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関西の花のお寺巡り、浄瑠璃寺の紹介です。京都府木津川市加茂町にある真言律宗の寺院で、山号は小田原山です。ご本尊は阿弥陀如来と薬師如来、創建は永承2年(1047年)、義明上人と伝わります。寺名は、薬師如来の居所とされる『東方浄瑠璃世界』に由来します。<br />

2018春、関西の花のお寺(15/16):浄瑠璃寺(1):馬酔木、山門、鐘楼、庭園、三重塔

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2018/04/10 - 2018/04/10

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旅行記グループ 2018春、関西の花のお寺巡り

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旅人のくまさん

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関西の花のお寺巡り、浄瑠璃寺の紹介です。京都府木津川市加茂町にある真言律宗の寺院で、山号は小田原山です。ご本尊は阿弥陀如来と薬師如来、創建は永承2年(1047年)、義明上人と伝わります。寺名は、薬師如来の居所とされる『東方浄瑠璃世界』に由来します。

交通手段
観光バス
  • 『当尾(とうの)観光案内図』のタイトルがあった観光案内看板の光景です。浄瑠璃寺見学の駐車場近くにありました。先に見学した岩船寺も観光地図の右手に記されていました。当尾地域には、数多くの摩崖仏の見どころがあるようです。

    『当尾(とうの)観光案内図』のタイトルがあった観光案内看板の光景です。浄瑠璃寺見学の駐車場近くにありました。先に見学した岩船寺も観光地図の右手に記されていました。当尾地域には、数多くの摩崖仏の見どころがあるようです。

  • 『当野京都府歴史的自然環境保全地域(浄瑠璃寺地位)』のタイトルがあった説明看板の光景です。浄瑠璃寺一帯が『一般区域』、池の半周ほどを含む浄瑠璃寺庭園と樹林が『特別区域』に色分けされていました。

    『当野京都府歴史的自然環境保全地域(浄瑠璃寺地位)』のタイトルがあった説明看板の光景です。浄瑠璃寺一帯が『一般区域』、池の半周ほどを含む浄瑠璃寺庭園と樹林が『特別区域』に色分けされていました。

  • 『アシビ(馬酔木)』<br />ツツジ科アセビ属の常緑低木<br />分布:日本、本州、四国、九州の山地に自生します。<br />特徴:有毒植物です。<br />その他:あしび、あせぼの呼び名もあります。

    『アシビ(馬酔木)』
    ツツジ科アセビ属の常緑低木
    分布:日本、本州、四国、九州の山地に自生します。
    特徴:有毒植物です。
    その他:あしび、あせぼの呼び名もあります。

  • ひなびた山門に、『安志び乃店(あしびのみせ)』の表札が懸かっていたお店の光景です。かつての浄瑠璃寺の塔頭跡でしょうか、表札には『多門院』の表示もありました。

    ひなびた山門に、『安志び乃店(あしびのみせ)』の表札が懸かっていたお店の光景です。かつての浄瑠璃寺の塔頭跡でしょうか、表札には『多門院』の表示もありました。

  • 『安志び乃店(あしびのみせ)』のメニューです。テイクアウトできる料理や、お土産用の品も記されていました。名院の食事は、とろろそば定食のようでした。個人旅行でしたら、立ち寄ってみたいお店です。

    『安志び乃店(あしびのみせ)』のメニューです。テイクアウトできる料理や、お土産用の品も記されていました。名院の食事は、とろろそば定食のようでした。個人旅行でしたら、立ち寄ってみたいお店です。

  • 『アシビ(馬酔木)』<br />ツツジ科アセビ属の常緑低木<br />分布:日本、本州、四国、九州の山地に自生します。<br />特徴:有毒植物です。<br />その他:参道脇の複雑な枝振りの『馬酔木』の古木です。

    『アシビ(馬酔木)』
    ツツジ科アセビ属の常緑低木
    分布:日本、本州、四国、九州の山地に自生します。
    特徴:有毒植物です。
    その他:参道脇の複雑な枝振りの『馬酔木』の古木です。

  • 『当尾(とうの)』のタイトルがあった、京都府名の説明看板の光景です。かつての当尾は、奈良の興福寺の別所として、平安時代後期から鎌倉時代にかけて、仏教文化が花開いた場所と紹介されていました。その地名は、『塔の尾根』に由来するとされます。私見ですが、『とうのお』が縮まって『とうの』になったようです。

    『当尾(とうの)』のタイトルがあった、京都府名の説明看板の光景です。かつての当尾は、奈良の興福寺の別所として、平安時代後期から鎌倉時代にかけて、仏教文化が花開いた場所と紹介されていました。その地名は、『塔の尾根』に由来するとされます。私見ですが、『とうのお』が縮まって『とうの』になったようです。

  • 浄瑠璃寺の山門光景です。左側の柱に懸けられた表札には、『真言律宗・小田原山・浄瑠璃寺』の文字がありました。真言律宗(しんごんりっしゅう)は、真言密教の宗義に基づいて『根本仏教』の出家戒である『具足戒』と、金剛乗の戒律である『三昧耶戒』を修学する宗派です。また、南都六宗の一つである律宗精神の再興の意義も併せて有しています。

    浄瑠璃寺の山門光景です。左側の柱に懸けられた表札には、『真言律宗・小田原山・浄瑠璃寺』の文字がありました。真言律宗(しんごんりっしゅう)は、真言密教の宗義に基づいて『根本仏教』の出家戒である『具足戒』と、金剛乗の戒律である『三昧耶戒』を修学する宗派です。また、南都六宗の一つである律宗精神の再興の意義も併せて有しています。

  • 浄瑠璃寺の鐘楼光景です。『真言律宗』は、西大寺の興正菩薩叡尊を中興の祖とします。また、空海を高祖として特に仰いでいます。 叡尊は、国家が定めた手続きによる方法しか認められていなかった出家戒の授戒に、自らの手で行う『自誓授戒』を採り入れ、依頼されて西大寺再興、続いて海龍王寺・法華寺・般若寺などの再興にも尽くしました。

    浄瑠璃寺の鐘楼光景です。『真言律宗』は、西大寺の興正菩薩叡尊を中興の祖とします。また、空海を高祖として特に仰いでいます。 叡尊は、国家が定めた手続きによる方法しか認められていなかった出家戒の授戒に、自らの手で行う『自誓授戒』を採り入れ、依頼されて西大寺再興、続いて海龍王寺・法華寺・般若寺などの再興にも尽くしました。

  • 『特別名勝及史蹟・浄瑠璃寺庭園』のタイトルがあった説明立札の光景です。『仏様の浄域です。心静かにお参りください』の添え書きがありました。他にも注意書きが記されていましたが、本当は、わざわざ記したくはない、マナーの問題が主でした。

    『特別名勝及史蹟・浄瑠璃寺庭園』のタイトルがあった説明立札の光景です。『仏様の浄域です。心静かにお参りください』の添え書きがありました。他にも注意書きが記されていましたが、本当は、わざわざ記したくはない、マナーの問題が主でした。

  • 宝池の中島に造られた『弁天社』の光景です。叡尊の紹介の続きです。その行動は、通説では旧仏教内部からの改革運動と位置づけられていますが、近年ではこれを真言宗・律宗の枠を超えた新宗派であるとして『鎌倉新仏教』の一つとする説もあります。一時は真言律宗を含めた律宗は禅宗・浄土宗などと勢力を分けて、日蓮からは、『律国賊』との非難を受けるほどでした。

    宝池の中島に造られた『弁天社』の光景です。叡尊の紹介の続きです。その行動は、通説では旧仏教内部からの改革運動と位置づけられていますが、近年ではこれを真言宗・律宗の枠を超えた新宗派であるとして『鎌倉新仏教』の一つとする説もあります。一時は真言律宗を含めた律宗は禅宗・浄土宗などと勢力を分けて、日蓮からは、『律国賊』との非難を受けるほどでした。

  • ズームアップした、宝池の中島に造られた『弁天社』の光景です。手前に見える石組は、玉石で造られた洲浜(すはま)の先端に設けられています。

    イチオシ

    ズームアップした、宝池の中島に造られた『弁天社』の光景です。手前に見える石組は、玉石で造られた洲浜(すはま)の先端に設けられています。

  • 『浄瑠璃寺(九体寺)』のタイトルがあった説明看板の光景です。少し拾い読みしますと、『平安時代後期(藤原期)の日本が生み出した、浄土式伽藍がただ一つ完全に残されてきた寺院」と自己紹介されていました。その伽藍の内容は、『西方極楽浄土の阿弥陀如来と、東方浄瑠璃浄土の薬師如来と、中央の『寶池』からなる浄土世界』とも紹介されていました。

    『浄瑠璃寺(九体寺)』のタイトルがあった説明看板の光景です。少し拾い読みしますと、『平安時代後期(藤原期)の日本が生み出した、浄土式伽藍がただ一つ完全に残されてきた寺院」と自己紹介されていました。その伽藍の内容は、『西方極楽浄土の阿弥陀如来と、東方浄瑠璃浄土の薬師如来と、中央の『寶池』からなる浄土世界』とも紹介されていました。

  • 『ツバキ(椿、海柘榴)』<br />ツバキ科ツバキ属の常緑樹<br />分布:藪椿は日本原産、国外では朝鮮半島南部と台湾に分布。<br />特徴:照葉樹林の代表的な樹木です。<br />その他:藪椿か、その近縁種のようです。

    『ツバキ(椿、海柘榴)』
    ツバキ科ツバキ属の常緑樹
    分布:藪椿は日本原産、国外では朝鮮半島南部と台湾に分布。
    特徴:照葉樹林の代表的な樹木です。
    その他:藪椿か、その近縁種のようです。

  • 『ウツギ(空木)』の花かと思って撮影しましたが、別種の花木かも知れません。下向きに咲く、ラッパ状の花です。

    『ウツギ(空木)』の花かと思って撮影しましたが、別種の花木かも知れません。下向きに咲く、ラッパ状の花です。

  • 『カエデ(楓)』:ノムラモミジ<br />ムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の落葉高木<br />分布:おおよそ128種存在し、その多くはアジアに自生しています。<br />特徴:江戸時代から庭木として使われています。<br />その他:新緑の赤色から、イロハモミジの園芸種のノムラモミジのようです。

    『カエデ(楓)』:ノムラモミジ
    ムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の落葉高木
    分布:おおよそ128種存在し、その多くはアジアに自生しています。
    特徴:江戸時代から庭木として使われています。
    その他:新緑の赤色から、イロハモミジの園芸種のノムラモミジのようです。

  • 『ツバキ(椿、海柘榴)』<br />ツバキ科ツバキ属の常緑樹<br />分布:藪椿は日本原産、国外では朝鮮半島南部と台湾に分布。<br />特徴:照葉樹林の代表的な樹木です。<br />その他:立札は、本堂と三重塔の国宝(重要文化財)表示でした。

    『ツバキ(椿、海柘榴)』
    ツバキ科ツバキ属の常緑樹
    分布:藪椿は日本原産、国外では朝鮮半島南部と台湾に分布。
    特徴:照葉樹林の代表的な樹木です。
    その他:立札は、本堂と三重塔の国宝(重要文化財)表示でした。

  • 『ヤマザクラ(山桜)』<br />バラ科サクラ属<br />分布:日本のほか、台湾、韓国、北朝鮮に分布。<br />開花期:春(3月~4月)<br />その他:日本に10種あるサクラ属の基本野生種の中でも代表的な種です。

    『ヤマザクラ(山桜)』
    バラ科サクラ属
    分布:日本のほか、台湾、韓国、北朝鮮に分布。
    開花期:春(3月~4月)
    その他:日本に10種あるサクラ属の基本野生種の中でも代表的な種です。

  • 『アシビ(馬酔木)』<br />ツツジ科アセビ属の常緑低木<br />分布:日本、本州、四国、九州の山地に自生します。<br />特徴:有毒植物です。<br />その他:寶池の畔にありました。

    『アシビ(馬酔木)』
    ツツジ科アセビ属の常緑低木
    分布:日本、本州、四国、九州の山地に自生します。
    特徴:有毒植物です。
    その他:寶池の畔にありました。

  • 宝池の中島に造られた『弁天社』の光景です。弁天社は、2017年に修復されています。鏡のような宝池に、その姿が写り込んでいました。

    宝池の中島に造られた『弁天社』の光景です。弁天社は、2017年に修復されています。鏡のような宝池に、その姿が写り込んでいました。

  • 平等院、称名寺(横浜)と並ぶ浄土式庭園の代表格とされる、浄瑠璃寺庭園の光景です。昭和40年(1965年)に国指定の特別名勝となりました。

    イチオシ

    平等院、称名寺(横浜)と並ぶ浄土式庭園の代表格とされる、浄瑠璃寺庭園の光景です。昭和40年(1965年)に国指定の特別名勝となりました。

  • 玉砂利で造られた護岸に係留された小舟の光景です。宝池の清掃など、メンテナンスに使われている小舟のようでした。その小舟の屋根に、赤い花が散り敷いていました。

    玉砂利で造られた護岸に係留された小舟の光景です。宝池の清掃など、メンテナンスに使われている小舟のようでした。その小舟の屋根に、赤い花が散り敷いていました。

  • かつては、池のメンテナンスに使われていた小舟でしょうか、その役目を終えて、今は寶池に沈んで、景色の一つとして役立っているようでした。先程の現役の小舟も対岸に見えていました。<br />

    かつては、池のメンテナンスに使われていた小舟でしょうか、その役目を終えて、今は寶池に沈んで、景色の一つとして役立っているようでした。先程の現役の小舟も対岸に見えていました。

  • 叡尊(1201~1290年)に始まる、真言律宗の説明の続きです。室町時代後期以後一時衰微しましたが、江戸時代前期の明忍律師(1576~1610年)が再興の動きをみせ、その門人にあたる浄厳(1639~1702年)は、初めて公に『真言律宗』という名乗りを用いました。また、江戸幕府の帰依を受け、1691年(元禄4年)に5代将軍徳川綱吉と柳沢吉保の援助を受け、江戸湯島に霊雲寺を建立しました。<br />

    叡尊(1201~1290年)に始まる、真言律宗の説明の続きです。室町時代後期以後一時衰微しましたが、江戸時代前期の明忍律師(1576~1610年)が再興の動きをみせ、その門人にあたる浄厳(1639~1702年)は、初めて公に『真言律宗』という名乗りを用いました。また、江戸幕府の帰依を受け、1691年(元禄4年)に5代将軍徳川綱吉と柳沢吉保の援助を受け、江戸湯島に霊雲寺を建立しました。

  • 1872年(明治5年)、明治政府は諸宗派の整理を断行し、その際、律宗系最大の勢力だった真言律宗が、元は真言宗の流れを汲むことから全律宗諸派が真言宗に組み入れられました。 1895年(明治28年)に律宗系の諸派は真言宗からの独立を許され、その際に真言律宗も真言宗から独立しました。

    1872年(明治5年)、明治政府は諸宗派の整理を断行し、その際、律宗系最大の勢力だった真言律宗が、元は真言宗の流れを汲むことから全律宗諸派が真言宗に組み入れられました。 1895年(明治28年)に律宗系の諸派は真言宗からの独立を許され、その際に真言律宗も真言宗から独立しました。

  • 『寶池』越しに眺めた、国宝の建造物の本堂光景です。白河院、鳥羽院の院政期を中心とした11~12世紀には、多くの九体阿弥陀堂が建立されました。これは『観無量寿経』所説の「九品往生」の考えに基づくもので、藤原道長が寛仁4年(1020年)に建立した無量寿院阿弥陀堂(法成寺阿弥陀堂)を最初の例とします。記録に残るものだけで30数例を数えますが、現存するものは浄瑠璃寺本堂のみです。

    『寶池』越しに眺めた、国宝の建造物の本堂光景です。白河院、鳥羽院の院政期を中心とした11~12世紀には、多くの九体阿弥陀堂が建立されました。これは『観無量寿経』所説の「九品往生」の考えに基づくもので、藤原道長が寛仁4年(1020年)に建立した無量寿院阿弥陀堂(法成寺阿弥陀堂)を最初の例とします。記録に残るものだけで30数例を数えますが、現存するものは浄瑠璃寺本堂のみです。

  • 『浄瑠璃寺・三重塔」<br />鎌倉時代(12世紀以前)<br />国宝<br />『浄瑠璃寺流記事』によれば、1178年(治承2年)に京都の一条大宮から移建したとされる三重塔ですが、元あった場所は不明です。

    『浄瑠璃寺・三重塔」
    鎌倉時代(12世紀以前)
    国宝
    『浄瑠璃寺流記事』によれば、1178年(治承2年)に京都の一条大宮から移建したとされる三重塔ですが、元あった場所は不明です。

  • 『浄瑠璃寺・三重塔」<br />鎌倉時代(12世紀以前)<br />国宝<br />京都では、最古とされる現存の三重塔です。

    イチオシ

    『浄瑠璃寺・三重塔」
    鎌倉時代(12世紀以前)
    国宝
    京都では、最古とされる現存の三重塔です。

  • 『浄瑠璃寺・三重塔」<br />鎌倉時代(12世紀以前)<br />国宝<br />基壇部分と一層のズームアップ光景です。

    『浄瑠璃寺・三重塔」
    鎌倉時代(12世紀以前)
    国宝
    基壇部分と一層のズームアップ光景です。

  • 『国宝三重塔(藤原時代)』<br />塔内秘仏:薬師如来<br />開扉:毎月8日、彼岸の中日<br />

    『国宝三重塔(藤原時代)』
    塔内秘仏:薬師如来
    開扉:毎月8日、彼岸の中日

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