2019/12/30 - 2019/12/31
7位(同エリア89件中)
2013tomoさん
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この旅行記のスケジュール
2019/12/30
-
バスでの移動
バスで和平村まで行きました。
-
バスでの移動
バスで祝聖橋まで行きゲストハウスまで3分位歩きました。
-
徒歩での移動
ホテルから祝聖橋を渡り青龍堂見学
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この旅行記スケジュールを元に
写真は鎮遠古鎮の夜景です。
今回の旅行で鎮遠古鎮を訪問した日が一番寒く
歩いていても服の上から凍てつく空気を感じました。
でも夜は街中がライトアップされていて
美しく眩く不夜城のように見えました。
私たちも光の街を暫く彷徨い歩き続けました。
正面に夜空の星空のようにライトアップされ
黒くそびえるのは石屏山風景区です。
山頂にある展望台も光に妖しく輝きながら
空に浮かび上がって見えました。
明日の朝はあそこまで登って山頂から鎮遠古鎮の
全景を眺める予定です。
山頂には16世紀の明の時代に建設されたという
万里の長城のミニチュア版を見るのが楽しみです。
鎮遠古鎮は1泊の短い滞在でしたが充実した時間を
過ごすことができました。
以下で報告いたします。
<旅のスケジュール>
(2019.12.28~2020.1.7 11日間)ホテルと列車は trip.com利用
12月28日(土)
スマホ機内モード データローミングオフ
17:15成田空港(NRT) T1発NH947⇒成都空港(CTU)T123:00着
ANA 一人71,810円
〇12月28日(土)成都泊
フレンチテーマ・ゴールド・プレイスホテル 一泊
成都歌巴菜法式主題酒店
№.52longqiao Road(東昇鎮竜橋路52号)
電話28 69286777
朝なし3,388円は3月にカードで支払い済み
(タクシーで行く場合)12分
西航港大道中二段、航都大街一段
実際は真夜中12時乗車で16元256円でした。
12月29日(日)
成都歌巴莱法式主題酒店⇒歩行1.3公里龍橋路站上車地鉄3号線
(成都医学院方向⇒太平园站 下車⇒站内上乘歩行40米太平园站
上車地鉄7号線(外環)
⇒火車南站(D口出)下車⇒歩行400米成都南站
新幹線 、G8683車両。成都南8:06発、貴陽北11:36着、
乗り換え(3h30m)2等車 03号車 座席B,F、料金285元
(約4560円、二人分)
貴陽北12:29発、凱里南13:07着
G1532車両1駅で38分料金58.5元(約936円、二人分)、
07号車座席A、B合計2人分、2等車、
乗り継ぎ含め約12,636円カードで支払い済み
手数料は一人30元と20元合計2人100元(約1,600円)かかった。
〇 成都のG8682双流空港駅7:49発貴陽北11:36
貴陽北G4690 12:29発 凱里13:07着
2019年12月29日(日) 凱里南駅からホテルまでバスで移動
(約1h)。
(バス)凱里南駅⇒(徒歩2分)100m凱里高鉄南駅乗車(21路)
⇒州医院站下車⇒徒歩(130m) 凱里和譜・敦普酒店(地図)
ダウンロードした百度地図の出し方。
百度地図左上の顔のマークをタップ。左下の離地図をタップ、
その後また離地図タップ、〇〇市をタップ。
凱里は 南苗族タップ、左の査看地図をタップ。
PCから地図の印刷の仕方、上右端の工具箱を右クリック、
印刷を選び左クリック。
スマホの使い方
ダウンロードした地図の出し方 左上の顔マークをタップ、
離地図をタップする。
これは何度やっても忘れるので書くことにした。
〇ハーモニアス ドゥンプー ホテル(Harmonious Dunpu Hotel)
凱里和譜敦普酒店
中国 凱里 No.70 Shaoshan South Road
(凱里 韶山南路70号永楽路)
電話86-855-2299999
朝あり275元
12月カードで4372円支払い済み。
※不要な荷物はホテルに預け身軽にして鎮遠に移動する予定。
12月30日(月)凱里駅から鎮遠駅へ移動
ホテル⇒州?政管理局站(2路)⇒火車站 下車⇒徒歩50米⇒凱里駅
B27937445、K112、12:08凱里発13:29鎮遠着(1h21m)
2駅(二人で69元40元のトリップコムの手数料含む、
69元は日本円で約1,126円)
車両: 17, (12/14予約済み)
(移動方法) 鎮遠站⇒徒歩(10m) 火車站上車(鎮遠1路)⇒
祝圣橋站 下車⇒徒歩(240m)⇒鎮遠咏波楼客桟(33分)
鎮遠宿泊
〇The romance of CUE BABO Building(鎮遠咏波楼客桟)朝なし
舞陽鎮鉄渓街20号 電話86-855-5723218
(ツイン)(バルコニー付)1階
カードで3月1部屋2人分2,715円支払い済み
和平村(旧日本軍捕虜収容所)を訪問予定
火車站下車⇒歩く 鎮遠站まで24分
12月31日(火)
・K111、14:33鎮遠発15:45凱里着(1h12m)2駅、硬座
(69元、約1,126円)
車両: 16,(12/14予約済み)
(ホテルへの行き方)
凱里站 ⇒徒歩(40m)火車站 上車(2路又は1路)⇒州医院站下車
⇒徒歩(130m)
凱里和譜敦普酒店
〇凱里宿泊12月31日(火)1泊9018873594 朝食有
ハーモニアス ドゥンプー ホテル(Harmonious Dunpu Hotel)
5,931円3月カードで支払い済み。
凱里和譜・敦普酒店 音召 山南路70号(永楽路入口)
1月1日(水)イン1月2日(木)アウト1泊
楽天で303元4818円12月支払い済み、
ツイン 朝食有
ハーモニアス ドゥンプー ホテル(Harmonious Dunpu Hotel)
凱里和譜・敦普酒店
1月2日(木) 安順へ移動
(州医院站から凱里南駅までの行き方)55m
⇒凱里和譜・敦普酒店から歩行350m州医院站上車(21路)⇒
凱里高鉄南站 下車⇒歩行210m ⇒凱里南站
2等車(予約済み)
凱里南駅11:21発⇒安順西駅12:34着(1h13m)
G2117 2等席、車両08、座席A窓側0 B
二人分209元(約3,344円)手数料40元(640円)、
カード合計4,009円
(安順西駅から凱旋大酒店までの行き方)
ホテルまで53分:安順西站⇒バス乗り場徒歩
(390m実際は近かった)
高鉄西站上車(8路)⇒花牌坊站 下車、
11路に乗り換え 花牌坊站上車⇒南馬广場站 下車⇒
徒歩(100m) 凱旋大酒店
〇トライアンファルホテル(Triumphal Hotel凱旋大酒店)、
1月2日イン4日アウトで2泊する。朝付き
561000 中国 安順 西秀区
Next to Nanma Plaza, Intersection of Xingguang Road and
Beihang Road
地址:貴州省安順市西秀区南馬大道南馬广場
電話番号:+86 851 33461999/33462666
3月カードより1泊3,569円支払い済み、
(凱旋大酒店から安順西駅までの行き方)
凱旋大酒店⇒歩行330m開発区地税局站上車(17路)⇒
西高鉄站 下車⇒歩行590m 安順西站 実際は8路に乗り換え必要
1月4日(土)新幹線 EB〇〇安順西駅から成都東駅へ移動
10時01安順西駅発⇒成都東駅14:40着
(4h39m)G2886車両1等車、04号車、座席A、C隣席だった
(2人で17,558円カード)
切符は7元112円。地鉄2号線→地鉄3号線
1h6分 | 27.1キロ 歩行1.2キロ
成都東站-出車D 地鉄2号線(犀浦方向)6站⇒春熙路站 下車
⇒站内換乘 歩行110米⇒地鉄3号線 春熙路站上車
(双流西站方向)13站
⇒航都大街站(B口出)下車⇒歩行640m 江河フイ国際酒店
〇1月4日 (土) 成都に3泊(4日イン7日アウト)
ジアンホーフイ インターナショナル ホテル
成都江河フイ国際酒店 2シングル
ブッフェ(一人48元)の朝食付き 4階から7階
成都市航都大街二段356号 (成都) No.356,Section 2,Hangdu Street
電話: +86 028 61077776
CNY (13,140円、1泊二人分4,380円)12月カードで支払った。
1月7日(火)
フリーシャトルはホテル7時出発7時15分到着した。
(帰国)1月7日、9:30成都空港T1発1NH948⇒成田空港T1、
15:20着
(参考)各都市の読み方(正確な発音は難しい)
貴州 クイチョウ 成都changde チョンドウ 日本人ズーベン
貴陽クイヤン 安順アンシュン
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12月30日(月)、私たちは12時過ぎに凱里駅を出発し鎮遠へ
向かいます。
鎮遠駅には13時半ごろに到着予定ですので1時間半弱の短い
汽車の旅です。
新幹線の高速な旅とは異なり故郷への帰省列車に乗っている様な
懐かしい雰囲気が車内に漂っていました。 -
凱利駅から鎮遠までの汽車の乗車切符です。
切符の上の方には凱利駅の改札口を通るときに
駅員さんがハサミを入れた跡が残っています。
懐かしいですね~!
昔の駅の改札口ではどこも駅員さんが
このように切符を切ってくれました。
(今では「切符を切る」という言葉は死語でしょうか?)
リズミカルにハサミを鳴らしながら改札口の中に
立っていた駅員さんを懐かしく思い出しました。 -
車内の風景です。
以前読んだ「旅する哲学」(アラン・ド・ボトン著、集英社)
の中にあったエドワード・ホッパーの「車両番号293、
コンパートメントC」(1938年)の画を思い出しました。
本の中には次のような文書があります。
「客車の中は沈黙が支配しているが、
外では車輪がレールに対してリズムを刻んでいる。
その音と窓から見える風景には夢見心地がつきまとう。
(中略)…旅は思索の助産婦である。
内省的な思いは、流れゆく景色ともに深まりやすい。」
新幹線の旅と異なりスピードのゆっくりとした汽車の旅では
考えも深呼吸をするように深まるような気がしました。 -
私たちは鎮遠駅に到着しました。
まずは駅前から出発するバスに乗り日中戦争当時に
日本兵が捕虜として収容されていた和平村を訪問いたします。
私たちは路線バスの6路に乗りましたが和平村へは
複数の路線バスが走っているようです。
バス料金は2元(約32円)です。2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
-
バスは和平村の前で停車しました。
駅からバスで10分くらいで行ける。バス停が目の前で入場は無料だ。 by 2013tomoさん和平村 (在華日本人民反戦同盟 和平村址) 史跡・遺跡
-
和平村の入り口です。
古びた入り口を見ていて日中戦争当時にタイムスリップ
したような不思議な感覚に襲われました。
カリマンタン島のコタキナバル郊外にある日本人墓地を
お参りした時にも同様の感覚がいたしました。
一瞬ですが時間がずれて現在と過去の間でゆらぎが起こっている
ような不思議な気持ちを感じました。
中国大陸で私の父はノモンハンで戦い、家内の父は山東省に
駐屯していました。
(二人とも今は故人です)
日中戦争当時の哀しい出来事は時間の地層としてまだ新しい歴史です。
中国は観光気分だけで歩くことができないような気持がしています。
いつかノモンハンや山東省も訪ね、父親たちが”青春時代”を過ごした
土地を訪ねてみたいと思っています。 -
入り口には和平村の意義について説明している石板が
設置されていました。
中国語、英語、日本語、韓国語、フランス語で書かれています。 -
和平村は8:30から17:30まで開いていると
書かれています。
入場料は「免費(無料)」です。
入ってすぐ横にある案内窓口の女性に聞くと
明日(12月31日)も時間通り運営していると
言っていました。
鎮遠駅のバス停で運転手さんに聞いたときは
「明日は昼間でしかやっていないと思うよ。」と
言っていましたが終日運営されているとのことです。 -
入り口横にあるインフォメーションセンターです。
ここで面白いことがありました。
私が「明日も時間通りに終日開いているのですか?」
と私の中国語で窓口の女性に質問すると、
「日本語は分かりません。英語で言って下さいください。」
と言われてしまいました。
私の四声の区別がはっきりしない日本語アクセントの中国語(?)
が日本語に聞こえたのでしょう。
ますます自信を失う出来事でした。
中国語と音楽(音感)とは深い関係があると思っています。
私たちの長女はピアノをやっていたのですが
彼女は中国語の四声をドレミで表現すると言っていました。
(中国語の先生に発音が良いと褒められたそうです)
元来、音楽音痴な私にとって中国語の発音はハードルが高い
問題です(当分はメモ会話の方が確実だ)。 -
和平村の平面図です。
捕虜収容所の建物の周囲は庭で囲まれているようです。
これを見たとき2017年5月にポーランドのクラクフにある
アウシュビッツ収容所を訪れた際の記憶が蘇っていました。
ガス室で殺害された人たちの履いていた靴がうずたかく
積まれている中に幼い小さな靴を見つけた時には
膝から崩れ落ちるような衝撃を
受けてしまいした。
和平村でも心の中で合掌し、手を合わせて回ることにしました。 -
収容所の前にある当時の管理施設です。
捕虜たちはこの施設を入った奥の建物がそうです。 -
捕虜たちを管理する中国軍幹部の会議室です。
駅からバスで10分くらいで行ける。バス停が目の前で入場は無料だ。 by 2013tomoさん和平村 (在華日本人民反戦同盟 和平村址) 史跡・遺跡
-
奥にある捕虜たちが収容されていた建物の入り口です。
銅像の中国の兵隊さんが門兵として立っていました。駅からバスで10分くらいで行ける。バス停が目の前で入場は無料だ。 by 2013tomoさん和平村 (在華日本人民反戦同盟 和平村址) 史跡・遺跡
-
建物の中に入ると教会の建物内部のような雰囲気です。
ポーランドのアウシュビッツ収容所のような
凄惨なイメージを感じさせません。 -
中央空間の両側に捕虜たちの寝台が置かれています。
一人一人が寝れる平置きのベッドです。
アウシュビッツ収容所の寝台は段ベッドでしかも一つのスペース
に複数の囚人が詰め込まれていたので寝返りもできないすし詰め状態で
押し込められていたそうです。
トイレも自由に行けないので悪臭の漂う中で寝ざるを
得なかったという説明を受けました。
和平村では寝室スペースの横に洗面桶が置かれていたので
ここで朝の洗面や歯磨きをしていたのでしょうか。 -
ガラス窓から外光が差し込んできますので暗い閉鎖感は
ありません。 -
私たちは2階へあがってゆきます。
-
2階から階下を見ると空間が広いので解放感があります。
-
2階は将校クラスの捕虜の個室がありました。
-
2階に当時の記念品が展示されていました。
-
1階に降りて建物の周囲にある生活施設を見学します。
ここは捕虜たちの食事を作った厨房です。 -
内部には竈や桶類が置いてありました。
-
隣にはお風呂場がありました。
説明書きに「日本式の”五右衛門ぶろ”も作られていた。」
という文字が見えます。
兵隊さんたちは五右衛門ぶろの桶に首までつかりながら
懐かしい日本の暮らしを思い出していたのでしょうか。 -
風呂場で履くのか草履が置いてあります。
-
風呂場の内部です。
これは新しくコンクリートで作った浴槽
のようです。 -
その横に厠(トイレ)がありました。
ドアに「男」と書かれていますが女性用の
厠もあったのでしょうか? -
建物の壁の隙間から内部を覗いてみようとしました。
カメラでは良く見えませんが板が引かれていて間が
開いていましたので板の上にまたがってしゃがんで
用を足していたのでしょうか。
昔のことなので臭気は有りませんし内容物も見えませんでした。 -
「訓練室」です。
捕虜たちはここで思想的な教育を受けていたそうです。 -
訓練室の内部です。
小学校や中学校の教室のようです。 -
「新生班」の部屋です。
更に思想教育が必要な捕虜たちのための
部屋でしょうか。 -
「衛兵室」です。
捕虜たちが逃亡しないように厳しく
管理していたのでしょうか。 -
ここで衛兵たちが寝泊まりしていたと思います。
-
「監禁室」です。
独房室みたいで問題のある捕虜はこの部屋に
監禁されていたようです。 -
部屋には上の方に小さな窓がありましたので
真っ暗な独房に監禁されていたわけではないようです。 -
最後に捕虜収容所のその後の歴史が説明された
記念館がありました。
ここで再教育された日本人捕虜たちは
中華人民共和国設立のために貢献したようです。 -
鎮遠は日本人観光客にはあまりなじみのない所かも
しれません。 -
しかし和平村に来て一度は訪ねてみる価値があると
思いました。 -
庭に出てみると日本人捕虜たちが野球を楽しんでいる
銅像がありました。
私は審判になった気分で彼らの後ろに立って写真を撮ります。駅からバスで10分くらいで行ける。バス停が目の前で入場は無料だ。 by 2013tomoさん和平村 (在華日本人民反戦同盟 和平村址) 史跡・遺跡
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これが主審の目から見たベースボールです。
ストライク!!駅からバスで10分くらいで行ける。バス停が目の前で入場は無料だ。 by 2013tomoさん和平村 (在華日本人民反戦同盟 和平村址) 史跡・遺跡
-
和平村のバス停から私たちの客桟(ゲストハウス)がある
祝聖橋バス停に向かいます。
7路バスで和平村から祝聖橋まで行けます。 -
祝聖橋バス停から川沿いに3分ほど歩い
て私たちが宿泊する客桟(ゲストハウス)に
到着します。
途中にこのゲストハウスの案内看板がありました。 -
ゲストハウスのオーナーです。
こわもての顔をしていますが水ペットボトルを
無料で何本もくれたり。
ちいさな甘いミカンをくれたりして親切な方でした。
でも顔は怖かったです。 -
テレビがとても大きく見えます。
部屋は小さいですが窓から川が見えました。 -
部屋の外にあるベランダから青龍洞が見えます。
-
外に出てベランダに立つと右側に祝聖橋が
ばっちり見えました。
今夜のライトアップされた夜景が楽しみです。 -
トイレです。
その日の夜は熱いお湯が出なかったので
シャワーはかかりませんでした。
翌日の朝はお湯が出ました。
朝シャンをする習慣かな? -
早速周囲の探検に出かけます。
写真は祝聖橋の真ん中にある3段式の屋根付きのお堂です。
外気が冷たく更に橋の上では川風が吹いていますので凍えます。
時雨が降りますので手にゲストハウスで借りた雨傘を持っています。
観光客はあまりいませんでした。 -
橋の近くにあるお土産屋さんを覗いてみました。
軒先に子供用の少数民族の衣装が飾られていました。
他にも色とりどりのお土産が展示されていました。 -
鎮遠住民の半数がミャオ族やトン族の少数民族
のためか街角には彼らの踊る銅像が立っていました。 -
左側が青龍堂への入り口です。
鎮遠古鎮にある祝聖橋を渡れば目の前にこの古寺がありました。 by 2013tomoさん青龍洞古建築群 史跡・遺跡
-
右側がチケット売り場。60歳以上は無料でした。
-
私たちは青龍洞を訪ねました。
私は途中から一人で石段を登って行きます。鎮遠古鎮にある祝聖橋を渡れば目の前にこの古寺がありました。 by 2013tomoさん青龍洞古建築群 史跡・遺跡
-
黄金色の仏様が待っていました。
-
阿弥陀如来様でしょうか。
美しく金色に輝いています。 -
お寺の入り口です。
義経楼という額が上に掛かっていました。鎮遠古鎮にある祝聖橋を渡れば目の前にこの古寺がありました。 by 2013tomoさん青龍洞古建築群 史跡・遺跡
-
青龍堂から橋や宿泊しているゲストハウスが見えます。
-
途中に仏様を祭った洞穴がありましたので
覗いてみました。
これが青龍洞のようです。 -
昔のお坊様はここで瞑想の修行をしたのでしょうか。
私は今日も旅の中空(なかぞら)で迷走しています。 -
洞窟の入り口から入って、
-
仏様をお参りして、
-
そして洞窟の出口を出ます。
胎内くぐりみたいです。 -
途中に岩肌にしがみ付く様に建てられた仏閣が
ありました。 -
更に歩いてゆくと山腹の岩崖が頭の上に迫ってきます。
「途中で入山する人は自己責任で安全を確保してください」
という注意書きを見ました。
この状態ですといつ何時頭の上に岩が落ちてきても
おかしくありません。
(登るんじゃあなかったかなあ!)鎮遠古鎮にある祝聖橋を渡れば目の前にこの古寺がありました。 by 2013tomoさん青龍洞古建築群 史跡・遺跡
-
街を歩いていると小さな男の子と女の子が
喧嘩をしていました。 -
男の子は女の子に関心を持っているのでしょうが
まだ心が幼くて表現の仕方が乱暴です
(どこの国でも同じですね)。 -
鎮遠はかつて貴州・雲南省を結ぶ交通の要所として
歴代の王朝から重要視された歴ある古い町です。
川のほとりには銀の商取引をしている商人たちの
銅像が立っていました。
対岸に青龍堂が見えます。
青龍堂はこんなに横にもあるとは知らず
途中で見学をやめてしまっていました。 -
夕方(7時ごろ)になると街の表情が大きく様変わり
しました。
街中が金色に輝くイルミネーションでライトアップされます。
川面にも光が映って幻想的な世界を生まれます。
私たちはイルミネーションに照らされた街を彷徨うように
歩き回りました。 -
夢のような世界ですね。
-
川の流れが静かですので鏡のような水面に
イルミネーションが映えています。 -
祝聖橋を渡ります。
橋の上にある三階建ての楼閣も光で
飾られています。 -
橋の上から対岸の街を撮影します。
光の帯が川面を境に対照的に映っています。 -
対岸の青龍堂にある寺院群も緑色の照明に輝いています。
-
石屏山の頂にある展望台にも明かりが灯りました。
山腹に星のように光っているのは登山道の灯の光です。
私は明朝にあの山道を登ります。 -
祝聖橋の側面も照明されています。
いまは紫色ですが一定の間隔で他の色に
替わります。
町全体がエンタテーメント空間になっています。 -
夜が更けて明るく輝く街から見上げる石屏山は
夜空に浮かぶ不思議な星空のように見えました。 -
少数民族の衣装を売るお店屋さんです。
夜の明かりで衣装たちが踊りだしそうに見えました。 -
対岸の青龍堂の寺院群が水墨画のように白々と輝いています。
-
寒くなって体が冷えてきましたので熱い食べ物で
体を温めます。
コリアンダーが入っている麺もあります。
パクチーがきらいな人は食べない方が良いでしょう。 -
ラーメン類の料金はメニュー表のとおり
10から15元です。
料金は小、中、大で区別されているようです。 -
早朝に部屋のベランダから見ると
まだ暗い川面の上を釣り船がゆっくりと
走っていました。
朝はやはり寒いです。 -
昨夜の対岸で白々と輝いていた寺院群を
同じ場所から眺めてみました。
今朝は川面に対象の姿を映して異なる
美しさを見せてくれました。 -
翌日の早朝、二人で街を散歩します。
空気が冷たい!
男の子を3人連れたお母さんが歩いていました。
お父さんは前を歩いています。
2歳くらいの小さな男の子が「ア、ア、アポォ!
(リンゴのこと)」と英語の発音勉強をさせられて
いました。
私たちの娘も同様の英語カードで発音練習をさせて
いましたので懐かしく思いました。
「お子さんは英語がお上手ですね!」と私が声を
掛けるとお母さんは怪訝な顔をしています。
家内がお子様の口真似をして「ア、ア、アポォ!」と
発音するとニッコリ笑って会釈をしてくれました。 -
祝聖橋に近づいていきます。
橋が川に移って眼鏡橋の様です。
観光船も動き始めました。
今日は寒くて観光客は少ないけど
頑張ってくださいね。 -
橋の上に立ちます。
-
風は見えませんが
冷たい川風が吹いています。 -
鎮遠市街の全景地図です。
山の上から眺望できると思います。 -
翌朝に石屏山の登山口に行きました。
鎮遠には歴史のある古い建物(寺院)が多くあります。石屏山風景区 自然・景勝地
-
これは石屏風山への入り口です。
私たちは60歳以上ですので3元の保険代を払っただけで
無料で入山できます。
中国では年を取ると良いことがあります。石屏山風景区 自然・景勝地
-
石屏山景区の解説が書かれていました。
山頂には展望台があり鎮遠の街の全景を
眺めることが出来ます。
またさらに上には万里の長城のミニチュア版
のような府上垣(明の正徳年間1506~1521年
に建造されたものです)があります。
明日ここに登りますので報告いたします。石屏山風景区 自然・景勝地
-
坂道を登って行くと祝聖橋の楼閣が目の下に見えてきました。
杜甫の「登楼」という漢詩がありますが人は高い所へ登ると
逆に思いは深まるような気持がします。 -
急な山道の階段にも負けず更に登ると
鎮遠の街の益々良い眺めが見えてきました。石屏山風景区 自然・景勝地
-
私はズンズンと山の石段を登って行きます。
歩けなくなったら旅はできないと思いました。
これからもスポーツジムで運動を継続しよう!。 -
ようやく山頂にある展望台までやってきました。
ここに来るまでに山を歩いて降りてくる人に
一人会いました(地元の人のようです)。
まだ朝が早いので観光客は登っていないのでしょう。石屏山風景区 自然・景勝地
-
展望台からの眺めです。
昨夜は下に見える祝聖橋のたもとから
この展望台を見上げていたのです。石屏山風景区 自然・景勝地
-
展望台の後ろには更に石段が続いていました。
ここを登れば万里の長城のミニチュア版の府城垣
にたどり着くはずです。
(下から赤い旗がみえていますがあそこが府城垣です)
私が途中まで登っていると観光客の人たちが走って
登ってきました。
若い青年が先頭を走りながら
「加油!加油!チャーヨー(頑張って!頑張って!)」と
元気の良い掛け声をかけて一列になって駆けあがってきます。
私のような老人でもここまで登っているので負けないぞ
という勢いで走っています。
私彼らの邪魔をしてはいけないと思い
「先走!先走!センツォー(お先に!お先に!)」と
言いながら道を譲りました。
先頭を走る若者は「謝々!シェシェありがとう」と言って
私に一礼し私の傍らを走り抜けて行きました。
後に続く人たちは様々です。
中には口を開けてあえぎながら走っている
眼鏡をかけた青年もいました。
それを後ろを走っていた若い女性が
「もっと速く走れ!」と気合を掛けながら
追い抜いていました。
現在の元気な中国経済の秘訣を見たようで
うれしくなりました。石屏山風景区 自然・景勝地
-
さらに上に上がると展望台も更に小さくなります。
-
岩壁に赤い旗が見えてきました。
明の時代に建築されたという万里の長城
(ミニチュア版)の府城垣にようやくたどり
着きました。 -
この階段から上に登るようです。
まっすぐ行くと四宮殿というところに
続いています。石屏山風景区 自然・景勝地
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上に登りました。
確かに万里の長城のように遠くに石垣が続いています。
でも20年前に家族で行った北京の本物の万里の長城と比較
するとやはり規模的にはミニテュア版でした。石屏山風景区 自然・景勝地
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入り口から山頂間の往復は2時間程度です。
石屏山への入り口を撮影しました。
この時間になって観光バスが数台やって
来ました。
朝早く登って良かった!石屏山風景区 自然・景勝地
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麓には子供に囲碁を教えている
銅像がありました。
鎮遠は教育熱心な町の様です。 -
今日は学校が休みなのか制服を着た
子供たちが駅前で遊んでいました。 -
祝聖橋のバス停から鎮遠駅に帰ってきました。
2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
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鎮遠駅の全景です。
昔風の風情が漂う建物です。2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
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鎮遠駅の待合室です。
ボードレールではありませんがここには
「出発の詩情(ポエジー)、待合室の詩情(ポエジー)」
があると思います。2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
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待合室の横には小さな売店がありました。
2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
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私たちは改札口を通り抜けます。
2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
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鎮遠駅のプラットフォームに行くには長い階段を昇ります。
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線路は山腹の上にあるのですね。
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駅の上には線路が何本も走っています。
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ホームにいる乗客は来た時よりも
少ないように思います。
でも後から貴陽に遊びに行くのか大勢の
若い人たちが乗車してきました。
満員ですでの予約しておいて良かったです。2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
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凱里行きの列車がホームに入ってきます。
2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
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明日は凱里郊外にある少数民族ミャオ族の村を訪ねます。
次回のブログでその顛末を報告いたします。2019年大晦日、遠くの駅に来ました by 2013tomoさん鎮遠駅 駅
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凱里のホテルの部屋の窓からみた凱里の街です。
都会に帰ってきました。
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旅行記グループ ①成都の三国志とパンダ、新幹線で貴州省へ、凱里、鎮遠、安順12月28日~2020年1月7日、11日間
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