2019/11/15 - 2019/11/15
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ドクターキムルさん
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川崎市中原区上小田中6に鎮座する神明神社は創建年代は不詳であるが、宝永年間(1704年~1710年)に創建したと言われている。新編武蔵風土記稿には「村内宝蔵寺の持なり」とあり、近くの長福寺ではなく、遠く離れた宝蔵寺(上小田中1)が神宮寺であった。富士山が噴火した宝永4年(1707年)以降に創建されたか、あるいは多摩川の近くに鎮座していて、水害などが起こって遷座したのか。一般には神明神社は川の傍に鎮座しているものだ。14年も掛けて二ヶ領用水が引かれた慶長16年(1611年)からは1世紀も遅く、宝永年間の創建ならば、この二ヶ領用水沿いに創建された神明神社ということになろうか。
神明神社の氏子は上小田中にある橋場、山谷、南、本村の4地区のようで、本殿裏に神輿庫があり、それぞれの地区の名が記されている。本村地区には稲荷社(https://4travel.jp/travelogue/11566589)があったのでその稲荷社が鎮座する場所の周辺であろう。これらの4地区は現在では町内会名でしか残っていないのかも知れない。なお、神明神社には「神地町内会掲示板」が立っており、町内会はこの4地区よりも細分化されているのかも知れない。この「神地(ごうじ)」とはここ神明神社のことであろう。二ヶ領用水を隔てて「宮内」があり、こちらは春日神社のことであろう。基本的には地図の通りで、この二ヶ領用水ができてから、それが村境となって現在に至っているのであろう。すなわち、二ヶ領用水完成後に発展した村であったはずだ。ただし、家康の時代には小杉御殿が建てられ、周りに寺院が建てられていた。中原街道が通る村であるが、小杉御殿や寺院が建てられる余地がある原野か何かが広がる場所だったのだろう。
神明神社の前を通る人が次々に拝殿まで進み参拝して行く。今日は神社では祭日に当たるのであろう。七五三ということで、拝殿向拝両側に日の丸の旗が立てらている。
(表紙写真は神明神社拝殿)
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