2019/03/14 - 2019/03/14
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「東海道五十三次 どこ歩こう?」②
今回は三重県亀山市にある 東海道五十三次の江戸から数えて47番目の「関宿」を訪れます。参勤交代や、お伊勢参りの人々で賑わったこの宿場町は、昭和59年に国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されました。ひっそりとでもしっかりと大切に保存されている町並みにはレトロなお店もあり、のんびり過ごせました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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亀山市関支所近くの観光駐車場に車をとめ、早速散策開始。
ちょっといい感じの町並みがいきなり現れます。
会津屋。関宿を代表する旅籠の1つ、お食事処になってます。 -
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関地蔵院。東大寺大仏建立で知られる行基菩薩の開創と伝えられています。近郷の人々に加え、東海道を旅する人々の信仰を集め多くの参拝客で賑わうそうです。
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本堂。
「関の地蔵に振袖着せて、奈良の大仏婿に取ろ」 俗謡に謡われるほど、威厳があって美しいそうです。
この日はひっそりとしていて中の様子はうかがえませんでした。 -
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愛染堂。
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鐘楼。
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なぜ鹿?大仏様つながりでしょうか?
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一休さん?と帰ってから調べたら
『元禄8年(1695)に記された『地蔵院略縁起』には、「昔日紫野大徳寺の一休和尚関東行脚の時、所の者開眼を請ひければ即ち衣の襟を尊像へ供養し給うなり。」とあります。
また、寛政9年(1797)に発行された『東海道名所図会』には、このように書かれています。
修繕をした地蔵の開眼供養をしてほしいと考えていた村人たちが、関宿を通りかかった一休和尚に頼んだところ快く引き受けてくれました。しかし、一休和尚は「釈迦はすぎ 弥勒はいまだ いでぬ間の かかるうき世に 目あかしめ地蔵」と詠み、立小便をして立ち去ってしまいました。これに怒った村人たちは別の僧に開眼供養をやり直してもらいましたが、その晩、高熱を出したある村人の夢枕に地蔵が立ち、供養を元のようにせよと命じました。あわてて桑名の宿にいた一休和尚に助けを求めると、地蔵の首にかけるようにと古びた下帯を手渡され、言われたとおりにしたところ、高熱は下がったといいます。』 -
東追分方面へ進んで行きます。
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福蔵寺。
織田信長の三男織田信孝の菩提寺。 境内には、母の遺志を継ぎ父の仇を討った関の小萬の墓がある。 -
観音堂。
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高札場。
幕府や領主が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所。
何カ所か宿場を訪れていると見慣れてきます。江戸から京都に向かって街道の右側に設置されているらしいです。 -
関郵便局。江戸時代にはここに高札場があったそうです。
いい感じに町並みになじんでます。 -
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玉屋(関宿旅籠玉屋 歴史資料館)。
ー入館料300円(関まちなみ資料館と共通)ー
玉屋は「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と謡われたほどの、関宿を代表する大旅籠のひとつ。 -
虫籠窓、と言われる正面2階にある、漆喰でできた堅格子窓が印象的です。
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中に入って見学します。
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まず、裏手にまわり
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土蔵へ。この中は展示室になってました。
いろいろな資料や広重の浮世絵などがありました。 -
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この必ずある吹き抜けになっているお庭が大好きです!
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すごく気持ちがいいのですが、季節柄 足が冷えます。
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2階客室。
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虫籠(むしこ)窓を裏から見ると明かりがこんな感じに。
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店の間。
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チケットにあった歌川広重の浮世絵。店の間は当時こんな様子だったのか、と想像しながら見ているとおもしろいです。
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再び、通りへでると起り屋根(むくりやね)の建物が。
この瓦屋根、少しだけカーブしています。あえてこのような形にするのには、随分と手間やお金がかかるのだそう。この形の屋根は、富豪のしるし、こんな屋根にできちゃうくらい豊かだぞ、というものらしいです。 -
百六里庭、眺関亭。
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そこからの眺め。
この写真を見て、関宿っていいな、と思いやって来たのです。 -
イチオシ
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ひしめき合う様子が圧巻です。東西1.8キロメートルほどの所に町家200軒あまりが残っています。
ずっと残していってほしいですね。 -
まだその半分も来てないです。さらに進みます。
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山車倉。
関宿の山車は最盛期には16基あり、現在は4台の山車が残っています。
「 関」はここ、「山」は関東でいう「山車」のことで、 関町から八坂神社の祇園祭に出される山は大変立派なものだったため、それ以上贅沢な山は作れないないだろうと思われ、精一杯の限度を「関の山」というようになった、ということです。 -
鶴屋。
こちらの虫籠窓もかわいらしい。 -
関 まちなみ資料館。
マンホールもかわいらしい。 -
ここは、江戸時代末期に建築された、関宿を代表する町家建築の1つ。
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和洋レストラン山石。
こちらでランチをいただきました。和洋レストランというだけあってメニューは豊富、内部もいい雰囲気でした。 -
町家の細部の意匠にはいろいろあり、漆喰細工や瓦細工は、子孫繁栄、家運長久などを願って職人が技をこらして作ったものです。
ここのは 虎。 -
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東追分。
東海道と伊勢別街道の分岐点で、大鳥居は伊勢神宮を遙拝するためのもの。
20年に一度の伊勢神宮式年遷宮の際、内宮宇治橋南詰の鳥居が移されてくるそうです。 -
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引き返して行きます。
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看板にも注意して見てみると・・
京都側が漢字 -
江戸側がひらがなになっています。
旅人が向かう方向を間違えないための工夫だそうです。 -
こちらは庵看板と呼ばれる立派な瓦屋根のついた看板。
深川屋さんの銘菓 関の戸、食べたかったけどこの日は定休日でした。残念。 -
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関神社。
1本裏の通りには神社やお寺がたくさんあります。 -
延命寺 鬼瓦。
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瑞光寺 山門。
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本堂。
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観音堂。
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観音堂鬼瓦。その中央に印されている家紋は平氏の家紋 揚羽蝶。
関氏は、伊勢平氏の流れを汲むらしい。 -
この寺は、関氏の菩提寺だったそうで、本堂の前には、徳川家康が賞味したという権現柿もありました。
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屋根がとてもきれいで、重厚な感じでした。
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浄安寺 山門。
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飾り瓦に桃が。さっきも桃があり気になったので調べると、桃は古来より「災い除け」の意味があるそうです。なんともかわいらしい感じです。
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マンホールも!
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歩き始めの場所まで戻ってきました。
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反対側もまだ続きます。
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町並みにもなれてきて、細かい部分にも目がいくように。
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最後は漆喰彫刻 亀。
思った以上に見所があって、楽しかったです。もうちょっとお店があったらな・・とは思いますが、このひっそりとした所も良さですね。
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