2001/04/13 - 2001/04/18
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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シベリア鉄道でモスクワへ。そしてフィンランドのヘルシンキへ。
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シベリア鉄道の二等寝台。個室でゆったりしているので中国国内だと軟臥(一等)レベルだ。
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行き先表示(北京からモスクワ)
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同じ列車に乗り合わせた外国人旅行者が食堂車に集結。デンマーク人、オーストラリア人、日本人。とりあえずウォッカで乾杯。
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二日目、世界一の深さを誇るバイカル湖が見えてきた。しかし湖畔は凍り付いていた。
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イルクーツクに到着した。この駅も停車時間は15分だ。この駅には物売りが少なく買い物もできないが、ホームでシベリアの空気を吸うことにした。
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イルクーツクを出発。架線が複雑に交差する。ロシアが鉄道王国であるのが伺える。
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シベリアの駅にて。ほとんどの駅が停車時間は20分ほど。でも時折駅でホームに降りて外の空気を吸わないときが狂う。
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けっこう人が多いが我々の車両にはあまり乗客が乗ってこなかった。
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ロシアの大動脈だけあり、保線状況もよい。
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シベリア中央部最大の都市ノボシビルスクに到着した。
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シベリア鉄道の燃料は主に石炭だ。途中の駅で石炭が積み込まれた。
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利用したシベリア鉄道は中国車両ということで車掌も中国人だった。本場中国の悪名高い無愛想な服務員とは違い、いろいろ親切にしてもらい気さくな人たちだった。
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北京を出て6日目。車窓には次第にビルが増え、都会へと入ってきた。とはいえ共産色の強い高層アパートとトロリーバス。町中にはゴミが散乱している汚い街だ。ここはかつての文明国だが今となっては途上国だ。
モスクワもすぐだ。 -
列車は終点であるモスクワのヤブロスラブリ駅に到着した。ホームには屋根もなくずいぶん殺風景だ。
駅の第一印象は殺風景だったが、駅前は人でごった返し、まっすぐ歩けない状態だ。タクシーの客引きなどからも頻繁に声がかかる。でも問題はこれからだ。 -
モスクワの地下鉄は深い。いったい何メートル位あるのかわからないが、薄汚いエスカレーターが地中深く潜り込んでいる。そしてスピードはかなり速い。ヤブロスラブリ駅周辺はそれほど地下鉄は入り組んでないはずなのに、なぜこんなに深く掘る必要があったのだろうか。やはり核シェルターの役割を果たしているのだろう。長いエスカレーターを下りたどり着いた空間はアンティークなシャンデリア、そして彫刻が目に飛び込んできた。薄暗いが何とも高級感のある地下鉄のホームだ。最初見とれてしまった。
モスクワの地下鉄駅構内や車内は完全なキリル文字の世界で英語の表示は全くない。駅の名前もキリル文字表示のみなのでガイドブックと照らし合わせなんとか文字を解読し目的の駅までの数を確認する。しかしモスクワの地下鉄は駅と駅の間の距離が妙に長く、途中でわからなくなってしまう。また乗り換えの際適当に人の流れについていき、違う方向のエスカレーターに乗ったしまったらおしまいだ。同じ場所に戻ってくるのに相当時間がかかってしまう。とにかく路線名などをすべて確認しながら歩かないととんでもないことになる。慣れれば便利なんだろうけど今着いたばかりの僕たちにとってとても神経を使う交通機関だ。
北京から一緒だったAさんはモスクワのホテルを予約してあるので、今日の夕方、赤の広場の前で待ち合わせする事にし、いったん途中の駅で別れることにした。僕とK君は北京で仕入れたホテル情報を頼りに目的の宿に向かった。 -
リャザン大通り駅で降り、地上に出たらホテルの入っている建物はすぐにわかった。13階以上の建物は一つしかない。ひときわ目立つ高層ビルの13階にユースホステルは入っている。ドミトリーで1泊16ドルと西ヨーロッパ並の値段だが、お湯はちゃんと出て部屋にはしっかり暖房が入っているので納得の値段だ。とはいえ3人用のドミトリーはK君と二人で独占状態なので事実上ツインルーム的な感覚だ。13階だけのことはあって窓からモスクワの整然と並んだ高層住宅が一望でき、遙か向こうにはスターリン建築様式の高層ビルが見える。わざわざ遠くまで来た甲斐があった。
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窓からの眺め。
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連邦内閣ビル(左)と文化人アパート。連邦内閣ビルはホワイトハウスとも呼ばれ、ここは91年のクーデターの時ミサイルが撃ち込まれたりして、僕の中で強く印象に残っている。
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スターリン建築の代表格「ウクライナホテル」。そんなに高くないので泊まってみたかった。
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赤の広場にあるロシア正教の寺院。
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ボリショイ劇場の隣にあるグム百貨店でウインドショッピングを楽しんだ。
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アルバート通りの方へ行ってみた。ここは歩行者天国になっていてクレムリン周辺と共にモスクワで最も観る場所の一つだ。ここはクレムリン周辺と違い、警官がまったくいないので理不尽な職務質問を受けることもない。
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なぜかドトールコーヒーがあった。
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マクドナルドに行ってみた。マクドナルドは大繁盛していて席はほぼ満席。少し待っていたら横の席が空き座ることができた。ロシアのマクドナルドにセット価格はなく単品で頼んでも値段は一緒だ。ビッグマックが36ルーブル(160円)でMサイズのセットにすると79ルーブル(350円)だ。モスクワの他のレストランに比べると決して高くない。しかしこの店は回転が速く客が次から次へと入ってくるので食後はゆっくりできない。
ヘルシンキ行きの列車はレニングラード駅から出発する。出発前日、レニングラード駅に行ったら切符売り場は長蛇の列だった。愕然としたが国際列車の切符売り場は別の場所だった。2階のきれいな窓口で英語が通じ客に対しての笑顔もある。そこだけ気分はフィンランドだ。値段も心配したほど高くなく寝台車で79ドルだった。
当日22時前にレニングラード駅のホームへ向かった。列車はすでに入線していてロシア製の車両で外観は少しボロいが、車中は清潔でお湯も出るし快適だ。4人用コンパートメントだが同室の人は紳士的なロシア人がひとりだけ。
22:17、モスクワを出発。
ロシア側の国境駅に到着したとき目が覚めた。パスポートは車掌に預けてあるので税関申告書のチェックと荷物検査だけだ。ロシアとフィンランドとの時差は1時間。時計を1時間遅らせた。
しばらくしてあたりの建物や道路、線路の枕木などがきれいになり、フィンランドの国境駅に到着した。パスポートにEU入国のスタンプが押された。ちょっと安心。
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