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毎年12月に九州方面へ忘年ウォークに出掛ける。昔の職場が山口県にあり、その頃職場の同僚やOB併せて20人程をメンバーとするウォーキングの同好会に参加していた。活動としては、毎月の日帰り例会のウォーキングと、12月には忘年ウォークとして九州方面への1泊2日のイベントがあった。退職して千葉に帰ってきてからは、月例会に参加するのは無理であるものの、年一回の忘年ウォークには、旅行と昔の仲間との交流を兼ねて参加することにしている。<br /><br />今回は、2018年に登録となった世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のうち、1日目には長崎市郊外にある外海地区の大野集落と出津集落、2日目にはこれも前述の世界遺産のひとつである大浦天主堂を含む長崎市街のウォーキングとなっていた。前年(2017年)にも、その年に登録となった世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」を巡る1泊2日のウォーキングだった。世界遺産を巡るウォーキングイベントになるのは、千葉から駆け付ける私を含めてメンバーに世界遺産が好きな人が多いこと、すぐ近くの九州に次々と世界遺産が誕生すること等が関係しているようだ。私にとっては、昔の仲間との交遊と、新しい世界遺産訪問が同時に出来て、一石二鳥となり有難い話だ(笑)。<br /><br />第1回目は、朝早く山口県宇部市から車3台に分乗して出発した15名が、長崎市郊外(北部)の外海地区にある大野集落と出津集落を訪問の後、長崎市内で宿泊する1日目の模様となる。<br />

長崎物語(1)1日目ー【世】外海(そとめ)の潜伏キリシタン集落(大野・出津)他ー

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2018/12/15 - 2018/12/17

100位(同エリア4065件中)

2

63

ダイスケit

ダイスケitさん

この旅行記のスケジュール

2018/12/15

この旅行記スケジュールを元に

毎年12月に九州方面へ忘年ウォークに出掛ける。昔の職場が山口県にあり、その頃職場の同僚やOB併せて20人程をメンバーとするウォーキングの同好会に参加していた。活動としては、毎月の日帰り例会のウォーキングと、12月には忘年ウォークとして九州方面への1泊2日のイベントがあった。退職して千葉に帰ってきてからは、月例会に参加するのは無理であるものの、年一回の忘年ウォークには、旅行と昔の仲間との交流を兼ねて参加することにしている。

今回は、2018年に登録となった世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のうち、1日目には長崎市郊外にある外海地区の大野集落と出津集落、2日目にはこれも前述の世界遺産のひとつである大浦天主堂を含む長崎市街のウォーキングとなっていた。前年(2017年)にも、その年に登録となった世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」を巡る1泊2日のウォーキングだった。世界遺産を巡るウォーキングイベントになるのは、千葉から駆け付ける私を含めてメンバーに世界遺産が好きな人が多いこと、すぐ近くの九州に次々と世界遺産が誕生すること等が関係しているようだ。私にとっては、昔の仲間との交遊と、新しい世界遺産訪問が同時に出来て、一石二鳥となり有難い話だ(笑)。

第1回目は、朝早く山口県宇部市から車3台に分乗して出発した15名が、長崎市郊外(北部)の外海地区にある大野集落と出津集落を訪問の後、長崎市内で宿泊する1日目の模様となる。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
交通
4.5
同行者
友人
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 前日から泊まっていた山口県宇部市を朝7時過ぎに出発して、山陽道・中国道・九州道・長崎道・西九州道・国道206号・国道202号を通って、この年に登録された世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のひとつである長崎市外海地区の大野集落に到着したのは昼前になっていた。長崎市中心部から北西方向にあるこの地域に来るのは、結構遠い道のりだ。<br /><br />集落の中にある駐車場に車を停めて、早速標識に従って大野教会堂を目指す。<br /><br />

    前日から泊まっていた山口県宇部市を朝7時過ぎに出発して、山陽道・中国道・九州道・長崎道・西九州道・国道206号・国道202号を通って、この年に登録された世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のひとつである長崎市外海地区の大野集落に到着したのは昼前になっていた。長崎市中心部から北西方向にあるこの地域に来るのは、結構遠い道のりだ。

    集落の中にある駐車場に車を停めて、早速標識に従って大野教会堂を目指す。

  • 坂を上がって行くと、大野教会堂の建物とマリア像が見えて来た。

    坂を上がって行くと、大野教会堂の建物とマリア像が見えて来た。

  • 教会堂のすぐ下は、畑になっている。

    教会堂のすぐ下は、畑になっている。

  • 教会に近付くと、マリア像の向こうに平屋建ての教会の壁面が見えて来た。一般的な教会の建物とは異なり、平屋の素朴で小さな小屋だ。

    教会に近付くと、マリア像の向こうに平屋建ての教会の壁面が見えて来た。一般的な教会の建物とは異なり、平屋の素朴で小さな小屋だ。

  • 教会の横にあった、大野教会堂の案内板。<br />国指定重要文化財「明治12年(1879)に外海(そとめ)地区の主任司祭として赴任したフランス人マリク・マリ・ド・ロ神父は、当地における布教と福祉・殖産に多大な貢献をした。大野教会堂は、同神父が明治26年(1893)に建設した小規模な巡回教会である。(後略)」とある。<br /><br />明治6年にキリスト教解禁となってから、潜伏キリシタンからクリスチャンになった信者のために建設されたものだ。

    教会の横にあった、大野教会堂の案内板。
    国指定重要文化財「明治12年(1879)に外海(そとめ)地区の主任司祭として赴任したフランス人マリク・マリ・ド・ロ神父は、当地における布教と福祉・殖産に多大な貢献をした。大野教会堂は、同神父が明治26年(1893)に建設した小規模な巡回教会である。(後略)」とある。

    明治6年にキリスト教解禁となってから、潜伏キリシタンからクリスチャンになった信者のために建設されたものだ。

  • 幹事さんが依頼しておいてくれた地元のボランティアのガイドさんがほどなく到着し、この大野集落及び大野教会堂の歴史と沿革を説明してくれた。

    幹事さんが依頼しておいてくれた地元のボランティアのガイドさんがほどなく到着し、この大野集落及び大野教会堂の歴史と沿革を説明してくれた。

  • 教会堂の壁面は、当地産の玄武岩割り石を漆喰モルタルで固めた特異な壁からなっており、神父にちなんでド・ロ壁と呼ばれている。

    教会堂の壁面は、当地産の玄武岩割り石を漆喰モルタルで固めた特異な壁からなっており、神父にちなんでド・ロ壁と呼ばれている。

  • ド・ロ壁と教会の前に立っているマリア像。その向こうにわずかに見える海は、角力(すもう)灘で、その先には五島列島がある。

    ド・ロ壁と教会の前に立っているマリア像。その向こうにわずかに見える海は、角力(すもう)灘で、その先には五島列島がある。

  • マリア像の前には、お花が供えられていた。

    マリア像の前には、お花が供えられていた。

  • 教会堂をグルリと一周する。

    教会堂をグルリと一周する。

  • 教会堂はそれほど大きくない。窓から中をのぞいてみたが、大きなひとつの部屋になっている簡素な教会だった。

    教会堂はそれほど大きくない。窓から中をのぞいてみたが、大きなひとつの部屋になっている簡素な教会だった。

  • 教会の裏側。

    教会の裏側。

  • 先程のボランティアのガイドさんが、教会の入口でも説明をしてくれた。

    先程のボランティアのガイドさんが、教会の入口でも説明をしてくれた。

  • ド・ロ壁。

    ド・ロ壁。

  • 教会の入口が見えるが、入場は出来なかった。

    教会の入口が見えるが、入場は出来なかった。

  • 20~30分間滞在して、教会堂を後にする。

    20~30分間滞在して、教会堂を後にする。

  • 集落の中を通って、駐車場へ。

    集落の中を通って、駐車場へ。

  • 駐車場近くには、大野集落の地図と説明の案内板があった。<br /><br />「『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』は、キリスト教が禁じられている中で、長崎と天草地方において日本の伝統的宗教や一般社会と共生しながら信仰を続けた潜伏キリシタンの信仰継続にかかわる伝統のあかしとなる遺産群です。(中略) 外海の大野集落は、神道の信仰を装いながら神社に自らの信仰の対象をひそかにまつって信仰を続けた集落です。」と記されていた。<br /><br />この世界遺産は、信仰を続けた集落が対象であり、教会はその一部に過ぎない。逆に言うと、明確な対象建築物だけではない珍しいものだ。<br /><br />

    駐車場近くには、大野集落の地図と説明の案内板があった。

    「『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』は、キリスト教が禁じられている中で、長崎と天草地方において日本の伝統的宗教や一般社会と共生しながら信仰を続けた潜伏キリシタンの信仰継続にかかわる伝統のあかしとなる遺産群です。(中略) 外海の大野集落は、神道の信仰を装いながら神社に自らの信仰の対象をひそかにまつって信仰を続けた集落です。」と記されていた。

    この世界遺産は、信仰を続けた集落が対象であり、教会はその一部に過ぎない。逆に言うと、明確な対象建築物だけではない珍しいものだ。

  • 駐車場から見た大野集落の一部。

    駐車場から見た大野集落の一部。

  • 駐車場から見る角力灘。<br /><br />駐車場で弁当を拡げて昼食を摂った後、先程の案内板で見ていた集落内の神社に行ってみる。

    駐車場から見る角力灘。

    駐車場で弁当を拡げて昼食を摂った後、先程の案内板で見ていた集落内の神社に行ってみる。

  • 駐車場からそれほど遠くないところにあった、大野神社。

    駐車場からそれほど遠くないところにあった、大野神社。

  • 普通の神社と変わらない。

    普通の神社と変わらない。

  • 大野神社の鳥居としめ縄。<br /><br />神殿に相当するところも見たが、潜伏キリシタンを連想させるものは何も見えなかった。

    大野神社の鳥居としめ縄。

    神殿に相当するところも見たが、潜伏キリシタンを連想させるものは何も見えなかった。

  • こちらは門神社。ここは小さな祠のようになっていたが、やはり潜伏キリシタンを連想させるものはなかった。

    こちらは門神社。ここは小さな祠のようになっていたが、やはり潜伏キリシタンを連想させるものはなかった。

  • 車で10分ほど走って、出津(しつ)集落の駐車場に到着。駐車場から見上げると、出津教会堂が見えている。

    車で10分ほど走って、出津(しつ)集落の駐車場に到着。駐車場から見上げると、出津教会堂が見えている。

  • 坂道を上がって、出津教会前に到着。こちらの教会は、いわゆるキリスト教会の形をしており立派なものだ。

    坂道を上がって、出津教会前に到着。こちらの教会は、いわゆるキリスト教会の形をしており立派なものだ。

  • 教会前にあった出津教会堂の案内板。<br /><br />ここも国指定重要文化財で「出津教会は、明治12年に外海地区の神父として赴任したフランス人のマルコ・マリ・ド・ロ神父により設計・施工された教会です。明治14年に着工され、翌15年完成しました。(後略)」と記載されている。

    教会前にあった出津教会堂の案内板。

    ここも国指定重要文化財で「出津教会は、明治12年に外海地区の神父として赴任したフランス人のマルコ・マリ・ド・ロ神父により設計・施工された教会です。明治14年に着工され、翌15年完成しました。(後略)」と記載されている。

  • 教会全体が見える位置に立ち、撮影。

    教会全体が見える位置に立ち、撮影。

  • 教会前には、後程訪れた旧出津救済院の道標もあった。

    教会前には、後程訪れた旧出津救済院の道標もあった。

  • 正面入口付近の佇まい。<br /><br />ここは入場出来たが、撮影禁止で写真は残っていない。ただ、日本の一般的な教会とはそれほど違っていなかったような記憶がある。

    正面入口付近の佇まい。

    ここは入場出来たが、撮影禁止で写真は残っていない。ただ、日本の一般的な教会とはそれほど違っていなかったような記憶がある。

  • 高台から教会を見下ろす。

    高台から教会を見下ろす。

  • 高台から教会を見下ろす。

    高台から教会を見下ろす。

  • 教会のある出津集落の様子。

    教会のある出津集落の様子。

  • 教会を横に見ながら、旧出津救済院へ。

    教会を横に見ながら、旧出津救済院へ。

  • これも国指定の重要文化財の旧出津救済院に入る。<br /><br />この地に赴任した、ド・ロ神父は地域住民を窮状から救うために、農業指導、漁業指導、医療事業、教育事業など様々な活 動を行ったが、旧出津救助院もその一つで、女性のための授産施設として明治16年(1883)に創設された。

    これも国指定の重要文化財の旧出津救済院に入る。

    この地に赴任した、ド・ロ神父は地域住民を窮状から救うために、農業指導、漁業指導、医療事業、教育事業など様々な活 動を行ったが、旧出津救助院もその一つで、女性のための授産施設として明治16年(1883)に創設された。

  • 施設の方に案内されて中を見学。<br /><br />この授産場では、綿織物の製糸・製織・染色、そうめんやパンの製造、醤油等の醸造が行われていたとのこと。

    施設の方に案内されて中を見学。

    この授産場では、綿織物の製糸・製織・染色、そうめんやパンの製造、醤油等の醸造が行われていたとのこと。

  • 梁から垂れ下がっている白い紐状のものは当時製造された素麺で、今も「ド・ロさまそうめん」として名物となっている。

    梁から垂れ下がっている白い紐状のものは当時製造された素麺で、今も「ド・ロさまそうめん」として名物となっている。

  • この作業場の外に出てみる。

    この作業場の外に出てみる。

  • この建物の2階にもド・ロ神父ゆかりのものが展示されているとのことで、上がってみた。<br /><br />シスターの説明によると、この古時計もオルガンもド・ロ神父がフランスから持ち込んだものとのこと。

    この建物の2階にもド・ロ神父ゆかりのものが展示されているとのことで、上がってみた。

    シスターの説明によると、この古時計もオルガンもド・ロ神父がフランスから持ち込んだものとのこと。

  • オルガンを演奏してみてくれた。

    オルガンを演奏してみてくれた。

  • 屋根瓦には、十字架の印が付いていた。

    屋根瓦には、十字架の印が付いていた。

  • この救助院の土台及び壁は、ド・ロ壁とのことで、大野教会堂で見たものと同じ構成になっている。

    この救助院の土台及び壁は、ド・ロ壁とのことで、大野教会堂で見たものと同じ構成になっている。

  • ド・ロ壁。

    ド・ロ壁。

  • 高台のこの集落の港が見える地点へ。

    高台のこの集落の港が見える地点へ。

  • 遠藤周作の「沈黙」の舞台はこの近くとのことで、「沈黙」にちなんだ石碑には「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです」とあった。

    遠藤周作の「沈黙」の舞台はこの近くとのことで、「沈黙」にちなんだ石碑には「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです」とあった。

  • 駐車場に戻ったが、その先にド・ロ神父のお墓のある墓地があるとのことで、行ってみると、山肌に多くのお墓が連なっていた。

    駐車場に戻ったが、その先にド・ロ神父のお墓のある墓地があるとのことで、行ってみると、山肌に多くのお墓が連なっていた。

  • 日本式の墓石の上に十字架が付いているお墓が多い。

    日本式の墓石の上に十字架が付いているお墓が多い。

  • ド・ロ神父のお墓。入口には略歴が書かれていた。

    ド・ロ神父のお墓。入口には略歴が書かれていた。

  • 出津集落から南下して、黒崎教会にも立ち寄った。ここもド・ロ神父ゆかりの教会で、遠藤周作の「沈黙」はここが舞台とのことだが、世界遺産には含まれていない。

    出津集落から南下して、黒崎教会にも立ち寄った。ここもド・ロ神父ゆかりの教会で、遠藤周作の「沈黙」はここが舞台とのことだが、世界遺産には含まれていない。

  • 立派な教会だ。

    立派な教会だ。

  • 入口横に立つマリア像。

    入口横に立つマリア像。

  • 教会の裏側。中には入れなかった。

    教会の裏側。中には入れなかった。

  • 外海地区の世界遺産巡りも終了して、この日宿泊の長崎のにっしょうかんに到着したのは17時前。ウォーキングとしては若干物足りなかったが、世界遺産巡りとしては満足するものだった。関東から長崎市郊外の田舎にある世界遺産を訪ねるのはハードルが高いものだが、比較的地理にも詳しい仲間たちと一緒というのは便利で心強い(笑)。<br /><br />折しも、太陽が沈もうとしている時間帯だった。

    外海地区の世界遺産巡りも終了して、この日宿泊の長崎のにっしょうかんに到着したのは17時前。ウォーキングとしては若干物足りなかったが、世界遺産巡りとしては満足するものだった。関東から長崎市郊外の田舎にある世界遺産を訪ねるのはハードルが高いものだが、比較的地理にも詳しい仲間たちと一緒というのは便利で心強い(笑)。

    折しも、太陽が沈もうとしている時間帯だった。

  • ホテルは稲佐山の対岸の高台にあるので、長崎の港と女神大橋方面が良く見渡せる。

    ホテルは稲佐山の対岸の高台にあるので、長崎の港と女神大橋方面が良く見渡せる。

  • ロビーのステンドグラスは、西日を浴びて色鮮やかだった。

    ロビーのステンドグラスは、西日を浴びて色鮮やかだった。

  • ベランダから暮れ往く夕景を撮影。

    ベランダから暮れ往く夕景を撮影。

  • ベランダから暮れ往く夕景を撮影。

    ベランダから暮れ往く夕景を撮影。

  • ベランダから暮れ往く夕景を撮影。

    ベランダから暮れ往く夕景を撮影。

  • 稲佐山方面。

    稲佐山方面。

  • 18時前になると、夕焼けが更に色濃くなり街の灯りが目立ってきた。女神大橋もライトアップされている。

    18時前になると、夕焼けが更に色濃くなり街の灯りが目立ってきた。女神大橋もライトアップされている。

  • 18時。

    18時。

  • 18時15分になると、もう空の赤さも海の青さもなくなり、女神大橋が浮かび上がっている。

    18時15分になると、もう空の赤さも海の青さもなくなり、女神大橋が浮かび上がっている。

  • この後、仲間たちと夕食を摂った後、この日訪れた世界遺産や旅行で行った海外の世界遺産のことにも話が弾み、長崎の夜も更けていった。<br /><br />翌日は、長崎市内をウォーキングしながらの「長崎さるく」となっている。<br /><br />(続く)

    この後、仲間たちと夕食を摂った後、この日訪れた世界遺産や旅行で行った海外の世界遺産のことにも話が弾み、長崎の夜も更けていった。

    翌日は、長崎市内をウォーキングしながらの「長崎さるく」となっている。

    (続く)

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この旅行記へのコメント (2)

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  • mistralさん 2019/05/19 16:28:07
    絶景。
    ダイスケitさん

    お久しぶりです。
    偶然にも長崎、外海地区への旅行記がアップされていて
    楽しませていただきました。
    元の職場のお仲間との旅、
    交流をはかりながら史蹟を巡り、素晴らしい企画ですね。

    稲佐山対岸にあるホテルからの夕暮れにかけての絶景、
    私が泊まったのは港近くのホテルであり、景観には恵まれません
    でしたので、羨ましかったです。

    mistral

    ダイスケit

    ダイスケitさん からの返信 2019/05/21 18:35:58
    Re: 絶景。
    mistralさん

    コメントをいただき、ありがとうございます。私は半年も前に外海地区を訪れたのですが、mistralさんはGWに行って来られたのですね。しかも外海地区だけではなく、五島列島まで足を延ばされたようで、この先の旅日記も楽しみに拝見させていただきます。

    宿泊したホテルは、10年以上前にも泊まって夜景が素晴らしかったのを記憶していたので、わざわざ三脚を持参して撮りました。カメラが当時とは変えているので、新しいカメラでの写真が出来たので満足です。

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