2019/09/18 - 2019/09/18
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ベルリン2日目はナチスの爪痕と戦後ドイツを知る1日となりました。
午前中は日本人ガイドツアーに入りガイドブックではわからない
ベルリンの歴史やベルリンの実情を聞くことができました。
午後はベルリンの旧西ドイツ側を回ってみました。
ベルリンは奥が深い。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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オイロッパセンター内水時計
左が9時を示し右は14分を示している。
待ち合わせは9:20
今日はベルリン市内の現地ツアーに参加するため
日本語ガイドさんを待っている
これまで目的地まで交通の便が悪いので現地ツアーに
入ることはありましたが市内ツアーにわざわざ入るのは初めてです
ベルリンについては戦時中のドイツと戦後の東ドイツについてのガイドを
日本語で詳しく聞きたかったからです
時間通り現地在住の日本人ガイドIさんがいらっしいました
ツアー客は我々のみとこれは願ったりかなったりだ
以前より東ドイツがわかる映画「グッバイ、レーニン!」や
「善き人のためのソナタ」見てベルリンに興味を持つように
なったし旅行前に「ヒトラー最期の12日間」を見て終戦直前の
ベルリンが壊滅状態で焼け野原だったことをあらためて知った
これらの映画を事前にチェックしてから行くことをお勧めしたいオイローパセンター 現代・近代建築
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カイザーヴィルヘルム記念教会
戦時中の爆撃によって上層部分が破壊されたまま残っているヴィルヘルム皇帝記念教会 寺院・教会
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欠けた部分が虫歯に似ており現地では虫歯教会と呼ばれているらしい
日本でいえば原爆ドームのような存在
右が旧教会堂、左は新鐘楼 -
新鐘楼はHUAWEIがスポンサーとなって修理中のようです
HUAWEIの大きな広告塔にしか見えませんが
この塔の中に鐘が設置されているようです -
これはテロ防止のバリケード
この教会の回りは土日はマーケットが開かれるようですが
クリスマスマーケットをやっている2016年12月19日に
大型トラックが突入するテロがあり11人が死亡
それ以来この教会前の広場はこのようなバリケードが
いくつか設置されるようになったようです -
2階建て路線バスの2階最前列の眺め
このツアーは一部路線バスを乗って移動です
路線バスはロンドンにあるあの2階建てバスが使用されてます
2階部分の最前列は人気の席のようですがたまたま空いてました -
赤いヒロシマ橋
バスに乗っていると日本の広島の名前から取ったヒロシマ橋の前を通りました
この橋の向こうに日本大使館があるようです -
東西ドイツを分断する検問所だった「チェックポイント・チャーリー」
ベルリンの壁が建設されると同時に作られた検問所
この写真は西ドイツ側から撮っており
看板に写っているのはソ連兵、その後ろ側が東ドイツ側となるチェックポイントチャーリー 散歩・街歩き
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検問所の前には砂袋のバリケードが
東側と撃ち合いになった場合ここに身を隠して
発砲するために置かれていたようです -
東ドイツ側から見た検問所
今度は写真の兵士がアメリカ兵になってますチェックポイントチャーリー 散歩・街歩き
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1947年当時、ドイツ国内は4か国に割譲されていた図
右上の赤い地域がソ連の領土、その真ん中にある白い部分がアメリカの領土
ベルリン全体はソ連の領土であったが、ベルリン市内の一部地域が
アメリカの領土として残り、飛び地となった
その後、1961年8月13日その飛び地は当初有刺鉄線で包囲して
自由に行き来できないようになりベルリンの壁の土台が作られた
当初のベルリンの壁は有刺鉄線だった -
1961年当初のチェックポイントチャーリーがあった場所
検問所らしきものはなくS字クランクのようになっていただけ -
1961年8月に西ベルリンは有刺鉄線の壁で包囲され
同年10月チェックポイント・チャーリー付近で
アメリカとソ連の戦車が対峙して一触即発状態に -
1965年当時のチェックポイントチャーリー
しっかりとした壁と検問所ができている -
1985年当時のチェックポイント・チャーリー
大きなバスセンターのよう -
東ドイツ側から逃げようとしたが取り押さえられ
連れ戻される市民
逃げようとして殺された人の正確な人数はわかっていないが
200人以上はいた模様 -
4メートル前後あったベルリンの壁
上の丸い部分は掴まりにくいように
作られたもの -
実際に壁があった跡地に表示板が埋められている
ドイツ語でベルリンの壁と書かれている
1961年から崩壊した1989年まで -
東ドイツ時代の車トラバント・愛称トラビ
この車が観光客にちょっとした人気
この車に乗って周辺を走れる店の前を通る -
シェアリングサービスの電動キックボード
乗り捨て自由の為、至る所に置かれてました
今年6月から法制化されサービス開始したばかりのようですが
これに乗っている人も至るところで見ました
結構スピードも出るようで大人気、酒を飲んで乗っている人も
いそうで危ない気もしますが -
ベリリン市の紋章の熊
至る所で熊のマークを見ました -
東ドイツからの脱出劇を漫画で説明
脱出した地点にありました
一家3人が脱出を計画 -
ビルの最上階からロープを伝って決死の脱出
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最後に脱出を計った父親がロープをつたっている途中にカバンを落ちてします
しかし無事西側に脱出成功
めでたし めでたし -
左が東ドイツの監視塔、右はベルリンの壁の当時の写真
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ベリリン州議会の建物
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マルティン グロピウス バウという美術館
無料のトイレがあるということで寄りました
地下のクローク横にあります
ドイツの公衆トイレは50セントから1ユーロ
かかり無料のトイレはかなり貴重です
この美術館の隣はテロのトポグラフィー -
テロのトポグラフィーの入口
ツアーでは予定に入っていませんでしたので
ツアーが終わった午後に来ることにします
ここは入場無料ですテロのトポグラフィー 博物館・美術館・ギャラリー
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ポツダム広場まできました
左の3つのビルは以前メルセデスベンツがオーナーのビルだったが
今は手放したらしい
右はドイツ鉄道のビルポツダム広場 広場・公園
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ソニーセンターという名前ですがソニーは既に手放しているようです
ビルの名前にソニーを残すという条件で売却したらしいソニーセンター 現代・近代建築
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ベルリンのシンボルとして
ブランデンブルク門、テレビ塔そして熊
がここでは描かれてます -
アンペルマンの像
旧東ドイツ生まれの信号機に使われているキャラクター
ちょうど青信号の時にこのポーズで描かれてます
可愛らしさから子供かと思ってましたが大人なんですね
アンペルマンをドイツ語を訳すと信号機男となります。
ベルリンのお土産としてこのマークの付いたグッツが大人気
私はTシャツとマグカップを買ってしまいました -
ホロコーストの記念碑
高さ0m~4.5mの石碑が2711基
ナチスに虐殺されたヨーロッパ全土のユダヤ人は
約600万人いたといわれており、この負の遺産を忘れない為
建てられたという
石碑の先に見える旗の立っているビルはアメリカ大使館虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑 (ホロコースト記念碑) モニュメント・記念碑
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石碑の間を歩くことができるが高さもそれぞれ違う
地面も平坦ではない -
この低い石碑も記念碑の一つで
地面にめり込んでいるようなものもある -
ブランデンブルグ門に到着しました
遠くに見える円形ガラスドームがドイツ連邦議会議事堂
人出が増えてきましたブランデンブルク門 建造物
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ブランデンブルグ門を背に西ベルリン方面を見ると
遠くに戦勝記念塔が小さく見えます -
西ベルリン側からのブランデンブルグ門
戦後東西の境界線はブランデンブルグ門より西側に引かれていたようです
よってブランデンブルグ門自体は東ドイツ側であった -
真下から見たブランデンブルグ門
この門も戦時中損傷が激しかったが、
戦後修復されたものです -
西ベルリン側からだと門の向こうにテレビ塔が見えます
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そして東ベルリン側からのブランデンブルグ門
こちら側は大きな広場になっていて更に人が多い -
四頭立ての馬車(クアドリガ)に乗った勝利の女神ヴィクトリアの像
ナポレオンに一旦戦利品として持ち帰られたが、その後プロイセン軍が
パリでナポレオン軍に勝利して奪還し門の上に戻された歴史がある -
ホテル アドロン ケンピンスキー
Hotel Adlon Kempinski
2002年にマイケル・ジャクソンがこのホテルの窓から
赤ちゃんを抱えて見せて冷や冷やさせて話題になった高級ホテル
このホテルはブランデンブルグ門の前にありましたホテル アドロン ケンピンスキー ホテル
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ブランデンブルグ門に通じる道のバリケード
観光客が沢山集まるブランデンブルグ門前の広場は
テロに狙われる格好の場所と考えられ
このようなバリケードがあるのでしょう
右奥に国旗が見えるビルがイギリス大使館 -
ブランデンブルグ門に通じる大通りウンターデン リンデン
フリードリヒ大王の騎馬像が真ん中に見えますウンター デン リンデン 散歩・街歩き
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ドイツを代表する名門大学フンボルト大学
フンボルト大学 建造物
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再建中のベルリン王宮
2019年度に完成予定が遅れているとのこと -
ベルリン最大のプロテスタント教会
入場料7ユーロ
入場せず外観だけベルリン大聖堂 寺院・教会
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ベルリン大聖堂の横にテレビ塔が見えます
このテレビ塔は東ベルリン地区の観光名所では
どこからでも顔を出してくる気がします -
ベルリン大聖堂の横にあるドイツ歴史博物館
ドイツ歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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大聖堂の前からシナゴーグ=ユダヤ教会が見えました
参加していた現地ツアーはこの後、歩いて
Hakescher Markt駅で終了となりました
約3hでしたがこの町はいろいろ聞きたかったので
日本語のガイドがあって正解でした
ガイドさんありがとうございました -
ところでガイドさんから教えてもらった話ですが
ドイツではペットボトルや缶を飲んだ後、スーパーに
持っていくと0.25ユーロ=約30円ぐらいが戻ってくる
リサイクルシステムがあるそうです -
1つ30円の戻りは大きいですね
一部の人がゴミ箱の中を懐中電灯で照らして、
中から拾い出しているのを何度も見ました
リサイクル先進国といわれるドイツでこの仕組みがあれば
町にペットボトルや缶は落ちてないでしょう
日本では皆ペットボトルや缶を分別して捨てる習慣があるので
わざわざ国の予算を使わなくても大丈夫でしょう -
ベトナム料理 Monsieur Vuong
ハッケシャーマルクト駅から徒歩10分ぐらいの場所 -
店内
料理長のVuongさんでしょうか
腕組みして写っています -
まずはビール
0.3L 3.5ユーロ -
フォーボー 牛 9.5ユーロ
見た目通りおいしいです -
フォーガ― 鶏 8.5ユーロ
これもおいしい -
レンコンのサラダ 6ユーロ
何か野菜が食べたいので頼んだ1品
おいしかったけどイメージしていた生野菜サラダとはちょっと違いました -
紳士用トイレの前に飾られていた
見たことがある日本人顔
パルマ時代あたりの中田英寿?に違いない
帰りのお会計の時に店員さんに聞いてみると
かなり昔、オーナーだったといっていた
ブンデスリーガのチームに在籍していたことは
ないと思いますが本当なんでしょうか -
路線バスに乗ってテロのトポグラフィーに再訪します
午後は天気が良くなってきました -
ベルリン名物ウインナー・カリーブルストを持ち上げた熊
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テロのトポグラフィーの敷地内で特別展示展をやっていました
テロのトポグラフィー 博物館・美術館・ギャラリー
-
展示は「ワルシャワ ライジング 1944」
第2次世界大戦は、ナチスがポーランドに侵攻して始まり
その後ソ連も侵攻してきて、ワルシャワは焼け野原に
なってしまった動画を見せられました
戦時中ワルシャワがこれほどひどく焦土と化していたことは
知りませんでした
アウシュビッツ収容所もポーランド
最近になってポーランドは第2次世界大戦中の損害賠償金として
ドイツに少なくとも9000億ドル(約100兆円)を
請求する方針とのニュースも伝わってきており、日本も
同じような問題を抱えていることを思い出しました
-
テロのトポグラフィー
ナチス時代のゲシュタポ=秘密警察、親衛隊等について写真パネルが
展示されていました
ヒトラーはほとんど出てきませんが警察長官であったヒムラ―のパネルが
多かったと思います
ヨーロッパ各地に侵攻していたパネルも結構ありました
ナチスのいい時代の写真が沢山あった気がします -
駅構内でビールブレイク
昨日から東ドイツエリア中心に回ってきました
西ドイツエリアも見ることにしますヴィッテンベルクプラッツ駅 駅
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スタンドで買ったビール2ユーロ
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Ka De We
ドイツ最大のデパートカー デー ヴェー 百貨店・デパート
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遠くに朝見たカイザーヴィルヘルム記念教会が見えます
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朝も来ました「カイザーヴィルヘルム記念教会」
真下からの眺め
廃墟のまま教訓として残してますということでしょうヴィルヘルム皇帝記念教会 寺院・教会
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新教会堂
中に入りませんでしたがこの中に祭壇があるようです
教会とは気づきませんでしたヴィルヘルム皇帝記念教会 寺院・教会
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教会堂前に2016年、年末に発生したテロ犠牲者の名前が階段に記されてました
いまだに写真や花が飾られてます
このベルリンに関わらず主要なヨーロッパの都市はここずっとテロに
悩まされてきました
そろそろ落ち着いてほしい -
ここにもバリケード
大型トラックの突入をこれで阻止 -
クーダム地区
ベルリンで随一の高級住宅街のようですクーダム 散歩・街歩き
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クーダム地区
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Bismarckstrasse 駅
本日のディナーで予約している店の最寄り駅
西ベルリンエリアの駅
-
ドイツ料理 Wilhelm Hoeck 1892
BS NHK の「世界入りにくい居酒屋」で取り上げられていた店
テレビでは一癖も二癖もある地元の常連さんで一杯で
入りにくい店ということのようでしたが -
この店はバーとレストランの両方のスペースが分かれており
テレビではバーエリアが写っていた
そのためバーエリアに最初行ってみたが
まだ19時というのに物凄くタバコ臭くて断念
この写真のレストランエリア -
まずはビール 4.1ユーロ 0.5L
テレビ効果で日本人客も多いのか
店員さんがハイテンションでやけに日本人慣れした対応だったのが
気になったけど、ドライな対応の店員が多いドイツでは
良しとしたいところです -
一口サイズを1品として3つ違うメニューを選べるタイプを2人で選択
左上から
1.仔牛のミートソースのケッパーソース
2.どろどろえんどう豆と小さな豚足
3.自家製ケチャップとミートボール
左下から
4.レンズ豆のサラダ
5.チーズグラタン入りブロッコリー
6.カレーヴルスト
このメニューはバーラウンジで酒のつまみとして食べる人向きな
気がします
美味しかったけどこれを2人で分けて食べると量が少なくて
1つ1つが印象に残らなかった
これなら豪快なアイスバイン1品で頼むべきだったと少し後悔しました
そんなことを思いながらホテルに戻りベルリン2日目は終わり
2日目はベルリンの戦時中や戦後分断の時代を知る一日となりましたが
同じ敗戦国日本は南北分割されるようなことはなく、今に至っており
良かったんだなと思いました
明日はベルリン近郊のポツダムに日帰り旅行に行きます
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