2019/10/10 - 2019/10/13
66位(同エリア133件中)
hakusan66さん
- hakusan66さんTOP
- 旅行記72冊
- クチコミ25件
- Q&A回答5件
- 29,753アクセス
- フォロワー3人
山西省にある平遥には、日本から来る場合、北京まで来て、高速鉄道により、平遥駅まで乗り、そこからタクシー利用がよいかと思います。私は、大連に住んでいたので、大連から平遥に近い太源に飛行機で飛び、高速鉄道を使って平遥に行きました。平遥は、城郭に囲まれてた古城内は広くはありませんが、最低二泊三日が必要です。
平遥古城の印象です。
第一に、路地は一般の車は入れない。歩行者は、安心して歩けるようだが、商用と観光用の電気自動車が走っているので、十分気を付ける必要がある。
第二に、観光客は、中国人のほか、外国人は、多くは西洋人である。日本語は聞いたことはない。訪れた時期が夏であれば、日本人を見かけることはあるだろうが、それにしても皆無であるのは驚く。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 飛行機
PR
-
ここは、南門です。北門と南門に、このような城楼が置かれています。
-
城郭の上に、城楼があります。日本の城とはかなり印象が違います。
-
長い壁の上にあるので、堂々としています。
-
南門の近くを散歩。広場に、詩が書かれているのを発見。杜牧の有名な江南の春。千里鶯啼いて、緑紅に映ず。
-
肯徳基は、発音は、ken de ji カンダーチー。ケンタッキーですな。鶏肉のハンバーガーを食べました。美味しいですよ。
-
同興公鏢局博物館です。
-
鏢というのは、鏢局(ひょうきょく)、鏢行(ひょうこう)と呼ばれ、運送業と警備業と保険業を兼ねた商業と言える。ここでは、ボディーガードの業務を展示しています。この写真は、運搬車です。
-
事務所です。大切な貨幣などを運ぶので、それを守る護衛が重要な役割を果たすわけです。
-
平遥の街並み。中心となる地域を除くと、静かです。
-
楼の扁額に萬姓帲幪と書かれています。萬姓はすべての民、帲幪は、保護するの意味でしょう。万民保護の意味でしょうか。
-
城隍廟は、道教の寺院です
-
北門に登ってみる街並み
-
北の方角は割と殺風景
-
北門の城壁の上にある城楼。手前に大砲が陳列されています。
-
城壁が延々と続く
-
永慶祥という建物は、貴重な新聞を展示しています。
-
1911年の辛亥革命の年11月に発行された新聞。宣統帝溥儀がまだ在位している。加藤洋行の広告が面白い。工作器具から、軍用品まで幅広く扱う商社らしい。旧満州(現東北)のいくつかの日本の領事館を建てている。
-
民国元年に発行。宣統帝は、退位し、袁世凱が臨時大総統になっている時期です。
-
私が泊まった客桟と呼ばれるホテル。四合院という中庭がある。雰囲気は良いですよ。
-
ボリュウム感がある食事でした。
-
公園があったので、のんびりと散歩。その門です。華林園と書かれてます。
-
平遥県を治めていた県知事の館。平遥県署。
-
政治だけではなく警察から納税、裁判までを行っていた屋敷で
-
二堂。県知事が執務し、また民事の調停を行ったところです。
-
ちょうどイベントの劇が開催されていました。民衆が訴えて、県知事(あるいは部下かも)が裁くというシーンを演じています。多くの人が集まってきました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
平遙(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ アジア旅行
0
25