2017/08/19 - 2017/08/19
65位(同エリア148件中)
あおしさん
天竜川に沿って北上するバス路線があります。
もともとは鉄道が開通するまでの代行バスとして国鉄のバス路線だったもので、西村京太郎さんの推理小説、土曜ワイド劇場などにも登場した路線です。
今回、このバス路線が廃止されたとのことで、2年前にこの路線に乗った際の日記を書きました。
あわせて山内一豊ゆかりの掛川城、徳川信康ゆかりの二俣城跡もよりました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今回のスタートは静岡県掛川市から。
掛川市は掛川藩5万石の城下町でした。
掛川城は戦国時代、武田信玄と徳川家康に攻め込まれた今川氏真がここで降伏、名門今川家が戦国大名として滅亡した場所です。天守閣は再建だが、こちらはホンモノ by あおしさん掛川城天守閣 名所・史跡
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公園内にある掛川城の模型。
現在残る掛川城は豊臣秀吉の時代に、山内一豊(のちに土佐藩祖・大河ドラマ「功名が辻」の主役)が築城し、江戸時代は大田氏(江戸城を作った太田道灌の子孫)が城主となりました。天守閣は再建だが、こちらはホンモノ by あおしさん掛川城天守閣 名所・史跡
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掛川城の天守閣は江戸時代に地震で崩壊してしまいました。
平成になって地元の方の熱意で再建されたものです。天守閣は再建だが、こちらはホンモノ by あおしさん掛川城天守閣 名所・史跡
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天守閣の下にある掛川城御殿。
普段は藩主はここで生活したり、政治を行っていたそうです。
いわば「首相官邸」。
ここも天守閣と一緒に地震で崩壊しましたが、この建物は直ちに再建されました。
大名の城の屋敷としては、江戸時代から残る貴重な建物です。天守閣は再建だが、こちらはホンモノ by あおしさん掛川城天守閣 名所・史跡
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「次の間」
ここは家老など身分の高い家臣が藩主と謁見する際に使われた広間です。
他にも家臣の控えの間や藩主の生活する間などが公開されていました。 -
掛川城を見た後、掛川駅に行き、天竜浜名湖線に乗ります。
掛川駅は新幹線も停車する大きな駅ですが、天浜線の掛川駅はその駅に間借りしたような小さな駅です。掛川駅 駅
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天竜浜名湖線はかつては国鉄二俣線。
赤字ローカル線だったので、地元が引き取った第三セクター鉄道です。
浜名湖の北を掛川から豊橋まで結んでいます。天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線 (天浜線) 乗り物
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1両のデイーゼルカーですが、車内はほぼ満員。
大河ドラマ「直虎」の舞台地を経由する路線なので、観光客も増えていたようです。 -
掛川駅から約1時間。
二俣本町駅で下車します。
この駅は無人駅ですが、駅舎を利用しておそば屋さんが営業しています。駅がお蕎麦屋さん by あおしさん手打ちそば 葉月 グルメ・レストラン
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夏なのに、クーラーなし、テーブルなどもぼろい、お店の主人は無愛想、「時間がない人は他の店に行ってください」の張り紙、そばが無くなると昼前でも店を閉める、とサービスは最悪のお店です。
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でも、手打ちのざるそばは確かに味は良かったです。
頑固な職人の作るお店といった感じでした。 -
バスの時間まで1時間ほどあったので、付近の二俣城跡に行ってみました。
この城は徳川家康が織田信長の圧力により、長男である徳川信康に切腹を命じた城として有名です。
現在は石垣などが残るだけの城跡です。徳川信康 悲劇の城 by あおしさん二俣城址 名所・史跡
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二の丸は草木に覆われていました。
二俣城址(城山公園) 名所・史跡
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城からは天竜川を渡れば山々の方が見えます。
徳川家康がこの二俣城に織田信康を送ったのは、ここから信康が山奥に逃げることを期待したとも言われています。
しかし、信康はここで切腹して果ててしまいました。 -
信康のお墓のある霊廟。
徳川家の家紋である「三つ葉葵」の門です。
家康にとって武勇に優れた信康の切腹は生涯の痛恨事だったらしく、21年後の関ヶ原の合戦の際にも、「信康がいれば、老人の自分が戦場に出てこなくても、安心して任せられたのに…」と嘆いていたと伝えられています。松平信康の廟(墓)のあるお寺 by あおしさん清瀧寺 寺・神社・教会
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城跡付近のバス停から遠州鉄道バスに乗ります。
このバス路線は天竜川沿いに浜松市の北の水窪まで行けるローカル路線です。
『北遠本線』という立派な路線名がついていますが、1日5本しかありません。
かつては「佐久間線」という国鉄路線が開業するまでの先行開業として国鉄バス→JR東海「天竜本線」でしたが、赤字で廃止されたため遠州鉄道バスになりました。
最近、遠州鉄道バスも赤字で廃止されてしまったそうです。 -
バスは天竜川沿いの国道152号線を上流に向かって走っていきます。
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バスの車窓から途中でダムが見えました。
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途中の西渡バス停留所。
もともとは国鉄がいずれ鉄道を開業する前提のバス路線だったため、主要な停留所は鉄道と同様に駅舎もある「駅」とされていました。
この西渡バス停留所も「西渡駅」と表記されています。 -
大河だった天竜川も上流に来ると、かなり細い川になってきました。
このあたりはかつては佐久間町という小さな自治体でしたが、浜松市が政令指定都市になるときに吸収合併されました。
つまりこの山村も浜松市になります。 -
このあたりまで来ると、国道152号線も、国道とはいえ、自動車と行き違うのもやっとの細い道になってきます。
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JR飯田線との乗り換え駅である相月駅前バス停で下車します。
駅周辺は民家数軒の小さな駅です。
商店などもありません。
1日の利用者は7人とか。相月駅 駅
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この駅で30分ほど待って、JR東海・飯田線に乗ります。
2両編成の電車です。 -
2駅目の中部天竜駅で下車。
名前が印象的で、天竜地区の中心、飯田線の有名な駅です。
かつてはここから日本のダム史に残る佐久間ダムへバスがあったのですが、今では廃止されてしまいました。
徒歩で行くのは少々遠いし、レンタサイクルもなさそうで、佐久間ダムへ行くのは断念。中部天竜駅 駅
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隣の佐久間駅まで歩いてみます。
天気もよく、天竜川の景色もよく気分のいい散策です。 -
佐久間駅は図書館と一緒になった駅でした。
この駅から再度飯田線に乗ります。佐久間駅 駅
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佐久間駅から数駅、今度は大嵐駅で降ります。
トンネルの間にある駅です。
ここで対抗の電車と交換していました。大嵐駅 駅
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大嵐駅は山深い、民家1軒もないところにある駅ですが、ここも浜松市。
大嵐駅前の橋を渡ると、人口200人、かつて「日本で一番小さな村」だった旧富山村へ行けます(現在は平成の大合併で豊根村に編入されて、高知県の大川村が一番小さい村になりました)。
立派な駅舎は旧富山村が建てたもので、この駅は事実上旧富山村の人の駅です。
無料のレンタサイクルがあったので、これを利用します。 -
大嵐村と旧富山村を結ぶ天竜川を渡る吊り橋。
この吊り橋を渡ると旧富山村。 -
旧富山村役場とその中心部。
人口200人の村の市街地です。 -
この村には天竜川と山に挟まれ、わずかな平地しかありません。
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家や学校は山の斜面にへばりつくように建てられています。
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大嵐駅に戻り、再度飯田線に乗ります。
静岡県から長野県に入り、最初の駅(長野県では最南端)が中井侍駅。
不思議な駅名で由来はなんでしょう。
この駅は「秘境駅」とされています。中井侍駅 駅
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駅の真下は天竜川。
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天竜川沿いの山にへばりついたような駅です。
駅前には民家が2軒だけ。
この駅の利用者がいるかどうかわかりませんが、廃駅にならないのは、数人であっても利用者がいるのでしょう。
この後飯田線で飯田市に向かい、飯田のビジネスホテルへ。ビジネスホテル エルボン飯田 宿・ホテル
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旅行記グループ 天竜川をローカル路線バスでさかのぼって飯田線の秘境駅へ
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