇ったフッガー家にも衰退の陰りが見え始めました。
鉱山の経営が悪化し、貸し付けたスペイン王室やフランス王室からの支払い停止にあい、ついに解散せざるを得ませんでした。
フッガー家が収集した15,000冊という膨大なコレクションも、今で言う競売にかけられます。 -
ハプスブルク家のフェルディナント3世はこの機会を逃しませんでした。
わずか15,000ギルダーでそれらを取得しました。
それらの中には、貴重な書籍や有名なフッガー新聞なども含まれます。
こうしてハプスブルク家の所蔵品はますます充実していきます。 -
インスブルックと言えば、ハプスブルク帝国が影の首都として王宮を置いたところ。
その近郊のアンブラス城にも多くの収集品が置かれていました。
またアンブラス城と言ったら、フッガー家と肩を並べていたアウクスブルクの豪商ヴェルザー家のフリピーネと城主フェルディナンド2世の身分違いの結婚のことが思い出されます。
旅行記にまとめています。
https://4travel.jp/travelogue/11076358
写真はアンブラス城に残されていた当時の旅日記(?)
ペーター・ランベック1665年 -
アンブラス(城)での、二人の騎士。
英雄物語?。
当時からヒーローものって読まれていたのですね。 -
プルンクザールの真ん中に飾られているコロネリの大きな地球儀。
大変重要なものでしたが、まともに写真に撮っておりませんでした。
イタリア生まれのヴィンツェンツォ・コロネリ(1650-1718)は、地図や地球儀製作者でした。
1717年にカール6世にウィーンに呼ばれ、宮廷お抱え地球儀製作者となりました。 -
プルンクザールには、コロネリの地球儀は4個あります。
別室の「地球儀博物館」にはたくさん展示してあるようです。 -
コロネリの地球儀の説明
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古い地図が展示してありました。
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1513年に出版されたヴァルトゼーミューラーの地図。
ルネッサンス様式。
図書館のネット写真を借りました。 -
1662年から1678年にかけてオランダのアムステルダムで作成された世界地図。
地図の空いている四方に絵画を描いた装飾性の強い地図です。
1730年、プリンツオイゲン公が入手したものだそうです。 -
またオイゲン公はもっとすごい地図も残していました。
Tabula Peutingerienaが発見したポイティンガー技法で描かれた古代の地図です。
羊皮紙の巻物に書かれたローマの道路網を示す地図だそうです。
これは、ユネスコの世界遺産に登録されているそうです。
残念ながら展示期間でなかったようで私たちは見ることはできませんでした。
(写真は図書館のHPより) -
これはいつごろの地図でしょうね?
インドを中心としたアジアが描かれていて、ちゃんと日本の島もありますよ。 -
カール6世は、建築家フィッシャー・フォン・エルラッハ父子にホーフブルクの一画に宮廷図書館を造らせました。
バロック様式の図書館が完成したのは1735年。 -
歴代のハプスブルク皇帝の彫像や大理石の柱の間に、ガラスケースに護られて飾られているトラの絵が見えますか。
これは最後の神聖ローマ皇帝、最初のオーストリア皇帝であるフランツ1世(1792-1835)の収集品です。
彼は貴重な印刷本や動植物のスケッチ画を収集していました。
政治よりも庭園で花を愛でて過ごすことが好きなフランツ1世は、動植物を専門に描く画家を雇いました。 -
そのお抱え画家が、マティアス・シュムッツァー(1794-1824)です。
彼は30年に亘り、宮廷お抱え植物画家として、1000点以上の水彩画を残しているそうです。
これはシェーンブルン宮殿動物園で飼われていたベンガルトラ。
(図書館HPより拝借) -
マティアス・シュムッツァー作「山岳地帯のバラ」1824
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フランツ1世の息子、フェルディナント1世も父親と同じように芸術品の収集家でした。
オーストリアの風景画、歴史画、肖像画などの小品を収集していました。
ショーケース用の小品 風景画、1835年、ヤーコブ・アルト -
「ラクセンブルク城での皇帝ファミリー」Johann Nepomuk Hoechle、1835年、リトグラフ
フランツ2世と2番目の妻マリア・テレジア(あの女帝とは違います)と子供たち。 -
1848年からヨーロッパ各地で起きた革命、総称『諸国民の春』。
オーストリアでのウィーン十月蜂起では、ホーフブルク宮殿が炎上しまし
た。
宮廷図書館も延焼の危機に晒されましたが、その時居合わせた図書館職員の機智で、かけがえのない貴重な蔵書をたくさん避難させることができました。
革命が鎮圧後、フランツ・ヨゼフ1世がオーストリア皇帝の座に就き、図書館は政治的にも重要性をましていきます。 -
オーストリア国立図書館の音楽コレクションは、世界で最も歴史的に重要な音楽図書館の1つだそうです。
音楽の都ウィーンですから当たり前と言えば当たり前。
モツアルトのレクイエムの手書き楽譜もあるとか。 -
ここに写真が出ている3名。
左上:アントン・ブルックナー 、左下:レオポルト1世、右:ディートリヒシュタイン。
左下のレオポルド1世は(神聖ローマ皇帝)、自身も作曲家であり、芸術に造詣の深い皇帝でした。
オーストリアは彼の時代に文化的に大きな発展を遂げるのです。 -
アントン・ブルックナー(1824-1896)。
オーストリアを代表する音楽家です。リンツ生まれ。 -
アントンブルックナー、交響曲7番ホ短調楽譜 1883
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ディートリッヒシュタイン(1775-1864)。
軍人だったが、退役して宮廷音楽や劇場など芸術科学の信興のために活躍しました。
1826年国立図書館の管理者に任命されます。
そこで彼は、ベートーベンやモーツアルト、ハイドンなどと交流を持ち、彼らのオリジナル原稿や遺物などを手に入れることができました。
今日、国立図書館で充実した音楽コレクションがあるのも、彼に負うところが大きいとされています。 -
1878年から79年にかけて数多くのパピルスがエジプトで発見されたことが、国立図書館のさらなる大きな飛躍につながりました。
エジプトの発見に偶然居合わせた骨董商人と、それを聞いた考古学者により購入を進言された、Archduke Rainer大公(1827-1913)。
莫大な金額でそれらを手に入れ、私的なコレクションとしていましたが、1899年、甥のフランツ・ヨーゼフ1世に誕生日プレゼントとして贈りました。
これらのパピルスは、2001年にユネスコの世界遺産として登録されました。 -
ライナー大公のパピルスコレクション。
左端の壁に彩色されたエジプトの古代絵が飾られている。 -
羊皮紙に書かれたパピルス。
-
日本の鯨を描いた本も展示してありました。
1794年 梶取屋次右衛門「鯨志」 -
さて、いよいよ核心に触れます。
1938年3月12日のオーストリアのドイツ併合アンシュルスはオーストリア国立図書館にも無関係ではありませんでした。
長年図書館長を務めてきたJosef Bick(ヨーゼフ・ビック)がゲシュタポにより投獄され、熱心なナチス党員のPaul Heigl(パウル・ヘイグル)が後任の館長に就任しました。 -
そしてナチスの意に沿わない図書館員やユダヤ人の雇用者は解雇され、彼の息のかかったナチス党員の司書をベルリンから連れてきました。
写真上:ヘイグル。
下:図書館用のハーケンクロイツのスタンプ -
Heiglは富裕なユダヤ人から冷酷に財産の没収をしました。
特に世界的財閥のロス・チャイルド家の膨大な個人図書館や、ユダヤ人のジャーナリストであり写真コレクターのRaoul Kortyが収集した品が没収されました。
コルティーはオーストリア皇族や貴族などの貴重な肖像画などを集めていました。
写真はコルティーから没収した資料の数々。 -
写真は、ユダヤ人のエリゼ・リヒターあてに出された図書館からの封書。
女性学者、ヘレネ・リヒター博士(姉)とエリゼ・リヒター博士(妹)はウィーン大学やその他の大学で名誉教授も務めた優秀な学者でした。
ユダヤ人ということで、1942年にテレジエンシュタット強制収容所に送られ、そこで死亡しました。
姉妹の3,000冊にも及ぶ図書館は没収されました。 -
ユダヤ人から取り上げた一部分は国立図書館の蔵書になりましたが、一部はドイツの図書館へ、また一部はヒトラーが夢見ていたリンツの理想都市の図書館に所蔵されることになっていました。
リンツはヒトラーの第二の故郷です。
写真はプルンクザールから蔵書が運び出されているところ。 -
カール6世の像が台座から外されている。
-
ヘイグルからアドルフ・アイヒマン(ナチス親衛隊将校)あての文書(写真左手前)。
ヘイグルからゲシュタポ(ナチスの秘密警察)にあてて書かれた文書(写真右下)。
ヘイグルとナチスとの密接な関係を示しています。文末には「Heil, Hitler !」の文字が。
なお、アイヒマンはこの頃、ロスチャイルドの邸宅でユダヤ人追放の任に当たっていました。
ロスチャイルドから没収した高級なリムジンを乗り回し、地下のワインケラーから高級なワインを持ちだしては飲み明かし、勝手気ままに振るまっていました。 -
ヘイグルの前任者であったJosef Bick(ヨーゼフ・ビック)は、アルベルティナー美術館の責任者でもあり、オーストリア共和国から名誉勲章を授与され、また科学アカデミー会員にも任命されたほどの、重鎮でした。
アンシュルスにより、1938年3月、突然ゲシュタポに逮捕され、ダッハウ強制収容所、そしてザクセンハウゼン強制収容所に収監されました。
写真はオーストリア首相ヨハン・ショーバー(写真中央)と、ヨーゼフ・ビック(左より4人目)1931年 -
終戦後、元館長のヨーゼフ・ビックは再び国立図書館の館長に返り咲きました。
アンシュルス時代の図書館館長だったパウロ・ヘイグルは1945年4月に自殺しました。
親衛隊のアドルフ・アイヒマンはアメリカ軍の捕虜収容所から脱出に成功し、南米に身を隠していましたが、1960年ブエノスアイレスで捕まりました。
そしてアイヒマン裁判の後、1962年にイスラエルの刑務所で絞首刑により処刑されました。
写真はアイヒマン裁判の様子。ネットよりコピー。 -
終戦後、共和国となったオーストリア。
その後も蔵書や資料は増え続け、現在は12,000万点にも及ぶと言われています(そのうち蔵書は400万冊)。
プルンクザールの他にも、本の種類によって、地球儀博物館、エスペラント博物館、パピルス博物館、文学博物館、オーストリア歴史館など多くの図書分館が存在し、そちらも充実した展示になっているそうです。 -
今日も、世界で一番美しい図書館には大勢の見学者が詰めかけています。
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Schatzkammer des Wissens.
650 Jahre Österreichische Nationalbibliothek
「知識の宝庫。オーストリア国立図書館650年」展。
面白かった。
豪華絢爛な図書館を見てみたい、それだけのために興味本位で訪れた図書館でしたが、シニア3人、大変満足しました。
図書館とは言えど、本を読むでなく本に触れるわけでもなく、眺めるだけのいわゆる博物館か美術館・・・、
だからこそ言葉も判らない私たちでも楽しむことができたのですね。 -
出口に飾ってあった大きなパネル。
図書館を造ったカール6世、地球儀のコロネリ、そしてベンガルトラのシュムッツァーに別れを告げて次へ移動します。
大変有意義な図書館見学でした。
旅行記を作成し始めると、勉強することが多くてついついのめり込み、気が付いたら、年号が平成から令和に変わっていました。
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この旅行記へのコメント (6)
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- salsaladyさん 2019/05/10 09:12:38
- シェーンブルン宮殿より”Prunksaal”へ行くべき~
- ☆相変わらず研究熱心なレポートに感心為つつ、観光客にこれ程曝された本達は何時本来の役目を果たすのだろうか?あのハシゴを使うのは関係者だけ?
☆歴史に興味があると、その外観だけでも17世紀~の雰囲気を感じ取れるのでしょうけれど、今や図書館と言うよりは政治的文化遺産!ヒットラー政権にも翻弄された訳ですね。
☆オーストリアで宮殿やウィーン管弦楽にのみ現を抜かしてた自分が情けないわ~see you~
- frau.himmelさん からの返信 2019/05/14 19:46:14
- salsaladyさん、ごめんなさ〜〜〜い!
- コメントいただいていることに気が付きませんでした。
友人に、返事をしていないコメントがあるわよ、って言われて気が付きました。
すみませーーん、齢のせいです。(汗汗)
ウィーンって言ったらまずはシェーンブルン宮殿ですよ。
それにコンサート、美術館、○、○、○、・・・いろいろ見どころは多いですから、図書館は6,7番目くらいですね。
図書館と言っても本が読めるわけでもない、ただ曝されているだけですものね。
salsaladyさんはウィーンと言ったらやはりまずは何が何でもコンサートでしょう?
ウィーンにいらっしたとき、コンサートを楽しまれたようでなによりです。
ヨーロッパのあの時代はどこもナチスに翻弄された悲惨な時代でした。
せめて2度とそんな時代になってはいけないという思いから、あえてその痕跡を探して旅行記で取り上げています。
いやー、なんかコメントもシドロモドロですね。
本当にごめんなさい。
himmel
-
- utamiumiuさん 2019/05/06 20:39:37
- プルンクザール
- 大変勉強になりました。
10回以上その美しさに惹かれ訪問してるのにこんなに勉強したことはありませんでした。
いつもいつも、生き字引になってくださってありがとうございます。
それにしても世界遺産級のガラスケーズの中の撮影をしても大丈夫だったのですね。
うらやましい限りです。
クリスマスシーズンの時に行ってキリスト割礼の特別展示があって豪華本絵本がガラスケースに山のように展示されていてカメラ向けたら係員が飛んできてダメッ!って言われた経験があって特別展示は撮れないものと思っていました。
私の毎日は相変わらずです。
来年はウィーンに行けるといいな。
- frau.himmelさん からの返信 2019/05/07 21:06:18
- RE: プルンクザール
- utaさん、お久しぶりです。
この度はお忙しいのに私の旅行記、たくさん見ていただいてありがとうございました。
プルンクザール、utaさんはもう10回以上もいらっしてるのですか。
さすがウィーン通のutaさんです。
私は今回が初めてでした。驚きましたね、あの豪華絢爛な広間には。
ええ、写真撮影はフラッシュや自撮り棒なしでしたらOKでした。
たぶんケースの中もOKだったのでしょうね、係員に何も言われませんでしたから(笑)。
ウィーンって博物館や美術館の写真撮影に関しては、以前より緩くなったのではないでしょうか。
あのベルベデーレ宮殿なんて以前は厳禁!で悔しい思いをしたのに、今回行ったらOKになっていましたものね。
写真撮影ができることは、私たちシニアにとっては嬉しいことです。
見ただけではすぐ忘れてしまいますから。
utaさん、お忙しくて、なかなか旅行記まで手が回らないご様子ですね。
ぼちぼちと見せてください。
楽しみにしています。
himmel
-
- ペコリーノさん 2019/05/05 16:54:34
- プルンクザール!
- frau.himmelさん、こんにちは。
いつもいつも、frau.himmelさんの旅行記には感服です。私も今回、ウィーンのプルンクザール(オーストリア国立図書館)へ、いきましたが、これほど素晴らしい説明をされるとは、とても感服いたしました。
今、アンブラス城の旅行記を作成中なのですが、そこのHPにも、国立図書館へ書類が移管されたことが書いてあり、はてさてそれがプルンクザールのことなのかどうか、と、迷っていたところでした。
17世紀に皇帝レオポルト一世(1640-1705)がウィーンに運んだとのことです。
私、地球儀は多分しっかりと写真に撮った様な記憶があり、日本もあるわぁなんて思いました。でも、他の見学者はほとんど地球儀には興味が無さそうに見えました。
実際の私は、まだまだそこまでたどり着かなくて、アンブラス城あたりでアップアップしてます。
素晴らしいプルンクザールの説明をありがとうございました。これだけしっかりと調べていらっしゃるのですから、時間がかかって当然ですよね。
次の旅行記もゆったりとお待ちしています。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2019/05/05 21:39:55
- RE: プルンクザール!
- ペコリーノさん、こんばんは。
なんだかインスブルックとウィーン、
お互いに行ったところの旅行記を見て、あ〜そうだったんだ〜と・・・、
面白いですね。
プルンクザールにもいらっしゃったんですね。
あの旅行記のコメントは、展示物の説明を写真に撮って書いているのですが、それをさらに調べていったら、奥深く入り込みすぎて、もがけど抜け出せない状態に陥ってしまいまして・・・。
でもボケ防止には楽しい作業でした。
地球儀がそんなに大事なものだとは思わず、どこにでもあるような地球儀よね、と私も軽くあしらい、後悔する羽目に。
そうですか、ペコリーノさんの旅行記、次はアンブラス城ですか。
懐かしいですね。
レオポルド1世と言ったらマクシミリアン1世のずっと後の皇帝ですね。
アンブラス城はもう一度ゆっくり行きたい城です。
旅行記、待っています。
himmel
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