2019/11/30 - 2019/11/30
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行き当たりばったりさん
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ここで第二海堡の紹介を…。
第二海堡は1889(明治22)年8月起工、1914(大正3)年6月完成。
東京の「お台場」と言われるゆえんとなった港区台場地区の砲台跡は3つの海堡ができるもっと前の江戸時代末期ペリー来航がきっかけで作りはじめて、安政元年の完成。
首都防衛の要塞として明治から大正にかけて、山縣有朋が大日本帝国の要塞化を主張し、千葉県の富津岬沖から、神奈川県の観音崎沖側にかけて首都防衛のために2か所の人工島と、東京湾唯一の自然の島、神奈川県の猿島に防衛拠点が造成された。
完成後は兵舎や砲台が建設され、3つの人工、自然の島で東京湾口に円弧状に存在する防衛ラインの一環として運用され、その後大日本帝国海軍が使用し、第二次世界大戦中は対空砲が設置されるほか、敵潜水艦の東京湾への侵入を防ぐ防潜網も設置されていた。
第二次世界大戦の敗戦にともない第一海堡同様、施設を破壊される。
戦後は灯台が設置され、さらに1977年からは海上災害防止センターの消防演習場として利用されている。
一般観光客が上陸できる今でもこの演習場は見ることはできるが、撮影不可である。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス
-
さて、第二海堡はどこにあるかって言うと、
ここ。
関東の人はこれだけでだいたいわかるだろうけど、それ以外の人に簡単に‥
東京湾の真ん中、千葉と横浜の間。
各県の領土的には千葉県の富津市にあたり、一般開放直後ということもあって富津市の観光名所にしようとしています。
海堡を開放ってオヤジギャグか? -
第二海堡の全体図。
今、我々はこのあたりにいます。 -
兵舎跡
レンガ造りであるが、普通のレンガでは潮風にさらされて壊れてしまうので、特別なレンガを用いているとのこと。
一般のレンガよりも焼く時間を長くして強度を増した「焼き過ぎレンガ」というものだそうです。
普通のレンガは表面がざらざらなのですが、この焼き過ぎレンガは表面がつるつるです。 -
このアーチはここが兵舎の入口のようです。
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こんな感じでアーチ状に積まれています。
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つるつるなので光沢があります。
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東京湾が一望できます。
ちょっと沖合にある岩は‥
東京湾は島は1つしかないから埋め立てたものだろうね。
防波堤でしょうか…。 -
奥へ進みます。
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高い所にきたとき、水中翼船が通過しました。
あの船は伊豆大島まで行くそうです。
昔は新潟から佐渡に行く時にこの水中翼船が運航されていたが、今では東京からも出ているんですね。
存在は知っていたがホンモノは初めて見た。 -
最高時速110キロ出るらしくて、既に東京湾内でも猛スピード出ていました。
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これが現在の第二海堡の役割の一つ、灯台。
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こんなところですから、灯台設置するにはいいところですよね。
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ここにも「立ち入り禁止」立て札が…。
これと共に撮影する人多数。 -
周りを見渡す。
横浜。 -
アクアライン(橋梁部)もよく見えます。
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灯台のメンテナンスを行っていたようで…。
「令和元年11月29日完了」って、昨日じゃん。 -
この灯台は明治27年にできたようです。
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メンテナンス直後なので、キレイです。
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東京湾の出口を…。
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長年海風にさらされ、コンクリートが風化しています。
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立ち入り禁止区域をズカズカ入り込みます。
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「北の広場」と言われる砲台跡に。
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広場だけあって広いです。
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ここに砲台がありました。
終戦後、占領軍の命令で破壊されました。 -
そのすぐ脇を大型タンカーが通過します。
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ここで使われるレンガは拘置所の囚人が作ったモノらしく、拘置所で作られたものにはこういった桜の紋章が刻印されています。
そういったものが無造作に捨てられています。 -
ここにも。
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第二海堡の「住人」ものんびり羽休め。
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続いて灯台の下に。
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このあたりは関東大震災で崩壊したところでもあるそうです。
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ここに施設の入口があったそうです。
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このコンクリート板も地震で崩れたそうです。
直下型地震ってものすごいエネルギーなんだね。
直近では東日本大震災が記憶に新しいけど、津波の被害は大きかったけど、何かが大きく崩れてそのままって言うの、あまり見かけないと思う。
土木技術の発達も貢献してるのかな? -
「灯台と青空」
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灯台と青空
その2 -
ガイドさん曰く、ここが第二海堡の最高のフォトスポットだそうです。
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灯台の台座にNo.2と書かれている奥にとなりの砲台跡にFORTと書かれ、合わせて「FORT No.2」なのですが、この文字は空からも船からも見えず、上陸した者しか見れないそうです。
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昔砲台、今灯台
台座はいろいろな目的で利用価値があります。 -
人がはけたのでチャンス!
ここに来た者しか見れない貴重な写真です。 -
あちこち崩壊は進んでいるけど、灯台として機能させる必要があるので、崩落を防ぐ必要もある。
大型の土のうも高く積み上げられています。 -
灯台を中心に「FORT No.2」
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灯台と青空
その3 -
これも関東大震災で崩れたところだそうです。
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地震の影響で明治の遺構も現れた。
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ここが砲台地下への入口があることもわかった。
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レンガの積み上げ方が地下へもぐるようになっている。
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工場の煙と軍事遺産と鳥
なんかいい感じだったので…。
第二海堡上陸記前半終了。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- たらよろさん 2020/03/08 16:52:08
- 全く知らない場所
- こんにちは、行き当たりばったりさん
FORT No.2!!
いやぁ~、ここに上陸したものにしか読めない文字。
そういうのがロマンですが、
この地はロマンと簡単に片付けられない土地なのかな?
灯台は今も昔も役割をしっかり果たしていて、
関東大震災の激しさも色々なところで感じることができますね。
固く焼いた焼き過ぎレンガ。
用途に合わせて作られ、そして囚人たちが積み上げた…
歴史を感じます。
国有地という看板の下、大勢が見学に来るっていうのも面白いなぁ。
たらよろ
- 行き当たりばったりさん からの返信 2020/03/09 05:26:16
- Re: 全く知らない場所
- おはようございます。
いつもありがとうございます。
第二海堡は基本的に旅行会社経由で申し込んで参加できるようです。
海の真ん中、観光地ではないので、明治から今も現役で使われている歴史的遺構という点ではロマンで、現代ではその利用目的は変われど、昔も今も国家機密がある点ではお国の秘密をちょっと拝見、という感じと、こんな誰も来ないようなところに今、自分が来ているプレミアム感という方が強いかもしれないですね。
人が常時いるところではないので、災害の爪痕も結構そのままですが、隣の第一海堡はその傾向がもっと強かったです。
次の旅行記で紹介します。
まだ去年の旅行記がかなり残っていて、忘れないうちに写真のコメントだけこんな時間に入れている行き当たりばったりでした。
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