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(2020年12月17日新規投稿)<br />12月最初の週末。<br />偶然予約の取れた休暇村館山へふらり旅。<br />久しぶりの南房総と言うことで、今回は、ふたつの安房国一宮とふたつの岬を巡ることにした。<br />そのふたつの岬を結ぶ公共交通機関は、一日一本だけの路線バスだけだ。<br />乗り遅れないように注意していたのだが、思いもよらぬ事態が発生し、危うく旅が破綻するところであった。

暖か過ぎる初冬の南房へ

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2018/12/01 - 2018/12/02

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旅行記グループ 【安房国】

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旅猫

旅猫さん

(2020年12月17日新規投稿)
12月最初の週末。
偶然予約の取れた休暇村館山へふらり旅。
久しぶりの南房総と言うことで、今回は、ふたつの安房国一宮とふたつの岬を巡ることにした。
そのふたつの岬を結ぶ公共交通機関は、一日一本だけの路線バスだけだ。
乗り遅れないように注意していたのだが、思いもよらぬ事態が発生し、危うく旅が破綻するところであった。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
ホテル
3.5
グルメ
4.0
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス JR特急 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 今回は、秋葉原駅を8時3分に出る特急『新宿さざなみ1号』に乗車。<br />この列車は、新宿駅から中央・総武線経由で内房線に直通する特急で、土日のみ運転されている。<br />秋葉原駅に停まるので、便利な列車なのだ。

    今回は、秋葉原駅を8時3分に出る特急『新宿さざなみ1号』に乗車。
    この列車は、新宿駅から中央・総武線経由で内房線に直通する特急で、土日のみ運転されている。
    秋葉原駅に停まるので、便利な列車なのだ。

    秋葉原駅

  • 蘇我駅で外房線と別れ、内房線へと入って行く。<br />君津駅までは京葉工業地帯を横目に見ながら走って行く。<br />途中の上総湊駅の手前辺りから、車窓右手に海が見えて来る。<br />東京湾である。<br />その後も、海はつかず離れず車窓に見えていた。

    蘇我駅で外房線と別れ、内房線へと入って行く。
    君津駅までは京葉工業地帯を横目に見ながら走って行く。
    途中の上総湊駅の手前辺りから、車窓右手に海が見えて来る。
    東京湾である。
    その後も、海はつかず離れず車窓に見えていた。

  • そして、終点の館山駅には、10時7分に到着した。<br />降り立つと、12月だと言うのに、春のような暖かさである。<br />駅前から、10時15分発の安房白浜行のJRバスに乗り換え、ひとつ目の一宮である安房神社を目指す。<br />やってきたバスは、東京駅から高速バスとして運行されてきたもので、館山駅からは普通の路線バスとなる便だった。<br />そして、20分ほど揺られると、安房神社前バス停に到着した。

    そして、終点の館山駅には、10時7分に到着した。
    降り立つと、12月だと言うのに、春のような暖かさである。
    駅前から、10時15分発の安房白浜行のJRバスに乗り換え、ひとつ目の一宮である安房神社を目指す。
    やってきたバスは、東京駅から高速バスとして運行されてきたもので、館山駅からは普通の路線バスとなる便だった。
    そして、20分ほど揺られると、安房神社前バス停に到着した。

  • 安房神社は、バス停から歩いて数分のところにあった。<br />大きな石造りの鳥居を潜ると、幅の広い参道がまっすぐに伸びている。<br />社殿までは、まだかなり歩かなくてはならないようだ。

    安房神社は、バス停から歩いて数分のところにあった。
    大きな石造りの鳥居を潜ると、幅の広い参道がまっすぐに伸びている。
    社殿までは、まだかなり歩かなくてはならないようだ。

    安房神社 寺・神社・教会

  • さらに5分ほど歩くと、ようやく社殿が現れた。<br />安房国には、一宮がふたつあり、その一つがここ安房神社である。<br />主祭神を祀る上の宮と摂社の下の宮などがあった。<br />創建は紀元前660年としているが、神話の世界で史実ではない。<br />拝殿の前には、大きな岩が横たわり、厳島神社が祀られていた。<br />その岩が磐座であり、祭祀が行われていたらしい。

    さらに5分ほど歩くと、ようやく社殿が現れた。
    安房国には、一宮がふたつあり、その一つがここ安房神社である。
    主祭神を祀る上の宮と摂社の下の宮などがあった。
    創建は紀元前660年としているが、神話の世界で史実ではない。
    拝殿の前には、大きな岩が横たわり、厳島神社が祀られていた。
    その岩が磐座であり、祭祀が行われていたらしい。

  • 下の宮の近くには、大きな槙の樹が立っていた。<br />これが御神木だそうだ。

    下の宮の近くには、大きな槙の樹が立っていた。
    これが御神木だそうだ。

  • その境内の一角には、安房神社洞窟遺跡の標柱と案内板が立っていた。<br />この地下に古代の海蝕洞が眠っているそうで、発掘調査で、22体分の人骨や土器などが見つかり、縄文時代の墓だったことが分かったそうだ。<br />しかし、縄文時代は集落近くに墓を作る風習があったと思うが、当時波が打ち寄せる海岸近くに墓所と言うのは腑に落ちない。<br />とは言え、縄文人は魚や貝を採って暮らしていたこともあるので、集落から離れているとは言えないのかもしれない。

    その境内の一角には、安房神社洞窟遺跡の標柱と案内板が立っていた。
    この地下に古代の海蝕洞が眠っているそうで、発掘調査で、22体分の人骨や土器などが見つかり、縄文時代の墓だったことが分かったそうだ。
    しかし、縄文時代は集落近くに墓を作る風習があったと思うが、当時波が打ち寄せる海岸近くに墓所と言うのは腑に落ちない。
    とは言え、縄文人は魚や貝を採って暮らしていたこともあるので、集落から離れているとは言えないのかもしれない。

  • その遺跡から発掘された人骨の一部は、安房神社近くに埋葬され、そこは忌部塚と呼ばれている。<br />安房神社の祭神に纏わる伝承から、見つかった人骨が安房忌部氏のものと考え、戦前と言う時代背景もあり、忌部塚と名付けられたらしい。

    その遺跡から発掘された人骨の一部は、安房神社近くに埋葬され、そこは忌部塚と呼ばれている。
    安房神社の祭神に纏わる伝承から、見つかった人骨が安房忌部氏のものと考え、戦前と言う時代背景もあり、忌部塚と名付けられたらしい。

  • 周囲の崖には、鎌倉に見られるやぐらのようなものがいくつもあった。<br />この辺りは、縄文時代から今に至るまで人が住み続けている。<br />やはり、当時から暮らしやす土地だったのだろう。<br />縄文時代には、海岸線から近い高台などに集落が形成されていたことが多く、この辺りにもあったのだろう。

    周囲の崖には、鎌倉に見られるやぐらのようなものがいくつもあった。
    この辺りは、縄文時代から今に至るまで人が住み続けている。
    やはり、当時から暮らしやす土地だったのだろう。
    縄文時代には、海岸線から近い高台などに集落が形成されていたことが多く、この辺りにもあったのだろう。

  • バス停へ戻り、3分遅れでやってきた11時35分発のバスの乗り、野島崎灯台口バス停へと向かう。<br />15分ほどで到着したバス停から野島崎へと歩いて行くと、土産物屋や食堂が建ち並ぶ先に、厳島神社があった。<br />その境内には、七福神の石像が並んでいる。<br />武田石翁と言う幕末の石工が19歳の時に造った作品だそうだ。

    バス停へ戻り、3分遅れでやってきた11時35分発のバスの乗り、野島崎灯台口バス停へと向かう。
    15分ほどで到着したバス停から野島崎へと歩いて行くと、土産物屋や食堂が建ち並ぶ先に、厳島神社があった。
    その境内には、七福神の石像が並んでいる。
    武田石翁と言う幕末の石工が19歳の時に造った作品だそうだ。

    厳島神社 寺・神社・教会

  • 厳島神社に参拝した後、その裏手に建つ野島埼灯台を見学。<br />野島埼灯台は、幕末の江戸条約によって建設が定められた灯台で、明治2年(1869)に竣工した日本で2番目の洋式灯台だそうだ。<br />現在の建物は、関東大震災で倒壊した後に改修されたもの。<br />その上からは、太平洋の大海原が望めた。

    厳島神社に参拝した後、その裏手に建つ野島埼灯台を見学。
    野島埼灯台は、幕末の江戸条約によって建設が定められた灯台で、明治2年(1869)に竣工した日本で2番目の洋式灯台だそうだ。
    現在の建物は、関東大震災で倒壊した後に改修されたもの。
    その上からは、太平洋の大海原が望めた。

    野島崎 自然・景勝地

  • 灯台を見学後、野島崎の遊歩道を散策する。<br />遊歩道からは、青空に映える白亜の灯台が綺麗に見えていた。<br />そのすぐ下の岩場には、頼朝公の隠れ岩と呼ばれる洞窟があった。<br />石橋山の合戦で敗れた源頼朝が立ち寄った際、急な雨を避けるために入ったとされるところだそうだ。

    灯台を見学後、野島崎の遊歩道を散策する。
    遊歩道からは、青空に映える白亜の灯台が綺麗に見えていた。
    そのすぐ下の岩場には、頼朝公の隠れ岩と呼ばれる洞窟があった。
    石橋山の合戦で敗れた源頼朝が立ち寄った際、急な雨を避けるために入ったとされるところだそうだ。

    野島埼灯台 名所・史跡

  • その岩屋の中には、なぜか蛸の像が置かれていた。<br />その蛸は、海面を鎮め、豊漁をもたらす海神として祀られているらしい。

    その岩屋の中には、なぜか蛸の像が置かれていた。
    その蛸は、海面を鎮め、豊漁をもたらす海神として祀られているらしい。

  • 遊歩道の途中にあった大喜な岩場の上には、椅子が置かれていた。<br />海の眺めが良さそうだが、若い男女が座っていたので、お邪魔になるといけないので、そのまま通り過ぎた。

    遊歩道の途中にあった大喜な岩場の上には、椅子が置かれていた。
    海の眺めが良さそうだが、若い男女が座っていたので、お邪魔になるといけないので、そのまま通り過ぎた。

  • 岬の先端辺りまで来ると、そこには房総半島最南端の碑が置かれていた。<br />ここ野島崎は、房総半島の最も南に位置するのだ。<br />岬や半島のように突き出た場所は好きなのだが、房総半島は温暖で穏やかなので、どうも端っこに来た感じはあまりしなかった。

    岬の先端辺りまで来ると、そこには房総半島最南端の碑が置かれていた。
    ここ野島崎は、房総半島の最も南に位置するのだ。
    岬や半島のように突き出た場所は好きなのだが、房総半島は温暖で穏やかなので、どうも端っこに来た感じはあまりしなかった。

  • 岬では、黄色いイソギクや白い小さな花がたくさん咲いていた。<br />冬の南房総では、切り花用の花が栽培されているが、やはり、野に咲く花の方が好きである。

    岬では、黄色いイソギクや白い小さな花がたくさん咲いていた。
    冬の南房総では、切り花用の花が栽培されているが、やはり、野に咲く花の方が好きである。

  • そろそろバスの時間なので、野島崎灯台バス停へと向かう。<br />ここを通るのは、12時37分の1本だけで、しかも土休日のみである。<br />しばらく待っていたが、時間を過ぎてもやってこない。<br />時刻表をもう一度よく見ると、何と、季節運行で2月と3月のみとある。<br />ここへ来て、まさかの事態に呆然としてしまった。<br />しばらく考えた後、タクシー会社を調べて電話をしてみると、離れた場所だったが、何とか来てくれるという。<br />待つ間、近くの漁港で景色を眺めていた。

    そろそろバスの時間なので、野島崎灯台バス停へと向かう。
    ここを通るのは、12時37分の1本だけで、しかも土休日のみである。
    しばらく待っていたが、時間を過ぎてもやってこない。
    時刻表をもう一度よく見ると、何と、季節運行で2月と3月のみとある。
    ここへ来て、まさかの事態に呆然としてしまった。
    しばらく考えた後、タクシー会社を調べて電話をしてみると、離れた場所だったが、何とか来てくれるという。
    待つ間、近くの漁港で景色を眺めていた。

  • 13時過ぎにやって来たタクシーに乗り込み、バスの来る南房パラダイスまで送ってもらうことにした。<br />バスだと30分掛かる道のりを、15分ほどで走り抜けた。<br />一時はどうなることかと思ったが、何とかなって良かった。<br />南房パラダイスは無くなり、そこはアロハガーデンたてやまと言う施設に生まれ変わっていた。

    13時過ぎにやって来たタクシーに乗り込み、バスの来る南房パラダイスまで送ってもらうことにした。
    バスだと30分掛かる道のりを、15分ほどで走り抜けた。
    一時はどうなることかと思ったが、何とかなって良かった。
    南房パラダイスは無くなり、そこはアロハガーデンたてやまと言う施設に生まれ変わっていた。

    アロハガーデンたてやま 公園・植物園

  • バスの時間まで30分ほどあったので、併設されている道の駅南房パラダイスの中にあった『レストランワイキキ』でホットドッグを食べた。<br />ハワイ料理の店だったが、馴染みが無い料理ばかりだったのでホットドッグにしたのだが、思ったよりも美味しかった。

    バスの時間まで30分ほどあったので、併設されている道の駅南房パラダイスの中にあった『レストランワイキキ』でホットドッグを食べた。
    ハワイ料理の店だったが、馴染みが無い料理ばかりだったのでホットドッグにしたのだが、思ったよりも美味しかった。

  • 13時47分発の館山駅行に乗車。<br />このバス停からも1日3本しかなく、このバスを逃すと次は2時間半もないので、タクシーを利用しても綱渡りだった。<br />運良くタクシーが来てくれたが、それが無かったら、旅は破綻していた。

    13時47分発の館山駅行に乗車。
    このバス停からも1日3本しかなく、このバスを逃すと次は2時間半もないので、タクシーを利用しても綱渡りだった。
    運良くタクシーが来てくれたが、それが無かったら、旅は破綻していた。

  • バスは25分ほどで洲の崎神社前バス停に到着。<br />バス停から少し白浜方面へ戻った場所に、目指す洲崎神社があった。<br />その社は、房総らしいたおやかな山を背にして鎮座していた。

    バスは25分ほどで洲の崎神社前バス停に到着。
    バス停から少し白浜方面へ戻った場所に、目指す洲崎神社があった。
    その社は、房総らしいたおやかな山を背にして鎮座していた。

    洲崎神社 寺・神社・教会

  • 宝永年間に建てられた随身門を潜り、150段の石段を登ったところに社殿が建っていた。<br />この洲崎神社も、安房神社と同じく安房一宮とされているが、安房神社と比べるとかなり質素で小さな社であった。

    宝永年間に建てられた随身門を潜り、150段の石段を登ったところに社殿が建っていた。
    この洲崎神社も、安房神社と同じく安房一宮とされているが、安房神社と比べるとかなり質素で小さな社であった。

  • 境内の外れに、霊峰富士遙拝所と言う場所があったが、富士山の姿は雲に覆われて見えなかった。<br />それでも、景色はなかなかのものだった。

    境内の外れに、霊峰富士遙拝所と言う場所があったが、富士山の姿は雲に覆われて見えなかった。
    それでも、景色はなかなかのものだった。

  • 遙拝所のある尾根道から反対側へ下ると、別当寺であった養老寺がある。<br />その下る道の途中に、役行者の岩屋と言う場所があった。<br />養老寺は、役行者によって養老元年(717)に創建されたと伝わる古刹で、その像が岩屋に祀られているそうだ。

    遙拝所のある尾根道から反対側へ下ると、別当寺であった養老寺がある。
    その下る道の途中に、役行者の岩屋と言う場所があった。
    養老寺は、役行者によって養老元年(717)に創建されたと伝わる古刹で、その像が岩屋に祀られているそうだ。

    養老寺 寺・神社・教会

  • 本堂の前には、源頼朝が箸として使った萱から生えたという一本薄なるものもあった。<br />安房国には、頼朝に関わる伝説が多いようだ。

    本堂の前には、源頼朝が箸として使った萱から生えたという一本薄なるものもあった。
    安房国には、頼朝に関わる伝説が多いようだ。

  • この季節、房総では水仙の花がよく見られる。<br />冬を代表するこの花は、清楚でとても可愛い。

    この季節、房総では水仙の花がよく見られる。
    冬を代表するこの花は、清楚でとても可愛い。

  • 洲崎神社から道を渡って海岸のほうへ歩いて行くと、鳥居が見えて来る。<br />浜の鳥居と呼ばれている。

    洲崎神社から道を渡って海岸のほうへ歩いて行くと、鳥居が見えて来る。
    浜の鳥居と呼ばれている。

  • その鳥居を潜ると、溶岩のような岩が置かれていた。<br />『神石』と呼ばれている。<br />対岸の三浦半島にある安房口神社には、この岩と対になる石があるそうで、その形から、向こうを阿形、こちらを吽形とし、江戸湾の入口を守っているのだと云われている。

    その鳥居を潜ると、溶岩のような岩が置かれていた。
    『神石』と呼ばれている。
    対岸の三浦半島にある安房口神社には、この岩と対になる石があるそうで、その形から、向こうを阿形、こちらを吽形とし、江戸湾の入口を守っているのだと云われている。

  • 神石の前の海は岩場であった。<br />傾き始めた陽の光が海を輝かせていた。

    神石の前の海は岩場であった。
    傾き始めた陽の光が海を輝かせていた。

  • そこから、洲崎灯台へと歩いて行く。<br />途中には、洲崎漁港があった。

    そこから、洲崎灯台へと歩いて行く。
    途中には、洲崎漁港があった。

  • 漁港の先からは、高台にある灯台へと登って行く。<br />車が一台通れるくらいの細い道が続いていた。

    漁港の先からは、高台にある灯台へと登って行く。
    車が一台通れるくらいの細い道が続いていた。

  • 歩いていると、目の前に猫さんが現れた。<br />ちょこんと座っていたが、かなり警戒されている。<br />鋭い眼光で、ずっと睨まれてしまった。

    歩いていると、目の前に猫さんが現れた。
    ちょこんと座っていたが、かなり警戒されている。
    鋭い眼光で、ずっと睨まれてしまった。

  • 道は曲がりくねり、灯台が見えなくなった。<br />まっすぐ行かれないので、結構歩き応えがある。<br />それでも、長閑な風景の中を歩いているので苦にはならなかった。

    道は曲がりくねり、灯台が見えなくなった。
    まっすぐ行かれないので、結構歩き応えがある。
    それでも、長閑な風景の中を歩いているので苦にはならなかった。

  • そして、ようやく灯台の下に出た。<br />思ったよりも小さな灯台で、観光地化はされていない。<br />それでも、訪れている人はそこそこ多かった。

    そして、ようやく灯台の下に出た。
    思ったよりも小さな灯台で、観光地化はされていない。
    それでも、訪れている人はそこそこ多かった。

    洲埼灯台 名所・史跡

  • 灯台近くの集落の中にあった小さな食堂で、ところてんをいただいた。<br />天然の原料を使った手作りで、とても美味しかった。

    灯台近くの集落の中にあった小さな食堂で、ところてんをいただいた。
    天然の原料を使った手作りで、とても美味しかった。

  • その店の方が、夕日が綺麗な場所があると教えてくれた。<br />せっかくなので行ってみると、道は細く、かなり薄暗い。<br />不安になりながら降りて行くと、途中からは車道になった。

    その店の方が、夕日が綺麗な場所があると教えてくれた。
    せっかくなので行ってみると、道は細く、かなり薄暗い。
    不安になりながら降りて行くと、途中からは車道になった。

  • さらに下って行くと、海岸に出た。<br />地図にも載っていない小さな海岸だった。<br />古い漁船が置いてあり、なかなか風情がある。

    さらに下って行くと、海岸に出た。
    地図にも載っていない小さな海岸だった。
    古い漁船が置いてあり、なかなか風情がある。

  • しばらく待っていると、夕日が海を照らし始めた。<br />波も穏やかで、光の道が綺麗に映っていた。

    しばらく待っていると、夕日が海を照らし始めた。
    波も穏やかで、光の道が綺麗に映っていた。

  • 陽が落ち始めると、幻想的な風景となった。<br />地元の方に教えていただいた場所なので、まさに隠れた夕日の名所。<br />雲が多かったのが、かえって美しさを強調させていた。

    陽が落ち始めると、幻想的な風景となった。
    地元の方に教えていただいた場所なので、まさに隠れた夕日の名所。
    雲が多かったのが、かえって美しさを強調させていた。

  • 思わぬところで美しい夕景に出会えた。<br />明るいうちに宿へ向かう予定だったが、1時間半ほど遅い、16時27分発のバスに乗り、今宵の宿である休暇村館山へ向かう。<br />バスは、定刻にやって来た。

    思わぬところで美しい夕景に出会えた。
    明るいうちに宿へ向かう予定だったが、1時間半ほど遅い、16時27分発のバスに乗り、今宵の宿である休暇村館山へ向かう。
    バスは、定刻にやって来た。

  • 7分ほどで、休暇村館山前バス停に到着。<br />すでに外は夕闇が迫っていたが、宿はバス停の目の前だ。<br />通されたのは、基本の和室。<br />思ったよりも小奇麗で、悪くは無い。

    7分ほどで、休暇村館山前バス停に到着。
    すでに外は夕闇が迫っていたが、宿はバス停の目の前だ。
    通されたのは、基本の和室。
    思ったよりも小奇麗で、悪くは無い。

    休暇村 館山 宿・ホテル

  • とりあえず、大浴場でさっぱりとする。<br />この宿は、富士山が見えるのが売りなのだが、この日は雲に隠れていた。<br />そして、夕食の時間。<br />休暇村らしいバイキングだったが、品数はそこそこ多かった。

    とりあえず、大浴場でさっぱりとする。
    この宿は、富士山が見えるのが売りなのだが、この日は雲に隠れていた。
    そして、夕食の時間。
    休暇村らしいバイキングだったが、品数はそこそこ多かった。

  • 麦酒で喉を潤した後、『花咲く館山』と言う変わった名前の地酒をいただいた。<br />梅一輪酒造が醸す酒で、辛口の普通酒だった。<br />休暇村の食事は大したことはないので、早々に切り上げて部屋で寛いだ。

    麦酒で喉を潤した後、『花咲く館山』と言う変わった名前の地酒をいただいた。
    梅一輪酒造が醸す酒で、辛口の普通酒だった。
    休暇村の食事は大したことはないので、早々に切り上げて部屋で寛いだ。

  • 翌朝、食事前に目の前にある海岸を散策。<br />この日も雲が多く、富士山は顔を出してくれなかった。

    翌朝、食事前に目の前にある海岸を散策。
    この日も雲が多く、富士山は顔を出してくれなかった。

  • 8時半過ぎに宿を出て、見物海岸沿いに歩いて行く。<br />青空も見えてきたが、まだ雲は多く、風も強かった。<br />それでも、昨日に引き続き、朝から暖かい。<br />温暖な南房総とは言え、これは暖か過ぎる。

    8時半過ぎに宿を出て、見物海岸沿いに歩いて行く。
    青空も見えてきたが、まだ雲は多く、風も強かった。
    それでも、昨日に引き続き、朝から暖かい。
    温暖な南房総とは言え、これは暖か過ぎる。

    見物海岸 自然・景勝地

  • 海岸を歩いていると、岩場が現れた。<br />海岸段丘というもので、元禄や大正の関東地震でできたものらしい。<br />その岩場に水路のような切れ込みがあったが、断層だそうだ。

    海岸を歩いていると、岩場が現れた。
    海岸段丘というもので、元禄や大正の関東地震でできたものらしい。
    その岩場に水路のような切れ込みがあったが、断層だそうだ。

  • その先には、天然の橋のような地形もあった。<br />海蝕洞窟の名残だそうだ。<br />長い年月をかけて浸食され、洞窟ではなくなってしまったのだ。

    その先には、天然の橋のような地形もあった。
    海蝕洞窟の名残だそうだ。
    長い年月をかけて浸食され、洞窟ではなくなってしまったのだ。

  • 公園のような場所もあったが、台風による高潮の被害にあったのか、至る所で堤防などが崩れていた。<br />自然の力は人間の造ったものなど、いとも簡単に壊してしまう。

    公園のような場所もあったが、台風による高潮の被害にあったのか、至る所で堤防などが崩れていた。
    自然の力は人間の造ったものなど、いとも簡単に壊してしまう。

  • 海岸を離れて集落に戻ると、猫さんに出会った。<br />なかなか凛々しい顔をした猫さんで、堂々としていた。<br />この日も猫に出会えて嬉しい。

    海岸を離れて集落に戻ると、猫さんに出会った。
    なかなか凛々しい顔をした猫さんで、堂々としていた。
    この日も猫に出会えて嬉しい。

  • 集落の交差点まで来ると、その角に海南刀切神社と言う社があった。<br />道を挟んで山側にも、船越鉈切神社と言う社があり、以前は一つの神社だったそうだ。

    集落の交差点まで来ると、その角に海南刀切神社と言う社があった。
    道を挟んで山側にも、船越鉈切神社と言う社があり、以前は一つの神社だったそうだ。

  • 拝殿には、多くの彫刻が施され、なかなか見応えがある。<br />天の岩戸伝説と、ヤマタノオロチ伝説の彫刻もあった。

    拝殿には、多くの彫刻が施され、なかなか見応えがある。
    天の岩戸伝説と、ヤマタノオロチ伝説の彫刻もあった。

  • 社殿の裏手には、大きな岩があり、神秘的な雰囲気が漂っていた。<br />そこかしこに小さな祠があり、古代の祭祀跡のような感じもする。

    社殿の裏手には、大きな岩があり、神秘的な雰囲気が漂っていた。
    そこかしこに小さな祠があり、古代の祭祀跡のような感じもする。

  • その大岩は、真っ二つに割れていて、本殿はその上にあるらしい。<br />社名のとおり、鉈で割ったような岩である。<br />云い伝えでは、この浜に上陸した神が、鉈で切り割ったとされる。

    その大岩は、真っ二つに割れていて、本殿はその上にあるらしい。
    社名のとおり、鉈で割ったような岩である。
    云い伝えでは、この浜に上陸した神が、鉈で切り割ったとされる。

  • よく見ると、狛犬の台座にも立派な彫刻が残っている。<br />優れた腕前の石工の手によるものらしい。

    よく見ると、狛犬の台座にも立派な彫刻が残っている。
    優れた腕前の石工の手によるものらしい。

  • 道を挟んで向かい側にある、もう一つの鉈切神社へも参拝。<br />船越鉈切神社と言う社である。<br />その参道にも、二つに割れた石があった。<br />洞窟に棲み付いた大蛇を退治するため、神様が鉈を研いだと言う鉈砥ぎ石だそうだ。

    道を挟んで向かい側にある、もう一つの鉈切神社へも参拝。
    船越鉈切神社と言う社である。
    その参道にも、二つに割れた石があった。
    洞窟に棲み付いた大蛇を退治するため、神様が鉈を研いだと言う鉈砥ぎ石だそうだ。

  • 風情のある参道を進んでいくと、奥に洞窟があった。<br />その中に小さな社があり、それが船越鉈切神社の本殿だった。<br />二つの社は、どちらも岩を御神体としている原始信仰の名残りを感じさせる興味深い社だった。<br />

    風情のある参道を進んでいくと、奥に洞窟があった。
    その中に小さな社があり、それが船越鉈切神社の本殿だった。
    二つの社は、どちらも岩を御神体としている原始信仰の名残りを感じさせる興味深い社だった。

  • 神社近くにあった西岬バス停から、9時55分発のバスに乗り、館山駅へと向かう。<br />予定では、この次のバスで渚の駅に立ち寄ることにしていたが、乗り込んだバスは経由しないので、そのまま帰ることにした。<br />そのバスは、往きと同じ、東京駅への直行便だった。

    神社近くにあった西岬バス停から、9時55分発のバスに乗り、館山駅へと向かう。
    予定では、この次のバスで渚の駅に立ち寄ることにしていたが、乗り込んだバスは経由しないので、そのまま帰ることにした。
    そのバスは、往きと同じ、東京駅への直行便だった。

  • 館山駅からは、12時46分発の木更津行普通列車に乗車。<br />週末だと言うのに、車内はガラガラだった。<br />ふらりと訪れた南房総。<br />危うく旅が破綻する事態もあったが、なかなか面白い旅となった。<br />何より、二つの鉈切神社は興味深かった。

    館山駅からは、12時46分発の木更津行普通列車に乗車。
    週末だと言うのに、車内はガラガラだった。
    ふらりと訪れた南房総。
    危うく旅が破綻する事態もあったが、なかなか面白い旅となった。
    何より、二つの鉈切神社は興味深かった。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • hot chocolateさん 2021/01/03 23:59:35
    南房総の旅♪
    旅猫さま

    明けましておめでとうございます。
    ご無沙汰している間に、新規の旅行記が沢山・・・!
    どの旅行記から拝見しようかと思っていたら、私が昨年11月に行った南房総の旅行記を発見して、まずはこの旅行記から。

    私は家族と車で行ったので、行きたいところはどこにでも気ままに行けますが、列車とバスの旅だとかなり不便そうですね。
    野島崎灯台は内部も見学しましたが、結構急な螺旋階段でしたね。
    野島崎は房総半島の最南端だそうですが、穏やかな景色が気に入りました。

    今年もよろしくお願い致します。
    時節柄、ご自愛くださいね。

    hot chocolate

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2021/01/07 08:36:17
    RE: 南房総の旅♪
    hot chocoさん、こんにちは。

    明けましておめでとうございます。
    お返事が遅くなりすみません。

    旅行へ行くことが減ったので、週末、未作成だった旅の記録を作っていました。
    そのため、かなり旅行記が増えています。

    公共交通機関だと、特に路線バスが難しいです。
    年々路線や本数が減り、前は簡単に行けた場所も行けなくなったりしています。
    この時も、まさか運転期間が限られているとは知らず、大変でした。

    野島崎は、なかなか良い所でした。
    開放的で、岬の突端とは思えないほど穏やかな景色です。
    何しろ、房総半島なので暖かいのが最高ですね。

    それでは、今年もよろしくお願いいたします。
    旅猫

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