2020/06/20 - 2020/06/22
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emi_uさん
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ご覧いただきまして、ありがとうございます。
中山道、木曽路の宿場町と観光名所を車で巡りました。
1日目
奈良井宿
寝覚の床
妻籠宿
中野方ダム
2日目
大井ダム
恵那峡
馬籠宿
3日目
天竜ライン下り
天龍峡大橋~そらさんぽ天龍峡
ここでは1日目の前半、奈良井宿と寝覚の床をご覧ください。
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正面に富士山を拝みながら、中央自動車道を進む
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前日が雨だったこともあり、相模湖辺りに差し掛かると霧が立ってくる
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霧が濃くなりそうだ
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お天気自体は悪くなく、ちょっと幻想的
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八ヶ岳もきれいだ
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双葉SAではシカ?もマスク
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7時40分には奈良井宿に到着
この地図の上から入り、既に贄川(にえかわ)宿は通過している -
濃い緑に溶け込んだ「木曽の大橋」
樹齢300年以上の天然木を使った総檜造りの太鼓橋
橋脚を持たない木製の橋としては日本有数の大きさだ
バスで来ると、バス停を降りて目の前 -
この橋は奈良井宿の象徴とも言える
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下から見える骨組みも美しい
4月上旬~11月上旬の日没後にはライトアップされる
冬には閉鎖 -
いよいよ橋を渡る
左岸の階段が20段、右岸が21段
「20世紀から21世紀へ、願いをつなぐ夢のかけ橋」という意味が込められているからなのだとか
(JR東海HPより) -
下流には水辺公園が広がり、この先に奈良井宿橋もある
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上流には山々が連なる
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線路沿いの道を向かって右に進むと、奈良井宿駐車場がある
駐車場の端に案内板がある
これで名所をチェック!
但し、目印が少ないので、これだけを頼りに散策するには少々心許ない、ということで… -
もちろんパンフレットもある
朝早かったが、駅で入手
1件1件のお店も記載されているので、散策中に自分がどこにいるのか確認できる
宿場町は中山道1本に沿って、約1kmに渡って広がる
地図左側が京の側、そちらから順に上町、中町、下町と呼ばれる -
線路を横切れる場所は下町の端の地下歩道か、中町、上町の踏切
下町から歩くことにし、地下歩道を抜ける
通り過ぎた地下歩道を振り返る
こぢんまりした通り道の横を、勢いよく水が流れる -
メインストリート、旧中山道にぶつかったら右手に進むとJR奈良井駅
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ここが奈良井宿の下町側の端
所々手入れはしているものの、1909(明治42)年の開業当時からの木造駅舎 -
スカイツリーと張り合っているが、奈良井駅はJR東海の最高地点駅らしい
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とても風情がある
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中央本線が1~2時間に上下1本ずつ程度ある
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ICカードは使えなさそうだ
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と、幸運にも電車が!
8:06松本行き -
土曜の朝、車内に乗客はいたものの、乗降は無さそうだった
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電車で来ると、駅舎を出る時に「歓迎」の文字に迎えられる
さて、散策を始めよう
駅のほぼ真向い、やや左手に「二百地蔵 近道」と書いた小さい看板のある階段がある
個人のお宅に登りそうな小さな階段だが、ちゃんと二百地蔵に辿り着くので、ご安心を -
駅から二百地蔵まで、直線距離で100m程度
八幡さまへの階段もすぐ見える
奥の方に八幡宮が見え、結構な上りに身構えるが、右手の杉並木、二百地蔵に迂回すると上りはだいぶ緩やかだ -
杉並木
樹齢数百年の杉が並ぶ -
二百地蔵
旅の途中で倒れ、無縁仏になったかつての旅人の石仏を集めたとされる -
八幡神社
天正年間(1573~1592年)の創建と言われ、現在の本殿は江戸時代末期に造営された -
いよいよ街道を歩き始める
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江戸時代には「奈良井千軒」と謳われ、木曽十一宿イチの長さを誇った
妻籠宿とともに国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている -
奈良井宿には6カ所の水場があり、立派な東屋が設けられているところも多い
飲むには沸騰させるように掲示されている -
セグロセキレイ? 道先案内
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横水の水場
けっこう歩いてもう色々な所を通り過ぎたかと思ったが、この辺りからやっと中町
約1kmの町並みは、日本最長の宿場とも言われる -
右手に折れると七福神に導かれ、大宝寺へ
ここは寿老人のお寺として「木曽路七福神」のひとつに数えられる -
大宝寺
境内にはマリア地蔵
江戸時代の隠れキリシタンが、子育地蔵をイメージして作ったとも言われる
マリアの首はなくなり、子の頭も欠けていることが、おそらくは隠れキリシタンの受難を物語っているのであろう
お寺の近くに埋まっていたところ1932(昭和7)年に発見され、ここに移された -
消防詰所
そして建物の手前、松の根元に小さいがここにも水場がある -
上問屋史料館
宿場には宿駅間を荷物を担いで歩く「歩行役(かちやく)」や運搬輸送用の馬「伝馬」を常備していた
それを管理していたのが「問屋」で、ここには270年間問屋を務めた手塚家の古文書などが展示されている -
栄えた宿場町だけあって、道幅が広い
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2011年の朝ドラ「おひさま」のロケ地だったようだ
井上真央主演、ドラマの舞台は主に昭和前半の長野県松本市や安曇野 -
鍵の手
上町と中町の境目とも言える
枡形同様、クランク状に道を曲げ、先を見通せず、敵が一気に侵入してくることを防ぐ -
中村邸
かつての塗り櫛問屋
天保年間(1830~44)建造で、市の有形文化財
出梁造り(だしばりづくり)、蔀戸(しとみど)、鎧庇(よろいひさし)、猿頭(さるがしら)など、奈良井様の町屋の特徴を残している
奈良井宿保存のきっかけともなった -
才田屋漆器店
県境を越えての移動が解禁されて間もなく、朝早くから開いていた数少ないお店
お手頃な日用お土産品から工芸品まで幅広く揃い、見ているだけでも楽しい -
高札場(こうさつば)
法令等を知らせるため、幕府が掲示したところ -
ここが最後の水場
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小川が流れるここは鎮神社
かつて疫病を鎮めるため、下総香取神社から御神体を迎えた
本殿は1664(寛文4)年に建築された、塩尻市の有形文化財 -
この辺りが宿場の端
あとは石畳など小1時間程の道のりで標高1,197mの鳥居峠へ続く
私はここで引き返す -
建物は出梁造(だしばりづくり)
江戸時代~明治時代に建てられ、1階よりも2階が45cmほどせり出し、小さな屋根も奈良井宿独特 -
横水の水場の手前を線路に向かって折れると、ちょうど踏切がある
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さっき見た奈良井駅の跨線橋も見える
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奈良井川のひとつ上流にかかる橋から、木曽の大橋を眺める
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奈良井宿で中村邸の宿場外移設問題を契機に、先駆けとも言える町並み保存運動が始まったのが昭和43年
昭和53年に国から重要伝統的建造物群保存地区に選定された -
平成3年に架かったこの橋を拝んで、奈良井宿を後にする
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次の目的地は上松(あげまつ)にある
上松は昔から木曽ひのきの集散地として栄えてきた宿場町 -
「寝覚の床美術公園」の銘のある坂を下り、町営駐車場に車を駐める
駐車場の奥から、寝覚の床を目指す -
すぐ右手に森を下る道がある
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木曽川が見えたところで右手へ進む
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右手の崖の上には、国道19号沿いのお店などが見える
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川沿いには寝覚の床美術公園が広がる
賽の河原のような石のオブジェや、 -
ハスが花開く池もある
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寝覚の床の案内板に到着
「木曽八景」の1つ
床岩には浦島太郎が弁財天像を祀ったという浦島堂がある -
木曽川の流れが花崗岩を削り、独特の造形を生み出した
明治以降、水力発電などの利水で木曽川の水位は下がりこの造形美がより大きく姿を現すこととなった -
下流側を眺める
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浦島堂までは歩いて行けるのだが(見学無料)、晴れていても湧き水でぬかるんでいるところからの出発になるので、気をつけよう
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この道のりが、日本の観光地には珍しく、かなり険しい
人の背丈ほどの巨石で、ぴょんぴょん飛んで渡るというより、どこに足を置くか考えながら全身で越えていくイメージ
ポケットの携帯はまず落ちる -
これが正しい行き方なのかと疑いながら浦島堂を目指すが、1人だけカメラを首に下げた方とすれ違ったので、おそらく正しいのだろう
その方曰く、「まだけっこうありますよ」 -
汗だくになって床岩に辿り着き、浦島堂を見上げる
浦島太郎は竜宮城でもらった玉手箱をここで開けたと伝わる -
木曽川は右手から流れ来て、ここで湾曲し、ここには写り切らなかったが、左手奥へと流れて行く
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上流側は比較的静かに見える
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岩に穴を開けたのは水流なんだろう
昔はさらに水量の多い急流だったんだろう -
浦島堂
祠には閂がかかっている
ここの浦島伝説では、寝覚の床の風景を気に入った太郎は、魚釣りをしたり、竜宮城の巻物を参考に仙薬を作って住民と交流しつつ暮らしていた -
奥の10円玉にいるのは、ムネアカオオアリだろうか
大きいし胸の色が毒々しい
が、ムネアカオオアリなら毒はない
でも、噛まれれば痛いし、これに限らず都会よりはけっこう大きい虫がいる -
巨石をよじ登っては飛び降り、浦島堂から戻る
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穏やかな水面に空と山が映る
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今来た岩場を振り返る
思いがけず、けっこうアドベンチャーだった -
見上げると線路にはちょうど中央本線(中央西線)がやって来た
崖の上には臨川寺がある
浦島太郎はある時、玉手箱を開いてしい、たちまち300歳の翁に…
太郎は嘆き悲しみ、やがて弁財天の像を残して姿を消す
臨川寺はこの弁財天を祀って建立されたという -
帰り道、ヘビに会った
さすがの保護色で分かりにくいが、アオダイショウだろうか
体長1mは軽くありそうだ
久しぶりに立派なヘビを見た
もう少し下流にある「裏寝覚」も見てみたかったのだが、残念ながら足場が悪く通行禁止になっていた -
赤沢森林鉄道
昭和50(1975)まで運行された、林業に欠かせない存在
駐車場の近くに展示されている
寝覚の床を後に、南下を続けて妻籠宿へ
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