2019/10/04 - 2019/12/12
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サンフランさん
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相変わらずの街歩きは、町家の建物を見て歩き、洋館にも興味が増えてきた。ようやく3軒ほど内部を見せていただいた。
この夏、京都学講座で門跡寺院と尼門跡寺院、実相院と霊艦寺庭園の話を京都市の文化財担当者から聞いた。ぜひこの秋には「行かなければ」と思い。11月26日、紅葉たけなわの岩倉、実相院へ
同じころ京都市歴史資料館で京都の歴史や文化の象徴として残したい建物や庭園」の展示会があった。出かけてみてびっくり! 京都市は世代を超えて継承された歴史や文化の象徴する建物や庭園」の認定制度を設けている。認定されると修理などに対する助成制度があるらしい。リクトにはまだ知らなかったたくさんの建物や庭園がある。文化財指定されているものはそれなりに目立つし、景観重要建造物に指定されている物件もある。
11月末になった。今年の紅葉は遅いかと思い11月29日
黒谷へ出かけてみた。金戒光明寺から真如堂、さらに霊艦寺へまわる。紅葉は少し落ち気味だったが、それなりに
戦災にあっていない京都には洋館も数多く残っている。特に宣教師として来日したヴォリーズは戦前、建築物をたくさん設計している。京大工学部の教授だった武田五一も特筆すべきだろう。
秋も深まって岡崎公園の中にある京都美術館が京セラ美術館として生まれ変わった。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
10月
今出川通りでバスを降り、上七軒を北野天満宮へ
上七軒のこの通りには町家が並んでいる。 -
この通りは由緒ある足利の頃、七軒の水茶屋から始まったとある。
-
鬼瓦?
をたくさん乗せた町や -
よく参考書で見たこの和装小物を扱う店「弓月」
総2階型の表屋形式は大正から昭和にかけて多く建てられたらしい。
お茶屋を改装している内部は典型的な町家なので、写真を撮らせていただこうと思ったら撮影禁止とか!箱階段、オクドなど整った町家だった。 -
斜め前の西欧雑貨のこの店「大まさ」
-
快く内部の写真を撮らせてくれた。3間続きの典型的な町家。
トオリニワには丸太の棟木!
左側がダイドコ -
北野天満宮の東門に
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社殿まで全く人気がない
-
天満宮の境内に御土居があるとか?
-
天満宮の境内に御土居が残っていると聞いていたが、..
昭和40年に史跡に指定されている。 -
「御土居は豊臣秀吉が1591年都市改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と鴨川の氾濫から市街を守る堤防として市内周囲23キロに渡り築いた土塁のことです。御土居は当宮を含め9箇所が史跡として指定されています。」
-
こちらがその一部らしい
-
御土居の大欅
なる樹齢600年の大木がある。 -
確かに堤防のような土手
-
その下は公園のように整備されている。
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悪水抜きの説明板が!
「1591年豊臣秀吉は御土居を築くにあたり、清浄なる境内に水が溜まらないように、ここだけに貫通する20メートルの暗渠を造り神域を守った。」 -
版築工法も説明されているが、「御土居の盛り土はその工法ではない」とある。どういうこと?
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北野天満宮を出て一条通を西に
途中足を止めたのは大将軍社
大将軍とは陰陽道にいう星神天大将軍で方位をつかさどる神である。建築・移動・旅行などに際し、方除け、厄除けの神として世間の崇敬を集め、時々の権力者も当社を厚遇した。」(京都市立看板 -
「す」(タマヒメ)とかかれるのは酢の製造・販売?
うだつが上がっている。エヤコンを隠されているあたりなかなかのものだ。表屋形式の町やだが出格子ではない。 -
地蔵院椿寺
どうやら地蔵院は、椿が有名なお寺です。
椿の咲く季節には参拝者がいるのだろうか?
豊臣秀吉から寄進された「五色八重散椿」はすでになく2代目さんならあるらしい。地蔵院 (椿寺) 寺・神社・教会
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浄土宗観音寺
上京区七本松通出水下ル
このあたり寺が並んでいる!
一度よってみたかった。百たたきの門のやってきました。 -
「伝えによれば、山門は旧桃山上の牢獄の門を移築したものといわれ、罪人を釈放するに当たってこの門前で100回たたいたと伝えられ「百たたきの門」と呼ばれていた。門の扉は楠の1枚板でできており出水の七不思議のひとつに数えられる」(京都市)
-
これが百叩きの門
-
秋晴れの1日
洛南を探訪に -
この町や! 龍谷大学の校舎
深草町屋キャンパス
中を見せてくれるという表示があり。 -
中が拝見できた。
-
煙出しの下は暴風だと雨水が入るみたいだ。
-
おくどさん、
かまどもきれいに保存されている!
大学職員さんがお庭のほうもどうぞと -
裏の方
元は呉服屋さんの町家だったそうだ。 -
裏には立派な蔵がある。
-
坪庭を拝見
-
灯篭が2基
飛び石が蔵まで続いている。 -
伏水街道を下ると左手に教会がある。
テレジアカトリック教会カトリック伏見教会 寺・神社・教会
-
こちらはその教会に続く
聖母女学院本館
旧第16師団司令部庁舎 -
この伏水街道は町家の宝庫
-
伏水街道は藤森神社へ
馬の神様も静かで -
これはお米屋さん?
-
こちらは煙出しが上がっている。煙出しは京都の南部の町屋に多いようだ。
-
煉瓦造り2階建て、こちらは民家なのですが
表札が読めない。
銀行はお隣です。 -
伏見稲荷大社の前あたりには煙出しの上がった町家が多い
-
煙出しが2つも上がった「ふたば」
-
洛南に残る伏見人形の店、 丹嘉
つし2階型の町屋 -
アパートの近くにもある
3軒の町家がつながっている
屋根は重なるように建てられる -
JR 奈良線の稲荷駅の中にある
こレンガ造りの小屋は東海道線のランプ小屋 -
旧東海道線は逢坂山トンネルが掘られる前には稲荷を経由していた
-
七条河原町
Kaikado Cafe
青いプラックは文化庁の国登録有形文化財 -
方向を転じて東山、清水寺への参道を上るとその途中にある。登り切る手前
五龍閣
武田五一の設計
大正10年竣工
文化庁登録有形文化財
「この建物は約100年前、清水焼窯元を洋食器、ガイシ、陶歯の製造へと国際的な事業を発展させた明治の起業家、松風嘉定の邸宅で、主に迎賓館として使用された。
設計は京都大学建築科の創設者である武田五一のよるもので、3階まで続く吹き抜けの階段室は建物に空間的な広がりをもたらし、続く四階望楼ではあたかも天守閣のように、.」 -
内部のCAFEをちょっとだけ
覗かしていただいた。
調度なども変わっていないようだ。 -
階段を上がると
すべてクラシックな趣 -
階段室の天井部分
この吹き抜けが特徴 -
清水から二年坂へ
奥丹の清水店がある。
奥にお庭が見えるのだが、.... -
洋食の名店
「ひらまつ」も京都にあった。 -
東山にこの秋開業したPARK HYATT HOTEL
全館ピカピカの豪華ホテル -
ねねの道を北へ向かって歩く。11月の週末ともなると人通りが絶えない。ぶつからないで歩くのに一苦労。
-
やがて見えてくる塔と寺のような建物。いつもそれは閉ざされている。だれもがみるこの塔のような建物。屋根の上に祇園祭の鉾のようなものがついている。これいったい何?
-
調べてみたらこれが祇園閣という建物!
国登録有形文化財
旧大倉喜八郎の京都別邸、昭和2年の竣工
「設計は東大出の建築家、伊東忠太で東洋趣味の近代的デザイン。伊東忠太は後に築地本願寺を設計している」(中川理 京都近代の記憶)大雲院 (京都市) 寺・神社・教会
-
屋根が銅ぶきなので銅閣寺と呼ぶ人もいるとか!
表の門は東京から宮家の門を移築したとも書かれている。それがなぜ寺なのかは、どうやら後に大雪院という寺がここを購入して移ってきたらしい。 -
近くのレンタル着物やさんの前にある
芭蕉堂芭蕉堂 名所・史跡
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芭蕉の像が隠れるようにある。
-
長楽館
京都市有形文化財指定
長楽館は明治四十二年に実業家村井吉兵衛氏により迎賓館として建築されました。
外観はルネッサンス風の洋館。 -
円山公園
紅葉はまだまだこれから -
いもぼう平野家本店
「江戸時代から代々暖簾を受け継ぐ料理店、外回りは黒文字垣、2階は虫籠窓、壁はじゅう楽となっており、昔ながらの雰囲気を多くの方が好まれている」(京都市文化市民局 京都を彩る建物や庭園) -
こちらも「いもぼう」
平野家本家
数奇屋の建築で屋根を突き抜ける大木が!
あるはず -
東大路を行くと左に京大病院の建物群
いくつ棟があるかわからない巨大病院だ!
昼食はここでとろう。カツカレー980円
さすがに塩分などの表示があった。 -
まず、東大路から近衛通りに入って京都大学楽友会館を見つけた。
京都大学楽友会館
大正14年、森田慶一の設計 -
さらに東大路を北上し、大学のキャンパスを回り込み、東一条を右に曲がると
南門がある。
吉田南館
こちらは新しい建物らしい。その反対側に京大の本部がある。 -
この門も文化庁の国登録有形文化財。
-
この正門も文化庁の国登録有形文化財。
この門の脇にプラックがはめられていた。
「当門は旧三高(明治19年大坂に開設、明治22年当地へ移転)の表門として明示26年に造立されたものである。明治30年、本学が三高の土地と建物を譲り受けて創立されたとき、正門として引継ぎ現在に至っている。....」 -
本部の門を入ると正面に塔がある。百周年時計台記念館
中に入ると歴史展示とかフランス料理店まである! -
法経済学部本館
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その前に建学のプラックが埋められている。
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奥に進むと古い建物がまだあるようだ?
旧土木工学教室本館 -
立木が多く見えずらい。
-
何やら古い建物が!
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尊攘(じょう)堂
品川弥次郎が吉田松陰の意志を汲んで維新における尊攘の功にある人々を記念した建物に由来する。現時の建物は本学に寄贈された松蔭や志士の遺墨、遺品などをおさめるために1903年に建てられた。煉瓦造り平屋建て、寄棟屋根の擬洋風建築と呼ばれる。破風つきの窓、小屋根、切妻のポーチなど洋風要素を配している」(京都大学文化財総合研究センター)尊攘堂 美術館・博物館
-
さらに奥に進むと
文学部陳列館 -
駒井家住宅
京都市有形文化財指定
探しあぐねてあきらめかけた時、川沿いにあった小さな民家に「駒井」の表札が門柱に
中には団体のツアーが入っている様子。参観料500円にためらっていたら、ところが今日は休館だという。目の前の門の扉に「受付終了」の札を出されてしまった。駒井家住宅 名所・史跡
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外観を見るところは東京、横浜によくある普通の住宅!
設計はWMヴォリーズとされている。なるほど大正時代の当時にはハイカラ・モダンな建物だったのであろう。いまでは全く普通の住宅にしか見えない。 -
このあたりは大正時代から昭和にかけて開発されたらしい。京都らしいところがまったくない。京町家がない。東京の昔の郊外の風情。
駒井家住宅と京大人文科学研究所を簡単なメモ書きの地図で北白川の住宅街を探す。 -
気を取り直して、京大人文科学研の建物を探すが、見つからない。駒井家のおっちゃんがあっちの方向とか指差したあたりをぐるぐると回る。見当たらないので今日はあきらめることに、あきらめて今出川通りを出町柳駅に
その右側に、進々堂の喫茶室
煉瓦造りで由緒がありそうだ。 -
11月13日
桜の紅葉は進んだ。
もみじの紅葉にはまだ少し早いようだ。 -
岡崎公園
疎水の桜並木も紅葉した。 -
河原町丸太町上る
神社のわきに八つ橋発祥の地 -
こちらも八ツ橋の本家
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聖護院門跡
「明治までは西側に聖護院村があり、鴨川にかけてうっそうとした「聖護院の森」が広がっていました。その森の中にある御殿であることから、「森御殿」ともよばれ、 今でも近所には聖護院と呼ばずに、「御殿」と呼ぶ方もあります。
この森の紅葉は、錦の織物の様に美しい為「錦林」と呼ばれ、 「聖護院」と共に今も地名として使われています。聖護院の南西にある熊野神社は、平安時代に「聖護院の森」の鎮守として祀られ、 若王子神社、新熊野神社と共に「京の熊野三山」として崇敬されていましたが、 応仁の乱(1467)で焼失、1666年聖護院道寛法親王によって再興されました。
あの有名な聖護院大根や八つ橋はこの聖護院村で作られていたことから「聖護院」の名が冠せられたのです。」(聖護院ホームページ) -
一時御所にもなったらしい。
前には白洲の庭 -
聖護院門跡の隣
積善院準提堂(しゃくぜんいんじゅんていどう)
「聖護院門跡を代行することもあった院家。創建は鎌倉時代。明治の初めに準提堂と合併」(京都市立看板) -
なぜか京都大学医学部の墓所がある!
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こちらは一般の墓地
その向こうに大文字山が見える。 -
銀閣寺道にも紅葉
実は虹が出ていたが、写っていない!
幻視だったのだろうか?
京大人文を再び探す。 -
ようやくたどり着いた京大人文
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先日行き着かなかった京都大学人文科学研究所
今出川通りから斜めに入る山中越えの旧道から入ったところから近かった。 -
いまは東アジア文化センターとなっている。
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スパニッシュ様式のこの建物は京大教授であった武田五一の設計
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北白川の
実に整った住宅街だ。先日はこの辺を徘徊した。 -
でもこんな幽霊ビルがある。
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京都大学の農学部の近くに吉田山がある。
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再び京大本部
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先日もらしていた旧建築学教室本館
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東一条
大学前の通り
は吉田神社の参道だった。チェルキオ グルメ・レストラン
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旧京都中央電話局上分局
京都市有形文化財も今はスーパー・フレスコになっている。 -
「この建物は大正13年(1924年)に営業を開始した京都中央電話局上分局の庁舎として逓信省吉田哲郎の設計、清水組の施工により大正12年に建築されたものである。
設計者の吉田哲郎は山田守と共に逓信省の双璧と称せられ、後の東京、大阪郵便局をはじめ優れた作品を多く手がけた」 -
寺町通りと二条通りとの曲がり角
寺町通りの道幅が広くなっている。
市電のあと寺町通りを北へ向かう。 -
岡崎公園のロームシアタ前
けやきの並木も紅葉した。 -
丸太町東洋亭
船乗りであった店主が始めたレストラン
どうもこの建物は建て直しているみたいだ。残念
かつてのビルは趣のあるビルだったとよく描かれている。丸太町東洋亭 グルメ・レストラン
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中央信用金庫丸太町支店
こちらは古いまま現存している。
円形アーチ窓が特徴の昭和初めに建てられた銀行建築。
「設計の西村好時は清水組で田辺淳吉の片腕として働いた後、第一銀行建築課長として横浜支店や本店などを手がけたて銀行建築のスペシャリスト。他にも数々の証券会社ビルや帝冠様式の愛知県庁本庁などを設計しています。清水組出身のため、彼の作品の施工はだいたい清水組が請け負っているようです。鉄筋コンクリート造り、レンガ貼り2階建。」(レトロな建物を訪ねて WEB PAGE)
京都中央信用金庫丸太町支店
旧・第一銀行丸太町支店
1927(昭和2)年
設計 : 西村好時
施工 : 清水組
京都市中京区新烏丸通丸太町下る東椹木町104 -
丸太町通りから御苑を抜ける
このあたりはまだ昔の塀が建っている!
内部の建物はもうないらしい。
今出川通りへ出る。 -
同志社大学の一角に残る冷泉家の建物
つい先日まで公開されていたが、.... -
同志社大学構内に入り
西門から入ったところにあるのは、彰栄館
重要文化財 -
礼拝堂(チャペル)
これも重要文化財 -
チャペルの隣はハリス理化学館
これも重要文化財ハリス理化学館同志社ギャラリー 美術館・博物館
-
その隣も重要文化財のクラーク記念館
-
道を渡ってあるのはこれまた有形文化財のアーモスト館
ヴォリーズの設計
同志社は文化財の宝庫
さながらロンドンにいるような気分になれる。 -
本田味噌本店
間口の広いつし二階型の町や -
京都府警本部
こちらに文化庁が移転するらしい。 -
京都府庁
「京都府庁旧本館は、明治37年(1904)12月20日に竣工しました。昭和46年まで京都府庁の本館として、また、現在も執務室として使用されており、創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のものです。
平成16年(2004)12月10日に国の重要文化財に指定されました。
ルネサンス様式に属する建物の外観は、正面の一段高くなった屋根を中心に左右両翼に対称に張り出した形となっており、西洋近世の大邸館をほうふつとさせるものがあります。建物内部には和風の優れた技術が巧みに取り入れられており、内部意匠は建築よりも、むしろ工芸品といった趣さえ感じられます。」(京都府ホームページ) -
朝の祇園を歩く
もう冬が近い
この辺はお茶屋さんが並んでいる。 -
京都によくある路地
そこを抜けると、....
奥の路地に住まわれる方の表札も上がっている。 -
裏にもう1本路地がある。カタカナの「エ」の形をしている。
-
よく整備されている路地
-
11月26日
岩倉の門跡寺院実相院へ
「もと天台宗の門跡寺院、後西天皇の皇子義延親王が入寺。以来門跡として続いた。」
ふむふむ実相院 寺・神社・教会
-
「もと天台宗の門跡寺院、後西天皇の皇子義延親王が入寺。以来門跡として続いた。」
ふむふむ -
実相院は本堂(客殿を含む)庫裏、玄関からなるが、建物は一体化されている。
門跡のの庭は宗教色が薄いとか!
この夏の京都学講座で聞いた。
紅葉は真っ盛り
ここは庫裏と塀に囲まれた通路であるが、南東庭とされている。 -
こちらが東庭
東庭の白砂の庭は、「次代の植治、12代植治となられる小川勝章さんが市民と共に作り上げた心の庭。日本列島の姿を描き立体的」(京都新聞、小川勝章 技と美の庭)
客殿の前面にある大庭は造り庭ではなかった。この庭が造られたのは平成25年とされている。 -
もともとは「白砂の広庭で蹴鞠などに使われた庭」(竹村俊則 新撰京都図会)
何よりも紅葉が映えている。遠く比叡山が借景となっている。でも立ち木が邪魔している。 -
目線を下げてみると、....
-
北東は斜面が隣との境界となっているがその一角、
その前には石仏が並んでいる。 -
北庭
この庭が床に映される。だがもみじがあまり紅葉していなかった。 -
左側の建物の扉の間から床にモミジが映る
-
ところが床もみじは?
撮影禁止 -
床もみじ
(パンフレットより -
南西の庭は庫裏と書院の北面に造られた園池を伴う。
-
その前には新しい茶室が建てられている。
-
書院前の蹲
-
実装院には仏堂、鐘楼、経蔵などがない宗教色の少ない寺院で、門跡とされた宮廷社会の方々の居住性がみられるようだ。
(参考:京都市文化市民局文化財保護課 今江秀史 門跡寺院と尼門跡寺院の庭)
。 -
実装院を出て
こちらの紅葉の見れるお屋敷は岩倉具視邸 -
内部を覗かせていただいた。
岩倉さんとはよくお札でお会いした。 -
岩倉川に沿って歩く。
社殿なき神社! -
新風館もようやく姿を現した。
そのうらで豪華ホテルが建築中だ!この建物は壊さなかったようだ新風館 ショッピングモール
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善田邸
中京区車屋町
姉小路烏丸東入る
いい庭をお持ちとのうわさ -
これはお菓子屋さん
総2階の見事な町家は善田邸の隣。 -
柊や別館
-
日本基督教団京都御幸町教会
(旧日本メソジスト京都中央基督教会)
京都市中京区御幸町通二条下ル山本町434
御幸町通りにある教会はこれまたヴォリーズの設計になる。 -
京都市指定文化財
1914年(大正3年)年竣工
ヴォリーズ初期の作品らしい。 -
玉の湯
「明治期に建てられた、歴史ある銭湯。正面玄関のタイル張りの部分の奥には当時からの町家の部分が残っている」(京都市文化市民局 京都を彩る建物や庭園)
隣の散髪屋さんも今は閉店しているけれどかなり古いお店のようだ。 -
11月29日
岡崎公園を抜けて
山本?跟造と岡北がならぶうどん屋さんの横を通る。
今日はなぜか岡北に長い列! -
洛陽荘の門が開いている。
-
落葉のころか?
玄関前にも見事な庭! -
丸太町通りを超えて
黒谷にやってきました。 -
この急峻な階段を上がると山門
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金戒光明寺の本堂前に出る
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金戒光明寺を抜けて奥にあるのが真如堂
-
真っ赤な紅葉を前にして写真を撮る方が絶えないようだ!
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本堂に
大部分は葉が落ちた! -
3重の塔
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本堂脇を抜ける
レッドカーペットが敷かれている。 -
まだこれからの青葉も!
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本堂裏から錦林車庫のあたりに出る。
哲学の道は相変わらず人が多いが、横切ると
そこは静かな住宅街に谷口家屋敷門
立派なご門ですねー
町内会長だとか
お屋敷のほうはだいぶ手が入っているようだ。 -
11月29日午後
尼門跡寺院のへ霊鑑寺へ霊鑑寺 寺・神社・教会
-
霊厳寺拝観券
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門跡らしくお車寄せがある。
-
回遊式庭園が、...
右側にあったのが、「日光椿」
このへんが書院の南の庭
日光は京都市の天然記念物指定 -
日光の向こうに日光!
-
書院の建物に沿って回遊する
-
その右には枯山水の庭
-
灯篭が一基
橋の南詰めにある。 -
その上には
平坦な台地のようになっている。 -
一段上がったところに本堂が、...
後水尾院が移安したというご本尊が安置されている。 -
本堂前の庭は苔
-
上には宝蔵が建つ
紅葉はこの辺だいぶ落ちている。 -
登り切って本堂を望む
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一番奥に大きなイロハモミジがある!
-
少し下ってくるところに灯籠
-
これも灯篭?
火袋がない! -
この奥には奥書院があるはずだ。そこは女だけの館。
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12月初旬
あまり燕がなさそうな Four Seasons Hotel の庭園を拝見することにフォーシーズンズホテル京都 宿・ホテル
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池は昔の妙法院の庭にあった。その後武田病院となり、数年前ホテルになったらしい。
-
ホテル建築に際して、庭園は一部壊されたとのことが書かれているが、...
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島は2つ健在なり
-
こちらの島には石塔が立つ
昔のものなのであろうか? -
たぶんホテルのロビーに接するこの辺は変えられているだろう?
この橋はモダンすぎていただけない。 -
12月にはいって西本願寺の大銀杏も落葉が進んできた。
-
西本願寺近くにある小学校
廃校になっている。 -
聖ヨセフ修道院門の家
門はレンガずくり門番小屋はレンガ壁と木造部が特徴的で中世的な意匠を持つ」(京都市文化市民局 京都を彩る建物や庭園) -
もうひとつの門もレンガ造り
修道院の教会らしき建物は新しくなっていた。残念 -
その帰りに見た酒屋さん
年季の入った看板、アサヒビールともうひとつは読めなくなっているが、酒の広告らしい。現代はもっはら自販機に頼っているみたいだ。京都にはまだまだ酒の自販機が当たり前! -
真新しい町家なのか、改修したのかよく分からない
帯屋さん?
この日はお休みみたいだった。 -
大宮通り笹屋町下ル石薬師町
喧騒の今出川から大宮通りに入って、写真記念館があった。
水野克比古さんのギャラリーは町や -
町家の内部はギャラリーになっているが、
箱階段も -
お庭をちょっと拝見。
落ち葉が積もっているのは残念。 -
さらに大宮下ると冨田(とんだ)やさんの西陣暮らしの美術館
国登録文化財、京都市景観建築物 -
「江戸時代、伏見で代々両替商を営んでいた。鳥羽伏見の戦いで戦火にあい、西陣に移り産地問屋、冨田屋を開業、明治28年10代田中藤兵衛が現商家を建造しました。表屋造りの明示の典型的な呉服問屋の大棚の町家です。部屋の内部だけでなく庭の隅々まで投手の細かい心遣いが行き届いた町家です」(立て看板)
-
でもこれを見ると
これは隣家なのだろうか! -
ところがこういう店も
京町家、ご自由にご見学 -
ノリタケの骨董、着物、はぎれ販売の「うさぎ」さん!
ありがたき存在
つし二階型の町家 -
つし二階の内部も見せていただいた。ななめ屋根の下も居室にしておられる。畳も換えておられる。しメンテは大変だろう。
何もかって上げられなくて申し訳なかった。 -
内には井戸がある!
-
聚楽第あと
小さな石柱で!
徳川は豊臣の痕跡を完全に破壊した。 -
町家の古本店
-
西本願寺の隅に新選組ゆかりの地
太鼓楼
新選組は池田や騒動のあと隊士が増えて、壬生の屯所ではせまくなったこともあり、1865年屯所を本願寺に移し境内に新選組本陣の看板を掲げ、北集会所と太鼓楼を使用した」(本願寺) -
5条坂から1本入ったところにあるこの建物
メンテがよければ立派な建造物ですが、...
空き家なのか? 惜しい -
京セラ美術館
ようやく改修が終わったらしい。最後の仕上げ中 -
中央の三角の破風は健在
1933年の創建
どこが直されたのか? 地下部分にガラス! -
古い銘板が残る。
-
こちらは京都府図書館
「京都府立図書館は、明治31(1898)年に京都御苑内に開設し、明治42(1909)年に現在地に移転して開館しました。建物は著名な建築家である武田五一氏が設計し、平成13(2001)年に、正面部分の壁面を保存しながら建て替えを行いました。地上4階、地下2階建ての建物」(岡崎紺シェルじゅ web page)
後ろの新しい部分が気になる。もう少し何とかしてほしかった。 -
京都市美術館別館
昭和5(1930)年に京都市公会堂東館として建てられ、昭和39(1964)年からは京都会館別館として用いられていた建物の、和風外観を保全しながら、内部を全面改修して、平成12(2000)年4月に京都市美術館別館として開館しました。」(立て札)
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