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4泊6日の短い時間の中に、どうしても行きたいところを選んでの友人とに女子旅。ふたり旅。<br />まずは早朝、モンパルナスからシャルトルの大聖堂へ向かい、その後パリに戻ってルイ16世と王妃マリー・アントワネットを一時埋葬した跡地の贖罪祈念礼拝堂へ。この日の夕食はランチを兼ね合わせて、カフェ・プーシキンへ。<br />翌日はサン・トレノのラデュレで朝食を食べて、またまた郊外のマルメゾンと、ラ・フィット城へ、夕食とランチを合わせて、ル・ドワ・デユ・ポトフ。<br />旅の半分からはパリの街歩き。日曜の朝はのんびりと、10時開館のギュスターヌ・モロー美術館。そして午後はプティ・パレへ。コンコルド広場でルイ16世と王妃マリー・アントワネットの処刑跡地のプレートを探してからチュイルリー公園でのクリスマス・マーケットを見る。それからマドレーヌ教会での無料のオルガン・コンサートを聞いて、シャンゼリゼのムール貝で有名なお店=レオン・ド・ブリュッセルで夕食。<br />最終日はチェックアウトのあと、ホテルで14時まで荷物を預かってもらい、マドレーヌ教会横から24番のバスに乗って、ノートル・ダム寺院経由でマリー・アントワネット最期の家となったコンシェルジュリー牢獄を見て、マリーの処刑場までの道のりを歩いてニナスへ向かったのだけど、いつからかニナスは日曜日・月曜日が連休になっていた。調べた限りでは土日のお休みだったのに。<br />パリ最後のカフェは、もう一度、サン・トレノ通りのラデユレへ。そしてホテルへ戻りスーツケースを受け取って、オペラ座からロワシーバスで、空港へ。<br />なんと3時間もの大行列で、早め早めの行動していてよかったです。

ちょこっとパリ郊外と、マリー・アントワネット最期の地めぐり

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2018/11/22 - 2018/11/27

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reirin

reirinさん

4泊6日の短い時間の中に、どうしても行きたいところを選んでの友人とに女子旅。ふたり旅。
まずは早朝、モンパルナスからシャルトルの大聖堂へ向かい、その後パリに戻ってルイ16世と王妃マリー・アントワネットを一時埋葬した跡地の贖罪祈念礼拝堂へ。この日の夕食はランチを兼ね合わせて、カフェ・プーシキンへ。
翌日はサン・トレノのラデュレで朝食を食べて、またまた郊外のマルメゾンと、ラ・フィット城へ、夕食とランチを合わせて、ル・ドワ・デユ・ポトフ。
旅の半分からはパリの街歩き。日曜の朝はのんびりと、10時開館のギュスターヌ・モロー美術館。そして午後はプティ・パレへ。コンコルド広場でルイ16世と王妃マリー・アントワネットの処刑跡地のプレートを探してからチュイルリー公園でのクリスマス・マーケットを見る。それからマドレーヌ教会での無料のオルガン・コンサートを聞いて、シャンゼリゼのムール貝で有名なお店=レオン・ド・ブリュッセルで夕食。
最終日はチェックアウトのあと、ホテルで14時まで荷物を預かってもらい、マドレーヌ教会横から24番のバスに乗って、ノートル・ダム寺院経由でマリー・アントワネット最期の家となったコンシェルジュリー牢獄を見て、マリーの処刑場までの道のりを歩いてニナスへ向かったのだけど、いつからかニナスは日曜日・月曜日が連休になっていた。調べた限りでは土日のお休みだったのに。
パリ最後のカフェは、もう一度、サン・トレノ通りのラデユレへ。そしてホテルへ戻りスーツケースを受け取って、オペラ座からロワシーバスで、空港へ。
なんと3時間もの大行列で、早め早めの行動していてよかったです。

同行者
友人
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス 徒歩
航空会社
ANA
旅行の手配内容
個別手配
  • 11月22日から27日まで4泊6日でパリに行ってきました。 <br />これから行く人の参考になれば、と、覚書風の日記です。 <br /><br />22日、羽田発11:40のパリ行きの便に乗るため、自宅を7:10に出発。 <br />横浜駅東口YCAT到着8:00。 <br />8:05発の羽田国際ターミナル行きのバスに乗れば、余裕で、充分すぎるくらいに間に合う。 <br />往復のバス券を買って、前から2番目に並んでいると、中国人らしい若い夫婦が幼児2名を連れて、9時15分の便に乗りたい! と英語と中国語で係員に言っているけど、羽田までは約60分。途中、大黒ふ頭まで渋滞らしいのでもっとかかるかもしれない。絶対に無理! と他人事ながら空港には最低でも2時間前到着でしょ! と驚くやらあきれるやら。 <br />バスの係の人がタクシーの方がまだ早いかもしれない(バスは国内線ターミナルを経由して国際線ターミナルへ行くので)、と言うと幼い子ども(推定3歳と4歳くらい)の手を引き、大きなスーツケースを引っ張って、タクシー乗り場へ移動して行った。 <br />バスは定刻通りに発車。 <br />係員さんが言った通り、ベイブリッジを渡り大黒ふ頭を抜けるまで大渋滞。 <br />あの中国人の家族はどうなったのかしら? 気の毒だけど、飛行機に間に合わない。 <br />だって飛行機のチケットは持っていたとしても、トランク預けて、手荷物検査受けて、セキュリティチェックしてからの搭乗。 <br />私は途中の渋滞や、ラッシュ時に電車の中に中型でもスーツケース持ち込んで、いやな顔されたくないから、ラッシュ時間より早めに地元駅から女性専用車両に乗った。 <br />前日にタクシーを予約して7:10に来てくれるように手配。 <br />7時ちょっと過ぎ、タクシーが早めに来てくれたので、4時起きで準備を整えていた私は自宅を後に、パリに向けて出発。 <br />相鉄線の横浜駅に7時40到着。さて、ここから東口のYCATまで何分かかるかな? <br />自由通路をスーツケースのごろごろ押しながら、移動。 <br />階段の昇り降り、なんだかんだで15分経過。 <br />YCATに8時少し前到着。バスの往復券を買う。 <br />8時にバスに乗り込んで、8:05分に横浜駅を出発。羽田へ。 <br />9時ちょうどくらいに羽田国際線ターミナル到着。ANAの窓口へ行き、パソコンのプリンタで打ち出した用紙をチケットに交換。 <br />スーツケースを預け、手荷物チェックとボディチェックで、免税店の並ぶ場所へ移動。 <br />免税店の化粧品コーナーで同行のYさんと待ち合わせ。 <br />ディオールのピンクの口紅を買って、ゲランのパウダーを見せてもらうけれど、クリスマスコレクションのパウダーはキラキラのラメ入りなので、止めておく。 <br />他にほしいものもないので、ウロウロあたりを見回しているとYさんとばったり出会う。 <br />今日から4泊6日の旅、どうぞよろしくね、と挨拶して、まだ搭乗時間まで余裕があるので、ふたりで化粧品のコーナーを見て周る。 <br />時間になったので、ビジネスクラスの人から順番に搭乗。 <br />わたしたちはエコノミーなので、最後。 <br />座席は真ん中の3人掛けのシートのAとC。昨日までBの席は空いたまま。予約がいなければ、パリまではゆったりと空間が使えるかも、と嬉しい予感。 <br />嬉しい予感通りに、B席を空けたまま飛行機は羽田からパリへ。約12時間のフライト。『ダ・ヴィンチ・コード』の映画を見た後は、現在地の地図ばかりを見て過ごす。 <br />モンゴル寄り、バイカル湖寄りでなく、シベリア寄りでもない中間地点を飛行機は飛んでいく。 <br />好いお天気。空が成層圏の青色をしている。 <br />飛行機の中、私はフランス語のおさらいと、天気によって見学日の変更をYさんと相談。 <br />どうやらパリ時間の金曜日、到着翌日が一番お天気が好いらしいので、着いたばかりで早々だけれど、6時半出発で郊外のシャルトルへ行くことを決める。 <br /><br />12時間後、時差8時間の22日夕方パリ、シャルル・ド・ゴール空港へと着陸。 <br />今回は右岸のオペラ座近くのホテルなので、ロワシーバスで移動することに。 <br />ロワシーバスの待合所で、券売機からチケットを購入。お札とコイン使用可。12ユーロ。 <br />15分間隔で来るバスは空いていて、4人掛けの向き合った席に2人で座る。 <br />空港からだいたい60分でオペラ座へ。 <br />あたりはもう真っ暗。秋と言うよりパリはすでに真冬。最高気温7度。最低気温3度。体感温度は5度。 <br />ホテル=コーマルティン オペラ アストテル(Hotel Caumartin Op&amp;eacute;ra - Astotel)に着いて、チェックインして宿泊料金とパリ・シティ税をカードで支払って、各自の部屋に荷物を置き、近所を探検に出る。 <br />機内食でお腹はいっぱいなので、ショッピングメイン。 <br />まずは大好きなキャラメル屋さん=ラ・キュル・グルマンドでキャラメルを購入。帰り道でフラゴナールを見かけてローズとラヴェンダーのフレグランスを購入。 <br />ホテルに戻って、たぶん明日が一番いいお天気らしいので明日の予定を『シャルトル』に。 <br />出発時間は6時半と決めて、お風呂に入って、持参の目覚まし時計をセットして墜落睡眠。 <br />ホテルは、右岸オペラ座から徒歩約10分。 <br />パリ行きを決めた夏に、予算1万7千円くらいの三つ星バスタブ付きの部屋をブッキング・コムで検索、予約しておいた。 <br />現実には、当日のユーロがいくらかで多少の値段の違いが出て、結局4泊で8万円ちょっととなったのだけど、このホテルは朝の食事時間外には食堂を開放していて、スナックやドライフルーツ、飲み物を自由に食べることができるらしい。 <br />部屋に備え付けの冷蔵庫内のドリンクは、翌朝、訊いてみると『無料』とのこと。 <br />乾燥したパリで毎回毎回、モノプリで水を買っていた私だけど、今回は水は買わずに済みそうなので、値段的にはまずまずのところ。 <br /><br />翌日。 <br />11月23日 ふたりともパリ・ハイで目覚めが早く、さくさく身支度できたので前倒しでホテルを6時15分に出発、メトロのマドレーヌ駅からモンパルナスへ。 <br />私は前回のカルネ(回数券)が4枚残っていたけれど、メトロとバスで足りなくなるので、カルネを買ってYさんと分ける。 <br />そしてフランス国鉄に乗り換えてシャルトルへ。シャルトルはロワール地方なので、乗り場は2階。エスカレーターで2階へ昇る。このあたりはしっかり調べてきた。 <br />ただし、巨大モンパルナス駅でたぶん、きっと迷うと思っていたので、早め早めの行動。 <br />モンパルナス駅でシャルトルまでの切符を買うべく有人の窓口を探すが、有人の窓口は見当たらず。 <br />ジャンパーを着た駅スタッフに訊ねると「マシンでクレジットカードで買って」と言われ、もし操作途中でなんらかのエラーがあったどうしよう? と恐る恐る券売機にカードを挿入。カードは全部吸い込まれず、途中までしか入らないとわかって一安心。なんとか無事にチケット購入。 <br />16,4ユーロ。日本のお札よりも大きなチケット。 <br />8時10分発の電車に乗れば充分、間に合うので先に黄色いコンポステで刻印。 <br />そして駅の売店ポールなんとかで、でクロワッサンとカフェ・クレームを買い、ベンチに座って朝食。 <br />シャルトルまでは約1時間10分。 <br />電車がどのホームに入るのか5分くらいまでわからないので、少しドキドキしたけれど、そこは1人より2人。 <br />無事に乗車できて適当な場所に座って車窓から景色を見るけれど、もやっている。途中で念のために電車の中のトイレに行っておく。 <br />シャルトル下車。 <br />霧のシャルトル。霧なのか靄なのか。真っ白で目印になる、目指すべき塔が見えない。 <br />なんとなく人気《ひとけ》の向かう方に進む。巡礼の旅の始まり。 <br />約12分ほどで教会がぼんやりと見えてくる。やはり尖塔の先は霧の中。 <br />先ず、落ち葉を踏みしめながら大聖堂を一周。帽子を取って教会の中に。 <br />晴れていればもっともっと美しいだろうシャルトル・ブルーの、青のステンドグラスを堪能。 <br />霧で曇っているのものの、それなりに明るくなってきた空に、青色が美しい。 <br />教会内部の売店で絵葉書とクリスマスのオーナメントを購入。 <br />右ひざの故障を治して、塔に昇る気でいたのだけれど、塔に昇るのは2年前から中止。現在は昇れなくなったとのこと。 <br />教会の中はしんしんと冷えます。2時間弱を教会の中で過ごして退出、ボルドーの看板に『トワレット』と掲げているお土産物屋さんでトイレを借り(有料0,5ユーロ)ロザリオを購入。 <br />10時を過ぎていたので、街には活気が出てきてお店も開いている。 <br />途中のお店で巨大なキャラメルマカロンを購入。2,3ユーロ。紙の箱に入れてくれる。 <br />駅に戻り、帰りのチケットを購入しようとするが、タッチパネルとばかり思った画面が変わらなくて困っていると、駅のスタッフがダイヤルを回してくれる。 <br />そうか! タッチパネルでなく回す式の券売機なのね。 <br />今度のチケットはミュゼのチケットのような、手のひらサイズの小さなもの。 <br />12時ちょっとのフランス国鉄に乗車。電車の中でマカロンを食べ、ホテルの部屋備え付けの持ってきていた水を飲む。 <br />キャラメルフレーバーのマカロン=どら焼きくらいの大きさのマカロンは食べごたえあり。 <br />モンパルナス駅に到着。 <br />

    11月22日から27日まで4泊6日でパリに行ってきました。
    これから行く人の参考になれば、と、覚書風の日記です。

    22日、羽田発11:40のパリ行きの便に乗るため、自宅を7:10に出発。
    横浜駅東口YCAT到着8:00。
    8:05発の羽田国際ターミナル行きのバスに乗れば、余裕で、充分すぎるくらいに間に合う。
    往復のバス券を買って、前から2番目に並んでいると、中国人らしい若い夫婦が幼児2名を連れて、9時15分の便に乗りたい! と英語と中国語で係員に言っているけど、羽田までは約60分。途中、大黒ふ頭まで渋滞らしいのでもっとかかるかもしれない。絶対に無理! と他人事ながら空港には最低でも2時間前到着でしょ! と驚くやらあきれるやら。
    バスの係の人がタクシーの方がまだ早いかもしれない(バスは国内線ターミナルを経由して国際線ターミナルへ行くので)、と言うと幼い子ども(推定3歳と4歳くらい)の手を引き、大きなスーツケースを引っ張って、タクシー乗り場へ移動して行った。
    バスは定刻通りに発車。
    係員さんが言った通り、ベイブリッジを渡り大黒ふ頭を抜けるまで大渋滞。
    あの中国人の家族はどうなったのかしら? 気の毒だけど、飛行機に間に合わない。
    だって飛行機のチケットは持っていたとしても、トランク預けて、手荷物検査受けて、セキュリティチェックしてからの搭乗。
    私は途中の渋滞や、ラッシュ時に電車の中に中型でもスーツケース持ち込んで、いやな顔されたくないから、ラッシュ時間より早めに地元駅から女性専用車両に乗った。
    前日にタクシーを予約して7:10に来てくれるように手配。
    7時ちょっと過ぎ、タクシーが早めに来てくれたので、4時起きで準備を整えていた私は自宅を後に、パリに向けて出発。
    相鉄線の横浜駅に7時40到着。さて、ここから東口のYCATまで何分かかるかな?
    自由通路をスーツケースのごろごろ押しながら、移動。
    階段の昇り降り、なんだかんだで15分経過。
    YCATに8時少し前到着。バスの往復券を買う。
    8時にバスに乗り込んで、8:05分に横浜駅を出発。羽田へ。
    9時ちょうどくらいに羽田国際線ターミナル到着。ANAの窓口へ行き、パソコンのプリンタで打ち出した用紙をチケットに交換。
    スーツケースを預け、手荷物チェックとボディチェックで、免税店の並ぶ場所へ移動。
    免税店の化粧品コーナーで同行のYさんと待ち合わせ。
    ディオールのピンクの口紅を買って、ゲランのパウダーを見せてもらうけれど、クリスマスコレクションのパウダーはキラキラのラメ入りなので、止めておく。
    他にほしいものもないので、ウロウロあたりを見回しているとYさんとばったり出会う。
    今日から4泊6日の旅、どうぞよろしくね、と挨拶して、まだ搭乗時間まで余裕があるので、ふたりで化粧品のコーナーを見て周る。
    時間になったので、ビジネスクラスの人から順番に搭乗。
    わたしたちはエコノミーなので、最後。
    座席は真ん中の3人掛けのシートのAとC。昨日までBの席は空いたまま。予約がいなければ、パリまではゆったりと空間が使えるかも、と嬉しい予感。
    嬉しい予感通りに、B席を空けたまま飛行機は羽田からパリへ。約12時間のフライト。『ダ・ヴィンチ・コード』の映画を見た後は、現在地の地図ばかりを見て過ごす。
    モンゴル寄り、バイカル湖寄りでなく、シベリア寄りでもない中間地点を飛行機は飛んでいく。
    好いお天気。空が成層圏の青色をしている。
    飛行機の中、私はフランス語のおさらいと、天気によって見学日の変更をYさんと相談。
    どうやらパリ時間の金曜日、到着翌日が一番お天気が好いらしいので、着いたばかりで早々だけれど、6時半出発で郊外のシャルトルへ行くことを決める。

    12時間後、時差8時間の22日夕方パリ、シャルル・ド・ゴール空港へと着陸。
    今回は右岸のオペラ座近くのホテルなので、ロワシーバスで移動することに。
    ロワシーバスの待合所で、券売機からチケットを購入。お札とコイン使用可。12ユーロ。
    15分間隔で来るバスは空いていて、4人掛けの向き合った席に2人で座る。
    空港からだいたい60分でオペラ座へ。
    あたりはもう真っ暗。秋と言うよりパリはすでに真冬。最高気温7度。最低気温3度。体感温度は5度。
    ホテル=コーマルティン オペラ アストテル(Hotel Caumartin Op&eacute;ra - Astotel)に着いて、チェックインして宿泊料金とパリ・シティ税をカードで支払って、各自の部屋に荷物を置き、近所を探検に出る。
    機内食でお腹はいっぱいなので、ショッピングメイン。
    まずは大好きなキャラメル屋さん=ラ・キュル・グルマンドでキャラメルを購入。帰り道でフラゴナールを見かけてローズとラヴェンダーのフレグランスを購入。
    ホテルに戻って、たぶん明日が一番いいお天気らしいので明日の予定を『シャルトル』に。
    出発時間は6時半と決めて、お風呂に入って、持参の目覚まし時計をセットして墜落睡眠。
    ホテルは、右岸オペラ座から徒歩約10分。
    パリ行きを決めた夏に、予算1万7千円くらいの三つ星バスタブ付きの部屋をブッキング・コムで検索、予約しておいた。
    現実には、当日のユーロがいくらかで多少の値段の違いが出て、結局4泊で8万円ちょっととなったのだけど、このホテルは朝の食事時間外には食堂を開放していて、スナックやドライフルーツ、飲み物を自由に食べることができるらしい。
    部屋に備え付けの冷蔵庫内のドリンクは、翌朝、訊いてみると『無料』とのこと。
    乾燥したパリで毎回毎回、モノプリで水を買っていた私だけど、今回は水は買わずに済みそうなので、値段的にはまずまずのところ。

    翌日。
    11月23日 ふたりともパリ・ハイで目覚めが早く、さくさく身支度できたので前倒しでホテルを6時15分に出発、メトロのマドレーヌ駅からモンパルナスへ。
    私は前回のカルネ(回数券)が4枚残っていたけれど、メトロとバスで足りなくなるので、カルネを買ってYさんと分ける。
    そしてフランス国鉄に乗り換えてシャルトルへ。シャルトルはロワール地方なので、乗り場は2階。エスカレーターで2階へ昇る。このあたりはしっかり調べてきた。
    ただし、巨大モンパルナス駅でたぶん、きっと迷うと思っていたので、早め早めの行動。
    モンパルナス駅でシャルトルまでの切符を買うべく有人の窓口を探すが、有人の窓口は見当たらず。
    ジャンパーを着た駅スタッフに訊ねると「マシンでクレジットカードで買って」と言われ、もし操作途中でなんらかのエラーがあったどうしよう? と恐る恐る券売機にカードを挿入。カードは全部吸い込まれず、途中までしか入らないとわかって一安心。なんとか無事にチケット購入。
    16,4ユーロ。日本のお札よりも大きなチケット。
    8時10分発の電車に乗れば充分、間に合うので先に黄色いコンポステで刻印。
    そして駅の売店ポールなんとかで、でクロワッサンとカフェ・クレームを買い、ベンチに座って朝食。
    シャルトルまでは約1時間10分。
    電車がどのホームに入るのか5分くらいまでわからないので、少しドキドキしたけれど、そこは1人より2人。
    無事に乗車できて適当な場所に座って車窓から景色を見るけれど、もやっている。途中で念のために電車の中のトイレに行っておく。
    シャルトル下車。
    霧のシャルトル。霧なのか靄なのか。真っ白で目印になる、目指すべき塔が見えない。
    なんとなく人気《ひとけ》の向かう方に進む。巡礼の旅の始まり。
    約12分ほどで教会がぼんやりと見えてくる。やはり尖塔の先は霧の中。
    先ず、落ち葉を踏みしめながら大聖堂を一周。帽子を取って教会の中に。
    晴れていればもっともっと美しいだろうシャルトル・ブルーの、青のステンドグラスを堪能。
    霧で曇っているのものの、それなりに明るくなってきた空に、青色が美しい。
    教会内部の売店で絵葉書とクリスマスのオーナメントを購入。
    右ひざの故障を治して、塔に昇る気でいたのだけれど、塔に昇るのは2年前から中止。現在は昇れなくなったとのこと。
    教会の中はしんしんと冷えます。2時間弱を教会の中で過ごして退出、ボルドーの看板に『トワレット』と掲げているお土産物屋さんでトイレを借り(有料0,5ユーロ)ロザリオを購入。
    10時を過ぎていたので、街には活気が出てきてお店も開いている。
    途中のお店で巨大なキャラメルマカロンを購入。2,3ユーロ。紙の箱に入れてくれる。
    駅に戻り、帰りのチケットを購入しようとするが、タッチパネルとばかり思った画面が変わらなくて困っていると、駅のスタッフがダイヤルを回してくれる。
    そうか! タッチパネルでなく回す式の券売機なのね。
    今度のチケットはミュゼのチケットのような、手のひらサイズの小さなもの。
    12時ちょっとのフランス国鉄に乗車。電車の中でマカロンを食べ、ホテルの部屋備え付けの持ってきていた水を飲む。
    キャラメルフレーバーのマカロン=どら焼きくらいの大きさのマカロンは食べごたえあり。
    モンパルナス駅に到着。

    シャルトル大聖堂 寺院・教会

  • 13時半から開いているはずの贖罪祈念礼拝堂教会に向かうために、サクサク歩いてメトロに乗り換え。 <br />(贖罪祈念教会は、調べた限りでは木・金・土曜日の午後1時半から5時までのみ開館)。 <br />開いている。よかった!  <br />6ユーロを払って入場。 <br />きれいに整地された庭園には、おそらく四季咲きの白ばら。寒さに負けずに白いばらが満開。 <br />礼拝堂内部へ。 <br />ここは処刑されたルイ16世と王妃マリー・アントワネットが一時的に葬られたマドレーヌ墓地の跡。 <br />ナポレオン失脚後の王政復古時に、ルイ16世とマリー・アントワネットの娘で唯一の生き残りの、マダム・ロワイヤル=アングレアーム公爵夫人=マリー・テレーズ・シャルロットが、両親のために当時の墓堀人夫(王党派だったらしく、ギロチンで処刑された=共同墓地のマドレーヌ墓地の一画を囲って、王と王妃が眠る場所としてわかるようにしていたらしい。)を探し出し、改めて慰霊の教会を建てた場所。 <br />庭の白ばらと、聖母マリアに導かれるマリー・アントワネット像を見ていると、両親を処刑され、叔母のマダム・エリザベートも処刑され、弟のルイ・シャルルが虐待から衰弱死した事実を知らされず幽閉され続け、失語症に陥ったマリー・テレーズの悲しみと、我が子を残して断頭台の露と消えた王妃の苦悩を思い、耐えきれずに号泣。 <br />それから気を落ち着けてじっくりと見学。 <br />ブティックにはフランス革命関係の本が充実している。でも、どれもフランス語ばかりなので……購入を断念。 <br /><br />この日の夕食は、身体が冷えたので、同行のYさんが温かいものが食べたいと言って、マドレーヌ教会前の『カフェ・プーシキン』へ。 <br />金と淡い緑の装飾の、シャンデリアの下がる素敵なロシア風カフェ。 <br />『ベルばら』ならぬ『オルフェウスの窓』寄りだけど、ボルシチとペリメニを注文。半分ずつシェア。 <br />デザートにマトリョーシカのケーキを1個頼み、プーシキン・オリジナル・ティーを追加注文。 <br />ロシア風紅茶なのでサモワール……ではなく、普通の陶器のポットで出てきました。 <br />ケーキはシェアして正解。激甘で半分で充分。 <br />ボルシチとペリメニは日本人の舌に合う味。ユリウスもユスーポフ邸や、もしかしてガリーナに教わって、アレクセイに作った料理かもしれないと楽しく妄想。 <br />ここでの食事代約60ユーロ=一人分30ユーロ。 <br />トイレがまた素敵な造りでしたので、ここに行く人は食事だけでなくトイレも借りることをお勧め。 <br />ギャラリー・ラファイエットに行ったら《ブラック・フライディー》で、中国人団体でごった返している。 <br />食品館で手早くエッフェル塔のガラス瓶にピンク色のヒマラヤの塩が入った品を買い物かごに入れる。クリスマス1カ月前なので、食品館には色鮮やかなクリスマス・パッケージのお菓子がたくさん。 <br />可愛いものを選んでレジを探していると、カードと現金払いの人を、スタッフが分けて誘導してくれる。 <br />初日から飛ばしまくりの、満足できる買い物でした。 <br />23日、パリ到着翌日はこんな風な感じで。 <br /><br />この日記は帰国日まで、続く予定。

    13時半から開いているはずの贖罪祈念礼拝堂教会に向かうために、サクサク歩いてメトロに乗り換え。
    (贖罪祈念教会は、調べた限りでは木・金・土曜日の午後1時半から5時までのみ開館)。
    開いている。よかった! 
    6ユーロを払って入場。
    きれいに整地された庭園には、おそらく四季咲きの白ばら。寒さに負けずに白いばらが満開。
    礼拝堂内部へ。
    ここは処刑されたルイ16世と王妃マリー・アントワネットが一時的に葬られたマドレーヌ墓地の跡。
    ナポレオン失脚後の王政復古時に、ルイ16世とマリー・アントワネットの娘で唯一の生き残りの、マダム・ロワイヤル=アングレアーム公爵夫人=マリー・テレーズ・シャルロットが、両親のために当時の墓堀人夫(王党派だったらしく、ギロチンで処刑された=共同墓地のマドレーヌ墓地の一画を囲って、王と王妃が眠る場所としてわかるようにしていたらしい。)を探し出し、改めて慰霊の教会を建てた場所。
    庭の白ばらと、聖母マリアに導かれるマリー・アントワネット像を見ていると、両親を処刑され、叔母のマダム・エリザベートも処刑され、弟のルイ・シャルルが虐待から衰弱死した事実を知らされず幽閉され続け、失語症に陥ったマリー・テレーズの悲しみと、我が子を残して断頭台の露と消えた王妃の苦悩を思い、耐えきれずに号泣。
    それから気を落ち着けてじっくりと見学。
    ブティックにはフランス革命関係の本が充実している。でも、どれもフランス語ばかりなので……購入を断念。

    この日の夕食は、身体が冷えたので、同行のYさんが温かいものが食べたいと言って、マドレーヌ教会前の『カフェ・プーシキン』へ。
    金と淡い緑の装飾の、シャンデリアの下がる素敵なロシア風カフェ。
    『ベルばら』ならぬ『オルフェウスの窓』寄りだけど、ボルシチとペリメニを注文。半分ずつシェア。
    デザートにマトリョーシカのケーキを1個頼み、プーシキン・オリジナル・ティーを追加注文。
    ロシア風紅茶なのでサモワール……ではなく、普通の陶器のポットで出てきました。
    ケーキはシェアして正解。激甘で半分で充分。
    ボルシチとペリメニは日本人の舌に合う味。ユリウスもユスーポフ邸や、もしかしてガリーナに教わって、アレクセイに作った料理かもしれないと楽しく妄想。
    ここでの食事代約60ユーロ=一人分30ユーロ。
    トイレがまた素敵な造りでしたので、ここに行く人は食事だけでなくトイレも借りることをお勧め。
    ギャラリー・ラファイエットに行ったら《ブラック・フライディー》で、中国人団体でごった返している。
    食品館で手早くエッフェル塔のガラス瓶にピンク色のヒマラヤの塩が入った品を買い物かごに入れる。クリスマス1カ月前なので、食品館には色鮮やかなクリスマス・パッケージのお菓子がたくさん。
    可愛いものを選んでレジを探していると、カードと現金払いの人を、スタッフが分けて誘導してくれる。
    初日から飛ばしまくりの、満足できる買い物でした。
    23日、パリ到着翌日はこんな風な感じで。

    この日記は帰国日まで、続く予定。

    贖罪教会 寺院・教会

  • このあたりで号泣してしまいました。

    このあたりで号泣してしまいました。

    贖罪教会 寺院・教会

  • フランス=巡礼? マリー・アントワネットの最期を巡る旅 覚書2<br /><br />パリ時間24日(土曜日)は、またまた郊外の、ナポレオン皇后ジョゼフィーヌの離宮=マルメゾン宮と、午後は同じA線上にある、もう一つのジャルジェ家のモデルになったらしいラフィット城へ行きます。 <br />昨日の夕方、カフェ・プーシキンの食事代の支払いの時に、ふたりのお財布を作り、それぞれ30ユーロずつ入れて(足りなくなったら補填)シェアする食事や入場料は、そこから出すことにしました。 <br />マルメゾンに10時に着けは良いので、この日の朝食はゆっくりゆったりと朝7時過ぎにサン・トレノ通りの『ラデュレ』(7時半開店)に向かいパン・ベルデュ=名物のフレンチ・トースト(これを一人ずつ注文すると、とても食べきれない量が来るとYさんが言うので)パン・ベルデュ一人分とクロワッサン1個にカフェ・クレームを二人分頼んで、パンはシェアです。 <br />パリの夜明けは、今の時期は8時15分。夜明け前の暗い道をマドレーヌ教会の前からサン・トレノ通りへ進みます。 <br />ふたりとも夜は導眠剤飲んで一旦は深く眠れるのですが、日付が変わる頃にはうつらうつらと半覚醒。 <br />それでも頭はパリに来てハイテンションの、パリ・ハイなので、とても元気です。 <br />ラデュレ=サン・トレノ店に着くと、まだ開店までは少し早かったようで、名物のフレンチ・トースト目当ての日本人のグループが2,3組集まっていました。見事に全員が日本人女子です。 <br />開店と同時にお店に入り、優雅な調度品と雰囲気にうっとりしながら(でもテーブルと椅子は日本人サイズで、やや小さめです。)朝食を注文です。朝食は全部で24ユーロでした。 <br />前回のパリ旅行の時は左岸のホテルに泊まったので、朝食は私の希望で文壇カフェとしても有名な、サン・ジェルマン教会前のドゥ・マゴとフロールへ行きましたが、今回の食事担当はYさん。行きたいカフェやお店を検索していてくれました。ほっとくと、わたしは水とヨーグルトで朝ごはん済ませちゃうからね。 <br />朝食の間は今日の予定の楽しいおしゃべり。やたらと耳に着くパトカーのサイレンなぞ、どこ吹く風だったのですが、食事を終えて、店を出た時に辺りは一変していました。 <br />パトカーがバリケード作って、コンコルド駅へ行く道を封鎖していたんです。 <br />付近には警察官と機動小銃を抱えたカッコいい軍人さんがたくさん。 <br />え? 何事? ここ通れないの? メトロのコンコルド駅に行きたいのに。 <br />さぁて困った、どうしよう……! <br />ポリスに聞くと「封鎖」とのこと。 <br />どうしようもないので、とにかくA線に通じる駅に出なければと、路肩によって自作の地図やガイドブックをああでもないこうでもないと見ていると、仔犬の散歩途中の品の好いマダムが「どうしたの? どこへ行きたいの?」と英語で声を掛けてくれました。 <br />「コンコルド駅からシャルル・ド・ゴール・エトワールへ行き、A線のラ・ディファンスに行きたい、マルメゾン宮を見学したいのです」と言いますと、「ちょっと待っていなさい。ポリスに掛け合ってくるから」と、やさしく頼もしいマダム。戻ってきては「もう一度聞いてくるから待ってて」と3回ほども掛け合ってくれたのですが「ここは封鎖。違うルートで行きなさい」とポリスに言われ、マダムに「メルシ・ボクー」とお礼を言って、さぁてどうしましょう? <br />マルメゾンを諦めて市内観光をする? それともがんばってマルメゾン宮へ行く?  <br />結論は『マルメゾンへ!』です。 <br />とりあえずマドレーヌ駅まで歩いて戻り、オペラ駅とA線のオベール駅はたくさん歩くだろうけれど繋がっているから、そこからA線に乗り換えてラ・ディファンス駅まで乗って、ラ・ディファンス駅からは計画通りにマルメゾンまでバス! で行こう、と決める。 <br />乗る方向を間違えて戻ったり乗った地下鉄が駅封鎖で通過しちゃったりで、サン・ラザール駅経由になってぐるぐるしちゃいましたが、予定より45分遅れでA線のラ・ディファンス駅に到着。フランス国鉄RER A線の運賃がいくらだったのか、忘れました。 <br />ここからはバス256線です。 <br />マルメゾン宮は、バス停 LE CHATEAU で降りて徒歩10分くらいのはず。 <br />バスは郊外でメトロ共通券が使えるかわからなかったので、コインで2ユーロ払って乗りました。 <br />運転手さんに「マルメゾンに行きたい」と告げると「降りる停車所で教えてあげるよ」と言ってもらえて一安心。 <br />それでも目を凝らしで電光掲示板を見る。 <br />なんだか駅封鎖とぐるぐる遠回りで、気持ちが焦ってきているみたい。 <br />それでも無事に LA CHATEAUで降りることができた。 <br />さぁて、どっちに歩いたらいいのかしら? ベビーカーを押したご家族連れに聞いてみる。 <br />わたしのワン・パターンのフランス語「ジュ・シェルシ ~ シル・ヴ・プレ?」(私は~を探していますが、教えてくれませんか?) <br />「ぼんじゅー、えくすきゅぜも、ジュ・シェルシ・シャトーマルメゾン、シル・ヴ・プレ?」(こんにちは、すみませんが、私はマルメゾン宮を探しています。教えていただけますか?) <br />ご家族連れ「同じところへ行くわよ」と言ってくれてるようで、道を真っ直ぐ指すとニコニコしている。 <br />どうやらこの先の森の奥がマルメゾンの離宮らしい。 <br />突然に目の前が開けた。瀟洒なお屋敷が見える。プチ・トリアノンのようなこじんまりした、それでも優雅ないかにも女性的なお屋敷がマルメゾン宮。 <br />

    フランス=巡礼? マリー・アントワネットの最期を巡る旅 覚書2

    パリ時間24日(土曜日)は、またまた郊外の、ナポレオン皇后ジョゼフィーヌの離宮=マルメゾン宮と、午後は同じA線上にある、もう一つのジャルジェ家のモデルになったらしいラフィット城へ行きます。
    昨日の夕方、カフェ・プーシキンの食事代の支払いの時に、ふたりのお財布を作り、それぞれ30ユーロずつ入れて(足りなくなったら補填)シェアする食事や入場料は、そこから出すことにしました。
    マルメゾンに10時に着けは良いので、この日の朝食はゆっくりゆったりと朝7時過ぎにサン・トレノ通りの『ラデュレ』(7時半開店)に向かいパン・ベルデュ=名物のフレンチ・トースト(これを一人ずつ注文すると、とても食べきれない量が来るとYさんが言うので)パン・ベルデュ一人分とクロワッサン1個にカフェ・クレームを二人分頼んで、パンはシェアです。
    パリの夜明けは、今の時期は8時15分。夜明け前の暗い道をマドレーヌ教会の前からサン・トレノ通りへ進みます。
    ふたりとも夜は導眠剤飲んで一旦は深く眠れるのですが、日付が変わる頃にはうつらうつらと半覚醒。
    それでも頭はパリに来てハイテンションの、パリ・ハイなので、とても元気です。
    ラデュレ=サン・トレノ店に着くと、まだ開店までは少し早かったようで、名物のフレンチ・トースト目当ての日本人のグループが2,3組集まっていました。見事に全員が日本人女子です。
    開店と同時にお店に入り、優雅な調度品と雰囲気にうっとりしながら(でもテーブルと椅子は日本人サイズで、やや小さめです。)朝食を注文です。朝食は全部で24ユーロでした。
    前回のパリ旅行の時は左岸のホテルに泊まったので、朝食は私の希望で文壇カフェとしても有名な、サン・ジェルマン教会前のドゥ・マゴとフロールへ行きましたが、今回の食事担当はYさん。行きたいカフェやお店を検索していてくれました。ほっとくと、わたしは水とヨーグルトで朝ごはん済ませちゃうからね。
    朝食の間は今日の予定の楽しいおしゃべり。やたらと耳に着くパトカーのサイレンなぞ、どこ吹く風だったのですが、食事を終えて、店を出た時に辺りは一変していました。
    パトカーがバリケード作って、コンコルド駅へ行く道を封鎖していたんです。
    付近には警察官と機動小銃を抱えたカッコいい軍人さんがたくさん。
    え? 何事? ここ通れないの? メトロのコンコルド駅に行きたいのに。
    さぁて困った、どうしよう……!
    ポリスに聞くと「封鎖」とのこと。
    どうしようもないので、とにかくA線に通じる駅に出なければと、路肩によって自作の地図やガイドブックをああでもないこうでもないと見ていると、仔犬の散歩途中の品の好いマダムが「どうしたの? どこへ行きたいの?」と英語で声を掛けてくれました。
    「コンコルド駅からシャルル・ド・ゴール・エトワールへ行き、A線のラ・ディファンスに行きたい、マルメゾン宮を見学したいのです」と言いますと、「ちょっと待っていなさい。ポリスに掛け合ってくるから」と、やさしく頼もしいマダム。戻ってきては「もう一度聞いてくるから待ってて」と3回ほども掛け合ってくれたのですが「ここは封鎖。違うルートで行きなさい」とポリスに言われ、マダムに「メルシ・ボクー」とお礼を言って、さぁてどうしましょう?
    マルメゾンを諦めて市内観光をする? それともがんばってマルメゾン宮へ行く? 
    結論は『マルメゾンへ!』です。
    とりあえずマドレーヌ駅まで歩いて戻り、オペラ駅とA線のオベール駅はたくさん歩くだろうけれど繋がっているから、そこからA線に乗り換えてラ・ディファンス駅まで乗って、ラ・ディファンス駅からは計画通りにマルメゾンまでバス! で行こう、と決める。
    乗る方向を間違えて戻ったり乗った地下鉄が駅封鎖で通過しちゃったりで、サン・ラザール駅経由になってぐるぐるしちゃいましたが、予定より45分遅れでA線のラ・ディファンス駅に到着。フランス国鉄RER A線の運賃がいくらだったのか、忘れました。
    ここからはバス256線です。
    マルメゾン宮は、バス停 LE CHATEAU で降りて徒歩10分くらいのはず。
    バスは郊外でメトロ共通券が使えるかわからなかったので、コインで2ユーロ払って乗りました。
    運転手さんに「マルメゾンに行きたい」と告げると「降りる停車所で教えてあげるよ」と言ってもらえて一安心。
    それでも目を凝らしで電光掲示板を見る。
    なんだか駅封鎖とぐるぐる遠回りで、気持ちが焦ってきているみたい。
    それでも無事に LA CHATEAUで降りることができた。
    さぁて、どっちに歩いたらいいのかしら? ベビーカーを押したご家族連れに聞いてみる。
    わたしのワン・パターンのフランス語「ジュ・シェルシ ~ シル・ヴ・プレ?」(私は~を探していますが、教えてくれませんか?)
    「ぼんじゅー、えくすきゅぜも、ジュ・シェルシ・シャトーマルメゾン、シル・ヴ・プレ?」(こんにちは、すみませんが、私はマルメゾン宮を探しています。教えていただけますか?)
    ご家族連れ「同じところへ行くわよ」と言ってくれてるようで、道を真っ直ぐ指すとニコニコしている。
    どうやらこの先の森の奥がマルメゾンの離宮らしい。
    突然に目の前が開けた。瀟洒なお屋敷が見える。プチ・トリアノンのようなこじんまりした、それでも優雅ないかにも女性的なお屋敷がマルメゾン宮。

    マルメゾン城(マルメゾン城国立博物館) 城・宮殿

  • 左右の植え込みに、ピンクのばらが咲いている。ジョゼフィーヌが愛したオールド・ローズ系のピンクのばら。もちろん品種改良された現代の四季咲きのばらなのだろうけど、嬉しい。 <br />さてと入場チケットを買って、ここはお昼休みがあるからブティックも閉まっちゃうなら、今、絵葉書とかほしいものを買っておいた方がいいかしら? と訊くと、チケット販売所とブティックはずっと開いているとのこと。(片言の英語で充分通じるのが嬉しい。)ならば、お土産はあとでいい。 <br />「ジャポネーズ?」と聞かれたので「ウィ、ムッシュ」と応えると、日本語のイヤホンガイドを出してくれる。パスポートと引き換えにレンタル。 <br />入場料込で、ひとり6,5ユーロ。 <br />ようやくここまで来ましたよ。 <br />では、いざ、ナポレオンとジョゼフィーヌに会いに行こう。 <br />郊外のマルメゾン。一時はあきらめようかと思ったけれど、なんとかなりました。 <br />こういう時はやはり、一人よりも二人ですね。 <br />心強いです。 <br />そうしてやってきたマルメゾンでチケットを購入し、日本語イヤホンガイドを借りて、いざ、ナポレオンとジョゼフィーヌの離宮へ。 <br />ジョゼフィーヌはナポレオンとの間に子ができずに離縁された後も、生涯この離宮に住むことを許され、皇后の名も与えられました。 <br />そのエレガンスを体現したジョゼフィーヌが愛した離宮マルメゾン。 <br />最初の部屋には、ナポレオンやジョゼフィーヌの肖像画、有名な『アルプスを越え軍旗を振るナポレオン』の絵がたくさんありました。 <br />一説にはジョゼフィーヌの散財は、マリー・アントワネット以上だったそうですが、どの部屋も品の好さ、趣味の好さが漂う、まさにエレガンスを体現した調度品でいっぱいです。 <br />観光客というのか見学のお客さまもそこそこに入っていて、わたしとYさんも200年の時を超えて、マルメゾンの中に溶け込みました。 <br />食堂に、ナポレオンの執務室。遊戯室。ジョゼフィーヌのサロン。そして何よりも胸に迫ったのは、「この部屋のこの寝台でジョゼフィーヌは息を引き取ったのでした云々」とイヤホンガイドが解説したジョゼフィーヌの寝室です。 <br />本物に勝るものはありません。ここで、ナポレオンと別れた皇后ジョゼフィーヌは、50と数年のまだ若い命を、熱病に倒れた……。ここで、この寝台で別れた夫を思い、ついには病に倒れ天に召された……。 <br />きれいな臙脂色の少し小さい寝台だったと記憶しています。 <br />この時代の貴族たちは半身を起して休んだそうですので、ベッドは身体を伸ばして眠る今の物に比べると、やや小型です。 <br />何を見て、何を思い、何を憂えて、ひとりジョゼフィーヌはここに伏していたのか。 <br />ナポレオンは、政略結婚で、マリー・アントワネットが大叔母にあたるオーストリアの公女、マリー・ルイーズと再婚しますが、失脚してエルバ島に流される時、その直前の4日間をここマルメゾンで、ジョゼフィーヌと過ごしたと聞きます。 <br />別れた妻でも、ナポレオンにとって心から愛したのは、ジョゼフィーヌ皇后だったのでしょう。 <br />2時間弱を見学し、そろそろミュージアム・ショップを見て、次へ移動と思い、館を出ると、きれいに整備された庭園のばらの茂みの中に、ピンクの花を見つけました。 <br />今の時代の四季咲きの品種でしょうが、ジョゼフィーヌが愛したオールドローズの形をした、優しい淡いピンクのばら。 <br />ジョゼフィーヌもまたベルサイユならぬ、マルメゾンのばらだったのでしょう。 <br />ミュージアム・ショップでは、ジョゼフィーヌがエンパイヤ・ドレスの上に羽織っていたショールを復元したものを、いかにも母が好きそうな色と柄と思って、購入。他にはポストカードを数枚。 <br />そう言えば、このポストカードは、入場チケットの絵と同じ、でも、Yさんのチケットとわたしのチケットは絵が違うと思っていますと、マルメゾンへの入場チケットは何種類かの柄があって、それがくるくる回っていると係の人が機械を見せてくれました。 <br />英会話の達者なYさんが、すかさず「記念にほしい。ジョゼフィーヌのが好い」と言いますと、係の人、笑いながら数種類のチケットをカタカタと打ち出しててくれました。 <br />思わず『ミー・ツー』とわたしも言いましたよ。 <br />ああ、もっと英語が自由に話せたらなら、ジョゼフィーヌの絵のついたのがほしい! と言えたのですが、厚意で数枚のチケットをだしてくれたのに、これ以上は言えません。 <br />時間は12時半ちょっとくらい、ちょうど昼休みの時間、ブティックに他には誰もいません。 <br />そろそろ次の見学場所へ移動したほうがいいと、名残惜しい気はしましたが、マルメゾンを後に、来た道をたどってバスに乗り、A線の駅を目指しました。 <br />

    左右の植え込みに、ピンクのばらが咲いている。ジョゼフィーヌが愛したオールド・ローズ系のピンクのばら。もちろん品種改良された現代の四季咲きのばらなのだろうけど、嬉しい。
    さてと入場チケットを買って、ここはお昼休みがあるからブティックも閉まっちゃうなら、今、絵葉書とかほしいものを買っておいた方がいいかしら? と訊くと、チケット販売所とブティックはずっと開いているとのこと。(片言の英語で充分通じるのが嬉しい。)ならば、お土産はあとでいい。
    「ジャポネーズ?」と聞かれたので「ウィ、ムッシュ」と応えると、日本語のイヤホンガイドを出してくれる。パスポートと引き換えにレンタル。
    入場料込で、ひとり6,5ユーロ。
    ようやくここまで来ましたよ。
    では、いざ、ナポレオンとジョゼフィーヌに会いに行こう。
    郊外のマルメゾン。一時はあきらめようかと思ったけれど、なんとかなりました。
    こういう時はやはり、一人よりも二人ですね。
    心強いです。
    そうしてやってきたマルメゾンでチケットを購入し、日本語イヤホンガイドを借りて、いざ、ナポレオンとジョゼフィーヌの離宮へ。
    ジョゼフィーヌはナポレオンとの間に子ができずに離縁された後も、生涯この離宮に住むことを許され、皇后の名も与えられました。
    そのエレガンスを体現したジョゼフィーヌが愛した離宮マルメゾン。
    最初の部屋には、ナポレオンやジョゼフィーヌの肖像画、有名な『アルプスを越え軍旗を振るナポレオン』の絵がたくさんありました。
    一説にはジョゼフィーヌの散財は、マリー・アントワネット以上だったそうですが、どの部屋も品の好さ、趣味の好さが漂う、まさにエレガンスを体現した調度品でいっぱいです。
    観光客というのか見学のお客さまもそこそこに入っていて、わたしとYさんも200年の時を超えて、マルメゾンの中に溶け込みました。
    食堂に、ナポレオンの執務室。遊戯室。ジョゼフィーヌのサロン。そして何よりも胸に迫ったのは、「この部屋のこの寝台でジョゼフィーヌは息を引き取ったのでした云々」とイヤホンガイドが解説したジョゼフィーヌの寝室です。
    本物に勝るものはありません。ここで、ナポレオンと別れた皇后ジョゼフィーヌは、50と数年のまだ若い命を、熱病に倒れた……。ここで、この寝台で別れた夫を思い、ついには病に倒れ天に召された……。
    きれいな臙脂色の少し小さい寝台だったと記憶しています。
    この時代の貴族たちは半身を起して休んだそうですので、ベッドは身体を伸ばして眠る今の物に比べると、やや小型です。
    何を見て、何を思い、何を憂えて、ひとりジョゼフィーヌはここに伏していたのか。
    ナポレオンは、政略結婚で、マリー・アントワネットが大叔母にあたるオーストリアの公女、マリー・ルイーズと再婚しますが、失脚してエルバ島に流される時、その直前の4日間をここマルメゾンで、ジョゼフィーヌと過ごしたと聞きます。
    別れた妻でも、ナポレオンにとって心から愛したのは、ジョゼフィーヌ皇后だったのでしょう。
    2時間弱を見学し、そろそろミュージアム・ショップを見て、次へ移動と思い、館を出ると、きれいに整備された庭園のばらの茂みの中に、ピンクの花を見つけました。
    今の時代の四季咲きの品種でしょうが、ジョゼフィーヌが愛したオールドローズの形をした、優しい淡いピンクのばら。
    ジョゼフィーヌもまたベルサイユならぬ、マルメゾンのばらだったのでしょう。
    ミュージアム・ショップでは、ジョゼフィーヌがエンパイヤ・ドレスの上に羽織っていたショールを復元したものを、いかにも母が好きそうな色と柄と思って、購入。他にはポストカードを数枚。
    そう言えば、このポストカードは、入場チケットの絵と同じ、でも、Yさんのチケットとわたしのチケットは絵が違うと思っていますと、マルメゾンへの入場チケットは何種類かの柄があって、それがくるくる回っていると係の人が機械を見せてくれました。
    英会話の達者なYさんが、すかさず「記念にほしい。ジョゼフィーヌのが好い」と言いますと、係の人、笑いながら数種類のチケットをカタカタと打ち出しててくれました。
    思わず『ミー・ツー』とわたしも言いましたよ。
    ああ、もっと英語が自由に話せたらなら、ジョゼフィーヌの絵のついたのがほしい! と言えたのですが、厚意で数枚のチケットをだしてくれたのに、これ以上は言えません。
    時間は12時半ちょっとくらい、ちょうど昼休みの時間、ブティックに他には誰もいません。
    そろそろ次の見学場所へ移動したほうがいいと、名残惜しい気はしましたが、マルメゾンを後に、来た道をたどってバスに乗り、A線の駅を目指しました。

  • ソースはわかりませんけれど「もう一つのジャルジェ家のモデル」と言われているらしいパリ郊外の(電車でパリから約20分ほどの距離)、メゾン・ラ・フィットへ向かいます。 <br />切符は共通のお財布から2枚買いました。2人分の切符5,1ユーロです。 <br />車窓から外を見ていますと、曇り空の合間に見事な虹が掛かっています! <br />なんだか好いことありそうな予感に嬉しくなります。きっとラ・フィット城はすばらしいのだと期待に胸がわくわくします。 <br />マルメゾンからメゾン・ラ・フィットまでは迷うことなく電車で1本。短い移動。 <br />サクッと目指す駅に着き、ですが、ホームから改札に上がってきて、さてとこの交通量の多い道路のどこに目指すお城があるのか、まったく想像つきません。 <br />こまった時の丸暗記、フランス語会話。 <br />「ボンジュー、ジュ・シェルシ・メゾン・ラ・フィット? シル・ヴ・プレ?」 <br />通りすがりのムッシューに訊くと、「お嬢ちゃん、メゾン・ラ・フィットはここだよ」って。 <br />あああ、駅はここなのはわかってるんです。お城を探しているんです。 <br />次にマダムに、「エクスキュゼモ、ジュ・シェルシ・メゾン・ラフット・シャトー?」 そうです。シャトー。お城を探しているんです。 <br />するとマダムはこの先を5分くらい進むとくるくる回っているところがあるから、それをライトと教えてくれました。 <br />歩くこと5分くらい。くるくる回っているって、これ? <br />移動遊園地のメリーゴーランドがあります。道もロータリーになって円です。 <br />では、ここを右に進めばいいのね? <br />時間は大丈夫。場所をスマートフォンを持っているYさんが画面で確認。 <br />地図が出ました。 <br />スマフォは便利ですけど、わたしの経済事情では持てないので、わたしはいまだにガラケーです。ガラケーで困らないですし、海外に行く時には、前もって下調べと勉強して、パソコンで地図を打ち出しして、どうにもならなくなったら「エクスキュゼモ?」と現地の人に聞きます。 <br />そうして、もう一つのジャルジェ家のモデル、メゾン・ラ・・フィットにようやくたどり着きましたと。 <br />ちょっと悲しいのは、もともとは広大な壮大な建物だったのでしょうけれど、きっと左右には召使たちの住む棟や馬車や馬の厩舎があったのでしょうけれど、今はすぐ目の前は道路で車が走っています。 <br />雰囲気は、マルメゾンがエレガンスなら、大変に男性的なお城です。 <br />まだお昼休みのようで、あと2分くらいと時計を見ますと、係の人がやってきて『5分待って』と中に入って行きました。 <br />ジャルジェ家のモデルらしいラ・フィット城へ。 <br />見た目はいかにも王宮という感じの、ヴェルサイユ宮などに比べると『豪華な館』という感じですが、お城です。 <br />ロザリーが(あんまり立派だったから)ベルサイユ宮とまちがえ忍び込んで、育ての母の仇と同じ青い花模様のドレスを着たオスカルさまの母上に切りかかった、ジャルジェ家のモデルです。 <br />このソースが不明で、わたしの記憶には池田理代子さんが「ラ・フィット城はジャルジェ家のモデル」と発言された記憶はないのですけど、多くのかたの旅ブログにそう書いてあるんです。 <br />それを読んでいたので、期待は高まりました。 <br />見た目、男性的な重厚なお城ですし。このお城のどこかにオスカルさまのお部屋があるのかしら? とドキドキわくわくです。 <br />待つこと5分で、スタッフのかたがドアを開けてくれました。 <br />寒い中に待っていて冷え切っちゃっていたわたしとYさん、最初にスタッフに訊きましたよ。 <br />「ウ・ソン・レ・トワレット・シル・ヴ・プレ?」(トイレどこですか?) <br />スタッフのおじさん、苦笑いしながら「ここ行って、この先をどうこう行って……」とフランス語で説明してくれたのですけど、ヒアリングのできない私に、こりゃダメだと思ったのか、まだ誰も入場者がいなかったので、着いておいで(たぶんと言ったようで)手招きして次の次の部屋の奥にあるトイレに案内してくれました。 <br />はぁ、落ち着いたわ。これでゆっくり、見学できます! メルシーです。 <br />すり減った大理石の階段。重厚な石造りの館。 <br />頑固親父(とオスカルさま曰くの)レニエ・ド・ジャルジェ将軍が当主として君臨していたと思わせる、とても男性的なお城です。 <br />ヴェルサイユ宮殿と同じころの建設、設計で、でもまったく観光化されていません。 <br />ぐるりと周ってみても見学者は数えるほど。 <br />調度品は豪華です。ルイ14世が泊まった部屋という臙脂色と金で装飾された豪華な部屋もありましたが、わたしのデジカメは一回ごとにフラッシュを切らないといけないので、内部の写真は撮っていません。 <br />オスカルさまの部屋はどこ? どこかに少しでも女性的な、明るい部屋はないかしら? と矢印に添って部屋を巡って行きますと、少し色あせた臙脂色の部屋があります。 <br />壁一面に本棚が作りつけられて、皮表紙の本が詰まっています。 <br />寝台に本棚に執務机。女性的なものは置いてありませんが、蔵書の多さに「ここがきっとオスカルさまのお部屋かも?」と思わせます。 <br />でも一番落ち着いて、ここは好き! と感じたのは地下の厨房と洗濯室でした。 <br />ピカピカの大小のお鍋が一面に掛った厨房。天井からは雉や鹿?肉の塊が下がっています。続きの洗濯場にはポンプがあって、桶とリネンが置いてあります。 <br />きっとここでマロンばあやの指揮の下、ジャルジェ家の侍女や従僕たちが晩餐会やオスカルさまのお誕生日(=クリスマスです)に腕を振るったのでしょう。 <br />下働きの女中たちは、旦那さまや奥方さま、お嬢さまたちの肌着や靴下、上級召使たちのお仕着せや前掛けを洗ったのでしょう。もちろんマルセイユ石鹸で。と想像は果てしなく広がり、楽しい一時。 <br />ですが、本当に寂しいくらい観光化されていないので、ブティックのコーナーに、何一つほしいものが無いのですよ。お財布には優しいけれど、もったいないお城ラ・フィットです。 <br />なんにも買う物がないので、記念メダルを買いました。これ、どこにでもあるのですけど、その場所その場所の絵柄がついたゴールドのメダルです。 <br />さてさて90分くらいの見学を終えて、来た道を戻り、A線でサン・ラザール駅に帰ります。電車賃4,45ユーロ。  <br /><br />巨大駅のサン・ラザール駅はあちこちのメトロの出口に繋がっています。 <br />マドレーヌ駅近くの改札を出ると、時間はそろそろ16時少しです。 <br />今日の夕ご飯をどうしようかと思って相談。 <br />寒かったので温かいものが食べたいね、となって、ポトフのお店に行くことにしました。 <br />『ル・ロワ・デ・ポトフ』。 <br />まだディナーには早い時間だし、ランチには遅い時間。 <br />ドアにかぎが掛かってなかったので押し開けて、「ボンジュー」と言いながらお店に入ると、マスターが「ボンジュー」と反してくれます。 <br />「ランチ? ディナー?」と訊くので安いほうの「ランチ」と、とりあえず言って「メニュー、シル・ヴ・プレ?」と訊くと、「ノン・メニュー。ポトフ、オンリー」とのこと。 <br />正直、すごいな、って思いましたよ。 <br />ポトフだけでにぎわうお店。 <br />Yさんは、TVのフランス語講座でこのお店を取り上げていたので知ったとのこと。 <br />「ドゥ、ポトフ」と注文すると、「ワイン? ビア?」と聞かれたので「ウォーター」と応えましたら、エビアンのボトルを置いてくれました。 <br />いやいや、水道水をカラフでください。で無料の水でよかったのですけどね。 <br />『ル・ロワ・デ・ポトフ』。 このお店は大当たりでした。 <br />出された深皿に、びっくりはしましたが。 <br />自分の手の握りこぶしよりやや小さ目なお肉の塊が2個と、骨髄の部分が1個。 <br />そして丸ごとの蕪と半分の人参とまたまた丸ごとのジャガイモに、長いままのポロネギ。 <br />日本のお店や自分の家のシチューだったら、一口大に刻みますよ。 <br />それが丸ごとゴロンゴロンとお皿に入っているんです。骨髄なんて初めてです。 <br />ですがポトフ・オンリーのお店なだけあって、肉も野菜も柔らかで、マスターがバケットと骨髄と差して「中を掬ってパンにのせて食べるんだよ」と身振りで教えてくれます。 <br />ランチには遅くディナーには早い時間なので、お店の中にはわたしとYさんのふたりだけ。 <br />今日周った場所の感想を言い合い、のんびりとフォークを動かします。 <br />とにかくマルメゾン宮はすばらしかった。 <br />200年前そこに生きた人々を、我が身に感じました。 <br />母へのお土産に買ったジョゼフィーヌのストールを模したものは、もしかしたらこの旅行中で、昨日、ラ・ファイエットのデパートで自分用に買ったエッフェル塔がプリントされたロンシャンの今年のカラー(オレンジ色)の肩掛けトートと値段が張るかな? <br />できれば次は6月の、ジョゼフィーヌの愛したばらが満開の季節に来てみたい。 <br />ジョゼフィーヌが埋葬されている近くの教会にも行ってみたい。 <br />燃料費税値上げに反対する『黄色いベスト』=ジレ・ジョーヌのデモと、警備の軍隊と警官のメトロ封鎖には焦り、びっくりしたけれど(帰国後に知りましたがこのデモとストライキはまだこの日が2回目で、だんだんと過激化しているようです。)まずまずの見学、パリ郊外の一日でした。 <br />これで旅は半分を終えたことになります。 <br />明日からはパリの街歩き。 <br />まだ行ったことのない美術館と、マリー・アントワネット最期の地めぐりになります。 <br />お肉の塊1個とジャガイモ半分は残してしまいましたが、食事を終えて、支払いはポトフはひとり20ユーロとエビアンが半分ずつで2ユーロ。 <br />ふたりの共通財布の中からチップを含めて45ユーロを置きますと、マスターはきっちり1ユーロのおつりをくれました。 <br />「セ・デュ・ボン、メルシー、オーボワ」と、おいしかったですと言って店を出て、ホテルに戻り、食堂から自由に部屋に持って行かれる軽食を自分たちの部屋に持ち帰ります。 <br />料金の中に含まれているのでしょうが、アストテル系ホテル共通のコ―マルティン・オペラ・ホテルのこのサービスはすばらしい。 <br />明日は日曜なのでどこのカフェも開店が遅いから、朝食はお部屋ご飯。 <br />夜食用のドライフルーツに、朝食用のクロワッサンもいただいていきます。ヨ-グルトがあれば言うことないのですが、ヨーグルトは明日、モノプリで買いましょう。 <br /><br />明日は午前中、10時開館のギュスターヌ・モロー・ミュゼへ。午後はプティ・パレの見学、そして夕方15時半からマドレーヌ教会での無料のオルガン・コンサートを聴く予定。 <br />プティ・パレからの移動時にコンコルド広場で「ルイ16世とマリー・アントワネットがここで処刑された」と記されたプレートを見つけられたらいいな。 <br />初パリ旅行の時、ずいぶん探したのですがプレートは見つからず、ずっと残念に思っていましたから。 <br />今回はこちらに質問して、回答で「プレートは真後ろにシャンゼリゼ通りと凱旋門が見える位置にあります」と教えてもらっているので、きっと見つかるでしょう。 <br />基本は時間を掛けてのんびりゆったり、午前中1か所、午後1か所の見学です。 <br />部屋に戻り、バスタブにお湯を張り持参のバスクリンを入れてました。 <br />ゆっくりお湯に浸かって歩き回った脚と身体を癒し、お風呂上りには部屋の備え付けの冷蔵庫の中から、100%オレンジジュースを一気飲みしました。 <br /><br />続く<br />

    ソースはわかりませんけれど「もう一つのジャルジェ家のモデル」と言われているらしいパリ郊外の(電車でパリから約20分ほどの距離)、メゾン・ラ・フィットへ向かいます。
    切符は共通のお財布から2枚買いました。2人分の切符5,1ユーロです。
    車窓から外を見ていますと、曇り空の合間に見事な虹が掛かっています!
    なんだか好いことありそうな予感に嬉しくなります。きっとラ・フィット城はすばらしいのだと期待に胸がわくわくします。
    マルメゾンからメゾン・ラ・フィットまでは迷うことなく電車で1本。短い移動。
    サクッと目指す駅に着き、ですが、ホームから改札に上がってきて、さてとこの交通量の多い道路のどこに目指すお城があるのか、まったく想像つきません。
    こまった時の丸暗記、フランス語会話。
    「ボンジュー、ジュ・シェルシ・メゾン・ラ・フィット? シル・ヴ・プレ?」
    通りすがりのムッシューに訊くと、「お嬢ちゃん、メゾン・ラ・フィットはここだよ」って。
    あああ、駅はここなのはわかってるんです。お城を探しているんです。
    次にマダムに、「エクスキュゼモ、ジュ・シェルシ・メゾン・ラフット・シャトー?」 そうです。シャトー。お城を探しているんです。
    するとマダムはこの先を5分くらい進むとくるくる回っているところがあるから、それをライトと教えてくれました。
    歩くこと5分くらい。くるくる回っているって、これ?
    移動遊園地のメリーゴーランドがあります。道もロータリーになって円です。
    では、ここを右に進めばいいのね?
    時間は大丈夫。場所をスマートフォンを持っているYさんが画面で確認。
    地図が出ました。
    スマフォは便利ですけど、わたしの経済事情では持てないので、わたしはいまだにガラケーです。ガラケーで困らないですし、海外に行く時には、前もって下調べと勉強して、パソコンで地図を打ち出しして、どうにもならなくなったら「エクスキュゼモ?」と現地の人に聞きます。
    そうして、もう一つのジャルジェ家のモデル、メゾン・ラ・・フィットにようやくたどり着きましたと。
    ちょっと悲しいのは、もともとは広大な壮大な建物だったのでしょうけれど、きっと左右には召使たちの住む棟や馬車や馬の厩舎があったのでしょうけれど、今はすぐ目の前は道路で車が走っています。
    雰囲気は、マルメゾンがエレガンスなら、大変に男性的なお城です。
    まだお昼休みのようで、あと2分くらいと時計を見ますと、係の人がやってきて『5分待って』と中に入って行きました。
    ジャルジェ家のモデルらしいラ・フィット城へ。
    見た目はいかにも王宮という感じの、ヴェルサイユ宮などに比べると『豪華な館』という感じですが、お城です。
    ロザリーが(あんまり立派だったから)ベルサイユ宮とまちがえ忍び込んで、育ての母の仇と同じ青い花模様のドレスを着たオスカルさまの母上に切りかかった、ジャルジェ家のモデルです。
    このソースが不明で、わたしの記憶には池田理代子さんが「ラ・フィット城はジャルジェ家のモデル」と発言された記憶はないのですけど、多くのかたの旅ブログにそう書いてあるんです。
    それを読んでいたので、期待は高まりました。
    見た目、男性的な重厚なお城ですし。このお城のどこかにオスカルさまのお部屋があるのかしら? とドキドキわくわくです。
    待つこと5分で、スタッフのかたがドアを開けてくれました。
    寒い中に待っていて冷え切っちゃっていたわたしとYさん、最初にスタッフに訊きましたよ。
    「ウ・ソン・レ・トワレット・シル・ヴ・プレ?」(トイレどこですか?)
    スタッフのおじさん、苦笑いしながら「ここ行って、この先をどうこう行って……」とフランス語で説明してくれたのですけど、ヒアリングのできない私に、こりゃダメだと思ったのか、まだ誰も入場者がいなかったので、着いておいで(たぶんと言ったようで)手招きして次の次の部屋の奥にあるトイレに案内してくれました。
    はぁ、落ち着いたわ。これでゆっくり、見学できます! メルシーです。
    すり減った大理石の階段。重厚な石造りの館。
    頑固親父(とオスカルさま曰くの)レニエ・ド・ジャルジェ将軍が当主として君臨していたと思わせる、とても男性的なお城です。
    ヴェルサイユ宮殿と同じころの建設、設計で、でもまったく観光化されていません。
    ぐるりと周ってみても見学者は数えるほど。
    調度品は豪華です。ルイ14世が泊まった部屋という臙脂色と金で装飾された豪華な部屋もありましたが、わたしのデジカメは一回ごとにフラッシュを切らないといけないので、内部の写真は撮っていません。
    オスカルさまの部屋はどこ? どこかに少しでも女性的な、明るい部屋はないかしら? と矢印に添って部屋を巡って行きますと、少し色あせた臙脂色の部屋があります。
    壁一面に本棚が作りつけられて、皮表紙の本が詰まっています。
    寝台に本棚に執務机。女性的なものは置いてありませんが、蔵書の多さに「ここがきっとオスカルさまのお部屋かも?」と思わせます。
    でも一番落ち着いて、ここは好き! と感じたのは地下の厨房と洗濯室でした。
    ピカピカの大小のお鍋が一面に掛った厨房。天井からは雉や鹿?肉の塊が下がっています。続きの洗濯場にはポンプがあって、桶とリネンが置いてあります。
    きっとここでマロンばあやの指揮の下、ジャルジェ家の侍女や従僕たちが晩餐会やオスカルさまのお誕生日(=クリスマスです)に腕を振るったのでしょう。
    下働きの女中たちは、旦那さまや奥方さま、お嬢さまたちの肌着や靴下、上級召使たちのお仕着せや前掛けを洗ったのでしょう。もちろんマルセイユ石鹸で。と想像は果てしなく広がり、楽しい一時。
    ですが、本当に寂しいくらい観光化されていないので、ブティックのコーナーに、何一つほしいものが無いのですよ。お財布には優しいけれど、もったいないお城ラ・フィットです。
    なんにも買う物がないので、記念メダルを買いました。これ、どこにでもあるのですけど、その場所その場所の絵柄がついたゴールドのメダルです。
    さてさて90分くらいの見学を終えて、来た道を戻り、A線でサン・ラザール駅に帰ります。電車賃4,45ユーロ。 

    巨大駅のサン・ラザール駅はあちこちのメトロの出口に繋がっています。
    マドレーヌ駅近くの改札を出ると、時間はそろそろ16時少しです。
    今日の夕ご飯をどうしようかと思って相談。
    寒かったので温かいものが食べたいね、となって、ポトフのお店に行くことにしました。
    『ル・ロワ・デ・ポトフ』。
    まだディナーには早い時間だし、ランチには遅い時間。
    ドアにかぎが掛かってなかったので押し開けて、「ボンジュー」と言いながらお店に入ると、マスターが「ボンジュー」と反してくれます。
    「ランチ? ディナー?」と訊くので安いほうの「ランチ」と、とりあえず言って「メニュー、シル・ヴ・プレ?」と訊くと、「ノン・メニュー。ポトフ、オンリー」とのこと。
    正直、すごいな、って思いましたよ。
    ポトフだけでにぎわうお店。
    Yさんは、TVのフランス語講座でこのお店を取り上げていたので知ったとのこと。
    「ドゥ、ポトフ」と注文すると、「ワイン? ビア?」と聞かれたので「ウォーター」と応えましたら、エビアンのボトルを置いてくれました。
    いやいや、水道水をカラフでください。で無料の水でよかったのですけどね。
    『ル・ロワ・デ・ポトフ』。 このお店は大当たりでした。
    出された深皿に、びっくりはしましたが。
    自分の手の握りこぶしよりやや小さ目なお肉の塊が2個と、骨髄の部分が1個。
    そして丸ごとの蕪と半分の人参とまたまた丸ごとのジャガイモに、長いままのポロネギ。
    日本のお店や自分の家のシチューだったら、一口大に刻みますよ。
    それが丸ごとゴロンゴロンとお皿に入っているんです。骨髄なんて初めてです。
    ですがポトフ・オンリーのお店なだけあって、肉も野菜も柔らかで、マスターがバケットと骨髄と差して「中を掬ってパンにのせて食べるんだよ」と身振りで教えてくれます。
    ランチには遅くディナーには早い時間なので、お店の中にはわたしとYさんのふたりだけ。
    今日周った場所の感想を言い合い、のんびりとフォークを動かします。
    とにかくマルメゾン宮はすばらしかった。
    200年前そこに生きた人々を、我が身に感じました。
    母へのお土産に買ったジョゼフィーヌのストールを模したものは、もしかしたらこの旅行中で、昨日、ラ・ファイエットのデパートで自分用に買ったエッフェル塔がプリントされたロンシャンの今年のカラー(オレンジ色)の肩掛けトートと値段が張るかな?
    できれば次は6月の、ジョゼフィーヌの愛したばらが満開の季節に来てみたい。
    ジョゼフィーヌが埋葬されている近くの教会にも行ってみたい。
    燃料費税値上げに反対する『黄色いベスト』=ジレ・ジョーヌのデモと、警備の軍隊と警官のメトロ封鎖には焦り、びっくりしたけれど(帰国後に知りましたがこのデモとストライキはまだこの日が2回目で、だんだんと過激化しているようです。)まずまずの見学、パリ郊外の一日でした。
    これで旅は半分を終えたことになります。
    明日からはパリの街歩き。
    まだ行ったことのない美術館と、マリー・アントワネット最期の地めぐりになります。
    お肉の塊1個とジャガイモ半分は残してしまいましたが、食事を終えて、支払いはポトフはひとり20ユーロとエビアンが半分ずつで2ユーロ。
    ふたりの共通財布の中からチップを含めて45ユーロを置きますと、マスターはきっちり1ユーロのおつりをくれました。
    「セ・デュ・ボン、メルシー、オーボワ」と、おいしかったですと言って店を出て、ホテルに戻り、食堂から自由に部屋に持って行かれる軽食を自分たちの部屋に持ち帰ります。
    料金の中に含まれているのでしょうが、アストテル系ホテル共通のコ―マルティン・オペラ・ホテルのこのサービスはすばらしい。
    明日は日曜なのでどこのカフェも開店が遅いから、朝食はお部屋ご飯。
    夜食用のドライフルーツに、朝食用のクロワッサンもいただいていきます。ヨ-グルトがあれば言うことないのですが、ヨーグルトは明日、モノプリで買いましょう。

    明日は午前中、10時開館のギュスターヌ・モロー・ミュゼへ。午後はプティ・パレの見学、そして夕方15時半からマドレーヌ教会での無料のオルガン・コンサートを聴く予定。
    プティ・パレからの移動時にコンコルド広場で「ルイ16世とマリー・アントワネットがここで処刑された」と記されたプレートを見つけられたらいいな。
    初パリ旅行の時、ずいぶん探したのですがプレートは見つからず、ずっと残念に思っていましたから。
    今回はこちらに質問して、回答で「プレートは真後ろにシャンゼリゼ通りと凱旋門が見える位置にあります」と教えてもらっているので、きっと見つかるでしょう。
    基本は時間を掛けてのんびりゆったり、午前中1か所、午後1か所の見学です。
    部屋に戻り、バスタブにお湯を張り持参のバスクリンを入れてました。
    ゆっくりお湯に浸かって歩き回った脚と身体を癒し、お風呂上りには部屋の備え付けの冷蔵庫の中から、100%オレンジジュースを一気飲みしました。

    続く

  • 4泊6日のパリ旅行も後半になりました。 <br />11月25日は日曜日。 <br />いつものように早朝覚醒してしまって、ノートパソコンで今日の気温とお天気を調べたり、モローの美術館のHPを調べたりしているうちに、Yさんと決めた朝ごはんの時間になります。 <br />日曜日のカフェは開店時間が遅いので、今朝はホテルの部屋で朝食を済ませます。 <br />昨日、下の食堂の軽食コーナーから運んできていたクロワッサンに、持参のカップスープの素と部屋備え付けのお茶セットで簡単に朝ごはん。 <br />今日の予定は、10時開館のギュスターヌ・モロー美術館を見て、プティ・パレに移動。メインはこの2つ。じっくりゆったりの街歩きです。 <br />今日のお天気は気温10度の5度で、曇り時々雨のよう。小さい傘を持って行った方がいいでしょう。 <br /><br />モローの美術館は、過去2回ほど行ったのですが、いつも閉まっていて残念でした。 <br />ですから今回こそはと、HPや書き込みで開館時間と期日をしっかり調べましたよ。 <br />アトリエ兼自宅が今は美術館として残されているとのこと。期待は大です。 <br />見たい絵はたくさんありますが、まずは『ユニコーン』と『レダと白鳥』そしてサロメの『ヨハネの首』ですね。 <br />ユニコーンはクリュニー中世美術館の6枚の赤いタピスリが有名ですが、モローもクリュニーのタピスリに触発され? ユニコーンを何枚も描いているようです。 <br />ホテルからギャラリー・ラファイエットの奥へ、住宅街を通って歩いても20分くらいの場所ですが、ものすごい方向音痴を自覚しているので、メトロで行くことにしました。 <br />サン・ジョルジュ駅からも、トリステ・ディスティエンヌ・ドルヴからも歩いて5分弱。 <br />ふたり共通のお財布に40ユーロずつ入れて、マドレーヌ駅へ向かい、まだ早い時間なので夕方からのオルガンコンサートの張り紙を見ます。ついでにマドレーヌ教会の中もさくっと歩いて見学します。パイプオルガンはどこにあるのでしょうか? 天井の高い古い教会なので音響は抜群でしょう。 <br />教区になっている信者のかたが前の方に座るでしょうから、わたしたちは後ろの席に座ればいい。 <br />ギリシア風の外観からは想像つかないですが、中はマグダラのマリアを祀ったれっきとした教会です。 <br />マドレーヌ駅でカルネ14,9ユーロを買い、ふたりで5枚ずつ分けてトリステ・ディスティエンヌ・ドルヴ駅に向かいます。 <br />メトロの駅から住宅地の中を歩いてすぐですが、パリの街並みはどこも似たような建物なので、うっかりすると道に迷います。 <br />あ、あった。見つけた! よかった。ご近所のアパルトマンにしっくりと溶け込んだ中に、ギュスターヌ・モロー・ミュゼの看板がありました。 <br />開館時間より少し早く着いてしまったので、ミュゼの前で待ちます。 <br />時計を見るとあと6分。合唱曲『クルスの島』をフルコーラスで歌えば6分なので、頭の中で歌って待ちます。 <br />そうして時間になって、初めて入り口に日本語表記のあることに気づきました。 <br />『押してください』と。 <br />日本人に人気の高いモローなだけに、ちゃんと入り口に親切に日本語で書いてあります。 <br />入場料7ユーロ。日曜日の朝いちばん。空いています。 <br />大袈裟ですが、いつも空振りだった美術館。わくわくします。HPで見る限り、壁一面に絵が飾られるというよりも、隙間なく絵が掲げられている中で、好きな作品は見つけられるでしょうか? <br /><br /><br />まだまだ続く

    4泊6日のパリ旅行も後半になりました。
    11月25日は日曜日。
    いつものように早朝覚醒してしまって、ノートパソコンで今日の気温とお天気を調べたり、モローの美術館のHPを調べたりしているうちに、Yさんと決めた朝ごはんの時間になります。
    日曜日のカフェは開店時間が遅いので、今朝はホテルの部屋で朝食を済ませます。
    昨日、下の食堂の軽食コーナーから運んできていたクロワッサンに、持参のカップスープの素と部屋備え付けのお茶セットで簡単に朝ごはん。
    今日の予定は、10時開館のギュスターヌ・モロー美術館を見て、プティ・パレに移動。メインはこの2つ。じっくりゆったりの街歩きです。
    今日のお天気は気温10度の5度で、曇り時々雨のよう。小さい傘を持って行った方がいいでしょう。

    モローの美術館は、過去2回ほど行ったのですが、いつも閉まっていて残念でした。
    ですから今回こそはと、HPや書き込みで開館時間と期日をしっかり調べましたよ。
    アトリエ兼自宅が今は美術館として残されているとのこと。期待は大です。
    見たい絵はたくさんありますが、まずは『ユニコーン』と『レダと白鳥』そしてサロメの『ヨハネの首』ですね。
    ユニコーンはクリュニー中世美術館の6枚の赤いタピスリが有名ですが、モローもクリュニーのタピスリに触発され? ユニコーンを何枚も描いているようです。
    ホテルからギャラリー・ラファイエットの奥へ、住宅街を通って歩いても20分くらいの場所ですが、ものすごい方向音痴を自覚しているので、メトロで行くことにしました。
    サン・ジョルジュ駅からも、トリステ・ディスティエンヌ・ドルヴからも歩いて5分弱。
    ふたり共通のお財布に40ユーロずつ入れて、マドレーヌ駅へ向かい、まだ早い時間なので夕方からのオルガンコンサートの張り紙を見ます。ついでにマドレーヌ教会の中もさくっと歩いて見学します。パイプオルガンはどこにあるのでしょうか? 天井の高い古い教会なので音響は抜群でしょう。
    教区になっている信者のかたが前の方に座るでしょうから、わたしたちは後ろの席に座ればいい。
    ギリシア風の外観からは想像つかないですが、中はマグダラのマリアを祀ったれっきとした教会です。
    マドレーヌ駅でカルネ14,9ユーロを買い、ふたりで5枚ずつ分けてトリステ・ディスティエンヌ・ドルヴ駅に向かいます。
    メトロの駅から住宅地の中を歩いてすぐですが、パリの街並みはどこも似たような建物なので、うっかりすると道に迷います。
    あ、あった。見つけた! よかった。ご近所のアパルトマンにしっくりと溶け込んだ中に、ギュスターヌ・モロー・ミュゼの看板がありました。
    開館時間より少し早く着いてしまったので、ミュゼの前で待ちます。
    時計を見るとあと6分。合唱曲『クルスの島』をフルコーラスで歌えば6分なので、頭の中で歌って待ちます。
    そうして時間になって、初めて入り口に日本語表記のあることに気づきました。
    『押してください』と。
    日本人に人気の高いモローなだけに、ちゃんと入り口に親切に日本語で書いてあります。
    入場料7ユーロ。日曜日の朝いちばん。空いています。
    大袈裟ですが、いつも空振りだった美術館。わくわくします。HPで見る限り、壁一面に絵が飾られるというよりも、隙間なく絵が掲げられている中で、好きな作品は見つけられるでしょうか?


    まだまだ続く

    ギュスターヴ モロー美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 「ボンジュー、アン・アダルト・シル・ヴ・プレ?」 <br />ギュスターヌ・モロー・ミュゼの入場料は7ユーロです。 <br />12時から2時間ばかりお昼休みが入るので、午前中に見学を終えたい。 <br />ですが、結論から言いますと、中にカフェが併設されていれば、お昼休みがなければいつまででも見て居たい美術館です。 <br />もっと時間が自由にできる旅行ならば、いったんお昼休みに退館して近くのカフェで休憩とって、また7ユーロ払って入場してもいいくらいに、わたしにとっては極上のすてきな美術館です。 <br />中央のすてきなアールデコ調の黒い螺旋階段を上がると、2階も3階もミュゼの続きです。 <br />窓の下の引き戸になっている部分を開けると、習作のラフ・スケッチが何枚も出てきます。 <br />係の人が『ジャポネーズ?』と訊いてくれたので『ウイ』と返事しますと、日本語表記の絵の番号を振った解説付きのボードを手渡してくれました。 <br />番号を追ってお目当ての絵を探します。 <br />見たかった絵は、やはり美術館の目玉なのでしょう。ちょこっと首をかしげて見上げる、好い場所に掛っています。 <br />『レダと白鳥』のレダの肌色と白鳥の白の美しいこと。『ユニコーン』の幻想的なこと。そして『ヨハネの首を掲げるサロメ』のなんと表現したらいいのでしょうか、官能的で幻想的で退廃的で、ヨハネの切り取られた首が輝いて光に満ちていることなどなど。 <br />夏に上野で見た藤田嗣治画伯の、独特の繊細で精密な面相筆あるいはペンで模様を描き込んだ作品にも似た、モローのこれまた気が遠くなるほど精密な模様と背景。 <br />絵にガラスカバーは掛かっていません。 <br />係の人が陽に当たらないよう陽射し除けのカーテンの番をしていますが、本当に触れるくらい間近に本物の絵を見ることができて、人が少なければいつまでだって、好きなだけ見ていられます。 <br />天井に近い位置に飾ってある絵を見るには、いっそ床に寝転んでしまいたい気持ちになります。 <br />本当にここ、好き! です。なんとも言えない素敵な美術館です。過去2回、振られていた分、食い入るように絵を眺め、アトリエ兼住宅を堪能しました。 <br />1階入り口のところが小さな売店にもなっていて、好きな絵のポストカードを買いました。日本語の『ギュスターヌ・モロー』の本もありましたが、これは日本に帰ってから買ってもいい。なるべく荷物は軽くしておきたいとパスします。 <br />旅の書き込み他に寄りますと、閉まっていることも多いと聞いていた、住宅部分の客間(愛用の書き物机のほか、中央の大きなテーブルにはボードゲームのチェス盤が置いてありました)と食堂(ここにもおそらくモローが使っていた食器がいくつもありました)も見学ができて、今回の旅はラッキーです。 <br />時間が許せばいつまででも見ていたい美術館ですが、今日の午後はプティ・パレも見学したい。 <br />お昼近くまでモローの美術館を堪能して、小雨の中をメトロでコンコルド広場へ向かいました。 <br />今回、コンコルド広場=1792年当時の革命広場で、ここで処刑されたルイ16世と王妃マリー・アントワネットのプレートを探して見るのも、今回のミッションでした。 <br />真後ろがシャンゼリゼ通り、遠目に小さく凱旋門の見える場所にプレートがあることは、前に旅の『フォートラベルの質問欄』で教えてもらっています。 <br />そうして見つけたのは、フェンスで囲まれたオベリスクの、雨に濡れた石畳の足元。座布団くらいの大きさのプレートが嵌っている祈念碑? 祈念板でした。 <br />

    「ボンジュー、アン・アダルト・シル・ヴ・プレ?」
    ギュスターヌ・モロー・ミュゼの入場料は7ユーロです。
    12時から2時間ばかりお昼休みが入るので、午前中に見学を終えたい。
    ですが、結論から言いますと、中にカフェが併設されていれば、お昼休みがなければいつまででも見て居たい美術館です。
    もっと時間が自由にできる旅行ならば、いったんお昼休みに退館して近くのカフェで休憩とって、また7ユーロ払って入場してもいいくらいに、わたしにとっては極上のすてきな美術館です。
    中央のすてきなアールデコ調の黒い螺旋階段を上がると、2階も3階もミュゼの続きです。
    窓の下の引き戸になっている部分を開けると、習作のラフ・スケッチが何枚も出てきます。
    係の人が『ジャポネーズ?』と訊いてくれたので『ウイ』と返事しますと、日本語表記の絵の番号を振った解説付きのボードを手渡してくれました。
    番号を追ってお目当ての絵を探します。
    見たかった絵は、やはり美術館の目玉なのでしょう。ちょこっと首をかしげて見上げる、好い場所に掛っています。
    『レダと白鳥』のレダの肌色と白鳥の白の美しいこと。『ユニコーン』の幻想的なこと。そして『ヨハネの首を掲げるサロメ』のなんと表現したらいいのでしょうか、官能的で幻想的で退廃的で、ヨハネの切り取られた首が輝いて光に満ちていることなどなど。
    夏に上野で見た藤田嗣治画伯の、独特の繊細で精密な面相筆あるいはペンで模様を描き込んだ作品にも似た、モローのこれまた気が遠くなるほど精密な模様と背景。
    絵にガラスカバーは掛かっていません。
    係の人が陽に当たらないよう陽射し除けのカーテンの番をしていますが、本当に触れるくらい間近に本物の絵を見ることができて、人が少なければいつまでだって、好きなだけ見ていられます。
    天井に近い位置に飾ってある絵を見るには、いっそ床に寝転んでしまいたい気持ちになります。
    本当にここ、好き! です。なんとも言えない素敵な美術館です。過去2回、振られていた分、食い入るように絵を眺め、アトリエ兼住宅を堪能しました。
    1階入り口のところが小さな売店にもなっていて、好きな絵のポストカードを買いました。日本語の『ギュスターヌ・モロー』の本もありましたが、これは日本に帰ってから買ってもいい。なるべく荷物は軽くしておきたいとパスします。
    旅の書き込み他に寄りますと、閉まっていることも多いと聞いていた、住宅部分の客間(愛用の書き物机のほか、中央の大きなテーブルにはボードゲームのチェス盤が置いてありました)と食堂(ここにもおそらくモローが使っていた食器がいくつもありました)も見学ができて、今回の旅はラッキーです。
    時間が許せばいつまででも見ていたい美術館ですが、今日の午後はプティ・パレも見学したい。
    お昼近くまでモローの美術館を堪能して、小雨の中をメトロでコンコルド広場へ向かいました。
    今回、コンコルド広場=1792年当時の革命広場で、ここで処刑されたルイ16世と王妃マリー・アントワネットのプレートを探して見るのも、今回のミッションでした。
    真後ろがシャンゼリゼ通り、遠目に小さく凱旋門の見える場所にプレートがあることは、前に旅の『フォートラベルの質問欄』で教えてもらっています。
    そうして見つけたのは、フェンスで囲まれたオベリスクの、雨に濡れた石畳の足元。座布団くらいの大きさのプレートが嵌っている祈念碑? 祈念板でした。

    コンコルド広場 広場・公園

  • 雨に打たれ、知らない人には踏まれている『1793年1月21日ルイ16世、1793年10月16日王妃マリーアントワネット処刑』と刻まれている革命の祈念板。 <br />あああ、この雨を拭いたい! 本気でそう思いました。 <br />雨が王と王妃の涙にも思えました。 <br />12時少し。気温は低く、鉛色の雲から小雨が降っています。 <br />次の見学場所へ! 名残惜しいけれど時間は有限。午後の目的地であるプティ・パレに移動です。 <br />地図上ではコンコルド広場から約300メートルの距離。 <br />プティ・パレは1900年の万国博覧会場として建設され、以後、パリ市立美術館として無料で公開されてます。 <br />日本のように作っては壊して、ゼネコンだけが儲かる仕組みと根本から違います。 <br />100年経ってもこんなに重厚で立派な建物が残り、今は無料の美術館として開放されている。 <br />文化の違いはあるでしょうが、見習うべき懐の深さ、美術への造詣の深さと感じますね。 <br />目の前にセーヌ河に架かる橋の中で、一番うつくしいと言われるアレクサンドル3世橋。向かいにパリ万博会場として同時期に建てられたイオリア式の円柱が並ぶブラン・パレ。反対側にプティ・パレ。 <br />ここではモネの『日没』とシスレーの『モレの教会』とクレランの『サラ・ベルナールの肖像』を見るのが楽しみでした。 <br />最初にカフェに入って、キッシュともう一品と、カフェ・クレームを注文。カフェでのランチは二人のお財布から28,10ユーロ出しました。 <br />キッシュがけっこう大きかったので、出来上がったら持ってきてくれるもう一品はいらなかったかな? と思いつつ、デザートの一口大のカヌレも完食。気が付かないだけでお腹は空いていたみたいです。暖かい季節の晴れた陽でしたらテラスで食べるのもすてきですが、今日は寒空の雨模様。でも、せっかくなので食後にテラスを一周しました。 <br />そしていよいよ美術館コーナーへ。 <br />入り口に近い場所に、どーんと『サラ・ベルナールの肖像』が掛かっています。 <br />これ、これを見たかったんですよ。その昔、宝塚で初風諄さんが演じたサラ・ベルナールの恋。『白い花が微笑む』の歌が頭の中に響いています。真っ白なドレスを着て、ゆったりと物憂げに座っているサラ・ベルナール。『白い花が微笑む』の舞台は見ていませんが、初風さんが歌った名曲は、中学生の夏にラジオの深夜番組で放送した物をカセットテープに録音して何度も聞き、そのテープが劣化する前に友人にCDに移してもらいました。 <br />サラ・ベルナールはフランスの大女優ですが、男装して『鷲の子(ナポレオン一世の息子)』も演じたそうです。その時には朝から晩までずっと軍服(男装)を通して役になりきっていたと。映画でなく、舞台だったでしょうからいま見ることはできないでしょうが、想像はできます。なんだかオスカルさまに通じるものがあるわ、とプティ・パレの中を順にゆっくり歩いて行きます。 <br />今日の予定はもう夕方からのマドレーヌ教会でのオルガン・コンサートを聴くだけ。 <br />のんびりゆったりしたパリ散策です。 <br />ここでモネの『日没』を見たので、次回はマルモッタン美術館にある『日の出』を見たいな。 <br />地下はブティック。2階には陶磁器の作品がずらりと並んでいます。そんなに時間は掛からずにプティ・パレ見学は終わりました。まだオルガン・コンサートまで時間は充分なので、プティ・パレの向こう=チュイルリー公園で昨日(11月24日)から始まったクリスマス・マーケットを覗いて見ることにしました。 <br />何か素敵なパリらしいクリスマスのオーナメントがあったら、お土産にほしいです。 <br />人が多いので傘は危険と判断して、帽子を深くかぶってマーケットを見ていきます。 <br />エッフェル塔と凱旋門とノートルダム寺院のオーナメントが3つで10ユーロを買って満足。どうやらクリスマス・マーケットと言ってもほとんどが食べ物屋さんと、小さな子供向けの移動遊園地のようです。 <br />雨が強くなってきたので、そろそろ移動したほうがいいかな? とマドレーヌ教会に向かいます。地図上では直線距離で500メートルくらい。歩きにくい雨水のたまった石畳と砂と細かい砂利の歩道を歩いて20分くらいでマドレーヌ教会まで戻ってきました。 <br />オルガン・コンサートまでの時間はたっぷりです。 <br />朝は開いていなかった売店に、教会グッズが並んでいます。聖母マリアさまでなく、マドレーヌ教会で祀っているマグダラのマリア像が多いのがこの教会の特色でしょう。 <br />行きの飛行機の中で『ダ・ヴィンチ・コード』を見てきたので、マグダラのマリアは映画の中ではイエスの妻の設定だったな、と、ここで小さなマグダラのマリア像を買いました。で、席に戻って座りながら考えたのですが、マグダラのマリアだけでなく、せっかくなので聖母マリア像もほしい。売店左下の中ぐらいのマリア像が置いてあったケースに、小ぶりのマグダラと聖母像もあった、と『ダメもと』で売店に戻って「チェンジ・プリーズ・シル・ヴ・プレ?」と言ってマグダラのマリアだけでなく、さっき買った中くらいのこの品を小さい方に換えて、聖母マリアさまもほしい」とつたない英語とフランス語のごちゃまぜでお願いしましたら、教会の売店だけあって気持ちよく交換してくれました。 <br />席に戻ると楽器のチューニングが始まります。 <br />オルガン・コンサートとありましたが、これは本格的なオーケストラの様子。 <br />前の席の方は、教区の信者のかたが良い席に座っているようですが、まだ席はまばらで続々と人が詰めてきています。 <br />コンサートが始まりました。どうやら教会の後ろにパイプオルガンがあるようで、ものすごい音響です。石造りの天井の高い教会の中に、最高の音響効果で(たぶんミサ曲)手を伸ばせば音符が掴めるような感じで、荘厳な音楽が流れていきます。 <br />わたしたちは後ろの方で充分と思って座っていましたが、充分どこではなかったですよ。パイプオルガンにもっとも近い場所、神さまに最も近い場所でした。 <br />10分くらいの曲が終わり、フランス語の解説?が入ります。見えなかったですけれど、お話していたのはおそらく神父さまでしょう。 <br />ふっと後ろを見ると、立って聞いているかたも結構います。 <br />3曲ほど音楽を聞いて、わたしとYさんはマドレーヌ教会を出ました。 <br />辺りは薄暗くなってきていて、時間は午後4時半くらいです。 <br />メトロのマドレーヌ駅からフランクリン・ルーズベルト駅に移動して、今日の夕飯は、ムール貝で有名な『レオン・ド・ブリュッセル』。 <br />今回、Yさんは食事担当をとてもがんばって、食べず嫌いのわたしをパリの有名なカフェや名物のお店に誘ってくれました。 <br />ムール貝。 <br />初めて食べましたが、とてもおいしかったです。ふたりで2個は量が多いと思ったので、ココット鍋にたっぷり入ってくるフリット(フライドポテト)付きのムール貝はひとり分を頼んで、あとは「ベルギーと言えばベルギーワッフルでしょう」と、シンプルな砂糖掛けのワッフルを頼んでシェアしました。 <br />ムール貝を殻を開いて食べ、スープにバケットを浸して食べ、デザートにワッフル。ひとり分ずつ注文して、丁度好い量でした。記憶のメモに間違いなければ、ここでの会計は二人のお財布から30ユーロです。 <br />レオンを出て、シャンゼリゼ通りの向こう側にある大きなモノ・プリで、マルセイユ石鹸と、エシレのバター、エッフェル塔の絵のついた缶に入ったお菓子とマシュマロと、明日の朝食用のヨーグルトを買って肩掛けトートに詰め込み、メトロでマドレーヌまで戻ってホテルに帰ります。 <br />明日は、いよいよ帰国日。 <br />バターはジップロックの袋に入れて、チェックアウトまで部屋の冷蔵庫に入れておきます。 <br />そのほかの詰められるのものは、朝、ワタワタしないようにスーツケースに簡単に荷物をまとめておきます。 <br />チェックアウトの後で、荷物を15時までホテルで預かってもらって、マリー・アントワネット最期の住まいとなった、新しく改装されたと聞くコンシェルジュリー牢獄の見学です。 <br />改装されたコンシェルジュリー。 <br />見学時にタブレットを借りて何カ所もあるポイントにかざすと、当時の模様が復元・再現されると聞いています。 <br />明日の見学を期待しつつ、今夜もお風呂にバスクリンを入れてのんびり浸かって、脚の疲れを癒します。 <br /><br />

    雨に打たれ、知らない人には踏まれている『1793年1月21日ルイ16世、1793年10月16日王妃マリーアントワネット処刑』と刻まれている革命の祈念板。
    あああ、この雨を拭いたい! 本気でそう思いました。
    雨が王と王妃の涙にも思えました。
    12時少し。気温は低く、鉛色の雲から小雨が降っています。
    次の見学場所へ! 名残惜しいけれど時間は有限。午後の目的地であるプティ・パレに移動です。
    地図上ではコンコルド広場から約300メートルの距離。
    プティ・パレは1900年の万国博覧会場として建設され、以後、パリ市立美術館として無料で公開されてます。
    日本のように作っては壊して、ゼネコンだけが儲かる仕組みと根本から違います。
    100年経ってもこんなに重厚で立派な建物が残り、今は無料の美術館として開放されている。
    文化の違いはあるでしょうが、見習うべき懐の深さ、美術への造詣の深さと感じますね。
    目の前にセーヌ河に架かる橋の中で、一番うつくしいと言われるアレクサンドル3世橋。向かいにパリ万博会場として同時期に建てられたイオリア式の円柱が並ぶブラン・パレ。反対側にプティ・パレ。
    ここではモネの『日没』とシスレーの『モレの教会』とクレランの『サラ・ベルナールの肖像』を見るのが楽しみでした。
    最初にカフェに入って、キッシュともう一品と、カフェ・クレームを注文。カフェでのランチは二人のお財布から28,10ユーロ出しました。
    キッシュがけっこう大きかったので、出来上がったら持ってきてくれるもう一品はいらなかったかな? と思いつつ、デザートの一口大のカヌレも完食。気が付かないだけでお腹は空いていたみたいです。暖かい季節の晴れた陽でしたらテラスで食べるのもすてきですが、今日は寒空の雨模様。でも、せっかくなので食後にテラスを一周しました。
    そしていよいよ美術館コーナーへ。
    入り口に近い場所に、どーんと『サラ・ベルナールの肖像』が掛かっています。
    これ、これを見たかったんですよ。その昔、宝塚で初風諄さんが演じたサラ・ベルナールの恋。『白い花が微笑む』の歌が頭の中に響いています。真っ白なドレスを着て、ゆったりと物憂げに座っているサラ・ベルナール。『白い花が微笑む』の舞台は見ていませんが、初風さんが歌った名曲は、中学生の夏にラジオの深夜番組で放送した物をカセットテープに録音して何度も聞き、そのテープが劣化する前に友人にCDに移してもらいました。
    サラ・ベルナールはフランスの大女優ですが、男装して『鷲の子(ナポレオン一世の息子)』も演じたそうです。その時には朝から晩までずっと軍服(男装)を通して役になりきっていたと。映画でなく、舞台だったでしょうからいま見ることはできないでしょうが、想像はできます。なんだかオスカルさまに通じるものがあるわ、とプティ・パレの中を順にゆっくり歩いて行きます。
    今日の予定はもう夕方からのマドレーヌ教会でのオルガン・コンサートを聴くだけ。
    のんびりゆったりしたパリ散策です。
    ここでモネの『日没』を見たので、次回はマルモッタン美術館にある『日の出』を見たいな。
    地下はブティック。2階には陶磁器の作品がずらりと並んでいます。そんなに時間は掛からずにプティ・パレ見学は終わりました。まだオルガン・コンサートまで時間は充分なので、プティ・パレの向こう=チュイルリー公園で昨日(11月24日)から始まったクリスマス・マーケットを覗いて見ることにしました。
    何か素敵なパリらしいクリスマスのオーナメントがあったら、お土産にほしいです。
    人が多いので傘は危険と判断して、帽子を深くかぶってマーケットを見ていきます。
    エッフェル塔と凱旋門とノートルダム寺院のオーナメントが3つで10ユーロを買って満足。どうやらクリスマス・マーケットと言ってもほとんどが食べ物屋さんと、小さな子供向けの移動遊園地のようです。
    雨が強くなってきたので、そろそろ移動したほうがいいかな? とマドレーヌ教会に向かいます。地図上では直線距離で500メートルくらい。歩きにくい雨水のたまった石畳と砂と細かい砂利の歩道を歩いて20分くらいでマドレーヌ教会まで戻ってきました。
    オルガン・コンサートまでの時間はたっぷりです。
    朝は開いていなかった売店に、教会グッズが並んでいます。聖母マリアさまでなく、マドレーヌ教会で祀っているマグダラのマリア像が多いのがこの教会の特色でしょう。
    行きの飛行機の中で『ダ・ヴィンチ・コード』を見てきたので、マグダラのマリアは映画の中ではイエスの妻の設定だったな、と、ここで小さなマグダラのマリア像を買いました。で、席に戻って座りながら考えたのですが、マグダラのマリアだけでなく、せっかくなので聖母マリア像もほしい。売店左下の中ぐらいのマリア像が置いてあったケースに、小ぶりのマグダラと聖母像もあった、と『ダメもと』で売店に戻って「チェンジ・プリーズ・シル・ヴ・プレ?」と言ってマグダラのマリアだけでなく、さっき買った中くらいのこの品を小さい方に換えて、聖母マリアさまもほしい」とつたない英語とフランス語のごちゃまぜでお願いしましたら、教会の売店だけあって気持ちよく交換してくれました。
    席に戻ると楽器のチューニングが始まります。
    オルガン・コンサートとありましたが、これは本格的なオーケストラの様子。
    前の席の方は、教区の信者のかたが良い席に座っているようですが、まだ席はまばらで続々と人が詰めてきています。
    コンサートが始まりました。どうやら教会の後ろにパイプオルガンがあるようで、ものすごい音響です。石造りの天井の高い教会の中に、最高の音響効果で(たぶんミサ曲)手を伸ばせば音符が掴めるような感じで、荘厳な音楽が流れていきます。
    わたしたちは後ろの方で充分と思って座っていましたが、充分どこではなかったですよ。パイプオルガンにもっとも近い場所、神さまに最も近い場所でした。
    10分くらいの曲が終わり、フランス語の解説?が入ります。見えなかったですけれど、お話していたのはおそらく神父さまでしょう。
    ふっと後ろを見ると、立って聞いているかたも結構います。
    3曲ほど音楽を聞いて、わたしとYさんはマドレーヌ教会を出ました。
    辺りは薄暗くなってきていて、時間は午後4時半くらいです。
    メトロのマドレーヌ駅からフランクリン・ルーズベルト駅に移動して、今日の夕飯は、ムール貝で有名な『レオン・ド・ブリュッセル』。
    今回、Yさんは食事担当をとてもがんばって、食べず嫌いのわたしをパリの有名なカフェや名物のお店に誘ってくれました。
    ムール貝。
    初めて食べましたが、とてもおいしかったです。ふたりで2個は量が多いと思ったので、ココット鍋にたっぷり入ってくるフリット(フライドポテト)付きのムール貝はひとり分を頼んで、あとは「ベルギーと言えばベルギーワッフルでしょう」と、シンプルな砂糖掛けのワッフルを頼んでシェアしました。
    ムール貝を殻を開いて食べ、スープにバケットを浸して食べ、デザートにワッフル。ひとり分ずつ注文して、丁度好い量でした。記憶のメモに間違いなければ、ここでの会計は二人のお財布から30ユーロです。
    レオンを出て、シャンゼリゼ通りの向こう側にある大きなモノ・プリで、マルセイユ石鹸と、エシレのバター、エッフェル塔の絵のついた缶に入ったお菓子とマシュマロと、明日の朝食用のヨーグルトを買って肩掛けトートに詰め込み、メトロでマドレーヌまで戻ってホテルに帰ります。
    明日は、いよいよ帰国日。
    バターはジップロックの袋に入れて、チェックアウトまで部屋の冷蔵庫に入れておきます。
    そのほかの詰められるのものは、朝、ワタワタしないようにスーツケースに簡単に荷物をまとめておきます。
    チェックアウトの後で、荷物を15時までホテルで預かってもらって、マリー・アントワネット最期の住まいとなった、新しく改装されたと聞くコンシェルジュリー牢獄の見学です。
    改装されたコンシェルジュリー。
    見学時にタブレットを借りて何カ所もあるポイントにかざすと、当時の模様が復元・再現されると聞いています。
    明日の見学を期待しつつ、今夜もお風呂にバスクリンを入れてのんびり浸かって、脚の疲れを癒します。

    プティ パレ (パリ市立美術館) 博物館・美術館・ギャラリー

  • <br />11月26日(月曜日)。どうしても早く目が覚めてしまうので、最終日のこの日も早く起きだして、身支度し、Yさんとのホテルのお部屋ご飯の時間まで、ノートパソコンを眺める。 <br />今日のメインは、マリー・アントワネットが最期の日々を過ごしたコンシェルジュリー牢獄の見学と、彼女の最期の道をたどって、ニナスでのお茶。 <br />朝ごはんが済んだら、ホテルをチェック・アウトして15時までスーツケースを預かってもらう。 <br />たぶん、15時少し前にはホテルに戻ってくるだろうから、オペラ・ガルニエまで歩いて、来た時と同じようにロワシーバスでシャルル・ド・ゴール空港へ向かう。 <br />早起きした時間の暇に任せて、パリの街をあちこちネットサーフィンしていると、ホテルからコンシェルジュリーまではメトロだけでなく、バスも通っていると知る。 <br />マドレーヌ教会脇のバス停から24番のバスで、セーヌ河に添ってシテ島まで行けばいい。 <br />バスならば外の景色も楽しめる、と朝食の用意をして「おはよう」とやってきたYさんに相談する。 <br />バス停の位置がちょっと不明だったけれど、行けばなんとかなるだろうと思ったのはわたしです。 <br />Yさんは慎重にスマホでバス停を調べていたけれど結局わからずじまいで、バスがだめだったらメトロにしようと決めて朝食を済ませ、それぞれの部屋のチェックアウトして8時45分出発を決める。 <br />朝ご飯の後、冷蔵庫の中に入れて置いたバターをスーツケースに詰め込み、手荷物の大きなバッグにノートパソコンとケーブルをしまう。 <br />街歩き用のロンシャンの肩掛けトートはできる限り軽くしておく。 <br />どうやら今回の旅は本降りの雨ではなかったけれど、あまり天気には恵まれなかったみたいでも、11月も終わりだからパリでは季節は冬本番。雨の日が多くても仕方ない。 <br />スーツケースは持ち上げたところ、推定で18キロくらいでしょうか。灯油の18Lとほぼ同じくらいの重さと思う。 <br />チェック・アウトでまごつくといけないと思い、早めにフロントへ降りる。 <br />「ラ・ノット、シル・ヴ・プレ?」(チェックアウト、お願いします) <br />カードキーを返して、終了。 <br />ついで「ガルデ・モン・バガージュ、ジュスカ・キャーンズ、シル・ブ・プレ?」(15時まで荷物を預かってもらえますか?)とお願いする。 <br />丁度、エレベーターで降りてきたYさんの荷物を一緒に、フロント脇の鍵の掛る小部屋にスーツケースにナンバーを貼って収納してくれて、半券を渡される。 <br />鍵の掛る小部屋! 荷物は安心、安全に預かってもらえる。今まで何回かパリのホテルに泊まったけれど、このポイントは高いです。 <br />では、いざパリの街歩き最終日。 <br />マドレーヌ教会脇のバス停を探し、できればバスでノートルダムまで行きましょう。 <br />サクサク歩いてマドレーヌ教会まで来たとき、目の前に24番のバスが来ました。ラッキーと乗り込んで、メトロと共通のカルネを1枚ずつ出します。出口近くに座って、外の風景を楽しみながらバスは、マドレーヌ教会→コンコルド広場→ルーブル美術館→ポン・ヌフを渡ってノートルダムへと右手にセーヌ川を眺めながら、渋滞もなく進んでいきます。 <br />ノートルダム寺院の前で降りると、大きなトラックとクレーンがあって、広場にクリスマスツリーを立てているところでした。 <br />まだ9時前。時間は充分です。 <br />いつもなら人混みでごった返しているノートルダム寺院が、閑散としています。 <br />「ボンジュー」と言いながら帽子を手に静かに入ると、人気(ひとけ)のないノートルダム寺院をのんびり見学できました。教会の最奥の部分に、クリスマスの町の様子、馬小屋でマリアさまがイエスさまを産んだ様子、東方の三人の博士がやってくる様子などなど、いろんな場面がミニチュアの人形で再現されています。 <br />ゆっくりじっくり見て周ってもまだ時間に余裕があったので、ノートルダム寺院を出たところにある明るいシックなカフェでショコラ・ショーを注文してコンシェルジュリーの見学時間(9時半)の時間を調整しました。ショコラ・ショー2杯で10ユーロでした。ここで交代でトイレにも行っておきます。 <br />


    11月26日(月曜日)。どうしても早く目が覚めてしまうので、最終日のこの日も早く起きだして、身支度し、Yさんとのホテルのお部屋ご飯の時間まで、ノートパソコンを眺める。
    今日のメインは、マリー・アントワネットが最期の日々を過ごしたコンシェルジュリー牢獄の見学と、彼女の最期の道をたどって、ニナスでのお茶。
    朝ごはんが済んだら、ホテルをチェック・アウトして15時までスーツケースを預かってもらう。
    たぶん、15時少し前にはホテルに戻ってくるだろうから、オペラ・ガルニエまで歩いて、来た時と同じようにロワシーバスでシャルル・ド・ゴール空港へ向かう。
    早起きした時間の暇に任せて、パリの街をあちこちネットサーフィンしていると、ホテルからコンシェルジュリーまではメトロだけでなく、バスも通っていると知る。
    マドレーヌ教会脇のバス停から24番のバスで、セーヌ河に添ってシテ島まで行けばいい。
    バスならば外の景色も楽しめる、と朝食の用意をして「おはよう」とやってきたYさんに相談する。
    バス停の位置がちょっと不明だったけれど、行けばなんとかなるだろうと思ったのはわたしです。
    Yさんは慎重にスマホでバス停を調べていたけれど結局わからずじまいで、バスがだめだったらメトロにしようと決めて朝食を済ませ、それぞれの部屋のチェックアウトして8時45分出発を決める。
    朝ご飯の後、冷蔵庫の中に入れて置いたバターをスーツケースに詰め込み、手荷物の大きなバッグにノートパソコンとケーブルをしまう。
    街歩き用のロンシャンの肩掛けトートはできる限り軽くしておく。
    どうやら今回の旅は本降りの雨ではなかったけれど、あまり天気には恵まれなかったみたいでも、11月も終わりだからパリでは季節は冬本番。雨の日が多くても仕方ない。
    スーツケースは持ち上げたところ、推定で18キロくらいでしょうか。灯油の18Lとほぼ同じくらいの重さと思う。
    チェック・アウトでまごつくといけないと思い、早めにフロントへ降りる。
    「ラ・ノット、シル・ヴ・プレ?」(チェックアウト、お願いします)
    カードキーを返して、終了。
    ついで「ガルデ・モン・バガージュ、ジュスカ・キャーンズ、シル・ブ・プレ?」(15時まで荷物を預かってもらえますか?)とお願いする。
    丁度、エレベーターで降りてきたYさんの荷物を一緒に、フロント脇の鍵の掛る小部屋にスーツケースにナンバーを貼って収納してくれて、半券を渡される。
    鍵の掛る小部屋! 荷物は安心、安全に預かってもらえる。今まで何回かパリのホテルに泊まったけれど、このポイントは高いです。
    では、いざパリの街歩き最終日。
    マドレーヌ教会脇のバス停を探し、できればバスでノートルダムまで行きましょう。
    サクサク歩いてマドレーヌ教会まで来たとき、目の前に24番のバスが来ました。ラッキーと乗り込んで、メトロと共通のカルネを1枚ずつ出します。出口近くに座って、外の風景を楽しみながらバスは、マドレーヌ教会→コンコルド広場→ルーブル美術館→ポン・ヌフを渡ってノートルダムへと右手にセーヌ川を眺めながら、渋滞もなく進んでいきます。
    ノートルダム寺院の前で降りると、大きなトラックとクレーンがあって、広場にクリスマスツリーを立てているところでした。
    まだ9時前。時間は充分です。
    いつもなら人混みでごった返しているノートルダム寺院が、閑散としています。
    「ボンジュー」と言いながら帽子を手に静かに入ると、人気(ひとけ)のないノートルダム寺院をのんびり見学できました。教会の最奥の部分に、クリスマスの町の様子、馬小屋でマリアさまがイエスさまを産んだ様子、東方の三人の博士がやってくる様子などなど、いろんな場面がミニチュアの人形で再現されています。
    ゆっくりじっくり見て周ってもまだ時間に余裕があったので、ノートルダム寺院を出たところにある明るいシックなカフェでショコラ・ショーを注文してコンシェルジュリーの見学時間(9時半)の時間を調整しました。ショコラ・ショー2杯で10ユーロでした。ここで交代でトイレにも行っておきます。

    ノートルダム大聖堂 寺院・教会

  • そしてマリー・アントワネット最期の住まいとなったコンシェルジュリーです。 <br />改装されて牢獄内のマリーを模した喪服姿の蝋人形や、藁族(藁しか置いてない最下層の囚人部屋)の牢や、簡易ベッドが2台置いてあったふたり部屋などから、当時を再現した道具は全部取り払われてしまっているらしいです。 <br />代わりにタブレットを借りて、何カ所かあるポイントに合わせると当時の様子が再現されると聞いています。 <br />チケットは9ユーロ、タブレットは身分証明書(パスポート預かり)で5ユーロでした。 <br />テロ以来、日本人観光客が激減しているらしいので、フランス語、英語、ドイツ語、中国語、韓国語には対応していますが、日本語対応はしていません。 <br />日本人はパリが大好きなのに、観光客としての絶対数は激減しているのでしょうね。 <br />とりあえず英語表記でタブレットを使います。 <br />あ、あった。ありました。金色の丸いポイント。ここにタブレットを合わせると、4ケタの数字がどんどん遡っていって、コンシェルジュリーが王の居城として使われていたころから、革命時に囚人を収容したころまで、さまざまな場面が出てきます。 <br />何組かの観光客のかたが見えましたが、どなたもタブレットを使っていない様子。添乗員さんに率いられた日本人のグループもいましたが、この方たちもタブレットなし。ガイドの説明のみでサクサク見学していましたね。 <br />わたしにとってはここは聖域です。ブティックも充実していますし、時間が許せば半日は軽くいられる場所です。 <br />タブレットを見ると、処刑の日の道のりや画家のダヴィットが荷馬車に座って無言で目をつむっているマリー・アントワネットの毅然とした様子をスケッチした場所も記されています。 <br />サン・トレノ通りのその道は、パリで何度も歩いた道です。 <br />わざと刑場への道を時間を掛けて遠回りし、死に赴くだけの最早どうやっても絶対に逃げることなどできようはずもない無力な女性に対して、民衆と革命委員会は、なんのためにここまでの憎悪を向けたのか……。王と王妃を処刑した革命委員たちも後のテルミドールのクーデターでギロチンに送られるのですが……。 <br />なぜ王と王妃は立憲君主制への道を考えなかったのか。 <br />ジロンド党と手を結んでいたならば? <br />ミラボーが急死しなければ、王と王妃が生き延びるすべはあったのではないでしょうか?  <br />もしも、フランス国民を裏切ることとなったヴァレンヌ逃亡さえなければ……。 <br />さまざまな「たられば」「もしもあの時……」そんなさまざまな思いが交錯して、今回は泣くまいと思っていたのですが……毎回、このコンシェルジュリー牢獄の、マリー・アントワネットの独房だった部屋を後日、ただ一人生き残った娘のマリー・テレーズが王政復古後に、母を偲んで十字架を建て聖堂とした場所で、またまた落涙してしまいました。 <br />この場所に来ると、この場所に立つと、どうしても胸にこみ上げてくるものがあるのです。 <br />で、暖房はほとんド効かないだろう石造りの牢獄を見学している自然の要求でトイレに行きたくなって、ブティックに戻ってくると、確か30ユーロだったでしょうか。オールカラーの『1789』という大型本が目に入りました。 <br />見本の本をめくっていくと、フランス語だけれど、書いてある内容はたぶんわかると思います。 <br />1789年の民衆のバスティーユ攻撃から1793年の王と王妃の処刑、ナポレオンが台頭してくるまでのフランス革命を取り上げたハードカバーの分厚くて重たい本。 <br />ほしかったのですがとにかく重たいですし、たぶん書いてあることはほとんど日本語のフランス革命の本で知っているでしょう。何よりホテルに預けてあるスーツケースはもうギリギリいっぱいで、本を入れる隙間が無かったので買いませんでした。 <br />そうしてコンシェルジュリーを堪能し、パレ・ロワイヤルをぐるっと巡ってサン・トレノ通りを歩いて、ダヴィットがここでマリ・アントワネットをデッサンしたらしい場所の、今は隣がハーゲンダッツのアイスクリーム店になっている場所を確認して、最後のお茶をしようとニナスへと向かいました。 <br />ニナスのティールームは12時から19時までが開店時間なので、「まだ閉まっているね」「少し時間が早かったからヴァンドーム広場を一周して戻ってこようか」とYさんと最後のお茶を楽しみに、ニナスからその先のヴァンドーム広場を歩きました。 <br />

    そしてマリー・アントワネット最期の住まいとなったコンシェルジュリーです。
    改装されて牢獄内のマリーを模した喪服姿の蝋人形や、藁族(藁しか置いてない最下層の囚人部屋)の牢や、簡易ベッドが2台置いてあったふたり部屋などから、当時を再現した道具は全部取り払われてしまっているらしいです。
    代わりにタブレットを借りて、何カ所かあるポイントに合わせると当時の様子が再現されると聞いています。
    チケットは9ユーロ、タブレットは身分証明書(パスポート預かり)で5ユーロでした。
    テロ以来、日本人観光客が激減しているらしいので、フランス語、英語、ドイツ語、中国語、韓国語には対応していますが、日本語対応はしていません。
    日本人はパリが大好きなのに、観光客としての絶対数は激減しているのでしょうね。
    とりあえず英語表記でタブレットを使います。
    あ、あった。ありました。金色の丸いポイント。ここにタブレットを合わせると、4ケタの数字がどんどん遡っていって、コンシェルジュリーが王の居城として使われていたころから、革命時に囚人を収容したころまで、さまざまな場面が出てきます。
    何組かの観光客のかたが見えましたが、どなたもタブレットを使っていない様子。添乗員さんに率いられた日本人のグループもいましたが、この方たちもタブレットなし。ガイドの説明のみでサクサク見学していましたね。
    わたしにとってはここは聖域です。ブティックも充実していますし、時間が許せば半日は軽くいられる場所です。
    タブレットを見ると、処刑の日の道のりや画家のダヴィットが荷馬車に座って無言で目をつむっているマリー・アントワネットの毅然とした様子をスケッチした場所も記されています。
    サン・トレノ通りのその道は、パリで何度も歩いた道です。
    わざと刑場への道を時間を掛けて遠回りし、死に赴くだけの最早どうやっても絶対に逃げることなどできようはずもない無力な女性に対して、民衆と革命委員会は、なんのためにここまでの憎悪を向けたのか……。王と王妃を処刑した革命委員たちも後のテルミドールのクーデターでギロチンに送られるのですが……。
    なぜ王と王妃は立憲君主制への道を考えなかったのか。
    ジロンド党と手を結んでいたならば?
    ミラボーが急死しなければ、王と王妃が生き延びるすべはあったのではないでしょうか? 
    もしも、フランス国民を裏切ることとなったヴァレンヌ逃亡さえなければ……。
    さまざまな「たられば」「もしもあの時……」そんなさまざまな思いが交錯して、今回は泣くまいと思っていたのですが……毎回、このコンシェルジュリー牢獄の、マリー・アントワネットの独房だった部屋を後日、ただ一人生き残った娘のマリー・テレーズが王政復古後に、母を偲んで十字架を建て聖堂とした場所で、またまた落涙してしまいました。
    この場所に来ると、この場所に立つと、どうしても胸にこみ上げてくるものがあるのです。
    で、暖房はほとんド効かないだろう石造りの牢獄を見学している自然の要求でトイレに行きたくなって、ブティックに戻ってくると、確か30ユーロだったでしょうか。オールカラーの『1789』という大型本が目に入りました。
    見本の本をめくっていくと、フランス語だけれど、書いてある内容はたぶんわかると思います。
    1789年の民衆のバスティーユ攻撃から1793年の王と王妃の処刑、ナポレオンが台頭してくるまでのフランス革命を取り上げたハードカバーの分厚くて重たい本。
    ほしかったのですがとにかく重たいですし、たぶん書いてあることはほとんど日本語のフランス革命の本で知っているでしょう。何よりホテルに預けてあるスーツケースはもうギリギリいっぱいで、本を入れる隙間が無かったので買いませんでした。
    そうしてコンシェルジュリーを堪能し、パレ・ロワイヤルをぐるっと巡ってサン・トレノ通りを歩いて、ダヴィットがここでマリ・アントワネットをデッサンしたらしい場所の、今は隣がハーゲンダッツのアイスクリーム店になっている場所を確認して、最後のお茶をしようとニナスへと向かいました。
    ニナスのティールームは12時から19時までが開店時間なので、「まだ閉まっているね」「少し時間が早かったからヴァンドーム広場を一周して戻ってこようか」とYさんと最後のお茶を楽しみに、ニナスからその先のヴァンドーム広場を歩きました。

    コンシェルジュリー 城・宮殿

  • ヴァンドーム広場にはシンプルだけどおしゃれな、品のいいクリスマスツリーが建っています。 <br />何枚か写真を撮って、「ショーメかメレリオ・ディ・メレーで、廉価の赤い石の入った指輪があったら早めの還暦祝いにほしい」などなど戯言を話し、でも、ピカピカに磨かれたドアの内側に黒服で姿勢よく立っている警備と最高級店の店員さんに「ボンジュー、廉価な指輪を見せてください」と言える度胸は無くて、ニナスに戻ってくると、12時を過ぎているのにドアは閉まったまま。 <br />? と思って張り紙を見ると、日曜月曜は連休と書いてあります。 <br />ふたりして、ガーンと落ち込みましたよ。 <br />早起きしてニナスのHPも再チェックしておきましたけれど、お休みは土曜日曜となっていましたし、ここでパリ最後のお茶を、マリー・アントワネットのピンクのケーキとばらの香りのするお茶で、と楽しみにしていました。 <br />陶器の好きなわたしは、MA(マリー・アントワネット)のイニシャルの入ったティーカップとポットは持っているので、今回は『パリ柄』のティーセットをお土産にほしいと思って楽しみにしていましたから。 <br />でも、お店は閉まっているし、どうしようもないので頭を切り替え、気を取り直してラデュレに行きました。 <br />今回の旅で2日目の朝食を食べたラデュレです。 <br />ランチの時間になっていたので、頼んだのはオムレツとオニオン・スープ、そしてデザートに『マリー・アントワネット』という名のついたケーキでした。 <br />オムレツは卵に何を混ぜて焼いたらこんな風になるのかとても不思議な感じの、ふわふわともさっくりともつかない焼き具合で、オニオン・スープは具の中にスープを掛けて食べる式の身体の温まるおいしいスープでした。で、デザートですが、味は悪くなかったですけれど、王妃さまの名を冠しているには見た目が地味な茶色のパウンドケーキでした。 <br />ニナスのピンクの可愛いケーキが目に浮かびましたわ。 <br />食事を終えて、では、ホテルに戻りスーツケースを受け取りましょうか、というところです。 <br />時間には余裕がありますが、途中で渋滞に巻き込まれたら? と思うと余裕を持って少しずつ前倒しの行動です。 <br />「15時に戻ります」と言ったホテルに14時に戻り、そのままロワシーバスに乗りました。 <br />今回の旅は、ガイドブックにも載っている名物店でおいしいものを食べて、欲しかったお土産も買って、行きたいと予定していた場所は最後のお茶のニナス以外は、全部、行くことのできた旅行でした。 <br />12ユーロのロワシーバスは、まだ早い時間でしたから渋滞に巻き込まれることもなく、1時間ほどで空港に到着。 <br />ここからが、ちょこっと大変でした。 <br />飛行機はANAなのでターミナルは1。 <br />空港の係の人曰く、「この空港はちょっと特殊なので、入国するひとと出国する人が同じ場所に居るんですよ」。 <br />そんなこんなで時間にたっぷりの余裕を持ったはずが、スーツケースを預けてから搭乗口まで延々2時間並んで、ようやく搭乗口に来た? と思ったら出国チェックで、ブーツとレッグウォーマーを脱ぐように言われて、びっくりしました。靴下のまま、手荷物のチェックを受けたんです。ブーツも手荷物のトレーに乗せて。 <br />ブーツに金属……あ、ファスナーが引っかかったのかしら? と思ったのですが、Yさん曰く「鳥インフルとかあるから」。 <br />そうなんだ。知らなかったわ。来るときには全く問題なく、入国できたから、ちょっとと言いますか、とてもびっくりでした。 <br />ついでに係の人がわたしの大きな方の手荷物をさくさく通してから、肩掛けトートを指して「コンピューター!」を連呼するので、「パソコンは先に通った大きなバックの中です」と言うと、ベルトコンベアになっている機械を逆走させて、「コンピューター!」を大声で言うんです。 <br />ちょっと怖かったですよ。 <br />それでもなんとか無事にゲートを通過できて、ほっとしてブーツを履きました。パソコンもケースに入れ直して、鞄の中にしまいました。 <br />ターミナル1は、免税店はとても少ないです。 <br />ですが、最後のお土産にここでパリ柄のスカーフと、パリ柄の缶に入ったサブレを買いました。 <br />そうこうするうちに飛行機への搭乗が始まり、帰りの便ではYさんとの座席は離れているので、楽しかった旅行のお礼を言って、ここで一応の現地解散となりました。 <br /><br />以上、11月23日から27日(羽田到着)までの4泊6日、パリとちょっと郊外、マリー・アントワネット最期の地めぐりの旅を終えます。<br /><br /><br />

    ヴァンドーム広場にはシンプルだけどおしゃれな、品のいいクリスマスツリーが建っています。
    何枚か写真を撮って、「ショーメかメレリオ・ディ・メレーで、廉価の赤い石の入った指輪があったら早めの還暦祝いにほしい」などなど戯言を話し、でも、ピカピカに磨かれたドアの内側に黒服で姿勢よく立っている警備と最高級店の店員さんに「ボンジュー、廉価な指輪を見せてください」と言える度胸は無くて、ニナスに戻ってくると、12時を過ぎているのにドアは閉まったまま。
    ? と思って張り紙を見ると、日曜月曜は連休と書いてあります。
    ふたりして、ガーンと落ち込みましたよ。
    早起きしてニナスのHPも再チェックしておきましたけれど、お休みは土曜日曜となっていましたし、ここでパリ最後のお茶を、マリー・アントワネットのピンクのケーキとばらの香りのするお茶で、と楽しみにしていました。
    陶器の好きなわたしは、MA(マリー・アントワネット)のイニシャルの入ったティーカップとポットは持っているので、今回は『パリ柄』のティーセットをお土産にほしいと思って楽しみにしていましたから。
    でも、お店は閉まっているし、どうしようもないので頭を切り替え、気を取り直してラデュレに行きました。
    今回の旅で2日目の朝食を食べたラデュレです。
    ランチの時間になっていたので、頼んだのはオムレツとオニオン・スープ、そしてデザートに『マリー・アントワネット』という名のついたケーキでした。
    オムレツは卵に何を混ぜて焼いたらこんな風になるのかとても不思議な感じの、ふわふわともさっくりともつかない焼き具合で、オニオン・スープは具の中にスープを掛けて食べる式の身体の温まるおいしいスープでした。で、デザートですが、味は悪くなかったですけれど、王妃さまの名を冠しているには見た目が地味な茶色のパウンドケーキでした。
    ニナスのピンクの可愛いケーキが目に浮かびましたわ。
    食事を終えて、では、ホテルに戻りスーツケースを受け取りましょうか、というところです。
    時間には余裕がありますが、途中で渋滞に巻き込まれたら? と思うと余裕を持って少しずつ前倒しの行動です。
    「15時に戻ります」と言ったホテルに14時に戻り、そのままロワシーバスに乗りました。
    今回の旅は、ガイドブックにも載っている名物店でおいしいものを食べて、欲しかったお土産も買って、行きたいと予定していた場所は最後のお茶のニナス以外は、全部、行くことのできた旅行でした。
    12ユーロのロワシーバスは、まだ早い時間でしたから渋滞に巻き込まれることもなく、1時間ほどで空港に到着。
    ここからが、ちょこっと大変でした。
    飛行機はANAなのでターミナルは1。
    空港の係の人曰く、「この空港はちょっと特殊なので、入国するひとと出国する人が同じ場所に居るんですよ」。
    そんなこんなで時間にたっぷりの余裕を持ったはずが、スーツケースを預けてから搭乗口まで延々2時間並んで、ようやく搭乗口に来た? と思ったら出国チェックで、ブーツとレッグウォーマーを脱ぐように言われて、びっくりしました。靴下のまま、手荷物のチェックを受けたんです。ブーツも手荷物のトレーに乗せて。
    ブーツに金属……あ、ファスナーが引っかかったのかしら? と思ったのですが、Yさん曰く「鳥インフルとかあるから」。
    そうなんだ。知らなかったわ。来るときには全く問題なく、入国できたから、ちょっとと言いますか、とてもびっくりでした。
    ついでに係の人がわたしの大きな方の手荷物をさくさく通してから、肩掛けトートを指して「コンピューター!」を連呼するので、「パソコンは先に通った大きなバックの中です」と言うと、ベルトコンベアになっている機械を逆走させて、「コンピューター!」を大声で言うんです。
    ちょっと怖かったですよ。
    それでもなんとか無事にゲートを通過できて、ほっとしてブーツを履きました。パソコンもケースに入れ直して、鞄の中にしまいました。
    ターミナル1は、免税店はとても少ないです。
    ですが、最後のお土産にここでパリ柄のスカーフと、パリ柄の缶に入ったサブレを買いました。
    そうこうするうちに飛行機への搭乗が始まり、帰りの便ではYさんとの座席は離れているので、楽しかった旅行のお礼を言って、ここで一応の現地解散となりました。

    以上、11月23日から27日(羽田到着)までの4泊6日、パリとちょっと郊外、マリー・アントワネット最期の地めぐりの旅を終えます。


    ヴァンドーム広場 広場・公園

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