2018/12/15 - 2018/12/17
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ダイスケitさん
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この旅行記のスケジュール
2018/12/17
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長崎ワシントンホテル発
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大浦天主堂見学
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オランダ坂散策
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孔子廟見物
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崇福寺見物
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吉宗本店で、蒸し寿司・茶碗蒸しのランチ
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興福寺見物
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諏訪神社見物
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長崎観音見物
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26聖人記念館見物
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ホテルに預けておいた荷物をピックアップ
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長崎空港で、福砂屋のカステラを土産に購入
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長崎~羽田移動
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この旅行記スケジュールを元に
第3日目は、長崎市内をひとりで長崎さるく(長崎市内散策)した時の模様となる。1泊2日の忘年ウォークの仲間は前日に帰宅してしまっていたので、この日は単独行動となっていた。当初の計画では軍艦島に行きたかったのだが、生憎と9月の台風で船着き場や見学通路が壊れたため上陸不可とのことで、諦めざるをえなかった。上陸せずに島の周囲を巡るだけは出来たようだが、折角高い料金を払って行くからには船からの見物だけでは満足出来ない。
替わりに考えたのが、忘年ウォークとは逆のコースで、大浦天主堂からスタートして浦上天主堂に向かう道を歩きながら、気が向いたら観光施設やお寺を見物するという「ひとり長崎さるく」だった。夕方の飛行機で千葉まで帰るため、時間的に最後まで歩いて行けるかどうか不明だが、誰も見ていないので気にすることはない(笑)。
今回の忘年ウォーク参加の経緯は、以下の通りとなっている。
毎年12月に九州方面へ忘年ウォークに出掛ける。昔の職場が山口県にあり、その頃職場の同僚やOB併せて20人程をメンバーとするウォーキングの同好会に参加していた。活動としては、毎月の日帰り例会のウォーキングと、12月には忘年ウォークとして九州方面への1泊2日のイベントがあった。退職して千葉に帰ってきてからは、月例会に参加するのは無理であるものの、年一回の忘年ウォークには、旅行と昔の仲間との交流を兼ねて参加することにしている。
今回は、2018年に登録となった世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のうち、1日目には長崎市郊外にある外海地区の大野集落と出津集落、2日目にはこれも前述の世界遺産のひとつである大浦天主堂を含む長崎市街のウォーキングとなっていた。前年(2017年)にも、その年に登録となった世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」を巡る1泊2日のウォーキングだった。世界遺産を巡るウォーキングイベントになるのは、千葉から駆け付ける私を含めてメンバーに世界遺産が好きな人が多いこと、すぐ近くの九州に次々と世界遺産が誕生すること等が関係しているようだ。私にとっては、昔の仲間との交遊と、新しい世界遺産訪問が同時に出来て、一石二鳥となり有難い話だ(笑)。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9時頃に中華街近くのワシントンホテルを出発。大きな荷物は、午後まで預かってもらうことにした。
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最初に訪れたのは、前日の朝と夕方に前を通ったが入場していない国宝で世界遺産の大浦天主堂。10年程前に入場して見物したが、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に登録されてからは行っていない。当時とは何か違った視点があるかなと、期待しつつ入っていった。
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天主堂の手前左側にある広場には、プティジャン司教(右)とローマ法王(中央)の像があった。
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これは「信徒発見記念碑」。江戸時代末期に外国人向けに建てられた大浦天主堂に、隠れキリシタンが訪れてプティジャン神父に信仰を伝えた時の様子だ。この事件をローマ法王に報告したことで、江戸時代の長い禁教時代にも、日本にキリスト教徒が存在したことが明らかになったという有名なエピソードだ。
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テレビ局のスタッフらしき数人が待機していた。何かの撮影があるようだ。
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天主堂の中に入ってみよう。
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天主堂入口手前のマリア像の背後から、上ってきた階段方向を見下ろす。天主堂の中は撮影禁止なので写真は残っていないが、ほとんど人影のない教会の中をゆっくりと見物した。
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教会から出て来て、もう一度入口付近から階段を見下ろす。左側には、現在は博物館となっている旧長崎大司教館。正面の塔と建物は大浦教会で、現在はここでミサが行われているとのこと。
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もう一度、マリア像と教会入口を撮影。
ここから教会に向かって右側の、博物館となっている旧羅典神学校と旧長崎大司教館の中を見物。この時に職員らしき人がいたので、世界遺産とユネスコのシンボルマークがあったら撮影したいと訊ねたが、ないとのこと。世界遺産登録を紹介する印刷物には載っているのだが、世界遺産に登録されて半年だからかどうか不明のまま、石碑やパネルの類はないとのことだった。 -
旧大司教館の軒下から見る天主堂。
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旧大司教館の正面の姿。
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1時間ほど大浦天主堂を見物していたことになったが、地図を見ながらオランダ坂へ。
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道標を見ながら坂を上って行ったが、険しい坂道だ。
日本の道百選「オランダ坂」の石碑があるところで、「東山手洋風住宅群」の案内を見つけて、その狭い道の方へ行ってみることにした。 -
低い瓦塀の向こうに、昔の洋館が見える。
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洋館の切れ目には、次に訪れる予定の孔子廟の裏手が出現。
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狭い石畳の道が、折れながら続く。
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先程の通路とは一段高いところにも、洋館群が続いている。
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ぐるっと一周する形で、元のオランダ坂に出て来たが、通り掛かったタクシーを見ているとこの坂の険しさが判る。お年寄りには大変だろう。
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これは、女子大の構内に保存されている洋館だったように思う。
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更にオランダ坂を進む。
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「日本の道百選 オランダ坂」の石碑。
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これも、今も保存されている洋館。
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30分余り掛けてオランダ坂を見物した後、孔子廟に到着。ここは6~7年前のランタンフェスティバル見物の際に、入場した記憶がある。あの時は、お祭りで大勢の人が唐人行列を見物するために押しかけていたが、今回はほとんど人影がなかった。
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孔子廟入口正面の姿。
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狛犬の替わりの麒麟(?)像。
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石畳みの中庭にある狛犬(獅子?)。
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ランタンフェスティバルの時には、この中庭で唐人行列到着後のイベントが行われていた。
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両側に並ぶ賢人達の石像。
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孔子廟への階段。
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孔子廟を取り囲むようにも、賢人たちの石像が並んでいる。
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それぞれの表情が異なっているのが面白い。
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廟から博物館へは、この橋を渡って行くようになっている。
ここまで来たので、先に博物館に入場。中は、中国の歴史・文化や賢人たちを紹介するものが展示されていた。ひと通り見物したが、撮影禁止で写真は残っていない。 -
最後になったしまったが、孔子を祀っている孔子廟の中へ。
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廟の内部にあった陶製の狛犬。
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孔子廟も30分ほど見物していたが、今度は路面電車に乗って崇福寺へ。ひとりだとつい楽をしてしまい、ウォーキングが中断してしまった(笑)。
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崇福寺の特徴ある門。
崇福寺は、17世紀半ばに長崎に在留していた福州人たちが、故郷から僧を招いて寺を造ったのが始まりとなっている。 -
明末期~清初期(17世紀)の南支建築様式をそのまま取り入れたもので、日本では他に類例がないとのこと。
これは三門で、俗に竜宮門と呼ばれている。 -
石段を上がって行くと、国宝の第一峰門がある。
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ここもランタンフェスティバルの時に訪れたことを思い出した。あの時は夜で、ランタンの光に照らされた崇福寺だった。
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境内の中にあるいくつかのお堂のひとつ。
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本堂である国宝大雄宝殿。
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本尊は釈迦如来。
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これも境内の中にあるいくつかのお堂のひとつ。
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その中の様子。
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大雄宝殿の軒下から護法堂を見る。
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崇福寺から路面電車通りに出た。そろそろお昼時なので、狙っていた「吉宗(きっそう)」本店の蒸し寿司と茶碗蒸しのセットを食べるために店を探した。
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商店街の中を暫く歩いて行くと、その大きな構えの店はすぐに見つかった。
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2階の椅子席に案内されると、畳敷きの座敷に机と椅子だったが、折しも昼時なので、結構混んでいた。
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注文後暫く待つと、出て来たのが蒸し寿司(左)と茶碗蒸し(右)。蒸し寿司は、穴子の刻みとデンブと錦糸卵が上に乗っており、ご飯は温かい。茶碗蒸しの具にはかまぼこや鶏肉等色々と入っていたが、どんぶり一杯の茶碗蒸しを食べるのは初めてだった(笑)。共に、なかなか美味の味わいランチで、1,350円とお値打ちの値段だ。
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廊下を挟んだ反対側の座敷は、畳に座るスタイルだった。
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食後は、崇福寺から光源寺までお寺がずらりと並ぶ寺町通りを進むことにする。日本でも、これだけお寺が一列に並ぶ通りは珍しいらしい。
寺町通りに向かう途中で見つけた、とんかつの浜勝本店。関東には余り馴染みのない浜勝だが、リンガーハットの親会社で中国・九州では良く見掛ける店だ。 -
最初は、大音寺。
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階段の途中にも門がある。
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次は、皓台寺。
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山門の両側にある仁王像。
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山門の両側にある仁王像。
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この皓台寺には、幼稚園もあるようだ。
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3番目は、長照寺。
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お堂の前には蘇鉄の木が植えられている。
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4番目は延命寺。
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境内には、赤い衣をまとったお地蔵様が沢山並んでいた。
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5番目は、興福寺。ここは、国内最初の黄檗禅宗の唐寺で、中国人が17世紀に航海安全を祈願して造ったのが始まりとされている。この時代は、幕府のキリスト教禁令が厳しく、長崎在住の中国人にもキリシタンの疑いがかかったため、仏教徒であることを証明するためにも、崇福寺を含めて次々と唐寺を建てたといわれている。
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ここも、大雄宝殿の前には蘇鉄が植えられている。
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鐘鼓楼。
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庫裡の入口に下がる巨大な魚鼓。寺院の衆に食事時などを告げるのに、これを叩いていたとのこと。日本に唯一残る明朝魚鼓だ。
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大雄宝殿を斜めから見る。
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立派な蘇鉄だ。
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6番目は、浄安寺。
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石段を上がって行くとお堂がある。
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7番目は、三宝寺。
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三宝寺のお堂。
この辺りの小道を登って行くと、龍馬通りの石碑や亀山社中の方に行けるようだったが、これも10年程前に行っているので、今回は省略した。 -
8番目は、深崇寺。
この後、禅林寺・光源寺も訪れたが、さすがにこの頃には飽きて写真を撮っていない(笑)。 -
寺町通りのお寺巡りを終えて、その先にある諏訪神社に行ってみることにした。地下道を通っていると、長崎のお祭りのパネルや・・・。
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眼鏡橋や・・・。
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大浦天主堂のステンドグラス風パネルが展示されていた。
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地下道から出ると、諏訪神社の下の鳥居に到着。
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いくつも鳥居を潜り階段を登って、神社に向かう。
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門の向こうに本殿が見えて来た。この諏訪神社は、10月の長崎くんちで有名なところであり、龍踊(じゃおどり)を一度は見てみたいものだ。
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境内の案内図。
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石段上から見下ろした長崎市街地。石の鳥居がいくつか並んでいる。
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境内の奥には稲荷神社もあり、赤い鳥居が並んでいた。
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境内にある馬の像。
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諏訪神社の先にもお寺はあった! これは永昌寺。
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崩れかかった山門のお寺は、聖福寺。
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由緒あるお堂がいくつも並んでいた。これは、大雄宝殿。
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鐘鼓楼。
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瓦を積んだ塀の一部も残っていた。
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大雄宝殿を斜めから眺める。
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お寺の最後は、福済寺。ここには、大きな亀の上に立つ通称「長崎観音」があった。
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観音像は、高さ18mで金属製とのこと。
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案内の印刷物には、「霊亀の背に立たれる慈母観音像」と記されていた。
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福済寺の先の西坂公園には、日本26聖人記念碑があった。これは、豊臣秀吉によるキリシタン禁止令により、1597年2月5日京阪地方へ伝導していたフランシスコ会宣教師6人と日本人信徒20人が処刑された殉教の丘にある。
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26人のレリーフだが、子供もいるようだ。
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近くには、日本26聖人の記念館もあり、入ってみた。
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変わった形の塔が2本立つ、聖フィリポ記念聖堂も近くにあった。
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この時点で16時前になっており、ひとり長崎さるくもここまでで終了とした。
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長崎駅前から路面電車に乗り中華街まで。ホテルで荷物をピックアップして、近くのバスターミナル~長崎空港~羽田空港~千葉の自宅への帰路に就いた。長崎空港では、土産に福砂屋のカステラを忘れずに購入。福砂屋のみ別格で、他のカステラは土産物屋に置いてあったが、福砂屋のカステラは福砂屋の空港店でしか買えなかった。
最終3日目は、最初と最後のみキリスト教会関連施設で、途中の大部分はお寺巡りとなったひとり長崎さるくだったが、心地よい疲れで機上の人となった。
(完)
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この旅行記へのコメント (1)
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- mistralさん 2019/06/05 18:52:48
- ひとりさるく。
- ダイスケitさん
こんばんは。
いつもご投票まで頂きましてありがとうございます。
長崎観光は、今回は福江島へ渡ってしまいましたので、
消化不良のままでした。
出津へのツアーに参加か、あるいは昔サッと観光した
市内をじっくりと回るか、迷ったのでした。
あと1日あればもう少し観光もできたことと悔やまれて
おります。
旅って、いつもそんな想いで終わる事が多いですね。
ダイスケitさんのひとりさるくの旅行記を拝見できて
良かったです。
思ったより寺院が多くて驚きました。
mistral
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