2019/06/28 - 2019/07/07
4644位(同エリア6123件中)
らぱぱ代さん
プリトヴィッツェ湖群国立公園を堪能したあと、夕方クロアチアの首都ザグレブに到着。そのまま市内観光をしました。翌日9日目の帰国日もザグレブ発15:25のフライトなので、午前中はザグレブで自由行動。ザグレブはたっぷり観光できました。
6月28日 成田出発、ブレッド泊。
6月29日 ブレッド湖、ポストイナ鍾乳洞、オパティヤ泊。
6月30日 イストラ半島(プーラ、ポレチュ、ロヴィニ)、オパティヤ連泊。
7月1日 トロギール、スプリット、スプリット泊。
7月2日 午後ドブロヴニク観光、チャフタット(ドブロヴニク近郊)泊。
7月3日 終日ドブロヴニクで自由行動、チャフタット連泊。
7月4日 モスタル、プリトヴィッツェ泊。
7月5日 プリトヴィッツェ国立公園、ザグレブ泊。
7月6日 午前ザグレブ自由行動、ザグレブ出発。
7月7日 成田到着。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 航空会社
- オーストリア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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バスを降りて旧市街模型図。今ここにいますよ。そう、聖母被昇天大聖堂の近くです。
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旧市街は少し小高くなっていて(模型図でも高くなっているのがわかります)、アッパータウンと呼ばれ、政府機関や文化施設が多く集まるエリアになっています。アッパータウンはもともと川をはさんで隣り合う丘の上に作られたカプトルとグラデツという2つの町からなっていました。西側(左側)のグラデツはハンガリーの自治市として、東側(右側)のカプトルは司教区として発展し、のちに2つの町を分けていた川は埋め立てられて、1850年に統合、新しくザグレブと名を改めました。
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ザグレブのシンボル、聖母被昇天大聖堂です。2つの尖塔は高さが100メートル以上あります。西を向いて建っている大聖堂にはちょうど夕方の陽が当たってベストタイミング。
タタール人やオスマン帝国の侵攻などで何度も中断しながらも、13世紀から17世紀にわたって建造が続けられ、18世紀にようやく完成。1880年の震災後ネオゴシック様式で現在の姿へ再建されました。
再建時に予算不足によりザグレブ近郊の柔らかい砂岩を用いたため、建造物の痛みが激しく、完成間もないときから修復作業が続けられています。 -
大聖堂に向かって建つ聖マリアの像。
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大聖堂の前は広場になっています。大聖堂の周りは堅牢な城壁で取り囲まれています。これは1512年から1521年にオスマンの侵攻に備えて建設されたものです。
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大聖堂入口。見事な彫刻です。
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大聖堂の入口左側にあるグラゴール文字を伝えたキュリロスとメトディウスの祭壇。
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主祭壇。ステンドグラスが美しい。
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天井は高く、夜空のよう。荘厳な雰囲気。
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主祭壇の後ろには、第二次世界大戦後のユーゴの法廷で戦争犯罪人とされたザグレブ大司教ステピナッツの墓があります。
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ドラツ市場の方へ歩いていきました。もう夕方なので市場は終わっていました。明日、楽しみましょう。
ペトリツァ・ケレンプッフの像。 -
トカルチチェヴァ通り。カフェやレストランが並んでいます。
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「血の橋」の表示。カプトルとグラデツのいさかいが絶えない時代に、かつて川だった現在のトカルチチェヴァ通りに架かっていた橋の上で流血事件が起きたため、この橋は「血の橋」と呼ばれ現在も通りの名として残っています。
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ラディチェヴァ通りを行くと聖ユライの騎馬像。聖ユライはキリスト教の聖人の一人で、毒を吐く竜を退治したという伝説のシーン。
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石の門。中世、グラデツは城壁で囲まれていました。その城門で現在唯一残っている門です。現在の建物は18世紀に再建されたもの。
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1731年の火災で門は焼け落ちましたが、その焼け跡から聖マリアのイコンが奇跡的に無傷で見つかり、門のなかに作られた礼拝堂の祭壇に収められています。
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祭壇の聖マリアのイコン。
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門の通路には、聖マリアに感謝を捧げるプレートがたくさん埋め込まれています。
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石の門を通り抜けたところ。
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グラデツ地区の中心の聖マルコ広場に建つ教会、聖マルコ教会。13世紀に建てられたもので、ロマネスク様式とゴシック様式が混在しています。
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カラータイルで描かれたモザイク屋根が特徴で、向かって右はザグレブの市章、左はクロアチア王国とダルマチア地方、スラヴォニア地方の紋章が配されています。
実はここでiPhoneのバッテリー切れ。このあと、ウスピニャチャ(ケーブルカー)やイェラチッチ広場を見に行ったのですが、写真無し。翌日再訪して撮ることにしました。 -
宿泊したホテルのパノラマザグレブ。高層ホテルです。最寄りのトラムの停留所まで徒歩10分弱。
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フロアの見取り図。
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日本人以外の団体客も滞在していました。
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バスタブ付き。うれしい。
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朝食のビュッフェ。
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9日目は、ホテルを9時にバスが出発して旧市街のイェラチッチ広場の近くまで送ってもらい、12時の集合時間まで自由行動となります。私たちはオーストリア航空利用でザグレブからウィーン乗継ぎの帰国のため午前中自由行動となっているのですが、ルフトハンザ利用だと朝8時にホテルを出発してバスでグラーツへ行かなければならないため、自由行動は無いとのこと、オーストリア航空利用のツアーを選んでよかったと思いました。
バスで旧市街まで行かなくても自分で行ってよいとのことでしたので、私は8時過ぎにホテルを出てトラムでイェラチッチ広場へ行くことにしました。 -
ホテルから南へてくてく10分弱歩くと、トラムの停留所Tresnjevacki trgがあります。
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トラムのチケット。昨日イェラチッチ広場のキオスクで買っておきました。全部のトラムの停留所の近くにキオスクがあるわけでもないし、あっても24時間オープンしているか心配でしたから。4Kn。
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12番の路線に乗ってイェラチッチ広場まで6駅です。チケットは乗車後刻印するタイプ。土曜の朝でもあり、スリを心配するような混雑では全くありませんでした。
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イェラチッチ広場到着。車内アナウンスは絶対聞き取れないし、停留所の名称だって読めないので、ひたすら1つめ停まった、2つめ停まった、と数えていました。
アッパータウンの麓にある広場です。周囲を取り囲む建物の多くは19世紀初頭に建設されたもので、カフェやショップ、レストランが並んで、にぎわっています。 -
広場には19世紀に活躍した民族独立運動の先駆者イェラチッチ総督の騎馬像があります。
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この階段を上がるとドラツ市場です。
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階段を上がりきったところには、かごを頭に乗せたスタイルのおばさんの銅像がありますよ。いかにも市場のおばさん風。
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ドラツ市場は大盛況。赤いパラソルで統一されていて素敵。野菜や果物はこうやって青空市場で露店に並べられていますが、
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市場の真下は地下市場になっていて、
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魚や、
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肉、
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チーズなど、冷蔵が必要なものはこちらで売っています。KONZUMのようなスーパーもありますが、こういった市場で日常の買い物をする地元の方がたくさんいました。
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カフェ、レストランが並ぶトカルチチェヴァ通り。
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通りの途中には、マリヤ・ユニッチ・ザゴルカの像があります。クロアチア初の女性新聞記者で小説家。女性の地位向上を求めて戦った人です(1873~1957)。胸をはって堂々としていますね。
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ラディチェヴァ通りの西側にこんな地下道の入口があったので、怖いもの見たさ半分で入ってみました。すぐ戻ってこればいいさ、と。
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中はこんな感じ。ずっと西へ延びています。1カ所か2カ所、南へ抜ける道もありました。普通に通勤の人とか歩いているので、私もそのまま進むことに。地下道なので涼しくてよかったし。
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地下道を出たところ。グラデツの丘の西の端にあたるようです。いつの時代に何のために作られたものかわかりませんが、今も普通に利用されていました。
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地下道を出て左に進んで、イリツァ通りとの交差点に建っていたアンドリヤ・カチチュの銅像。詩人、修道士で、1756年に発表された詩集「スロヴィン民族の話」は今もベストセラーだそうです(1704~1760)。
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イリツァ通りを南に入ったところにあるセルビア正教会。
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ちょうどミサの時間でした。カトリック教会とは雰囲気がかなり違います。
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セルビア正教会の横の「花の広場」に建つペタル・プレラドヴィッチの銅像。クロアチアの将軍で、愛をテーマ西足しを残し詩人としても知られる人だそうです(1818~1872)。
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国立劇場へ行く途中で見つけたニコラ・テスラの像。クロアチア生まれの科学者、発明家。無線送電システムや共振変圧器(私には理解不能)の発明で知られる人だそうです(1856~1943)。
銅像探しをして街を歩いていたつもりはないのですけど、見つけるとついパチリしてしまう。 -
クロアチア国立劇場。1894年建設。黄色一色の外観からシェーンブルン宮殿を思いだしました。
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こちらが正面玄関ですが、逆光で黄色が映えなくて残念。この正面玄関の前がチトー元帥広場になります。
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次はウスピニャチャ(ケーブルカー)に乗ってみることに。ダウンタウンとアッパータウンを結ぶ長さ66メートルの世界有数の短い交通機関です。ダウンタウンとアッパータウンは標高差がありますから、こういった乗り物も必要だったのでしょうね。標高差30.5メートルを55秒で移動します。
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チケットを買います。5Kn。
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乗る前に刻印。がちゃん。
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1台前は何かの撮影のため、クルーで貸し切り。10分おきの時刻表は掲示してありましたが、あってないようなもので、頻繁に往復していました。
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すれ違って、あっという間に上の駅に到着。
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1890年から動いているのですね。当時とあまり変わらないのがすごい。
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上の駅の横のテラスから。
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ケーブルカーに乗って上の駅に行ったあと、下の駅の両側に階段があったことが気になったので、足で下りて(ケーブルカー代5Knを節約したわけではありません)確かめてみました。両側の階段は途中までケーブルカーの軌道の横に沿ってつけられていますが、左の階段はあるところでケーブルカーの軌道の下をトンネルでくぐって右の階段からの通路に合流していました!
納得して、また階段を上って、アッパータウンへ戻りましたとさ(笑)。暑いのに。 -
ケーブルカーの上の駅のすぐ北にあるロトゥルシュチャク塔に登ります。かつてグラデツを囲んでいた城壁の一部で現存する唯一の要塞。毎日正午には大砲を打ち鳴らしているそうですが、12時集合だったので、聞けませんでした。塔の上からの絶景を眺めよう! 高いところ、大好きですから。
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北側。聖マルコ教会。
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教会のモザイク屋根を見下ろす感じです。
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東側。聖母被昇天大聖堂が逆光で残念。
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南側。ケーブルカーがせっせとお仕事中。
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南西。さっき行ってきたクロアチア国立劇場が見えます。
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ロトゥルシュチャク塔から聖マルコ教会への途中にある失恋博物館。有名ですが、時間の都合で割愛。
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聖マルコ広場。
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聖マルコ教会は運良く扉が開いていて、中に入ることができました。入口上の彫像が歴史を感じます。
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内部は20世紀初頭に改修されたためどちらかというとモダンな雰囲気。
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主祭壇のキリストの磔刑像は彫刻家イヴァン・メシュトロヴィッチが手がけたもの。
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正面は聖カテリーナ教会。1632年完成のイエズス会のバロック様式の教会です。外観はそっけないほどシンプルですが、内部はピンクと白を基調にしたとても美しい教会ということで、楽しみにしていましたが、残念ながら入ることができませんでした。
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聖カテリーナ教会の南側にある高台からは眺めがよいですよ。聖母被昇天大聖堂は残念ながらこの時間逆光になってしまいましたが、西日があたる時間だとすばらしいでしょうね。
このあと、お土産物屋さんをぶらぶらしながら、12時の集合場所へ向かいました。さよなら、ザグレブ~。 -
ザグレブ15:25発オーストリア航空684便でウィーンへ向かいます。
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ウィーン→クラーゲンフルトと同様、座席配列2-2のプロペラ機。
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ウィーン発17:45オーストリア航空51便です。
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1回目の機内食。選択制だったはずですが、覚えていません。
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2回目の機内食。ほぼ定刻通りに成田に到着。お疲れさまでした。
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