2019/10/20 - 2019/10/20
224位(同エリア1109件中)
愛吉さん
午前は歩こう会で古河庭園と六義園でバラを鑑賞しました。
昼食を済ませ解散ですが、まだ時間は1時半、希望者だけで六義園から徒歩5分の東洋文庫を訪ねます。
東洋文庫は1917年に三菱財閥3代目の当主岩崎久弥が、オーストラリア人モリソンから購入した24千冊の主に欧文で書かれた東洋に関する書物が元で、国宝4点重文7点を含む東洋学の研究図書館です。
モリソンは当時中華民国総統府の顧問で北京に駐在し、20年間の長きに渡り収集した書籍で、購入価格は現在の価格で約70億円でした。
現在は100万冊を超える蔵書を持ち東洋学のメッカです。
2011年新館新築と同時に東洋文庫ミュージアムとして、そのモリソンコレクションの書庫が公開され、日本で一番美しい書棚として評判となります。確かに一見の価値があります。
見学後は仲間と別れ、一人で小石川植物園に向います、重文に指定される旧東京医学校本館を見る為です。
明治9年に本郷の東大構内に建てられ、昭和44年にこの地に移築されました。
帰途は地下鉄の茗荷谷駅迄歩きますが、途中に播磨坂があり、啄木終焉の地にも立寄ります。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 私鉄
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東洋文庫新館に到着、本の博物館として2011年にオープン。
入口のガラスには色々な東洋文字で、ようこそと記されています。 -
入口を入るとオリエントホール。
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奥に掲げられた広開土王碑拓本。
中国吉林省に現存する石碑で、374~413に高句麗を治めた王の事績を記したものです、文中に倭と戦い勝利したとの記述があります。 -
古い地球儀も置かれています、日本を上にして写しました。
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ホールに陳列される珍本。
杉田玄白、解体新書初版本です。 -
1878年パリで発刊された”マリー・アントワネットの物語”
彼女を題材に取り上げた一番古い単行本。 -
2階に上がり、階段から1階オリエントホールの入口方向を望みます。
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2階には先ずモリソンコレクションの書庫があります。
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書庫の図解!
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モリソン書庫について。
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きれいな書棚ですね、見ていてほれぼれします。
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前の写真の右側ショウケースに展示されるペリー提督日本遠征記、侍の挿絵入りです。
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同じく展示される”イスラーム世界”
1908年にアジア、アラビアを旅行したタタール人の旅行記。
明治天皇と正憲皇太后の写真入りで、日本を美徳あふれる国と書いています。 -
ロシア人船長ゴロヴニンの日本幽囚記、1818年パリ刊。
挿絵は高田屋嘉兵衛です。 -
それでは書庫をゆっくり見て行きましょう。
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内容で分類整理されています。
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昔の本は立派です。
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これだけで絵になります。
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立去るに当たり今一度全体を眺めます。
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写真が飾ってあります、上皇陛下も来られたのですね。
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書庫見学の後は、薄暗いガラス張?の廊下を通り北斎展に向います。
”あの絵は無いけど、これがある”と副題が付いています。 -
北斎展の入口。
東洋文庫の所蔵する北斎は、肉筆画や彩色された浮世絵ではなく、墨で印刷された絵本が主力になります。
しかし最初期から晩年迄の幅広い作品が揃います。 -
展示作品の一部。
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絵本形式の冊子仕立てが主力になります。
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北斎の名前いろいろ。
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こちらは1階にあるミュージアムショップ。
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東洋文庫で仲間達と別れ、一人小石川の植物園に向います。
15分も歩けば到着すると、感を頼りにそれらしき方向に進みますが途中で迷い、結局30分掛かってようやく到着。
ここは江戸時代、幕府の薬草園があった場所、赤ひげ先生で有名な小石川療養所が隣接していました。
2012年には国の史跡に登録。
現在は東京大学付属の小石川植物園です。 -
内部は武蔵野の雑木林といった感じ。
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甘藷試作記念碑。
青木昆陽が享保20年、幕府に願い出てこの地で甘藷を試作、成功させた場所です。 -
植物園の最奥日本庭園に到着しました。
池の向うに目的の旧東京医学校本館が見えます。
文明開化を感じさせる恰好良い建物です。
明治9年に本郷キャンパス内に東京医学校本館として建てられた建物です。
昭和40年に役目を終えてこの地に移築、現在は東京大学総合研究博物館小石川分館常設展示場です。
昭和45年、国の重文に指定されました。
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池の前に建つ案内板。
建物は確かに植物園の敷地内に建っているのですが、池と金網に遮られ、植物園内から直接入る事は出来ません。
一度外に出る必要があります、出たら戻る事は出来ません。 -
外に出て医学校本館に向います、こちらが正面ですが、立入禁止の柵が設けられ、裏入口に回ります。
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正面入口を内部から。
一旦建物中に入ると外に出れません、正面のガラス越しに写します。 -
2階のテラスも締切、こちらもガラス越しになります。
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展示品の一部、何処かの原住民のカヌーでしょうか。
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こちらの部屋は昔資料の索引室、現在は研究成果発表書籍の展示場?
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植物園より茗荷谷の駅に向います。
途中、中央が公園になった広い坂道があります。 -
桜で有名な播磨坂です。
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この大通りより一本奥に入った路地の中程に石川啄木終焉の地があります。
啄木は明治45年4月13日、この地で亡くなりました、26年の生涯です。 -
歌碑があります。
歌碑には啄木晩筆草稿がそのまま2首刻まれています。
呼吸(いき)すれば、胸の中にて鳴る音あり 凩(こがらし)よりもさびしきその音
眼閉づれど 心にうかぶ何もなし さびしくもまた眼をあけるかな -
石碑に隣接して小さな石川啄木顕彰室があります。
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石川啄木の人生。
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明治45年1月24日付の山本千三郎、とみ子(啄木の実姉)宛て手紙。
上が写し、下部が現代語訳
死の3ヶ月前に書かれた手紙で、自身の窮状を訴える内容です。
何となく気が重くなります。
これで全てを終了し茗荷谷の駅に向います、長い一日でした。
終
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