2001/04/08 - 2001/04/11
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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2001年4月。ユーラシア大陸をシベリア鉄道で横断することにした。
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2001年4月。ユーラシア大陸をシベリア鉄道で横断することにした。
前回は約半年間かけて南アジアを経由し、ユーラシア大陸最西端のポルトガルにあるロカ岬を目指すものだった。今回は北回りでシベリア鉄道経由の旅行だ。はっきり言って今回のルートは列車に乗ってしまえばあとはジッとしているだけでモスクワまで行ってしまう。何も考えなくていいしとても楽な旅行だ。唯一残る不安は安く行きたいがためにビザを北京で取得するなどすべて現地手配でその手続きがスムーズに行くのかということだ。また政情不安のロシアの治安も心配だ。とはいえ昔から多くの日本人がヨーロッパをめざすべくとった歴史あるルートだし、噂ほどロシアはひどい場所ではないだろう。
ロシアビザに関しては日本で取得する場合、すべての行程を予約し完全手配旅行を組まないとビザがおりないなど、今まで行きたいと思いつつもなかなか行く決心が固まらなかった。でも今回ユナイテッド航空のマイレージの無料航空券をうまく使う事ができる機会がやってきた。とりあえず北京に行ってみてその後は北京で取得できるロシア・ビザの状況によってシベリア鉄道の旅を決行するかどうか考える。
もしモスクワに行ければバルト三国縦断、そして未だに行ってないポーランドやチェコにも足を伸ばせるだろう。期間は1ヶ月。帰国便はとりあえず香港から東京まで予約を入れることにした。
何がともあれ北京次第だ。 -
今回利用の航空会社は全日空だ。ユナイテッド航空のパートナー会社ということで現在ユナイテッド航空が運行していない北京線は全日空利用となる。国際線の全日空に乗るのは初めてだ。一度も乗ったことのない航空会社に無料で乗るのも妙な話だ。全日空北京行きの機体はちょっとボロい。何でも新しくしたがる日本の航空会社がこれでは情けない。北京まで4時間のフライトでお菓子とドリンクサービス。そして機内食と2回に分けるのは無理があるんじゃないのかと思ってしまう。忙しそうに動き回っているスチュワーデスを見ていると気の毒だ。
北京に到着。気温18度と予想以上に暖かい。日本の援助で作られた北京首都空港は開港間もなく近代的だ。しかし一気に客が押し寄せたので入国審査場は長蛇の列が出来てしまった。結局ここでも30分待たされ、荷物を受け取り到着ロビーに出た。 -
空港バスで市内へと向かった。空港から片側3車線の高速道路が整備されている。途中の風景はだだっ広い広場と高層アパート、共産主義の雰囲気が満ちあふれている。日曜ということで渋滞もなくすぐに北京駅に到着した。北京駅から地下鉄で和平門へ向かい、再び14路の市バスに乗り換え、洋橋の京華飯店を目指した。そして宿はすぐに見つかった。北京の交通機関は実に使いやすい。
京華飯店は北京最安値の宿だ。とはいえ中国ではよくありがちな中級ホテルの一部を金のない外国人旅行者のためにドミトリーとして開放しているだけで外観やロビーは豪華だ。シャワートイレは相変わらず宿泊者に対しての割合が少ないが、部屋は快適だ。部屋は20人部屋で中に3人の日本人が泊まっていた。とりあえず一緒に中華料理を食べに行く仲間がいるので食事に苦労することはなさそうだ。その中の一人K君が僕と同じく3日後のモスクワ行きシベリア鉄道に乗るつもりだということでいろいろ情報を得ることができた。 -
せっかく北京に来たので観光しなくてはならない。
有名な万里の長城にもいろいろあるらしいが、一番有名な「八達嶺(バーダーリン)」へ行くことにした。北京の観光名所といえば天安門とここしか思い浮かばない。今日も相変わらず靄がかかっていてすっきりしない天気だが雨は降らない気がする。 -
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天安門
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出発の日は5時起床。出発の準備を整え、ホテルのレストランで朝食を取る事にした。まだ5時半だが、もう営業しているところが中国らしい。
いよいよ出発だが荷物が多い。2人いるし、お金もあまっているしタクシーで北京駅に向かうことにした。モスクワ行きのホームは一番手前の国際線ホームで階段を使わずに列車に乗り込むことができた。K君は5号車で僕は11号車。少し離れているが、この先6日間もあるのでちょくちょく会いに行けるだろう。 -
吹き抜けの近代的な北京駅構内。
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車内はけっこう込んでいてそのほとんどがモンゴル人だ。同じ部屋にはモンゴル人2人、もう一人は日本人だった。彼の名前はAさん。ロンドンに留学している人で一時帰国し今回列車でヨーロッパに戻る計画らしい。とにかく僕は上段ベッドなのでのんびりくつろぐ事ができる。車両は硬臥(二等寝台)だが、設備やスペースは中国国内列車の軟臥(一等寝台)と同じぐらいゆとりがある。
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北京発モスクワ行きの鉄道の旅が始まる。
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驚いたことに食事付きだった。(中国だけかもしれないが)車内ではあまり金を使う機会がなさそうだ。食券を手に昼食も夕食もK君を誘って食堂車に向かい、3人で食べることにした。車窓を見ながら中華を食べる。なかなか優雅な旅行だ。優雅な旅行だ。
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途中の停車駅にて
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夜8時半、中国側の国境駅ERLIAN「二連」に到着した。ここからモンゴル領に入る際、線路の幅が変わる。食堂車はモンゴル車両につけ替えられ、その他の車両は台車交換される。そのためこの駅で3時間近く停車することになる。列車を降りる際、出国審査がありスタンプをもらってから列車を降りた。ホームで待っていると台車交換を終えた列車が静かにホームに入ってきた。列車に乗り込みベッドで横になったらそのまま眠ってしまった。
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