2017/11/20 - 2017/11/20
51位(同エリア75件中)
ちふゆさん
17年11月20日(月)、アルゼンチンでは初めての、プエルトイグアス(Puerto Iguazu)での朝。7時に朝食。パンにオレンジジュースにスイカ(下の写真1)。8時前にはチェックアウトも完了。ちなみにこのResidencial Noelia Hostelは625ペソだったので4000円余りだった。8時過ぎ、前日頼んでた空港シャトルサービスが予定通り来てくれる(下の写真2)。プエルトイグアス空港は町の南東約16㎞にあり、30分足らずで到着(下の写真3)。確か120ペソ(約850円)だったと思う。空港は正式にはイグアスの滝国際空港(Aeropuerto Internacional Cataratas del Iguazu)、略称IGR。アルゼンチン領が象の鼻のように伸びた部分の先端に位置するため、たとえ国内線でも隣国ブラジルやパラグアイの領空を通過しないと離着陸できない。アルゼンチンで最も東にある空港。
10時45分、予定通りアルゼンチン航空(Aerolineas Argentinas)のエンブラエル190(Embraer ERJ-190)機(下の写真4)で飛び立つ。アルゼンチン航空はアルゼンチンのフラッグキャリア。1950年に運航を開始しているがその前身のアエロポスタ(Aeropostale)は1929年創業。1990年に民営化されたが、2008年に再国営化された。エンブラエル190はブラジルのエンブラエル社の小型ジェット旅客機で、日本でもJAL系のジェイエア(J-AIR)で2016年から導入が進んでいる。向かった先はサルタ(Salta)だが、実はこの便が今回の旅の行程を検討した時に一番のネックとなった。と云うのもこの便、週3回、月水金しか飛んでいない。昼前にサルタに向かい、夕方プエルトイグアスに戻る便で、この便をうまく活かす行程づくりに結構苦労した。まあ、そういう苦労がある意味楽しいのではあるが・・・ ちなみにこのフライトは次のブエノスアイレス(Buenos Aires)便と併せて約5000ペソ(約3万5千円)だった。
苦労して最適の行程の中に組み込んだAR2814便、ほぼ予定通りに2時間足らずのフライトでサルタ国際空港(Martin Miguel de Guemes International Airport)に到着。1949年に開業したこの空港は市街地の南7㎞に位置する。正式名称はサルタで生まれ育ったアルゼンチン独立戦争の英雄、マルティン・ミゲル・デ・グエメス(Martin Miguel de Guemes)将軍の名をいだく。
空港からホテルまではタクシーで移動。Hostal Colores de Saltaは市街地の北東部に位置するホテル。オーナーは確かエジプトの方で、この人だけは英語で大丈夫。後のスタッフはスペイン語のみだったが、なんとかなった。洗濯も無事頼めた。ここは自分たちで洗濯し、中庭に干す方式。あと、翌々日に行きたいところに付いても相談し、ツアーを頼んでもらえた。英語が通じると助かるわ。まあ、この先、そんなことは滅多になくて、苦労がまだまだ続くのだが。
先の予定が決まってホッとしたところで、ペソの現金を追加で入手するのにATMの場所を聞くと、近くのショッピングセンターを教えてくれたので、3ブロックほど東へ歩き、無事ATMで2000ペソゲット。ついでに遅め(3時)の昼食220ペソ(約1500円)。指差しメニューで頼んだので、何を食べたのか今でもよく分かってないが、フードコートなのに高いよねえ(下の写真5)。
昼食後、ホテルに戻って、涼しくなる&夕暮れを待って2時間くらい休んだのち、5時半頃サルタ市内観光に出発。サルタはアルゼンチン北西部、チリやボリビアとの国境に近い、アンデス山脈のふもとの丘の上、海抜1152mのレルマ渓谷(Valle de Lerma)にある町。美しきサルタ(Salta la Linda)と呼ばれるこの町は、植民地時代の建築様式が残り、また周囲を山や緑の高原、亜熱帯の乾燥した大地など変化に富んだ地形に囲まれており、観光拠点となっている。人口約62万人。1582年にスペイン人征服者のエルナンド・デ・レルマ(Hernando de Lerma)によって設立され、ブエノスアイレスとペルーのリマ(Lima)との間の前哨地であり、またペルーやボリビアの銀、チリのアタカマ(Atacama)高地の鉱物の重要な輸送中継地であり、商業上および軍事上の重要な戦略拠点であった。ハリウッドスターのマット・デイモン(Matt Damon)とロバート・デュヴァル(Robert Duvall)の奥さんは4つ違いで共にこの町の生まれ。
実はこの旅を計画し始めた時にはこの町のことは全く知らなかった。ガイドブックでこの町と云うよりも周辺の観光地に惹かれ、さらに会社の後輩がこの年の初めに回っていた話を聞いて、一気に今回の旅のメインポイントに昇格した。今回の旅では唯一3連泊する。メインイベントは翌日と翌々日のツアーなので、この街自体の観光は、まあ付け足しのようなもの。見るところもさほどある訳ではない。と云うことで、こんな時間から観光開始。まずはホテルから6ブロック、約1㎞ほど南にある町の中心となる7月9日広場(Plaza 9 de Julio)へ。1582年にこの町が造られた時から町の中心としてある広場で、元々はマヨール広場(Plaza Mayor)とかアルマス広場(Plaza de Armas)と呼ばれていたが、1884年にアルゼンチン独立記念日に因んで現在の名前となった。1816年7月9日、連合州の独立と憲法の条文が発表された日を独立記念日としている。
公園は緑豊かで、中央には独立戦争の英雄で、サルタの知事も務めたアレナレス(Juan Antonio Alvarez de Arenales)将軍の15mの高さの騎馬像が建ち、周りは歴史的な建物で囲まれている。広場の北西に建つのがサルタ大聖堂(Cathedral Basilica of Salta)。1858年から建設が始まり82年に完成したネオゴシック様式の教会で、黄金色に輝く内部の祭壇には、1592年にスペインから贈られた奇跡のキリスト像と聖母マリア像(Senor y Virgen del Milagro)が祀られている。また、空港の名前となっているマルティン・ミゲル・デ・グエメス将軍の柩もこの教会に収められている。
西北に建つのは2004年にオープンした考古学博物館(MAAM: Museo de Arqueologia de Alta Montana)。この博物館の目玉は「ユヤイヤコの子供たち(Los Ninos del Llullaillaco)」と呼ばれる3体の子供のミイラとその副葬品。1999年にサルタ近郊の標高6739mのユヤイヤコ山(Volcan Llullaillaco)で見つかったもので、約500年前のインカの生贄として捧げられたものが、高地の寒さにより凍結保存されて完全にミイラ化せず、生きていた時に近い姿のまま残ったもの。まあ、中入ってないので見てないんだけどね。建物自体も19世紀半ばの建設でなかなかのもの。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.1874249315978417&type=1&l=8a89379cb0
サルタ後半に続く。
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