2012/08/02 - 2012/08/02
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せんなさん
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大学3年の夏、初の一人旅の記録♪
日本史関連の史跡めぐり。途中で若干横道にそれます。
※学生当時の文章のまま掲載しておりますので、拙い文章の箇所がございます。ご容赦ください。(2019.6)
◆2日目 2012年8月2日◆
ドラマ館→須磨浦公園→敦盛塚→戦の浜碑→須磨浦展望台→現光寺→須磨寺→平重衡捕らわれ跡→監物太郎碑→源平勇士の碑→長田神社→鉄人28号
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神戸二日目です。
今日はまず、昨日行けなかったドラマ館へ!
松山ケンイチのロウ人形と写真を撮る。←異常にリアルだった。
スタッフのお姉さんの「きよもりもり!」とかいう謎の掛け声と共に。笑
そしてその写真一枚千円らしいのだが、スタッフのお兄さんに「モデルがいいからめっちゃ綺麗に写ってますよー」なんて言われて調子に乗って買ってしまった。←アホ
いや、自分のカメラで撮ってもらったやつ↑が目つぶってたのもあるんですがね。笑
購入した写真は祖母にお土産としてあげました(笑)
そして本日のメイン!須磨。
昨日の生田神社しかり、源平一ノ谷の戦で戦場になった場所です!
まずは須磨浦公園。KOBE de 清盛 ドラマ館 美術館・博物館
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電車降りたら目の前は海!!
憎たらしいくらい(←)の快晴だった為、すごいキラキラして綺麗に見えました!
そして敦盛塚へ。
平敦盛が熊谷直実に討たれたのも一ノ谷。
平家物語でも教科書に載るくらい有名な話ですよね。
勇ましくも悲しい話です…。
敦盛塚には胴体がまつってあります
父の影響で幼少期からの日本史ヲタクだった私がはじめて平家物語を読んだのは小学2~3年生の頃だったと思うのですが、怖くて、悲しくて、でもなんて素敵な人だろう、なんて、訳もわからず泣けてきたのを覚えてます。それからなんとなく敦盛のファンです(笑)須磨浦公園 公園・植物園
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まず思ったのは…でかい!!!
昨日の清盛塚・琵琶塚しかりですが…私が今まで見てきた史跡って、写真で見るよりも実物小さいことが多かったんですよ。
けど今回は当てはまらないみたいです。笑
でも、それだけ地元の人に愛されてるってことで、なんだか嬉しくなりました。私が言うのも変ですが。笑
そんなこんなでしばらく敦盛塚の前で思いをはべらせて…敦盛塚 名所・史跡
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須磨浦公園!
このあたりが激戦区だったみたいですね。須磨浦公園 公園・植物園
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戦の浜碑が立っていました。
しかし海も見えて山も見えて…いい場所ですね。
私は日本人あるあるの判官贔屓といいますか…義経がとても好きなのですが、
(正確な場所はわかりませんが)このへんの山から逆落としの奇襲をかけたのかと想像しながら眺めていました。
そしてロープウェイに乗って展望台へ。
運賃表見てたら、駅のおじちゃんが「今日晴れてるし上からだといい写真撮れるよー」
って……首からミラーレス一眼を下げてるもんだから完全にカメラ小僧と勘違いされてます。笑須磨浦公園 公園・植物園
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展望台。
風が気持ちいい~!
…ですが、実は高いところがあまり得意ではない私…(笑)
多少ビビりながらも、景色は最高!でした!
神戸市内から明石海峡までキレーに見えました!!
そして展望台にあった休憩所で景色見ながらコーヒーを飲む。贅沢。
休憩所内にも、源平関連の資料が色々飾ってありました!
そして次は須磨寺へ…須磨浦公園 公園・植物園
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と思ったけど、ちょっと寄り道して現光寺へ!
紫式部の源氏物語"明石" つまり須磨編ですね!で、源氏の滞在したお寺のモデルはここのようです。
「源氏寺」の碑がたっていました!
そして今度こそ須磨寺。見所が沢山です! -
源平の庭。
敦盛と熊谷直実の一騎討ちが像で再現されてました!見事なもんです!
あぁ…敦盛勇ましい…。←込み上げてきてます。須磨寺(福祥寺) 寺・神社・教会
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宝物殿。
青葉の笛!!
今回の旅で一番見たかったものです。
これを実際敦盛が…!と思うと本当にロマンですよね。これが現代まで伝わってることってすごいことだと思いませんか!
それもこれも、敦盛を討ったのが熊谷であったが故ですよね。
他の武士であったら、笛なんて捨てられてるかもしれないし。
そして、それを守り続けてきたお寺の方、地元の方の力のおかげで、現代私達はこの笛に出会うことができるんですよね。感謝感謝!
他にも、敦盛木像、鎧、弁慶の鐘などなど…貴重なものがいっぱい!←テンション上昇中。
この宝物殿、凄いのが…
なんと無人なんです!!笑 スタッフとかがいるわけでもなく、お金を取るわけでもなく…休憩所の隣に地味~にあります。笑
超開放的です。笑
そして須磨寺はまだまだ見所沢山!須磨寺(福祥寺) 寺・神社・教会
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敦盛首洗いの池
義経腰掛けの松
熊谷がとった敦盛の首を洗ったのがこの池で、義経はこの池のすぐ側にあるこの松に座って、敦盛の首実検をしたそうです。
位置関係から、当時の様子が浮かびますね。
そして、そこから少し進んだところに。
敦盛首塚。
先程の須磨浦公園近くにある敦盛塚は、胴体を奉ったものですが、こちらは首を奉ったものです。須磨寺(福祥寺) 寺・神社・教会
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手をあわせて思いをめぐらせていたら、なんだか感極まりすぎて、気づいたら首塚の前で泣いていましたワタクシ。←
近くに誰も居なくてよかったー…。
須磨寺は他にも色々、回るとか動くとか音が出るとか面白い仕掛けがある像なんかもあって、ユニークなお寺でした!須磨寺(福祥寺) 寺・神社・教会
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そして帰り、須磨寺駅の横にある「平重衡捕らわれ跡」にも寄りました
南都焼き討ちの罪人として処刑された重衡。個人的には可哀想な人だなと思います。
別にやりたくて焼き討ちなんかやった訳じゃないとは思うんですよね…。
今でも悪人として描かれることが多いけど…本当はとても教養のある立派な人!なんですよね。きっと。
そして次は長田へ…
と思ったら、カメラの充電が…!←
ということで一旦ホテルへ帰ります。笑
気を取り直して!長田へ! -
監物太郎の碑。
高校の脇にひっそりと立っていました。
非常にわかりにくいですが、このお堂の中に碑があります。
彼は、平知盛の家臣で、一ノ谷の戦で知盛を守るために命を落としました。
本当に忠義に生きて忠義に死んでいった人ですね。素敵です。
そして、少し歩いたところに源平勇士の碑。 -
平知章、平通盛、
源氏方の木村源吾、猪俣小平の碑です。
このあたりで戦死した勇士たちの供養碑。
知章は父(知盛)を守るため死んでいったわずか16歳の武士。父思い・そして父に認められたいという思いも抱いていたんだろうなと思います。
通盛は…風流人で愛妻家というイメージが強いかな。優しい人だったんだろうな。
ここのポイントは、敵同士だった源平の武士達が一緒に並んでいること。
一見、寄せ集めにしか見えないんですが…(まぁ実際、方々から移動してきた碑を集めて弔ってるんですが)
要するに、あの世に行けば戦いもなく敵味方もないってことですよね。敦盛を討った熊谷も、戦わなければならないこの世は無常だなんて言ってますし。
しかしなんで監物と知章の碑を別にしちゃったんでしょうね…?
この二人が、ここで知盛を守ったからこそ、この先の戦いがあったんですもんね。
しかし一ノ谷の戦では、平家は本当に多くの主だった武将をなくしてますね。
源平の戦の中で、やはり一ノ谷は大きな転機だったんだろうな…。と、今回一の谷関連の史跡を回ってみてしみじみ思いました。 -
そして、せっかく近くまで来たので長田神社にも立ち寄りました。
ここの境内で突然足の甲にピキーンと痛みが走り、しばらく動けなかったのは内緒です。笑(←笑い事じゃない)
要するにあれです、普段いかに運動不足かってことです。
しばらく境内のベンチで休ませていただき、なんとか回復しました。
そして、おまけで鉄人28号を見に行きました!長田神社 寺・神社・教会
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しかし逆光で綺麗に写真が撮れません…。
そして元町をぶーらぶらしながらホテルに帰りました!
これで今回の兵庫の旅は終了!!
しかし、時間がなかったり遠かったりでまだまだ回れていない史跡がいっぱいあるので、是非また来たいですね。
次の日からは京都です!鉄人28号 モニュメント 名所・史跡
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