2019/03/05 - 2019/03/08
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AandMさん
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フィリピンの首都マニラには沢山の教会がありました。周囲には決して立派とは言えない木造の貧弱な家々が多いなかで、石造りの教会はとても豪勢でした。16世紀からフィリピンを統治したスペインがキリスト教を積極的に布教した影響で、フィリピンの人々の大部分がキリスト教徒です。16世紀以降、多くの教会が建設されていますが、大地震、火災、戦争などで破壊や損壊しましたが、その度に教会は再建されています。例外は世界遺産に登録されているサンアウグスティン教会です。この教会は地震や戦闘などの幾多の災害を乗り越え、現在まで建設当時の状況が保存されており、奇跡の教会とも呼ばれています。
マニラ観光の際に、旧市街であるイントラムロスの付近にある主だった教会を見学しました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- ジャルパック
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3月5日
イントラムロスにあるカトリック教会のマニラ大聖堂を訪れました。この大聖堂の創設はスペイン統治時代の1571年ですが、何度か破壊と建設が繰り返されています。創設当時の建物がそのまま今日まで保存されていることが多いヨーロッパの教会とは異なります。ただ現在のマニラ大聖堂はネオロマネスク形式ですので、多分、創設当時の形がそのまま保たれているのではないかと思います。大聖堂にはアジア最大級のパイプオルガンがあるそうです。マニラ大聖堂 寺院・教会
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大聖堂前にあったパネルには、火災、地震、台風、戦争などで7度も破壊や損壊したけど、その度に補修&再建された。現在の建物は8代目で、1953-1958年に建造されたもので、1981年に法王John Paul IIがマニラを訪問された際に、この教会が大聖堂(Minor Basilica)に指定された、と説明されていました。
苦難の歴史を持つ大聖堂です。 -
大聖堂内部です。建物は石積でなく、コンクリート構造です。大聖堂再建で使われたセメント6万袋は日本で行われた募金で購入されたものだそうです。
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内部にあった天使の彫像です。
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正面中央部の祭壇にマリア像がありました。
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大聖堂の後方にある東洋最大級のパイプオルガンです。マニラ大聖堂は、比較的最近の1958年に再建されていますが、外見や内部の造りはスペイン統治時代と変わっていないように思いました。
マニラ大聖堂 寺院・教会
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マニラ大聖堂の南方、約300mの場所にあるサンアウグスティン教会です。この教会は1571年にヤシと竹で建造されましたが火災で1574年に焼失し、1583年に木材で再建されましたが、再び火災で崩壊しています。三度目の建設で石材を使用し、1607年に完成しています。以後、幾多の地震や戦争にも耐えて、現在までそのままの形で残っているので、「奇跡の教会」と呼ばれています。
サンアグスチン教会 (マニラ) 寺院・教会
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サンアウグスティン教会が建造された以降の経緯を説明した英語プレートです。最後の部分に、この教会は1993年にユネスコの世界遺産に登録された、と書かれています。
フィリピンでキリスト教布教の拠点ともなった、フィリピン最古の石造教会です。 -
教会内部です。マニラ大聖堂と比べて、豪華絢爛です。
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スペインにある中世の教会と同様な感じで、スペイン人が教会の建造に全面的に関与したことが伺われます。
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祭壇と上部天井です。積み上げられた石材に、凝った模様が彫り込まれています。
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教会の後方2階から見た内部の様子です。手の込んだ見事な教会で、ヨーロッパにある有名教会にも劣らない豪華絢爛さです。
サンアグスチン教会 (マニラ) 寺院・教会
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3月6日
今日は、イントラムロスの外にある主な教会を巡ってみました。これはパシグ川の北部地区にある聖セバスチャン教会(Saint Sebastian Basilica)です。ローマカトリック教会で、1891年に建造されています。外見はゴシック調ですが、建物はフィリピンで唯一の鉄筋コンクリート構造で、フィリピンの国民文化遺産(National Cultural Treasure)に登録されています。白亜の聳え立つ尖塔が目立っています。聖セバスチャン教会 寺院・教会
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教会前の庭にあった聖職者の像の表情はヨーロッパ風ですが、とてもやさしそうです。
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教会内部はゴシック風です。
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祭壇周辺は黒っぽい色で、とても豪華です。
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ステンドグラスはドイツで製造されたものだそうです。
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バラ窓のステンドグラスも見事です。こちらも、多分、ドイツで作られたのではないでしょうか。
聖セバスチャン教会 寺院・教会
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聖セバスチャン教会前の通りです。教会は豪華絢爛ですが、一歩外部に出ると生活が豊かではないマニラの下町が広がっていました。教会と下町のコントラストが印象に残りました。
下町を歩いて、次の教会に向かいます。 -
数百メートル西にあるキアポ教会です。正式名称はMinor Basilica of the Black Nazareneですが、キアポ地区の教会であることから通称キアポ教会と呼ばれています。
創設1586年の歴史ある教会ですが、現在の建物は1984年に建造されたものです。バロック様式です。キアポ教会 寺院・教会
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教会内部に沢山の信者さんがいました。ミサが進行中でしたので、後方から静かに見学させて頂きました。
比較的新しく建造された教会だけに、内部に曲線構造が採用され、床の大理石はピカピカでした。 -
祭壇にはBlack Nazareneの像がありました。Black Nazareneは黒色肌のキリスト像です。
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キアポ教会前の広場です。露店市が開かれていました。豪勢で見事で厳かな教会の外に、賑やかで騒々しい市民マーケットがありました。マニラの典型的な下町の光景です。
キアポ地区から西に進み、中華街の方に行ってみることにしました。キアポマーケット 市場
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200mほど西に進むと、ゴミゴミした下町に大きな教会がありました。アーチディオセサン・シュライン・オブ・ザ・ブレスト・サクラメント(Archdiocesan Shrine of the Blessed Sacrament)教会で、太平洋戦争後の1957年に建造された新しいカトリック系の教会です。サンタクルーズ教会(Santa Cruz Church)とも呼ばれています。
元々は17世紀初頭にイエズス会修道士がこの地に教会を建てましたが、フィリピンにおける他の多くの教会と同様に、この教会も破壊と修復が繰り返されています。 -
教会前に行事表がありました。毎日、英語もしくはフィリピン語でミサなどの教会行事が行われています。とても活発な教会活動だと思いました。
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教会内部に入ると、牧師さんの説教が行われていました。説教の合間に歌も入っていました。
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正面祭壇には少し風変わりな絵があり、上部に太陽を背にした鹿のような動物が描かれていました。珍しい祭壇だと思います。
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教会を出て中華街に向かう通りを進みます。家やお店がありますが、とても貧しい感じです。立派な教会との違いを感じざるを得ません。
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赤提灯など中国風な景色になり、お店の看板に漢字が増えてきました。中国系の人が沢山住んでいる地区であることが分かります。
チャイナタウン 散歩・街歩き
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灰色と赤黒い石積の大きな教会がありました。ビノンド教会(Binondo Church)ですが、正式名はマイナー・バジリカ・オブ・セント・ロレンゾ・ルイズ(Minor Basilica of St. Lorenzo Ruiz)です。ビノンドとは中華の意味ですので、中華街の教会が通称として使われています。
マニラの中華街は世界で最も古くに造られた中国人街だそうです。ビノンド教会 寺院・教会
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ビノンド教会の内部は、外壁の黒っぽい色と違って天井や床は白色系が用いられています。この教会は中華街が形成された16世紀に、中国系住人にキリスト教を布教するために建てられています。
この教会の別名になっているセント・ロレンゾ・ルイズは中国系フィリピン人牧師でしたが、布教のために鎖国時代の日本を訪れ、殉教しています。1987年に法王John Paulによって聖人に叙せられました。フィリピン系では初めての聖人です。 -
ビノンド教会前に小さな公園がありました。ロレンゾ・ルイズ広場です。
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広場中央部に銅像が立っていました。中国系フィリピン人で聖人に叙せられたセント・ロレンゾ・ルイズの像です。ルイズ像の後方に白色の石碑があり、(華僑抗日烈士記念碑)と書かれています。太平洋戦争当時の日本軍との戦いで亡くなった中国系フィリピン人の追悼記念碑です。
フィリピンは、過去にスペイン、英国、米国、そして戦争中に一時日本の統治下に置かれています。これらの国々と争って亡くなったフィリピン人も相当いたはずですが、マニラで見かける追悼記念碑は対日本軍関係のものが圧倒的に多いように感じました。スペイン、英国、米国は統治の過程でフィリピンの人々を抑圧しなかったのでしょうか? -
教会前のロレンゾ・ルイズ広場を後にして、町中を進み、イントラムロスに向かいます。途中で小さな川に架かる橋を渡りました。欄干に鉄条網が張られていました。ゴミの投棄を防ぐのなら、普通の金網で十分だと思います。川にはゴミが浮かび、ドブの臭いもしていました。マニラ下町の典型的な光景で、清掃が行き届いた教会内の状況と各段の違いです。
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マニラ市内を東西に流れる大きな川、パシグ川に架かるWilliam A. Jones Memorial Bridgeです。前方に見える白い建物は郵便博物館(Postal Museum)です。
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この川をフェリーが行き来しています。交通渋滞を避けてマニラ市内を手軽に移動できる乗り物として、地元の人に活用されています。
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橋の名称(William A. Jones Memorial Bridge)は欧米風ですが、橋の袂にあったのは中華風の唐獅子でした。William A. Jones は中国系かなとも思いましたが、調べてみると、生粋の米国人で橋の建設に関与した人であることが分かりました。
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これは宿泊していたホテルの近くにあったマラテ教会です。マラテは現在イントラムロス南部の地区名称になっています。この教会の祭壇にあるマリア像は1624年にスペインから持ってこられたものです。教会の創立はスペイン統治が始まった16世紀半ばですが、建物は何度も建て替えられ、現在の教会は太平洋戦争後の1950年代の建造です。20世紀に再建されていますが、建物は伝統的なゴシック様式です。
この教会も喧噪感溢れる下町に、忽然と建っていました。厳しい庶民生活環境の中で別世界を感じさせる教会です。マラテ教会 寺院・教会
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教会の壁に歴史を説明したプレートがありました。
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教会内部で宗教儀式が進行中で、入り口部分まで人で溢れていました。後方から見学しましたが、見学中も次々と人が訪れました。地元の方のようでした。
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教会前は公園で、公園内に貧しい身なりの人が沢山見受けられました。ここでも教会内の艶やかな雰囲気との格差を感じさせられました。
沈む夕日を背景にした彫像が目に入りました。ラジャ スレイマン パーク 広場・公園
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公園名称になっているラジャ・スレイマン(Rajah Sulayman)像です。ラジャ・スレイマンは16世紀のマニラ王国(Kingdom of Maynila)の統治者で、スペインの侵入を防ぐために戦い、命を落としています。地元フィリピンの歴史に残る武人です。フィリピンの人々にとって英雄だろうと思います。
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ラジャ・スレイマン公園前の海岸はプロムナード(Manila Baywalk)で、マニラ湾に沈む夕日が眺められる観光スポットです。教会見学を終え、プロムナードから真っ赤に燃える夕日を眺めることができました。
マニラは、スペイン、英国、米国、日本など海外勢が海を越えてマニラ湾を経由して進出し、宗教、文化、芸術などで大きな影響を与えています。教会には特にスペインの影響がしっかり残っていました。マニラの教会は、地元の人々の庶民生活レベルとはかけ離れた豪華さでした。宗教に対するスペインの多大な影響とともに、庶民生活環境との大きな格差も印象に残りました。マニラ湾 海岸・海
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