2018/10/24 - 2018/11/11
225位(同エリア552件中)
サンフランさん
- サンフランさんTOP
- 旅行記153冊
- クチコミ80件
- Q&A回答388件
- 210,704アクセス
- フォロワー9人
10月24日
秋のいい天気に誘われて、未だ歩いたことがない西山、洛西(らくさい)を歩いた。残念ながら洛西竹林公園はお休み。その足で長岡京の跡地へ
竹の里の向日市を散策。善峯寺へは、バスは1時間に1本。どうもタイミングが悪くまたの日に。
11月3日
善峯寺から天王山、山崎へとトレッキングの予定が逆コースとなった。
山崎から天王山へ登頂、下りは台風の被害で荒れた倒木が折り重なっているトレイルで挙句の果てに蛇に、急な坂でこけてしまう散々な目に。揚谷寺ー西山古道ー善峯寺のルートでの山歩きは急きょ、ギブアップ。遠回りであるが、バスとJRを乗り継いで夕刻に善峯寺へ。游龍の松と呼ばれる天然記念物の松を鑑賞した。
11月11日
天気に恵まれた週末、またまた洛西に出かけることに。JR向日町駅から観光地図を片手に、当てもなく歩き始める。まずは1時間強の歩きで光明寺に。紅葉の名所らしい。まだ少し紅葉には早いので、大原野方面へと歩を進めた。
正法寺は下調べもせずに寄ってみた庭園は、だれが作庭したのかなかなかのものだった。その前には由緒ある大原野神社が! 西山は紅葉が早いのか? 少し紅葉していた。あとで紅葉のいい時にまた来てみようかと思う。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
10月24日
阪急桂駅より京都市バス「特西4系統」に乗車、南福西町下車。
洛西竹林公園へやってきました。京都市洛西竹林公園 名所・史跡
-
あれーあれー
今日は休みとか! -
あきらめてわきの道を歩くことに
-
よく整備された道が続く。
嵐山と違って観光客もいない。1グループだけに出会った。 -
竹垣はいろいろあるみたいだ。
-
歩くこと5分
右手に小高い盛り土 -
古墳らしい
寺戸大塚古墳
「4世紀前半に造られた長さ95メートルの前方後円墳。斜面は石で覆われ平らなところは大量の埴輪が並んでいた。銅鏡、刀剣腕輪などが出土。埴輪は前期古墳の基準となる。国の指定史跡」(向日市歴史探訪マップ)寺戸大塚古墳 名所・史跡
-
竹の道は続く
-
桓武天皇の皇后陵が左手に
桓武天皇皇后陵 名所・史跡
-
あてもなく歩いている。東向日へ行くことにしよう。
昼下がりの京都郊外の散歩は快適だ! -
竹の径はここで終わり!
東向日は左方向へ -
慶昌院跡
-
左手には社
これが向日神社だろうか? それらしきのぼりがったっている。 -
駅方向にはいかずに
長岡京のほうに行くことにしよう
この住宅街は京都とは思えず、東京の郊外みたいな街並みだ! -
長岡京、朝堂院あと
何もない! 右側の建物に向日市の観光案内所があった。 -
どうやら向日神社はさっきのとは違うようだ。
-
西日のおかげで亡霊が写った。
無人の案内所と思ったが、若い女性が市の観光パンフレットをくださった。
むこう神社はむこうらしい。暑さで参っているが、.... -
とぼとぼと歩くと由緒がありそうな寺院
南真経寺南真経寺 寺・神社・教会
-
南真経寺由緒
本堂、開山堂は江戸時代初期に建てられたものらしい! -
長岡京から10分ぐらい歩いただろうか?
ようやく向日神社に -
奈良時代に建てられた古刹だそうだ!
向日神社 寺・神社・教会
-
長い参道が続いている!
-
向日市のマンホールに竹が描かれている。そういえば竹林が多い。
-
暑さで疲労困憊
JR向日町駅へたどり着いた。きょうはこれまで向日町駅 駅
-
11月3日
今日もいい天気
善峯寺ー西山古道ー揚谷寺ー天王山ー山崎のルートで山歩きをしようと出てはみたが、....
善峯寺行のバスは1時間に1本、JR向日町駅から毎30分
乗り遅れた。
仕方がなく逆コースにしよう。10時にJR山崎駅に到着山崎駅 (京都府) 駅
-
天下分け目の天王山だ!
駅前の案内板 -
踏切を渡って右は観音寺
-
直進は宝積寺
どうやらここから昇るらしい。 -
再び天王山の案内図が
-
山崎駅から約10分で、坂道を登りきったところに宝積寺の山門
宝積寺(宝寺) 寺・神社・教会
-
本堂までは直進
こちらには閻魔大王がおられるはず。 -
宝積寺産の売りはやはり閻魔大王
-
閻魔堂内へ
-
金儲けでなければ、写真もOKとのこと。
-
お寺で聞いたところ天王山は先の台風でかなり荒れているらしい。
閻魔様のお堂のわきに登山道がある。 -
ご住職からは「自己責任で」と言われた。
-
なるほど、早速の倒木
-
またまた倒木
しかしながらすでにかたずけられているようだ。 -
青木葉台公園より「眼下を望む
-
山崎の市街地だろうか?
-
少し上ると、鳥居が!
この右に展望台がある。 -
鳥居のそばに展望台が!
羽柴軍と明智軍の陣営が説明されているようだが、明るくて読めない。
「眼下の小泉川付近で明智軍と羽柴方が激突した、戦いは短時間で決し、羽柴秀吉の勝利に終わった。その後秀吉は天王山一帯に築城した。」 -
現在は三鳥軍が陣を敷いている。
-
天王山の合戦の様子が書かれている。
明智光秀の誤算
「本能寺で信長を撃った光秀は織田の諸将は遠く退陣しているので、すぐには動けまいとみて、その間に畿内を制圧するつもりであった。
ところが羽柴秀吉が毛利と和睦、尼崎までいたと驚き、近江から京都へ戻り、洞が峠にあがり、大和郡山の筒井順慶に来援を即した。
光秀は信長を討てば武将、寺院が立ち上がり支援が得られると思い込んでいた。ところが秀吉のほうに多くの武将が集まった。
光秀は洞が峠から16000人の兵を率いて天王山へ。秀吉は摂津の富田に到着。茨木城主の中川清秀などと参陣、総勢3万数千の軍勢」 -
この一帯は赤松が多かったようだ。たくさん赤松が描かれている。
天下分け目の天王山
勝負は川沿いで決まった。
1582年7月12日 午後4時頃、明智軍が羽柴秀吉方の中川清秀、高山右近、羽柴秀長の陣に攻めかかった。淀川の沼地で行動が制約され明智軍の猛攻でも羽柴方を崩すことはできなかった。
その間に羽柴方の池田恒典、加藤光泰、木村隼人らの諸軍が小泉川の東に進攻、川沿いの明智方は手薄で苦戦となる。
秀吉が本陣の大軍の兵に天王山の東に出たのは合戦開始から1時間ほどたってからだった」
この図はそれを描いている。 -
十七士の墓
から山頂に近道? -
十七士の墓
無残にも倒木が覆いかぶさる!
通行不能だ! -
これがその墓らしい。
-
もとへもどって山頂を目指す。
-
明智光秀の最期の図
-
酒解神社
自玉手祭来酒解神社 (酒解神社) 寺・神社・教会
-
スサノオノミコトが祭られている社殿はかなり傷んでいる。
-
さらに上ると倒木はこの具合。山頂は近いようだ。
-
山崎城あとの説明版
「1582年6月
山崎の合戦で勝利した羽柴秀吉は7月には山頂に山崎城を築いた。.....」
天守もあったらしい!大阪城の築城と時を同じくして廃城となったらしい。 -
秀吉様のお姿が、....
「秀吉の天下人への道はここから始まった。別名、秀吉の道」 -
天王山山頂
天王山 (山崎城跡) 自然・景勝地
-
こちらで小休止
昼食 -
山頂から下り、小倉神社方向へ
-
快適な尾根道だ!
-
アップダウンは少しある。
-
山頂から大分降りてきました。
昼食をとるハイカーもいる分岐点。右は小倉神社へ下る。左の縦走ルートへ -
ところがこの道は大変なところだった。
-
倒木が折り重なっている!
そんなところが何か所かあった。 -
水の道とトレイルが重なっている急な坂に!
このあと11月というのに蛇が出現。1メートルもあるやまかがしで、向かってきたので、よけようと飛び跳ねたところ顔面から着地。ズボンは破れ、右手に擦過傷、顔面はおでこにたんこぶのような腫れ。さんざんんだ! -
蛇から逃れて天王山から一般道へ
-
車道を上る。車道のわきになにやら灯篭の列が!
-
柳谷観音、揚谷寺の門前に
西山古道の入り口はこの右の駐車場のところにある。でも今日はこりごりだ。ここからも倒木がありそうだし。蛇にやられて、テンションが下がった。 -
真言宗のこのお寺はノーマークだったけれど、立派な古刹のようだ。
-
由緒
平安時代の古刹、空海より以前に開山! -
こちらが本堂
-
淀殿弁天堂
淀殿がおられる。 -
その上に上ると眼下に庭園が!
-
揚谷寺書院庭園は本堂の中から書院に入れた。
手水鉢には花弁が入れられている。 -
書院前にある庭園は池泉式
-
石を削った? 6角の手水鉢!
-
池には鯉が放たれている
-
池泉の上に枯山水の庭園が重ねられている。平石の架け橋は天空の石橋のようだ!
-
庭園全景
ありがたいことに拝観料は取られない! -
まだ日が高い!
バスで長岡京駅まで
JR向日町駅まで1駅そこからからバスで善峯寺へ行くことに -
JR向日町駅に
タイミング良く善峯寺行きのバスが! -
約30分で善峯寺に到着
帰りのバスは最終で、それまでは1時間ほどしかない。 -
急坂の参道を上がる。
-
ようやく上り詰めた
-
右側に日本一の松の碑柱!
-
善峰寺の拝観券にはなぜか松の絵がない!
-
由緒
古刹にはちがいない -
全景
からり大きな伽藍のようだ。時間がもっとほしかった -
山門を入ると正面が本堂
-
右側のこの上にあるのがその松の木
-
横になっている珍しい松の木!
-
天然記念物だ!
游龍の松とされている。 -
左側のほうに根があるようだ
-
ここからの眼下の眺めは素晴らしい。京都市内が一望できる!
-
まだまだ奥にありそうだが、バスの時間が気になる。
-
経堂のあたりにはちらほらと紅葉が!
-
この下に松の根がある。
-
松は90度横にものびている。L字型
-
うえから眺めた松
紅葉がたけなわのころは見事なコントラストであろう! -
本土には御朱印を求める長い列があった。
バスに乗り遅れない王に先を急ぐ -
11月11日
今日もいい天気だ!
再び向日町駅へ
出遅れでもう11時15分前になってしまった。
予定もなく当てもなく歩き始めた。 -
JR向日町駅から延びるこの道は光明寺の参道のようだ。
そうだ光明寺へ行ってみよう。 -
この道は昔の西国街道
「1592年豊臣秀吉は朝鮮出兵、それに合わせて拡幅された。京都東寺口から摂津西宮を経てさらに西へ続く」 -
阪急向日市の駅前に
西国街道は出る。 -
街道沿いの古民家
-
西国街道を行く
-
須田家住宅
「屋号を松葉屋といい、明治30年代までしょうゆを製造販売していました。京都府指定文化財」須田家住宅 名所・史跡
-
この道標は紛らわしい。左へ折れて、西国街道を行く
-
先日来た向日神社の前を通過
-
5辻の常夜灯
右? 左? 左に行ってみる。左は西国街道 -
その5辻の常夜灯の説明版
-
どうやら行き過ぎだった。ようやく光明寺道に出てきた。
-
気分よく車の少ない道路を歩く。
-
どうやら光明寺らしい。
-
JR向日町駅から歩くこと1時間強で光明寺に
光明寺全景!
結構な大寺院みたいだ。善峯寺、西山3寺院の一つ。 -
紅葉の名所らしいが、紅葉には少し早いので、....
-
光明寺から右へ、この道はむかしの丹波街道らしい!
-
突然、京都らしからぬ近代的な街並みに
新林新道
そのむこうは洛西ニュータウン
左に山のほうへ行くことに -
大原野を散策することにした。
-
蔵が前に出た古民家
-
樫本神社が右手に
-
正法寺に到着
日は少し西に傾いてきた -
正法寺由緒
こちらも平安期からの古刹 -
御門は閉じられている。
入り口はあっち」と -
こちらが入り口です。
-
入山料を収めてすぐにこのような石庭が!
左手の本堂へ -
入ってすぐに石庭!
-
と思いきや
意表を突く構図で池泉がある! -
春は枝垂桜桜がみごとらしい。
竜安寺石庭の謎の答えを暗示しているかのように思える?
1588年秀吉は竜安寺で和歌の会を催した。このとき詠まれたのが糸桜で、石庭を読んだ人は誰もいなかった。会の後に秀吉は、「庭に石、植木以下とるべからずの」の禁令を出していた。(杉本秀太郎、古寺巡礼)
石はあったらしいが、糸桜の庭だった。 -
右奥の滝はその裏の池の水をポンプでくみ上げているようだ。
-
これがその池
惜しむらくは池と一体にはなっていない。 -
解説が置かれている。
「浄土へ導く石の物語
天から降り注ぐ恵みの雨を受け止める神々の手のひらを想像した神仙思想の築山から展開する浄土庭園。
山々に降る雨は浄土思想に通じる岩清水となり、観音滝を駆け下る。
やがて生命の大海原(池)に満ちていく。石橋の斜め線は石橋を挟んで左右に2つの空間を発生させる。その先の2つの石によって視覚に空間の収斂と膨張を起こす。
右側の巨岩(しし)の斜め線は本堂から白壁までの奥行きを生じ、空間を引き締めて見る人に安ど感を与える。
巨岩の斜め線と築山の稜線が作る逆ハの字がより石橋の斜め線を強調し、正面の広がりを図る。そして空を手前に引き寄せる」
要するにパスペクティブが使われているということ? -
書院奥からの眺め
-
額縁に入れてみるが、説明版が邪魔となる。
-
再び石庭部分を見て、更に奥のほうへ
この庭園の作庭者は? 寺の方に聞いてみたが住職に聞かないとわからないとか!
パンフレットにも記載がない。 -
水琴窟が作られている。
手酌で水を石にかけると心地よい音が! -
再び外に
この手水鉢はかなり大きい、しかも昔からのもののようだ。 -
再び前庭の石庭を見て、....
-
つぎの目的、大原野神社はその前に鳥居がある。
-
由緒
「桓武天皇は長岡京遷都に際し藤原市出身の皇后のために大和の春日社の文例を勧請した。神殿は平安時代に文徳天皇が藤原冬嗣の念願を受けて建立」
ここは藤原氏の氏神! -
2の鳥居をくぐると
-
紅葉が
どうやら紅葉の名所らしい! -
右には池がある。
-
鯉沢の池
「左大臣藤原冬嗣を祖父とした文徳天皇は壮麗な小井沢の池を造った。」
これ睡蓮の池? -
3の鳥居をくぐる。
-
由緒
長岡京の時代にはこのへんは天皇陛下の鷹狩りの場所だったようだ! -
本殿は一間社春日造社殿
各社殿間は板塀で連結
身舎の平面波170CM四方の正方形
屋根は檜皮葺棟に置き先議を3本の堅魚木を乗せる
身舎の正面にかかる破風は春日社と同じく直接庇下に突き抜けて庇の垂木を受ける古い形式
建築年代は1822年の銘があるが、角柱の面取りが小さいなどから後に大規模な改修を受けたとみられる。 -
社殿に参拝
-
2時を回った。ここまで3時間の歩き
そろそろ帰路に -
とおもいつつ
元気を振り絞ってもう少し上の方へ勝持寺を目指す。 -
どうやら昔の石垣があるらしい!
-
勝持寺の石垣
別のところからわざわざ移築したらしい。 -
紅葉がちらほら
勝持寺だろうか? -
いやいやさらに少し石段をあがる。
-
勝持寺の山門
ここは花の寺と呼ばれる。花の時期にまた来よう勝持寺(花の寺) 寺・神社・教会
-
折れ曲がって右へ
願徳寺がある。宝菩提院 願徳寺 寺・神社・教会
-
由緒
平安時代の国宝仏があるようだ。 -
こちらが願徳寺門前
-
古い町並みを抜けて地蔵堂と愛宕山灯篭のあるところ
バス停がある!
でも1日数本! -
新林新道で桂行きのバスをキャッチ
今日はこれまで
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
長岡京・向日(京都) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
159