2019/12/05 - 2019/12/05
438位(同エリア2200件中)
まりも母さん
前回川越に建物見物に行ったのは2014年
その頃、来年あたり公開になる、と 聞いていた
「旧山崎家別邸」
建物が公開されたら見に行こう、と思っているうちに月日は流れ、
今年、建物は、国の重要文化財に指定されました!
川越にいくつもの洋風建築を設計している 保岡勝也の建物のひとつです。
5年越しの念願叶って(?)やっと見に行く事ができました~!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
午前中 飯能市の公園で紅葉景色と不思議な建物見物を楽しみ、川越に移動しました。
車でやって来たので、駐車場が困ります。
時間貸しの小さな駐車場は沢山あるようですが、平日とは言え、どの位混んでいるのかも判らず、
多少離れていても、確実に停められそうな 広めの駐車場・・・という事で
「あぐれっしゅ川越」という農産物直売所の駐車場にある「観光用駐車場」に停めました。
駐車代は無料でしたが、蔵造りの町並みの辺りまでは徒歩15分かかります。
ま、私たちは普段も 野山だの 花や鳥を探して歩き回っているので、15分位は問題無い。
むしろ、前回 歩いていない通りを歩く方がメリットもありそう。
歩き出す前に、直売所で果物やサツマイモをチェック!
さすが芋の町川越。サツマイモの種類も多かった~。 -
目的地へ向かい歩きますが、直売所に観光マップが無かったので(見つからなかっただけかも)
グーグル先生に道案内をお願いします。
で、歩き始めてすぐ、レトロなボンネットバスと遭遇しました。
「小江戸巡回バス」時計回りと反時計回りがあり、1回200円で、500円の1日券もあるそう。
あぐれっしゅ川越にもバス停 あるみたいです。 -
ま、歩かないと見どころある建物をスルーしてしまうかもしれないので、まりも母はなるべく歩きますけどね。
で、こんな銅板葺きの看板建築の建物も見つけちゃいます。
手打蕎麦百丈(旧湯宮釣具店)昭和5年(1930)国指定登録有形文化財
3階建てで、2階と3階の窓のデザインが違うという所、
2階壁面には円柱デザインまであってしかも銅板葺き。いいですねぇ。 -
で、川越らしい黒漆喰の蔵造りの建物は、本当に沢山残っている訳です。
この建物など、前にレトロな郵便ポストまであって、良い景色です。
こうした蔵造りの建物は 前回も色々見て写真も撮り、旅行記も掲載していますから、
今回は、多分歩いていないだろう通りを行き、レトロな建物を探して見よう、と思うのです。 -
川越市の景観重要建造物に指定されている
足立勝邸(旧原田家)文庫蔵 明治19年(1886)主屋・住居棟 明治26年以降
こちらの建物は、文庫蔵が明治26年(1893)の川越大火の以前にできた建物です。
この大火の時、焼け残った蔵造りの建物が多かった為、耐火に優れた「蔵造り」が一気に増え、
商人の町でもあった事から 競って豪華な漆喰飾りの屋根が発展して行った訳です。
この建物は、出桁造りの商家建築で、屋根の豪華な影盛も無い事から
大火の後、早い時期に再建されたものではないでしょうかね?ま、まりも母の勝手なそーぞーですが。 -
目的地に着きました。ちょっと判り難い場所でしたね。
通りから広いエントランスが続きます。
ここが、「旧山崎家別邸」です。 -
まず、管理棟に入ります。
建物内で使われていたであろう、日用品が展示され、解説パネルなども。
ここで、大人100円の入場料を払うと、入場パスとパンフレットが渡されます。
パスは帰りに窓口に戻します。
管理事務所の建物前で、ボランティアガイドさんに ざっくり この建物の説明を受けます。
後は、自由見学です。 -
現在管理事務所兼展示室(トイレもあり)の新しい建物です。
昔の敷地内配置図を見ると、この建物があった辺りは 西洋庭園(花壇)だったようです。
小さな温室もあったよう。 -
管理事務所のある建物を出ると、赤く色づいたドウダンツツジの向うに和館の玄関が。
旧山崎家別邸 大正14年(1925)国指定重要文化財
庭園は 国登録記念物(名勝地)
設計 保岡勝也 辰野金吾に師事した建築家。一丁倫敦と言われた丸の内の三菱関連のビルなどを多く手がける。
川越には第八十五銀行本店(現埼玉りそな銀行川越支店)旧山吉デパート(現保刈歯科医院)の2棟も残っています。 -
入口はこちら。建物平面図を見ると、和風の玄関は「内玄関」
そこで、靴を脱ぎ、中に入ります。
玄関から、廊下・客間の和室・縁側を抜けて、庭園までが見えました。 -
客間には大きな床の間 琵琶棚が見えます。
保岡勝也は 丸の内の事務所街の建物をいくつも造った建築家ですが、
大正時代になり独立すると 商店や住宅も多く設計しました。
特に晩年は数奇屋造りの邸宅を手がけたそうです。
また、ここの庭園設計も保岡自身によるものです。 -
客間の入口を振り返ると、なぜか襖が右側 1畳分だけずれています。
よって、客間は9畳という微妙な大きさ。10畳取れるスペースがありながら、
9畳となっているのです。
理由が判らないのですが、川越では8畳2間の造りが嫌われるそうで、
保岡はあえて、9畳と隣の居間を8畳としたらしいです。
(その理由が知りたかったけど、調べても答えが見つかりませんでした)
で、天井あたり結構複雑な構成です。
床の間の方は 襖を入った所には一段低い網代天井があり、垂れ壁まであります。
そして・・・床脇になにやら、見慣れない物が。 -
床脇の上に、仙人の杖のような 亀甲竹が!
こんなの見たことないですねぇ。
この建物は 川越の老舗菓子店 「亀屋」の五代目山崎嘉七の隠居所として建てられたものです。
変わった材を採用する、堅苦しい雰囲気ではなく 数奇屋造りの和室なのですね。 -
広縁から見える庭の景色。石灯篭の前に川が作られています。
植木は厳選してありながら、あえて、自然なままの形にされています。
日本庭園って言うと、丸く刈られたツツジや形作られた松なんて思うけど、
そういうのとは違いますね。
左に見えるのはお茶室です。
広縁には座布団が並べられ そこに座って、ゆっくり庭を眺められるようになっていました。
保岡の庭園設計は、家族が鑑賞する事を考えられているものだそう。 -
和室に関する知識は乏しいものの まりも母的に 鑑賞ポイントとしてチェックする箇所があります。
床の間の天井がそのひとつ。
覗き込んで、どんな天井が張られているか見ちゃう。
ここの天井は雲の柄でした。源氏雲っていう文様になりますかね?
金彩の美しい天井。見えない所も手抜き無しです。 -
書院の桟部分です。
これ、竹を細く割ったものが使われていますね。
節のところが、良いアクセントになり、なるほど~これが数奇屋造りと言うものか~~と。
それにしても、細かい細工で驚きます。
亀甲竹や角竹もあり、この建物は竹を使った巧みなあしらいが、いくつも見どころです。 -
書院部分 広縁側から見ると、羽の透かし細工が見えました。
こういう細かい所、じっくり探せば見どころ満載の建物ですよ! -
広縁の天井を見上げると、これまた、複雑で 色々凝った材が使われています。
絞り丸太の桁は、長い1本丸太でした。 -
客間の天井は 竿棹縁天井ですが・・・棹が四角い竹じゃないですか!
なんと贅沢な~~。
他にもいちいち全部紹介できないほど、職人技や高級な材料が使われている所がいっぱいあるんですよ~。 -
隠居部屋として普段使いのお部屋だった8畳の居間。
ここにも床の間があります。落掛けはシラカンバみたいでした。 -
居間の8畳間の隅にアーチ型の開口部があり、更に隣の部屋へ続いています。
この8畳間の天井も庭園側は掛込み天井。
平らな方の天井 笹杢の杉板の棹は、名栗仕上げのあるもの、と 手抜きなしの数奇屋造りで完成されているのでした。 -
「ベランダ」室への入口、壁にはこの3つのスイッチも。
古いものが、良い状態で残されていました。 -
アーチ型の入口から入る隣は 角が全てガラス戸のサンルーム的なお部屋でした。
ここでは「ベランダ」と呼ばれています。 -
ガラスは、昔の手吹きガラスがそのままに。歪んだ景色がレトロで和みます。
-
「ベランダ」の隣に5畳半の小さな和室が。
半畳分は造りつけの物入れになっています。
このお部屋は「児童室」遊びに来た、子供たちの為のお部屋のようです。
右側の掃き出しのガラス戸を開ければ、そのまま外に出られる造りになっていました。
外で遊んだ子供たちの出入りは、ここからって事なのでしょう。 -
建物東端まで見ましたので、廊下を内玄関の方へ戻ります。
玄関脇に扉のある小さなスペースが。
電話室でした。
すでに、電話はありませんが、早い時期から電話があったという事ですね。 -
食堂入口前 畳3畳分のスペースがあります。
この建物は、建築に関する資料が沢山残されていて、それも重要文化財指定となったポイントなのだそうです。
その設計図によると、この畳3畳部分は「コルク敷き」。
建築当初はコルク敷きで、その後コルクが劣化したとかで、畳に替えられたのかもしれませんね。
この部分までが和館の造りで、これより西側は洋館の造りとなります。 -
食堂へのドア脇にはステンドグラス。花瓶のバラがモチーフです。
ここは、引き違い戸になっています。 -
食堂前の廊下は、更に北側に続きます。
この曲がった先はやや狭い廊下で、床には籐ムシロが敷かれていました。
そして、天窓があるのです!
廊下突き当たりも変に斜めになってるし、ちょっと変わった造りなのです。 -
廊下の右は浴室でした。
脱衣洗面所があり、手前隣が浴室。
銅版製の洗面流しにはカランが2組。2個づつ蛇口があるという事は、お湯と水が出たのでしょうねぇ。 -
天井は網代天井と窓側は段違いで竹の天井。
丸桁も皮付きの素朴な感じのものです。
客室や広縁も色々な天井が採用されてましたし、この建物はかなり、天井にこだわりがあるようです。 -
脱衣洗面所の入口を内側から見ると、こうなっています。
わざわざ上部の角は切られています。
解説板に
>片引き戸の袖壁には、当初の状態に近い大津磨き壁が良く遺されています。
引き戸の内側も柄物が貼られています。これは、じっくり見なかったけど、更紗生地だったかも・・・。 -
浴室はタイル張りでした。広い洗い場と深い浴槽。
浴槽と床は昭和56年(1981)頃に改装されています。 -
浴室の天井です。
四方からの船底天井になっています。
が、一番上にありそうな換気口が無いです。
その代わりなのか、窓の上に細長い換気口がありました。 -
廊下の先、ななめになった壁は、トイレの入口でした。
-
トイレスペースは床と腰壁がタイル張り。
入口右側にこの手洗いが。やはり、水が出る所が2つあります。
手洗器は、オリジナルのものでしょうね。銅版製の半円ボウルが 名栗仕上げの台に納まった
お洒落なデザインでした。 -
隠居所で、居室はさほど多くないわりに
個室が男性用1つ、和式2つ、洋式1つもありましたよ。
しかも、水洗トイレ!! -
で、トイレの天井もやっぱり、見どころでしたよ。
船底天井で、浴室同様 排気口は高い位置の壁に開けられていました。
照明は、各個室の真ん中の柱上にひとつ。
昔のトイレはあまり明るくありませんでしたよね。 -
廊下を戻りつつ反対側の部屋。
トイレに近い一部屋は扉が閉まっていて中が見られませんでした。
パンフにあった平面図をみると、台所らしいのですが、かなり狭いと思われます。
その隣にこの部屋。女中部屋です。
浴室の向かいになります。
3畳に造り付けの物入れと天袋のようなものがありました。 -
和館部分は見終わりましたので、まりも母 お待ちかねの「洋館」スペースへ!
まずは、食堂内部。
6人掛けの楕円テーブルと椅子が置かれたお部屋です。
案外 こじんまりとしていました。
6人が食事をしたら、ちょっと狭いと思える位でした。
6畳だそう。まぁ、昔の住宅だったら、そんなものか。
窓の脇には庭園へ出られるドアもあります。 -
現在 壁にはパネルが展示されていました。
ドアの横、ステンドグラスの入れられたガラス戸は、飾り棚兼ハッチという事で、
運ばれて来た料理を一旦置く場所でもあったようです。 -
食堂の天井です。
格天井のような造りで、解説によると
>合板の鏡板の中央には寄木の小さな飾りが埋め込まれています。
だそう。
小さくて良く見えなかったので、焼印が押されているのかと思いました。
しかし、なぜ、こんな小さい飾りにしたのだろう?もうちょっと豪華でも良かったんじゃ?
ってな位、小さくて良く見えないんだわ。 -
食堂の天井にはシャンデリアやペンダントは無く、南北の壁にそれぞれ、ブラケットがあるだけ。
それだけじゃ、暗すぎるのではないか?と思う謎部分。 -
食堂隣の「客室」
この家で一番素敵なお部屋でした。
家具のセレクトやデザインも保岡によるもの。 -
応接室として使われたこのお部屋。天井は 二重の格天井風。
カーテンボックスは カーテンと友布製で タッセルや飾り紐が付いた素敵なデザインです。
壁紙、カーテンは当時の物が残っています。
壁紙は輸入物で、漆喰の上に貼られています。 -
ステンドグラスの入った上げ下げ窓3枚の部分は アルコーブのような窪みになっています。
小さなソファーと椅子が左右に置かれ、
居心地の良さそうな一角になっていました。
窓にそれぞれワンポイント入れられたステンドグラスは 「別府ステンド硝子製作所」の作品。
このステンドグラスを製作した別府七郎とは、日本におけるステンドグラス作家の祖と言われる
宇野澤辰美 最初の弟子であった人物。
大正時代になってから、独立して都内で、開業したのが「別府ステンド硝子製作所」 -
客室のもうひとつのドアから出ると、玄関ホールでした。
ここにもブルーの美しいステンドグラスが使われています。 -
玄関のたたき部分。小石の洗い出しになっています。
まりも母、これ、結構好きなんですよ~。
>領収書には京都「かも川赤まき石」とあります。
こちらの 洋風なのが、表玄関になる訳です。
この旧山崎家別邸は 皇族方もお迎えした、「川越の迎賓館」でもあったはず。
なのに玄関が こじんまりしているのは、やはり、「隠居所」だからなのでしょう。 -
階段脇には重厚な扉。
金庫の扉のようですが、この中は蔵です。
蔵も非公開で、内部は見られません。蔵は2階建てで、平面図によると、座敷蔵のようです(8畳ほどの畳敷きらしい) -
蔵の入口。灰色に見える部分はコンクリートっぽいなぁ・・・と。
ここが漆喰なのかコンクリートなのか、そこまで良く見てきませんでしたが
建物の仕様とチェックすると、
>土蔵は 木造2階建、地下1階、切妻造、フランス瓦葺、地下は煉瓦造、地上外壁は鉄筋コンクリート
と、なっていました。
川越名物の土蔵造りより、外壁は強固な鉄筋コンクリートなのですね。
やはり、関東大震災(大正12年1923年)後の建物である事が理由でしょうね。 -
玄関ホールには2階への階段があります。
残念ながら、2階は非公開なので、見る事ができませんでした。
寝室と六畳の和室などがあるそうです。 -
階段室の踊り場に、素晴らしいステンドグラス!
高さ2.1m幅76cmの欄間付き上げ下げ窓に入っています。
こちらも日本最初のステンドグラス作家と言われる 小川三知の作品で
題名は「泰山木とブルージェ」。
ふむ。花の方は見ただけで、「泰山木」と判りますが、鳥がなぁ・・・
ブルージェ、という鳥は居ないです。
考えられるのは、ブルージェイ(和名アオカケス)というアメリカ辺りでは良く見かける鳥。
ただ、ブルーと言うだけあって、青が目立ち、あとは部分的に白と黒の入る鳥です。
が、ステンドグラスの鳥を見ると、冠羽があるし、尾が長く、姿はブルージェイにそっくり。
と、いう事から、小川三知は、ブルージェイの白黒写真(当時はカラーなんて無いよね)を参考にデザインし、色は自分の好きなガラスで作品にした・・・という事ではないかなぁ?
まりも母も バードウォッチングは もう5年以上やってますから、その位の想像は出来るようになったよね。
小川三知のステンドグラスは今年 小笠原伯爵邸で見ています。それは、昭和になってからの
この作品より、少し後に作られたものです。 -
1階の階段裏にももう一枚ステンドグラス。
こちらに関しては、作者がどこにも記載がなく、作品が誰の手によるものなのかが不明です。 -
建物内部は、ほぼ見終えたと思うので、内玄関に戻り、今度はお庭と外観を見る事に。
和館 内玄関のたたきも、洗い出しでした~。こちらは、那智黒石っぽい黒い小石。
引き戸の外も、洗い出し仕上げで、そちらは、もっと細かい砂利のような石が入っていました。
柱の塚部分も丸い石に 扉の分の切り込みがあったりと、本当に細部まで凝っていますねぇ。 -
玄関から外に出て、洋館の方を見上げます。
2階部分が見えました。
手前は、蔵の2階部分。 -
建物北側に沿って歩き、門まで戻ります。
パンフレットに掲載されている大正13年の配置図によると
正門の前に車回しらしいスペースがあり(そのスペースは現在もあります)
北側には付属屋がありました。
この正門あたりの景色は、昔とさほど変わっていないでしょう。 -
門を入ると右手に「車待ち」の屋根付きベンチがありました。
茶室に付属する「腰掛待合」とそっくりな造りで 下地窓までありました。
左右は竹垣で、ここは、洋館エントランスにあたるのに純和風なのです。
ちなみに、後ろの建物も古そう。(後で表から窓のステンドグラスを見ました) -
こちらが正面玄関。
ポーチのある木製ドアの玄関。
緑のガラスのはまった、袖壁もあります。
ポーチのステップあたりは丸い石が積んであり
タタキの小石が入った洗い出し仕上げとマッチしています。 -
玄関ドアは渦巻き柄のあるデザイン格子の入った素敵な扉でした。
建築年代から言ってもセセッションスタイルのようです。
木製のドアはいいですねぇ。
防火や防犯上は優れているのでしょうが、最近のアルミ等の金属ドア 私は嫌いです。 -
玄関北側の2階部分。
ここは蔵の2階になります。
窓が閉まっているのは、蔵の窓だからでしょう。
外壁は鉄筋コンクリート のはずです。
しかし、軒下の蛇腹飾り、壁面の上部は下見板張り風 下の方は拭きつけモルタルらしい仕上げで、
一見木造に見えますね。鉄筋コンクリートのごつい感じは無いのでした。
木造の洋館部分と同じ外壁仕上げになっていて、頑丈な「蔵」があるように見えません。 -
庭の方へ進むと、室内からは良く見えなかったテラスが見えました。
2階もバルコニーに出られるようになっていたのですね。 -
最後にお庭を見せて頂きます。表玄関の方からは入れませんので、内玄関を通り越し、
敷地東側から入ります。
お茶室があります。(内部は見られません)
この茶室は、犬山市にある国宝茶室 「如庵」の写しだと聞いた事がありましたが、
管理棟の解説によると 仁和寺 遼廓亭の写しなのだそう。
一体どっちが本当だ!?
しかし、山崎家では、お茶室を積極的に使った訳でもなく、
このお茶室は 庭を設計した保岡の好みで置かれたものなのかもしれませんね。 -
お庭も中に入ることは出来ず、外周半分ほどにあたる見学者の歩ける場所からの眺めます。
洋館の南側外観がここから なんとか見えます。
1階のテラスの張り出しも大きく、気候の良い頃はお茶も楽しめそうですね。 -
和館の方を庭越しに。
庭園は 平成23年(2011)国登録記念物(名勝地)に指定されています。
飛び石が配置され、石で縁取られた川があり、川底は小さな石で敷き詰められています。
これは、「今は水を流していないのか?枯れたのか?」と思ったのですが、
そうではなくて、「枯山水」として川の中には玉石で「枯流れ」が表現されているのでした。
枯山水の庭園を採用した理由は、山崎家の本業は製菓業という食品を扱う仕事であったからだという事です。(湧水が出ていなければ、汚れた水って事で嫌だったのかしらね?) -
ずっと、見学に来たい、と思いつつ あっという間に5年過ぎていました。
平日の午後 空いている時にじっくり見られて満足です。
目的の建物は見られましたので、もう少し川越の町を歩きつつ、駐車場へ戻る事にします。
これは、「旧山崎別邸」の入口右側のおうちにあったステンドグラス。
川越市景観重要建造物に指定されている 榎本家 大正5年(1916)
市の資料には
>当初は米問屋として建てられましたが、昭和の初めに住宅として使われるようになりました。
とあります。
伝統的な町屋造りながら、お洒落なステンドグラスが入った外開き窓。
大変興味深い建物です。 -
歩きつつ、古そうな建物を探します。
見つけたのは「福田屋書店」昭和4年(1929)
モルタルの看板建築です。 -
そのお隣には「大田屋茶店」昭和4年(1929)
こちらも同様の看板建築。
並んだ2軒共 川越市の景観重要建造物に指定されています。 -
喜多院まで来ました。ここも紅葉の名所だと聞くので、様子を見に来てみました。
多宝塔です。 -
境内では「和傘紅葉」というイベントが開催中でした。
竹と和傘、植物のアート作品展示。 -
完全にインスタ映えを狙った企画のようです。
和傘も置いてあり、撮影用に 観光客が和傘を無料レンタルできるとも。 -
裏手の紅葉は色づいていましたが、多宝塔の前はまだ全然きれいな色になっていなくて、
客殿の紅葉はダメそう・・・という事で拝観するのはやめました・・・。
今年は、紅葉の進みが遅くて、京都もまだ全然だと聞きます。
どうだったんでしょうね?すでに午前中のメタセコイヤで満足しちゃったのもありましたね。 -
ダンナと、「もう紅葉はいいか~」と話し喜多院を後にしました。
そして、しつこく探すのは、まだ、川越でチェックしていない場所の古そうな建物。
「川越名店街」にあった やはり看板建築の「八百政」
シンプルなラインの蛇腹だけですが、当時はモダンな感じだったでしょうね。 -
少し進むと 手前の一部が なんだか変な色に塗られた建物・・・。
-
近づいてみると、3,4軒のお店が長屋のようになっているらしい建物でした。
「大正館」と看板があるのは、Shabby farmというアンティークショップで、
建物は大正14年(1925)に建てられたものだそう。
お店のサイトには
>以前はダンスホールや手芸店などに利用されおり
雰囲気のあるブリキ製の天井や色ガラス窓は当時のオリジナルのまま残し リノベーションしました。
とありました。この日は残念ながらお休みで中は見られませんでした。 -
蔵の多い メインストリートに戻ります。
前回お茶した カフェエレバート(旧田中家住宅)と隣の保刈歯科医院(旧山吉デパート)
この2軒が並んだ図は、洋館好きにはたまりませんね。
この右側 旧山吉でパートは 先ほど見学した 旧山崎家別邸と同じ 保岡勝也の設計による建物です。
川越に初めてできたデパート。
昭和11年(1936) 平成20年に耐震補強と復元工事 国指定登録有形文化財
1階の窓には美しいステンドグラスが使われています。
このステンドグラスは、旧山崎家別邸の一部と同じ「別府ステンド硝子製作所」の作品だそうです。 -
川越に残る もうひとつの保岡作品
埼玉りそな銀行川越支店(旧第八十五銀行)大正7年(1918)
保岡勝也設計 国登録有形文化財
今日は平日で、銀行は営業しています。
中は、どうなってるのかな??とちょっと覗いてみましたが、
すっかり普通の銀行同様な改装がされていて、パッと見 全然面白くありませんでした・・・。
(2階の旧頭取室は昔の様子が判るそうです。が、現在も応接室に使われている為非公開です)
川越に残る3つの保岡勝也の建物外観は全部見られました。 -
黒漆喰の蔵造りの並ぶ町並み。
良くここまで古い建物が残ったと、ありがたく思います。 -
時の鐘の通りを曲がります。
観光客が多いですね。東南アジアからの外国人観光客も多かったです。 -
スタバの店舗も川越の景観に合わせた仕様。
こういう配慮は好感が持てます。 -
車を停めた「あぐれっしゅ川越」へ向かう途中。
市役所の向かいにあった「大手前」というお店で、コロッケサンドを買いました。
おじいさんが注文を受けてから揚げてくれます。
隣のお部屋ではおばあさんがコロッケを作っていましたね。
熱々のコロッケは何もつけなくても ちょ~~美味しいものですけど、
揚げたてコロッケのサンドも当然おいしかった~。
今日は、午前中に飯能市の紅葉と不思議な建物見物。
午後は、見たかった建物を見る事が出来て、充実の一日でした。
埼玉には、まだ見たい建物もありますから、これからも塗りつぶして行きたいです。
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