2019/10/04 - 2019/10/06
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nichiさん
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台風19号の被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。
訪れたばかりのこの地は今回の台風で甚大な被害を受けてしまいました。千曲川が氾濫し、上田電鉄の千曲川鉄橋崩落や長野市における堤防決壊など、甚大な被害が発生している状況にショックを隠せません。
サイクリングで上山田温泉からグルーっと巡っています。
青麻神社を出てから稲穂が巡る田んぼの中を走り、力石地区に入りました。
力石地区は松代藩の筏宿・渡船場集落であった歴史あるエリア。
NETで検索してみると、この力石地区も床上浸水があたようです。
https://www.city.chikuma.lg.jp/docs/2019101400112/
みなさん、大変だろうな、、、、、
心よりお見舞い申し上げます。
如法寺や清水神社、お蔵、エリアの名前の由来になった力石を見た後、千曲川沿いにある自転車専用道路を快適にサイクリング。
サイクリングコースから穏やかに流れる千曲川が見えました。
1週間後にこの川が暴れるなんて想像もしていませんでした。
川沿いにある女澤公園で少し休んでから千曲川にかかる万葉橋を渡りました。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
岩井堂山(自在山)
俗称はおにぎり山を振り返ります。 -
田んぼの中を走ります。
この辺りの実り多き田んぼですが、水害があったのでしょうか? -
一部稲の刈り取りも終わっています。
家族で刈り取りをやっていらっしゃる農家の方々も。 -
力石と言うエリアに入りました。
「りきいし」ではありません。
「ちからいし」と読みます。
昔は、長野県更級郡力石村。
今では、千曲市大字力石。 -
松代藩の領内から切り出された材木は力石に集められ、ここで筏に組まれ下流の西尾渡し場(長野市)へ向けて流されました。
力石には筏庄屋が置かれ、筏世話役が指揮・監督を行っていました。
幕末以降は、養蚕・蚕種業が行われ、力石には繊維関連に従事する商人が数多くいました。明治になると製糸更科社が創立され、更級郡近郷蚕業の中心地となりました。
写真の左側に見える大きな越屋根は養蚕家の名残でしょうね~~
御立派! -
力石エリアの中にある如法寺と言うお寺にお参りしてみます。
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真言宗智山派のお寺です。
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平安時代に岩井堂山(自在山)の中腹に薬師如来尊像が祀られ、薬師様として村人の信仰を集めていました。
岩井堂山の麓には、聖観音菩薩と金胎大日如来が安置された建物があったようです。
1,598年(慶長3年)力石に移転したんですね。
関ケ原の合戦の2年前ですね。
ふーん。 -
境内の中へ。
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山門に鐘。
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本堂ではまさに法事の最中、、、、、
皆さま黒いスーツや黒いお着物。
ふざけた格好の私達はそそくさと退散。 -
歴史ある力石エリアをさらに歩きます。
この力石エリアは今回の台風で床上浸水のあった場所。
皆さん大丈夫でしょうか? -
お蔵が残っているお宅も。。。
-
でた!
いきなり現れた大きな石。 -
これがこの「力石」と言うエリアの名前の由来になった石です。
洪水時に運ばれてきた巨石が2個並んでいました。
昔は力比べに使った大きな石です。
清水神社の入口部分に祭られていました。 -
でかっ!
まじまじ見つめる家内。
こんなでっかい石、大人一人の力で動く? -
この大きな2個の巨石は信仰の対象になっています。
左側の石は明治30年ごろに安置された石で、右側の石はこの神社が合祀された際に移設された石と伝えられています。 -
この清水神社は「力石さん」とも呼ばれ、癌封じの神として信仰されているとのことです。
-
そのそもこの清水神社は奈良時代からある神社で、氷清水と言う冷泉が湧き出る水口があり、そこに豊宇気比売神(とようけひめのかみ)を祀ったものでした。
1,705年(宝永2年)にこの地に移されたとのことです。
宝永と言えば、それこそ徳川綱吉の時に噴火した富士山の宝永山を思い出しますが、その時のことなんですね~ -
本殿。
狩野派のありがたい天井画はあるらしいのですが、お賽銭をいれる小さな穴から覗いたけど暗いのと絵が擦れているのとでよく判らず、、、、 -
清水神社を出ると、力石と言う信号に出ました。
この信号をまっすぐ進んで千曲川沿いに向かいます。 -
力石の信号からすぐに千曲川に出ました。
千曲川の防波堤の上がサイクリングコースになっています。 -
自転車専用道(歩行者もOK)なので走りやすいです。
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千曲川沿いを下ります。
快適だからでしょう。
家内のバイクを漕ぐスピードが速いです。 -
千曲川の流れもゆっくり穏やかです。
この1週間後にこの川が暴れるなど想像もつきません。 -
右側は万葉里運動場。
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女澤公園に着きました。
「千曲川自転車休息所」との表示もあります。 -
ここで少し休憩。
何故か家内はリュックにチーズ蒲鉾を2本入れてました。(笑)
お茶飲みながらそれを戴き出発! -
出発!
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穏やかに流れる千曲川沿いを走ります。
対岸の山の稜線が綺麗に見えます。
数日後にこの川が暴れることになるなんて想像ができません。 -
山の上に善光寺大本願別院が見えます。
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千曲川にかかる万葉橋が見えました。
指定されたサイクリングコースは間もなく終わってしまうので、コースを外れ、この橋を渡ってみます。 -
万葉橋から千曲川を見下ろします。
何かイベントが行われているのでしょうか?? -
千曲川の上流方面を見渡します。
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万葉橋を渡るとそこは新戸倉温泉。
千曲川を挟んで上山田温泉と2つの温泉があるんですね。 -
水上布奈山神社にやってきました。
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本堂は、諏訪神社の流れをくむ一間社流造りの神社で国の重要文化財に指定されています。
慶長 8 年(1608)北国街道が新設された当時に社殿が建てられ、諏訪神社として祀られてきました。 -
諏訪大社より建御名方神を勧請してこの地の鎮守となりました。
本殿の「登り龍」「下り龍」などの彫刻が楽しみです。 -
諏訪大社にならい、7年毎の4月中旬に御柱祭がありあす。
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この石灯籠は「飯盛女の献燈籠」と言います。
1839年(天保10年)7月に下戸倉宿に働く飯盛女52名と旅籠屋主人が奉納したもので、台座に刻まれた52名の飯盛女の名が刻まれています。千曲市の指定有形文化財です。 -
なーるほど。
4面に渡って刻まれています。 -
52名全員の名前です。
たか
いね
おち
よか
しけ
・
・
・
昔のお名前ですね~ -
これが右の御柱。
-
これが左。
両方とも平成28年の御柱祭の時の御柱です。
諏訪大社にならい、7年毎と言っても、数え年によるもので、実際には6年に一度の申年と寅年のようです。
と言うことは、次は令和3年かな? -
まっすぐ空に向かっている左側の御柱。
-
これは右側。
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さあいよいよ本堂へ。
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本殿は一間社流造で、諏訪の大工柴宮長左衛門による彫刻が無数に施されていとのことですが、どれー?
国の重要文化財に指定されている建物なのに、判らず、、、、、、
帰ってからわかったのですが、この時は本殿には入れなかったようです。
残念。。。 -
水上布奈山神社を出てすぐ近くの「しなの鉄道戸倉駅」へ。
元々はJR信越線の戸倉駅ですが、 北陸新幹線開業に伴う経営分離により、しなの鉄道の駅になっています。 -
戸倉上山田温泉の大きな看板。
この駅には新戸倉温泉の方が近いのに何で~?
戸倉上山田温泉はこの駅からは川を渡るのに?
でも戸倉上山田温泉の方が規模も大きいし歓楽街もあるからな~?
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