2018/12/25 - 2019/01/04
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「1910年生まれの馬云山は,白い顎ひげが透けて見えるほどまばらになっていた。彼は二十歳の頃から,故郷の保山からラショーまで二十から三十頭の馬幇を組んで交易したという。保山からパンロンまでは同じ道だが,パンロンの少し先から二方向へ分かれていた。一方がタウンジーへ,もう一方がラショーへ向かった。」
「『パンロンを経由する道はワ族の領地を通らにゃならなかった。ワ族には「野生」のワと「馴れた」ワがいて,パンロンの道には多くの「野生」のワが出没して恐れられたものだった。やつらは種まきの頃,ちょうど夏の始まる三月,四月の頃に人を襲って,その首を狩るんでな。』」
「『しかしなあ,ワ族も様がわりしたものだ。オレらが会ったワ人は,それはそれは色がまっ黒で,鼻はぺちゃんこで横に広がっていた。髪は巻き毛でもじゃもじゃに絡まっていた。そう,黒人と似ていた。だが,今はワ族とは名ばかりで,みんな中国人じゃ。滅多に本物のワ人に会うこともなくなった』」
「『オレらは保山で塩,唐辛子,油,それに「油香」を買い込み,それらを売ってトーニオではお茶を,パンロンではトウモロコシを,ラショーでは綿花,綿布,服などを購入して戻ったものだ』」
「『野生』のワというのは山地で焼畑を行い,自らの神々を信仰し,豊饒を祈ってその神々に人の首を捧げるワ族だった。『人馴れした』ワというのはその伝統を捨て,河の流域に住んで水田耕作を行い,仏教を信仰するワ族だった。
馬云山が『黒人のようだ』と表現したのはあながち間違いではなかった。彼らは東南アジア移住の先発隊に入るモン・クメール系で,1930年代の解説書には,馬云山が言ったようなモジャモジャ頭で鼻ペチャでクッキリ二重瞼の愛嬌のある顔がのっている。それがなぜ中国人に。
それはここが世界的なケシの栽培地で,かつ反ミャンマー政府活動の拠点だからである。さまざまな利権が絡んで雲南から人が動き,中国系ワ族が誕生しているのである。」
「今や非合法の極と指弾される阿片であるが,非合法の歴史はそれほど古くない。中華民国は確かに1917年に禁煙令を出したし,1912年,25年,31年と三度も禁絶の国際条約も締結されたのだが,生産量はかえってその後に一気に拡大している。
最大の契機は,中国共産党政権樹立である。敗走した国民党軍は残党となって国境沿いに退いて抵抗を続けた。非合法のKMT(国民党軍)の誕生である。もちろん彼らだけでどうにかできるものではなかった。「反共」へ邁進するアメリカが,彼らに絡んだ。CIAはKMTの資金源として阿片生産および流通を支援したのである。」
「阿片は今や地方特産品から国際商品へと躍進し,空路と海路で世界へ飛び立っていった。さらに『桁違い』のヘロインがこれに拍車を掛けた。1950年代以降,数万トンの年間生産量が数十万トンへと一桁増加した。ラショーでも60年代には阿片の取引が金でなされるほどであったという。」
「活気のある町は同時に生き馬の目を抜く町なのである。ラショーの町は色濃く中国に染まっていた。ヤンゴンでは見かけないズボン姿の女性,看板の漢字,色白で目の細い人々。しかし,中国本土の眉間に皴を寄せて怒鳴りあうような剣呑さはなかった。辺境のおっとりした,ちょっと抜けた品のよさがあった。『中国系ワ族』,馬云山の言葉を思い出した。ラショーは『中国系ミャンマー』だった。そこに暮らすシャン人もカチン人もワ人も中国文化の影響をじわじわと受けていた。同時に,そこに暮らす中国人も『ミャンマー化』,もっと正確には『シャン化』していた。喧噪の中にどこかのどかさが漂うのはそれゆえなのだろう。」
やまもとくみこ著「中国人ムスリムの末裔たち 雲南からミャンマーへ」(小学館)より
ラーショー逍遥~その2:圧巻!ミョーマ市場
https://4travel.jp/travelogue/11496932
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 2.0
- ホテル
- 2.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- タイ・スマイル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
シーポーを出たバスは,約2時間走ってラーショーの「Lashio Cargo and Bus Terminal」に到着した。
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しかし,着いた時点では,そこがどこなのかまったく判らない。
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バスカーもおらず,バス会社の係員に助けてもらってやっと一台を見つける。
ラーショーの中心部まで3000MMKだと言う。どうせ高いことを言っているのだろうが,その値段で乗る。 -
ラーショーの宿は「Hotel CS」。
ラーショーに外国人が宿泊できる安宿はないようだ。遊びに来ていたマンダレー在住の留学生たちも,このホテルに泊まっていた。ツイン一泊22USD。 -
ラーショーの街は,中国色が強い。
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ずっと前から中国人が多く,
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今も多いのだと思う。
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中国寺院「圓通寺」。
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一方,インド系の人々もいるようで,
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これは建設中のヒンドゥー寺院,
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その隣はシク寺院だった。
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とりあえず腹ごしらえだ。
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久々にビルマ料理。
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マトゥーム(ベルノキ)の酸味スープは定番のようで,よく見かけた。
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ラーショーにはいくつかのバスターミナルがあって,
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ラーショー中心部(ラーショ・レイ)から一番大きなマンスーのバスターミナルへは,2番のラインカーで行くことができる。運賃300MMK。
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マンスーBTの入口。
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中にはたくさんの乗合タクシーのオフィスが軒を並べている。
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ラーショー(腊戌)から清水河(中国国境の街)や老街(コーカン自治区の首府)へ向かう乗合タクシー。
日本人に対しては,渡航中止勧告が出されている地域である。 -
ムセ(木姐)は中国・瑞麗との国境の街。
瓦城はマンダレーのことだが,どうしてこの順序で地名と矢印が並べてあるのかよく判らない。 -
一方,ラーショー・レイから郊外にある「Lashio Highway Bus Terminal」へは4番のラインカーで行くことができる。運賃400MMK。
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マンスーBTが小型の乗合タクシー専用なのに対して,こちらは大型バスも乗り入れている。
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大型バスは,主にヤンゴンとの間の夜行バスである。
乗り心地の良い大型バスでマンダレーへ行こうとすると,このヤンゴン行き夜行バスに乗って,深夜未明にマンダレーで下ろされることになる。
現時点では,マンダレーへ行く場合は乗合タクシーが便利か。会社によるだろうが,宿でピックアップしてくれる。運賃は17kMMK前後で所要約7時間。
(1kMMK=約75円) -
ラーショ・レイの2番・4番ラインカー乗り場は上記のとおり。
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日が傾いてくると,モスク東側の屋台通り(Lashio Night Market)が開き始める。
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トーフヌエの屋台があったので,
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トーフヌエ・カオスエを食べた。旨い。
米麺の上に,ひよこ豆の粉を煮たペースト状の熱い粥をかけて,タレや砕きピーナツなどで味つけをしたものだ。一杯1000MMK。(1000MMK=約75円) -
Thukha通りは,ラーショーでもっとも賑やかな繁華街だ。
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なかなか品揃えのよいスーパーマーケットもある。
(Google座標「22.936239,97.751113」附近) -
ビアチャーン。冷えてはいないが,タイで買うよりずっと安い。
(1350MMK=約29THB) -
ピンウーリン産のビルマワイン。
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こんなものまで。思わず買ってしまった。
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スーパーの近くに「Japan Store」の看板を見つけたので行ってみると,
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アレだった。馬鹿馬鹿しい。
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スーパーで買った色焼酎の瓶をぶら下げて,屋台街へ取って返す。
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ラーショーのモツ煮の屋台で晩酌だ。
旨いのでお替りをしてしまった。お勘定は6kMMK。
思ったより高かった。
(1kMMK=約75円) -
いい気分になって宿へ戻る。
残るは,市場巡りである。
ラーショー逍遥~その2:圧巻!ミョーマ市場
https://4travel.jp/travelogue/11496932
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